地産地消にこだわり、ワールドスタンダードの日本酒を造ることを目指して、2018年5月に設立された株式会社問天(もんてん)は、四合瓶で1本3万円以上もする「問天」をはじめとしたプレミアム日本酒のプロデュースを行っています。

この記事では、「問天」ブランドの5つの商品、「問天 黒ラベル 生酛純米酒」「問世 黒ラベル 純米生酛酒」「問世 紫ラベル 氷筒水仕込 純米酒」「問世 金ラベル 純米吟醸酒」「浪漫乃根底 純米酒」を試飲し、その味わいから「問天」が目指す日本酒の世界を探ります。

「ストーリーのある日本酒を届けたい」

真のプレミアム酒を目指すうえで、テロワールを重視し、新しいアプローチを試みる「問天」。株式会社問天の代表取締役で、プロデューサーも務める竹久健さんは、「日本酒の値段は、酒のスペック(酒米の品種や磨き具合、アルコール添加の有無など)だけで決まるべきではない」と話します。

銀行やプライベート・エクイティ・ファンドなど金融業界を経て、株式会社問天を立ち上げた竹久さん。日本酒以外にも、日本産ワインの地理的表示(G1)の取得申請支援にも取り組むなど、その活動には「テロワール」や「地域性」が強く現れています。

「問天」のプロデュースを行おうと思ったきっかけを、竹久さんはこう振り返ります。

問天の説明をパリのホテルで行う竹久氏

「もともと、投資ファンドに身を置いていたことから、地方の中小企業の再生には関心があり、半ばライフワークとして研究をしていました。その中で、地方の酒蔵の右肩下がりの現状を目の当たりにしました。

そこで『一生懸命いい酒を造っているのに売れない』『地元相手に安くておいしいお酒を提供するのがミッションでも、その地元経済自体が年々縮小している』という悩みを抱える蔵元に対して、ストーリーのある日本酒を商品化する事業を立ち上げることを決意したんです」

北アルプスの伏流水が育む、こだわりの酒米

竹久さんがプロデュースする日本酒は、「問天(もんてん)」「問世(もんせい)」「浪漫乃根底(ろまんのこんてい)」の3ブランド。これらを造っているのは、明治39年創業の薄井商店です。長野県大町市にある薄井商店は名峰・白馬三山にちなんだ「白馬錦」を醸す酒蔵で、酒質はおだやかな旨口。地元の酒米を使い、地産地消のていねいな酒造りを行っています。

大町市は北アルプスの麓にあり、立山黒部アルペンルートの長野県側の玄関口として知られている地域。大町市は北アルプスのを水源とする伏流水が豊富で、地元では「宝の水」と呼ばれています。「問天」特有のやわらかい味わいの秘密は、この伏流水によるもの。「問天」青ラベル、黒ラベル、金ラベルの仕込みには、天然記念物の居谷里湿原(いやりしつげん)から湧き出た軟水「女清水」が仕込み水として使われています。

「問天」と「問世」で使用される酒米は、酒蔵から半径10キロ以内にある9軒の契約農家が栽培する「美山錦」と「ひとごごち」。酒米は薄井商店の指導で、深水栽培という特殊な方法で栽培されています。深水栽培は通常よりも高い水位で水田に水を張って育てる農法で、雑草の成長を制限し、稲の株わかれを防ぐ効果があります。

深水栽培の稲

この栽培方法では、米の収量そのものは減りますが、米の一粒一粒に行き渡る栄養分が増え、より大きい心白を持つ酒米に育ちます。収穫されたお米は、より質の高いお酒を造りやすくするため、ふるいを使って米粒の大きさを揃えられます。兵庫県特A地区の山田錦の米粒は、2.05mmのサイズですが、「問天」の大吟醸用のお米は直径2.2mm、それ以外のラインは2.0mmのふるいに掛けて分別しています。

栽培方法までこだわった酒米を使って「問天」と「問世」を醸すのは、薄井商店の杜氏・松浦宏行さん。小谷杜氏(おたりとうじ)の松浦さんは、長野県の風土に合わせた酒造りを行い、酒米と仕込み水の特徴を最大限生かした日本酒造りを行っています。

「問天」「問世」「浪漫乃根底」を飲み比べ

「問天」「問世」「浪漫乃根底」の3ブランドの純米酒を中心に、テイスティングを行いました。

問天 黒ラベル 

「問天 生酛純米酒」(黒ラベル)

全体:
ふくらみがあり、トロリとした旨味を感じ、切れの良い味わいの醇酒。「問世」と比べると問天の方がやや旨味が強く、甘味をしっかりと感じます。

主体となる香り:
原料香主体、淡いハーブの香りあり。

香りの具体例:
炊いた白米、サワークリーム、マシュマロ、スウィーティー、和梨、スペアミント、千歳飴、青竹、瓜、ミネラル。

具体的に感じた味わい:
ふくらみがあり、ややトロリとした飲み口。ふくらみがありとろりとした旨味が主体。後味はスッキリとキレる。スウィーティーやスペアミントを思わせる含み香。

「問世 生酛純米酒」(黒ラベル)

