日本酒ディストリビューターとしてドイツ市場の最前線にいる上野ミュラー佳子さん。海外での日本酒普及に努める「酒サムライ」の一員でもあり、ドイツで2014年3月に「SAKE‐日本のこころが醸す麗薬-」(原題:SAKE‐Elixier der japanischen Seele)を出版されたことでも知られています。
彼女がドイツへの日本酒普及を始めたきっかけから、現在のドイツ日本酒事情、さらに今後の展望まで、詳しくお話を伺いました。
ドイツに日本酒を広めるきっかけ
ドイツ人のご主人との出会いから渡独し、ドイツで働くようになった上野さん。当時は、お酒とは関係ない日本企業で経営管理の仕事をされていました。その後、もともと食文化に関心を強く寄せていたことから、もっと日本の文化を広めたいという気持ちが強まったそうです。
当時、ドイツではすでに寿司をはじめとする日本食文化はかなり浸透していたそうです。しかし、日本やアメリカで造られたお酒を飲むことはできたものの、よい日本酒が飲めるお店はなかなかありませんでした。その事実が、上野さんに「本当の日本酒と日本食を広めなくてはいけない」と決意させました。
上野さんがドイツ人に初めて日本酒を紹介したのは、ご自身が所属されていたフランクフルトのスローフード協会の方たち。それまで、日本酒についてきちんと学んだことがありませんでしたが、日本酒披露会の前には2ヶ月間、みっちり日本酒についての知識を頭と舌に叩きこみました。
日本酒披露会の当日は、日本酒の原料や製造工程を丁寧に説明したあと、5種類の日本酒のテイスティングを実施しました。参加者のみなさんは、寿司の売店などで販売されている日本酒と比べ、「こんなにフルーティーで芳醇でワインのような豊かな味わいがあるのか」と、驚き感動したそうです。
日本酒ファンを増やすため、“提供者”であるレストランをサポート
全くの素人から始まった上野さんの活動ですが、2005年の暮れに日本酒の輸入及び卸販売を中心とした業務行う会社「UENO GOURMET GmbH」を設立し、2006、2007、2008年と、蔵元の方々にドイツまで来てプレゼンを行ってもらうなど、日本酒の普及に努めます。
そして2008年の春、ドイツの有名日刊紙「Die Welt(ディ・ヴェルト)」で大きく取りあげられたことがきっかけとなり、高級レストランから引き合いが入るようになりました。ハンブルクの五つ星ホテル「Fairmont Hotel Vier Jahreszeiten(フェアモント ホテル フィア ヤーレスツァイテン)」も、そのひとつです。さらにオンラインショップでの受注も増え、業績は伸び続けました。
日本酒は、ドイツで「Japanischer Reiswein」 (=ドイツ語でジャパニーズライスワインのこと)とも呼ばれるほど、たびたびワインと比較されます。そして、ワインに親しんだドイツ人には、酸味の少なさから物足りないと思われてしまいがちです。
そのため上野さんは、日本酒に興味を持ったレストランの方たちには、まず日本酒とワインはまったく違う醸造酒であることを理解してもらいます。そして、各レストランの料理に合わせた日本酒の提供方法をサポートし、さらにはデリケートな日本酒の保存方法についてもじっくり解説します。せっかくよい日本酒を取り扱ってもらえても、お客様が味わっていただくまでに本来の味わいを損ねてしまっては意味がありません。
このように、日本酒を取り扱ってもらうお店の方には、綿密なレクチャーを行っています。はじめに提供者自身に日本酒ファンになってもらうことで、自信をもってお客様に日本酒を出せるようにするのです。
こういった細やかなコンサルティングが、ドイツでの日本酒の普及に貢献しているのは間違いないでしょう。
人気レストランの定番メニューに日本酒を!
現在の上野さんのお仕事は、日本酒のディストリビューション、消費者向けのイベント開催、情報発信、そして日本酒提供者への教育などが多岐にわたります。そしてもちろん、輸入する日本酒の品質管理も徹底しています。
お酒の専門店ではないアジア食料品店などで日本酒を買うと、保存方法が良くないゆえに上質なお酒がひねて(劣化のこと)しまっている場合があるのですが、上野さんの会社では、専用のコンテナを利用して直輸入し、保管も冷蔵庫や地下の涼しい倉庫でしています。そして、できるだけ早い段階で消費されるよう工夫しています。
さらに、先に紹介したように、提供者の教育にも力を入れています。すべてのお客様に上野さん自身がお酒を提供することはできないので、レストランスタッフなど日本酒を提供する立場の方々に、保存方法・最適な提供温度・お酒に合った器・フードペアリングなどを、根気よく教え続けています。
最近は、日本文化への関心層だけでなく、食への関心が高い多くの方が日本酒を飲む機会が増えてきたと実感しているという上野さん。これからの目標は、ドイツにおいてすでに取引きのあるミシュラン三ツ星レストランに加えて、290店ほどある一つ星以上を獲得するレストランにも継続的に日本酒を取り扱ってもらうことだそう。日本酒が、ワインのようにドリンクメニューに並ぶこと。そして、ワインと同じように「今日は日本酒にしよう」という消費者が増えることを目指しています。
実は上野さんは、ドイツのみならず、スイスやイギリスにも法人を設立されています。将来的には、他の欧州諸国にも日本酒を浸透させていきたいと考えているのだそう。
多くの欧州諸国ではビールカルチャー、ワインカルチャーが根付いているため、日本酒の魅力を広めるにはまだ時間のかかるだろうと上野さんは考えています。日本酒の魅力を理解してもらい、欧州諸国で”普通のお酒”として楽しまれるには、長い道のりが待ち構えているかもしれません。でも、その日が来たら日本人としては、なんだかとても嬉しいですね!
ぜひこれからも、ドイツおよび欧州諸国に日本酒を広めていただきたいです。
(文/フロメル麗奈)