フランス人のための日本酒コンクール「Kura Master」の開催や、パリに蔵を建設しSAKEを醸造している「WAKAZE」、獺祭とジョエル・ロブションがコラボした店舗「Dassaï Joël Robuchon」がオープンするなど、フランスでは日本酒に関する話題が増えました。

2016年ごろは、「SAKEを中国産の蒸留酒」と勘違いしている人が多くいましたが、あれから4年がたち、多くの関係者の尽力により、日本酒の認知度は少しずつ高まってきたように感じます。

しかし、現地系スーパーで日本酒を手に入れることは難しく、日系の小売店やネット販売で手に入れるしかないのが実状。ワインやビールといったジャンルには及ばず、「日本酒はニッチな飲み物」という位置づけからいまだ抜け出せていないのが悔しいところです。

こうした状況が続くなか、フランス・パリを拠点に日本酒普及のために奮闘する女性に出会いました。2015年より日本酒アンバサダーとして活躍している、Maryam Masure(マリアム・マジュール)さんです。

今回は、彼女へのインタビューを通じ、「フランス人が思う日本酒の魅力」や「日本の酒蔵に向けた提言」などをお届けします。

パリの街角に佇む「SAKE」のアトリエ

アトリエ・ドゥ・サケ

フランス・パリ16区、閑静なエリアの路地にひっそりと佇むショールームが「L’ATELIER DU SAKE(アトリエ・ドゥ・サケ)」です。お洒落なボトルが並ぶ外観に、看板には「SAKE」の文字。道行く人が思わず足を止め、中を覗き込む気持ちがわかります。

アトリエ・ドゥ・サケ

扉を開けると、そこにはお洒落な日本酒の世界が広がります。笑顔で迎えてくれたのは、日本酒アンバサダーのマリアム・マジュールさんです。マリアムさんは、このプロ向けのショールーム「アトリエ・ドゥ・サケ」を拠点に、フランスで日本酒の普及活動を行っています。

マリアム・マジュールさん

マリアムさんは、2015年10月に、日本食材卸「FOODEX」の事業の一環として、「アトリエ・ドゥ・サケ」を立ち上げました。「アトリエ・ドゥ・サケ」の目的は、今まで数少ない人々だけに親しまれてきた日本酒を、現地フランス人たちに広く楽しんでもらうことです。

イベントの様子

名だたるジャーナリスト、ソムリエやバーマン、フランスのアルコール業界をけん引する人々を対象に、日本酒の試飲やワークショップを実施するなど、これまで日本酒の様々なプロモーションを行ってきました。

取り扱うお酒は50種類以上。FOODEXの親会社である宝酒造の商品に加え、日本全国から選び抜かれた日本酒を紹介しています。

そんなマリアムさんにフランスの日本酒事情と今後の思いを伺いました。

フランス人の視点で日本酒の魅力を広めていく

─ 日本酒アンバサダーになったきっかけを教えてください。

2015年の夏、FOODEX創業者に声を掛けられたことです。「今、日本酒アンバサダーを探している。エネルギッシュで好奇心旺盛なあなたなら、日本人コミュニティに限らず、ヨーロッパ全土に日本酒を広められる可能性がある。やってみないか?」と。二つ返事でそのオファーを受けました。

それまで日本に漠然とした興味はありましたが、実際に日本を訪れたことはなく、日本酒のことはほとんど知りませんでした。でも、日本酒の原料が「米」だと聞いて、興味が湧きました。というのも、私のルーツはイランで、イラン人は日本人と同じく「米」を主食としています。きっとこれは何かの縁だと感じ、引き受けることにしたのです。

─ 日本酒アンバサダーを始めた当初はいかがでしたか。

すぐに日本酒の虜になりました。最初の半年間は日本酒を知ることから始めました。日本酒の奥深さを知れば知るほど、日本酒が大好きになり「より多くの方に知って欲しい」という気持ちが高まりました。

香りや味わいの幅の広さに加え、温度帯によって異なる味わいが楽しめるなど、日本酒には他のアルコールにはない魅力があります。日本人ではない私が日本酒に恋に落ちたということは、きっと多くの人も日本酒の魅力に気付けるはずと思ったのです。

ヨーロッパでは、どちらかというと、日本人男性が日本酒プロモーションを行っているイメージがありました。でも、日本人ではなく、ヨーロッパ在住の私が日本酒をプロモーションするからこそ、新しい切り口で日本酒を広められると思っています。

ペニンシュラホテルのバーとのコラボレシピ

私は日本酒をカクテルのベースとして使うのも楽しみ方のひとつだと考えています。以前、有名ホテルやレストランのバーテンダーとコラボレーションをして、日本酒カクテルのレシピを作成しましたが、非常に好評でした。日本酒に良くない偏見を持っていた方々に、新たな気づきを与えるきっかけになったと思います。

また、2018年には日本酒の知識を深めるために、酒ソムリエ協会(SSA)の認定資格「SAKE SOMMELIER(サケソムリエ)」を取得しました。

ひと通りの知識と、誰にも負けない情熱は持っていたので、資格は必要ないと思っていましたが、説得力が増すと思い試験を受けました。資格を得たことで、より一層自信がつき、ワインソムリエやジャーナリストの方と対等に渡り合えるようになったと感じています。

─ 日々のお仕事について具体的に教えてください。

私の仕事は、日本酒を飲んだことのないソムリエやブロガー、インフルエンサーなど、業界の人と対話することから始まります。

日本酒への情熱を共有することは、私にとって良い勉強の機会になり、彼らにとっても「日本酒」という新たな世界に触れることは良い刺激になります。

マリアム・マジュールさん

地道な作業ですが、こうして少しずつ、現地の方に日本酒の知識を広めていくことが大切です。時には営業チームと協力し、営業先に商品を提案することもあります。SNSを通じて日本酒に関する豆知識などを発信するのも仕事ですね。