全体:
ふくよかで繊細、後味のスッキリキレる醇酒。

主体となる香り:
原料香主体、淡いハーブの香り有。

香りの具体例:
炊いた白米、サワークリーム、ウェハース、スウィーティー、GF、和梨、スペアミント、千歳飴、青竹、瓜、ミネラル。

具体的に感じた味わい:
ふくよかでキレの良い飲み口。ふくらみがあり繊細な旨味が主体。後味はスッキリとキレる。スウィーティーやスペアミントを思わせる含み香。

「問世 純米吟醸酒」(金ラベル)

全体:
柔らかく、さらりとした味わいの薫爽酒。「問世」の速醸酛を使用し、比較的軽くスッキリ飲みやすい味わいに仕上がっている。

主体となる香り:
原料香主体、清楚な果実香と淡いハーブの香りあり

香りの具体例:
炊いた白米、サワークリーム、マシュマロ、白桃、ライチ、和梨、スダチ、スペアミント、若草、瓜、青竹、千歳飴、ミネラル。

具体的に感じた味わい:
さらりと柔らかい飲み口。繊細で柔らかい旨味が主体。柔らかくスッキリとした後味。和梨やスペアミントを思わせる含み香。

問世 紫ラベル 氷筒水仕込

「問世 氷筒水仕込み純米」(紫ラベル)

全体:
ふくらみがあり滑らか、後味のキレ良い醇酒。速醸酛を使用し、中硬水(硬度80~120度)で仕込んでいる。ややふくよかでなめらかな味わいのお酒。

主体となる香り:
原料香主体、乳製品の香りと淡いハーブの香りあり。

香りの具体例:
炊き立ての白米の香り、カスタードクリーム、ウェハース、和梨、スダチ、千歳飴、スペアミント、若草、瓜、クレソン、ミネラル

具体的に感じた味わい:
ふくらみがあり、滑らかな飲み口。ふくよかな旨味が主体。後味はキレよくスッキリ。スダチやスペアミントを思わせる含み香。

浪漫乃根底 純米酒

「浪漫乃根底 純米酒」

全体:
スッキリ滑らかな味わいの醇酒。

主体となる香り:
原料香主体、淡いハーブの香りあり。

香りの具体例:
炊いた白米、生クリーム、マシュマロ、スダチ、甘夏、千歳飴、ライチ、スペアミント、若草、瓜、ミネラル、大根の葉。

具体的に感じた味わい:
スッキリ滑らか飲み口。ややふくらみがある旨味が主体。後味のキレはよい。スダチやスペアミントを思わせる含み香。

土地の歴史とテロワールが「問天」の価値をつくる

「問天」シリーズの価格帯はいずれも3万円以上で、この価格設定は高級ワインの商品ラインナップを意識しているとのこと。

「問天」と「問世」は、数値上のスペックは同じですが、絞り方や火入れ方法、保管方法が異なり、味わいも明確に違います。それゆえ「問世」の価格帯は「問天」の10分の1程度。「浪漫乃根底」はスペックは違いますが、酒米も仕込み水も造り手も同じです。

「問天」と同じ条件の銘柄を造ることで、「浪漫乃根底」に"問天の片鱗"を飲み手に感じ取ってもらえるような仕掛けで、そのために「問天」「問世」「浪漫乃根底」という3つのシリーズを用意しているそうです。

高価格帯の日本酒を売り出す試みは、なにも「問天」から始まったわけではありません。高価格化の基本的な考え方はいくつかあります。

たとえば、兵庫県特A地区の山田錦を取り寄せる。高精白の酒米を使う。設備投資にお金をかける。長期熟成させる。ボトル容器にこだわる。芸能人などを起用してプロモーションに力を入れる、などなど。ですが、いずれもコストがかかる方法です。

「問天」が今までの動きと違う点は、これらの方法を採用していないということです。

たとえば、「ロマネ・コンティ」は、なぜ、1本数百万円もするのでしょうか。

「神様が降り立った」という伝説があり、現オーナーがルイ15世の愛妾、マダム・ポンパドゥールとの競りから守ったという畑。そこで収穫されたブドウだけから造られる最高級のブルゴーニュワイン。一般的には、1ヘクタールあたりで50キロリットルのワインが造られるものが、「ロマネ・コンティ」では、10キロリットル程度しか造れません。「ロマネ・コンティ」を選ぶ人たちは、このような"ストーリー"に価値を感じているのです。

それでは、「問天」の持つストーリーとは何か?

長野県大町市周辺は、平安時代後期には伊勢神宮の荘園があり、そこで育てられたお米は伊勢神宮に納められていました。つまり、神様にお供えする米と同じ土地で育てられたお米で、日本酒を造っているのです。しかも、蔵元や杜氏が栽培農家との積極的な交流をしながら、深水栽培という栽培方法の指定までして行っている他にはない米づくり。それが「問天」の持つストーリーです。

また、竹久さんが「問天」をパリで披露した際に、トップソムリエがその価値を認めたことも、ストーリーのひとつとして付け加えられるでしょう。

「パリの星付きレストランで3万円台のお酒としてワインリストに載っていれば、その時点で3万円台の価値のあるお酒となります。『問天』はこうして活動を続ける中で、常にストーリーがアップデートされ、価格の根拠が日に日に強化されているのです」と、竹久さんは話します。

日本は、自然や歴史、文化などすべてに恵まれていますが、地域の魅力を活用できているとは、まだまだ言い切れません。「問天」のようなテロワールに根ざした日本酒がもっと広がれば、それを入り口にして日本の食文化や地域の文化を知り、日本酒のストーリーに触れる機会が増えることでしょう。

(文/石黒建大)

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