華やかなブティックや飲食店が立ち並ぶフランス・パリ6区のドラゴン通りに、新潟の情報を発信するアンテナショップ「Kinasé(キナセ)」があります。

(画像提供:Kinasé)

(画像提供:Kinasé)

「キナセ」とは、新潟弁で「いらっしゃい」のこと。ここで取り扱うのは、新潟県産のお米、日本酒、調味料といった食材や伝統工芸品などです。「日本」という国単位ではなく、「新潟」という限定されたエリアをテーマにして海外出店しているのは、珍しいケースかもしれません。

同店のショップマネージャーを務める伊藤洋子さんにお話しをうかがいました。

パリ6区にある「新潟」のアンテナショップ

「Kinasé」が出店したパリ6区は、サンジェルマン・デ・プレを中心に、有名ブランドの路面店や高級デパート・ボンマルシェのある、観光客も富裕層も多いエリア。品質のよい新潟の食材や商品をPRするには、絶好の立地です。

内装はフランス人デザイナーのエロイーズ・ボスレドンさん。「フランス人が持つ日本・新潟」をイメージ(画像提供:Kinase)

内装はフランス人デザイナーのエロイーズ・ボスレドンさん。「フランス人が持つ日本・新潟」をイメージ(画像提供:Kinasé)

新潟のアンテナショップということで、行政主導のお店かと思いきや、「Kinasé」を運営するのはグラムスリーという日本のPR会社です。同社代表の坂本明氏が新潟とご縁を得たことがきっかけで「Kinasé」のプロジェクトが始まりました。

「Kinase」ショップマネージャーの伊藤洋子さん

「Kinasé」ショップマネージャーの伊藤洋子さん

「Kinaséのオープン当初は、新潟のことを知っている方、行ったことのある方はあまり多くありませんでした」と、伊藤さん。そのため「Kinasé」では、接客の際に、まず新潟の魅力について、ていねいに伝えることから始めました。

「新潟県は日本を代表する米どころであり、お米がおいしいということは、そこで造られる日本酒もおいしいということ。新潟県は南北に長いため、地域によって育つお米も、造られる日本酒の味わいも異なります。自然環境や気候、歴史、醸造方法の違いなど、ワインのテロワールと共通するお話をすると、みなさん真剣に聞いてくれるんです」

最近では、「娘が新潟県産のコシヒカリしか食べないんです」という常連さんも現れたり、新潟の日本酒を求めるお客さんが増えたりと、新潟のお米と日本酒は着実にパリに届いています。

店頭試飲で日本酒の誤ったイメージを更新

なだらかにカーブを描く壁面に美しく陳列された数々の日本酒。「Kinasé」では、約20社・80種類の日本酒を取り扱っています。

全体売上のうち、約6割を日本酒が占め、高級デパートのボンマルシェや、クレープ料理のブレッツカフェにも商品を卸すなど、新たな販路も開拓しています。

販売価格30~40ユーロ前後の辛口の吟醸酒が売れ筋。贈答用には化粧箱入りの日本酒も人気

販売価格30~40ユーロ前後の辛口の吟醸酒が売れ筋。贈答用には化粧箱入りの日本酒も人気

今でこそ関心が集まるようになりましたが、「最初はフランスで定着してしまった日本酒の誤った認識を改めるのに苦労しました」と、伊藤さんはオープン当時を振り返ります。

フランスでは、日本人以外のアジア人が経営している日本料理店が多く、そうした店で食後に提供される蒸溜酒が「sake」と呼ばれています。そのため、日本酒のことをウォッカやウイスキーと同じような「喉の焼けるような強いお酒」と考えている人が多く、この誤った日本酒のイメージを払拭するために、「Kinasé」では日本酒の試飲を積極的にすすめてきました。

「言葉で説明するよりも、実際に味わって体験いただくことが理解につながると思い、3種類の味わいの異なる日本酒の試飲を行っています」

試飲したお客さんからは、「スッキリしていて飲みやすい!」「こんなに香り高い飲み物なんて知らなかった」「本当にワインに近い飲み物ですね」という感想も。

そんなていねいな接客の成果もあり、日本酒を買い求めるお客さんも増え、当初、40~50代が中心だった客層が、最近では感度の高い20代後半から30代へとぐっと下がってきたそうです。