ヨーロッパのための日本酒「L’Atelier du Sake」

最近では、日本の酒蔵と協力し、「L’Atelier du Sake(アトリエ・ドゥ・サケ)」という名前のヨーロッパ限定の日本酒を造りました。ヨーロッパ市場に受け入れられるお酒をとことん追求して造られた日本酒です。

L’Atelier du Sake

ヨーロッパ限定で販売されている「L’Atelier du Sake」

ヨーロッパで流通している日本酒の多くは、日本の商品をそのまま輸出しているため、ラベルに書かれた文字が読めず、商品名を覚えてもらえないことがあります。また、漢字で書かれているため、中国産の蒸留酒と勘違いして購入をためらう方も多くいらっしゃいます。

フランスでの小売価格は、輸入品のため日本の小売価格の2倍以上。瓶のサイズも720mlのものが多く、試しに飲んでもらうにはハードルが高いというのが現状です。

こうした障壁を取り払うべく採用したのが、日本酒と判別できて、テーブルの上で映え、数人で分けられる500mlの小容量サイズのボトルです。

香りが高く飲みごたえのある大吟醸の「L’Atelier du Sake」は、21~25ユーロ(税抜・参考小売価格)と価格も良心的。発売開始から評判は上々で、キャビアを中心とした高級食材を扱う「Maison Kaviari」での取り扱いも決まり、すでに売場に並んでいます。

キャビアにはウォッカを合わせるのが定番ですが、ワインや日本酒、いろいろなアルコールと合わせて試飲会を行ったところ、満場一致で「日本酒と相性が一番よい」という結論に至りました。

日本酒には、魚卵の臭みを抑え、旨みを最大限に引き出す効果がありますが、キャビアのプロたちに日本酒が認められたことは、感動的な出来事でした。

海外展開に必要なのは、現地の事情を徹底的に知ること

マリアム・マジュールさん

─ フランス進出を狙う酒蔵にアドバイスをお願いします。

まずは、市場を良く知ることです。ヨーロッパといっても、国によって大きく文化が異なります。フランスに進出するのであれば、フランス人の食習慣、好みや食に対する支出額、ワインの文化を知り、この地にあった商品、ローカルの人々に受け入れられる商品を提供することが大切です。

当たり前ですが、日本人がおいしいと思う味わいと、フランス人がおいしいと思う味わいは異なります。

たとえば、フランスでお酒といえばワインです。ワインを知ることは、フランスやヨーロッパの人々の好みを知るきっかけになります。ワインの販売、消費方法、ラベルデザインや味わのバラエティ、それを踏まえて提案をすると良いと思います。

日本酒の表現方法と比べると、ワインの表現はとても豊かです。ワインの好みを聞かれて「辛口」と答える日本人は多くいますが、ワインは「辛口」だけでは語れません。ワインを表現する言葉は非常に多く、「ラズベリー」「りんご」といったわかりやすい表現から、時には「木の根」「なめし革」といった想像のつきにくい表現までさまざまです。

そのため、「辛口」「吟醸香が強い」といった日本独自の表現方法ではなく、ワインを表現する時の言葉を使うことで、日本酒の味わいのイメージがより伝わりやすくなることでしょう。

マリアム・マジュールさん

─ 「L’ATELIER DU SAKE」の味わいはいかがでしょうか。

フローラルな香りと、力強いボディ感が楽しめる、飲みごたえのあるお酒です。

臭みをカバーしつつ、旨みを引き出してくれるので、キャビアを始め、フォアグラやアンドゥエット(内臓のソーセージ)など、癖の強い食材と一緒に合わせるのもおすすめです。

通常、日本酒には、魚のカルパッチョや野菜など、前菜との相性が良いといわれますが、「L’ATELIER DU SAKE」はしっかりとした味わいですので、前菜だけでなく、メインディッシュに合わせることもできます。

フレンチだと煮込み系の料理がいいですね。日本食だと味の濃いもの。たとえば、すき焼きや、お好み焼き、豚の角煮などに合わせるのもおすすめです。

─ 最後に、今後の挑戦についてお聞かせください。

日本酒は、フランスでまだまだ認知されはじめたばかり。これからワインやビールといった飲みもの同様に、一般の人たちがレストランで日本酒を注文したり、スーパーで気軽に日本酒を購入できる日が来るか否かは、私たちのような日本酒に関わる人々にかかっているので、日々の仕事に前向きに、地道な活動を続けていきます。いつか日本酒が、当たり前のようにフランスの食卓で楽しまれる日が来ることを願っています。

取材を終えて

マリアムさんの日本酒に対する熱い思いが伝わってくる、エネルギー溢れる取材となりました。現地で地道に活動しているマリアムさんのような方がいるからこそ、日本酒が世界に広まっていくのだと実感しました。

時間はかかっても、少しずつ日本酒文化がフランスに根付き、多くの人々が日本酒に舌鼓を打つ日が訪れることを、フランス在住の日本人として願うばかりです。

(取材・文:SAKERINA/編集:SAKETIMES)

◎施設詳細

  • 名称:「L'Atelier du Sake
  • 住所:2 impasse des Carrières 75016 Paris, France
  • お問い合わせはこちら
    ※「L'Atelier du Sake」は店舗ではなくプロ向けのショールームのため、一般の方へのご案内は行っておりません。

◎商品概要

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