日本から遠く離れた南フランスでSAKE造りを夢見るフェルナンデス兄弟。壮大なプロジェクトのファーストアイテム、フランス人の味覚に合わせて、大分県の小松酒造場とタイアップして醸した日本酒「Cuvée 2017」が完成しました。
リリースまでの度重なる困難も乗り越えた彼らの情熱とは。名古屋で開催されたお披露目イベント「LE MISTRAL AU JAPON 〜南フランスの兄弟、日本での旋風〜」の様子とともにレポートします。
南フランスから届いた日本酒への情熱
イベント名にあるMISTRAL(ミストラル)とは、フランス南東部に吹く地方風のこと。アルプス山脈からローヌ河谷などを経て、カマルグ周辺の地中海に吹き降ろす、寒冷で乾燥した北風を指します。ここカマルグでフェルナンデス兄弟は酒米を育てています。
「このミストラルのように南フランスから日本へ新たな日本酒旋風を巻き起こしたい」、そんな想いから「Cuvée 2017」を造り、昨年秋にフランスで発表。それを受けて今回の来日イベントが実現しました。
フェルナンデス兄弟はチャレンジ精神旺盛。趣味が高じ、本業とは別に10年前からビールの醸造をしています。初めて来日し、日本酒に出会ったのもその頃でした。
「日本酒の製造過程を見ているうちにビールの醸造と似ていると感じました。7〜8年前から日本酒を造ってみたいと考え始めたんです」と兄のクリストフさんは話します。
その後、弟のステファンさんとSAKEプロデュースチーム「Brasserie Chevalier(ブラッスリー・シェヴァリエ)」を立ち上げ、南フランスの気候・風土や食文化に合う酒造りの旅が始まりました。
そもそもフランスの気候で酒は造れるのか?酒米は育つのか?良質な仕込み水を確保できるのか?この答えを探す過程で出会ったのが、International Sake Federationの宮田さんと、自身も酒造りに携わるドイツ在住のマリコ・レヴェイユさんでした。
宮田さん、マリコさんとタッグを組んだフェルナンデス兄弟は、2016年から本格的にフランスで酒造りができるかどうか、酒蔵、杜氏、米農家に始まり、酒米や日本酒、日本の地理に詳しい大学の研究者、専門家などを訪ね、「南フランスでも問題なく酒造りができる」という結論を得て、チャレンジが始まりました。
フランスの食文化に合わせたフランス人のための酒を
フェルナンデス兄弟は目指すべき日本酒を考える上で、ふたつのことにこだわりました。
- フランス人の味覚に合わせたお酒を造ること
- テロワールの考えにこだわり、酒米も仕込み水もフランスのものを使うこと
日本酒の味わいは、吟醸酒の華やかさから熟成酒の濃潤さまでバリエーションが魅力です。
その中で、フェルナンデス兄弟が、コクのあるしっかりとした味わいの煮込み料理などがメインとなるフランス人の食文化や味覚に合うものとして見出したのが、甘味がありながら酸味も強く、アルコールを感じられる豊かな味わいでした。
テロワールはワインを表す際にも良く使われる言葉で、その食材が生み出される自然生育環境を指しています。フランスではこのテロワールの考えや、自然のままのスタイルが好まれる傾向にあります。
「フランスでワインは料理に合わせて選ばれるが、僕らが造る日本酒にフランスの料理を合わせるという逆の発想にチャレンジしたい」と語るクリストフさんからは、フランス人のための日本酒を僕らの手で醸したいという強い想いを感じます。
苦労を乗り越えた先にあるもの
フェルナンデス兄弟がタッグを組んだのは、大分県にある1868年創業の老舗酒蔵・小松酒造場。1988年に一度酒造りを休止しましたが、2008年に6代目蔵元・小松潤平さんが酒造りを再開させた復活蔵です。
代表銘柄は「豊潤(ほうじゅん)」。名前のとおり、豊潤な香りとしっかりとした旨味が魅力的な日本酒です。
「Cuvée 2017」が完成するまでのことを、クリストフさんにお伺いしました。
― 小松酒造場とタッグを組むことになった経緯を教えてください。