2019年に開催された「Salon du sake」の様子。ここでも「新潟」をしっかりとPR。(画像提供:Kinase)

2019年に開催された「Salon du sake」の様子。ここでも「新潟」をしっかりとPR。(画像提供:Kinasé)

「酒造メーカーさんの海外進出や、日本酒を取り扱う飲食店や販売店が増えたことも追い風となり、年々日本酒の需要が高まっています」と、伊藤さんも、しっかりと手応えを感じているようです。

フランスの食材と日本酒の新たな組み合わせ

「Kinasé」を訪れるお客さんからは、日本酒でもワインと同じように料理との“きちんとしたペアリング”を求められることも多いようです。

中には、前菜からメイン、デザートまでのメニューを持ってきて、「この料理に合う日本酒を選んで欲しい」というオーダーをする方も。そんな要望に対して、伊藤さんはお客さんとコミュニケーションをとりながら、料理に合う日本酒を選びます。

一方で、日本酒を気軽に楽しんでもらうことも提案しています。

「日本酒は、もともと食材の味を引き立たせてくれるお酒。ワインのようにしっかりとペアリングをしなくても、料理の味わいを損なうことは少ないんです。『日本料理に限らず、フランスの身近な食材や料理でも日本酒は合いますよ』と伝えています」

フランスの食材との相性を試してもらうために、「Kinasé」の近くにある老舗チーズ専門店「La Ferme d'alxendre」と共同で試飲メニューも販売しました。

日本酒とチーズのテイスティングセット。個性のあるブルーチーズやヤギのチーズと日本酒がうまく調和する。

日本酒とチーズのテイスティングセット。個性のあるブルーチーズやヤギのチーズと日本酒がうまく調和する。

濃厚で香ばしい18ヶ月熟成のコンテチーズ、ヤギのチーズ、ブルーチーズの3種類を用意し、それに合わせて、日本酒は「SHISUI」(塩川酒造/新潟県新潟市)と「純米大吟醸原酒 天神囃子」(魚沼酒造/新潟県十日町市)のどちらかを選んでもらうスタイルで提供。チーズの香りやクリーミーさを日本酒が引き立て、大好評だったようです。

フランスの食べ物と日本酒の組み合わせについては、お客さんから教えてもらうこともあるのだとか。チョコレートがかかった果物やフルーツサラダ、フランスのパウンドケーキ「Quatre-quarts(カトルカール)」などは、食後にデザートと食後酒を嗜み、日本酒に対する先入観がないフランス人ならではの発想です。

接客を通して、このような新しい組み合わせを知ることは、「Kinasé」のスタッフにとって、よい勉強の場となっています。

講師の水原将さん(写真左)(画像提供:Kinase)

講師の水原将さん(写真左)(画像提供:Kinasé)

2021年5月には、より先進的な日本酒の楽しみ方を伝えるために、講師に燗酒師の水原将さんを迎え、「オンライン熱燗講座」を実施しました。

受講者には、事前に「純米大吟醸 雪鶴 越淡麗」(田原酒造/新潟県糸魚川市)と「大吟醸プレミアム」(天領盃酒造/新潟県佐渡市)、酒器のセットを送付。

Web会議ツールの「Zoom」を利用して東京とフランスを繋ぎ、水原さん指導のもと、実際にお燗をつけるという試みで、温度による日本酒の味わいの変化を体験できた満足度の高い企画となりました。

手に取りやすいデザインで解説がわかりやすい「Kinase(キナセ)」のパンフレット

手に取りやすいデザインで解説がわかりやすい「Kinase(キナセ)」のパンフレット

「これまで夕食にワインを飲んでいたのを、『今日は日本酒で』と積極的に選んでもらう。フランスの食卓に日本酒が当たり前にある姿を目指しています」と、伊藤さん。

新潟の日本酒の魅力を、ていねいなコミュニケーションで伝え、着実にファンを獲得している「Kinasé」。コロナ禍からの復興の兆しが見え始めたフランスでの、今後の取り組みに注目です。

(文:TK/編集:SAKETIMES)

◎店舗情報

  • 名称:「Kinasé」
  • 住所:28 Rue du Dragon, 75006 Paris
  • 電話:(+33)1 43 20 70 92
  • 営業時間:11:00 -19:00
  • 定休日:日曜

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