「フランス人に喜んでもらえる日本酒を考えている中で、酒蔵を巡り様々な日本酒を飲みました。その中で小松さんが醸した『豊潤』に出会い、その甘味と酸度のバランスにとても惹かれたんです。『この味こそ、私が目指す方向性だ!』と。そこから小松さんにお願いし、今回のコラボが実現しました」
― テロワールを意識すると、南フランスと大分県では環境が違うように感じますが、いかがでしょうか。
「カマルグのあたりは緯度で言うと北海道の旭川あたりです。どれだけ小松酒造場さんの日本酒が好みでも、使われている大分三井という酒米の栽培は厳しいものがありました。そのため、酒造りは小松酒造場さんのご支援を受けると決めつつ、酒米はフランスでも栽培できるものを並行して検討することにしたんです。
まずは日本の酒米がフランスで育つのか?という観点で、日本の中でもなるべく緯度の高いところを意識して酒米を探しました。兵庫の山田錦、新潟の五百万石、北海道の吟風、長野の美山錦を候補とし、最終的に五百万石と美山錦をカマルグで栽培しました。これもまた苦労の連続でしたね」
― 初めてフランスで酒米を栽培した時は、どのような苦労がありましたか。
「皆さんの思い浮かべる田んぼは、都会から少し離れたところで見られる、整然とした稲穂の波のような美しいものですよね。日本で米農家を訪ねて感動したことのひとつが、あの田んぼなんです。フランスでは日本のように種籾から大事な苗を育てて、それをひとつずつ田んぼに植えてというやり方はしません。
種籾をバーっと撒いて育てるんです。フランスではそれが当たり前の農家さんばかりですが、その中でも合鴨農法を導入している方を探し出し、無理を言って五百万石と美山錦を栽培していただきました。
ここまでは良かったのですが、まさかの収穫時に両方の酒米をまとめて刈り取ってしまったという、日本では考えられないことも起こりました。今では笑い話ですが、当時はショックでしたね」
― そのような酒米栽培の苦労を経て、醸造まで行き着いたのですね。
「そうなんです。酒米作りと並行して、フランスにあるManobiという酒米を、どれだけ磨けば意図したお酒が出来るかも検討しながら進めました。
こちらは精米70%程度で、意図した日本酒が造れそうということが分かりました。酒米ひとつとっても、まだ知られていない可能性やおもしろさを秘めていることが体験できましたね。
結局、初年度の2017年はテロワールのこだわりを諦めて、『フランス人の味覚に合う日本酒造り』の部分に焦点を当てました。ようやく小松酒造場さんで一緒に酒造りができた時はうれしかったです。僕ら兄弟を研修生として受け入れてくださった小松酒造場さんには、本当に感謝しかありません」
― 念願の日本酒造りは順調に進みましたか。
「ここまでの悩みに比べたら遥かに順調でしたが、それでも難しさはありました。僕らの目指した『フランス人の好む甘みがありながらアルコール度数が高い酒』を造るのは至難の技なんです。
日本酒は甘みを強く残そうとすると、酵母によるアルコール発酵を早い段階で止めるため、アルコール度数が低くなる傾向があります。このあたりの見極めを小松酒造場の皆さんと一緒に悩みました。
そのこだわりが実って完成したのが「Cuvée 2017」。九州の『吟のさと』を65%に磨いて醸した純米酒です。アルコール11度ながら日本酒度−11と、しっかりとした甘みを残しています。2017年にお酒を瓶詰めしてから、さらに2年間5℃で熟成し、僕らが目指していた味わいを実現しました」
フレンチとのマリアージュを堪能
「Cuvée 2017」のお披露目イベント「LE MISTRAL AU JAPON 〜南フランスの兄弟、日本での旋風〜」は、2部制での開催。第1部は日本酒唎酒師やワインソムリエを中心としたお披露目会で、第2部は一般の方も参加できる、フレンチとのペアリングディナーです。
会場は愛知県・名古屋市にあるフレンチレストラン「四間道レストラン MATSUURA」。約370年前に建てられた土蔵をリノベーションした古き良き建物の中で、贅沢な時間が流れます。
第1部はプロ向けの解説とともに、チーズとのマリアージュを体験。ワインソムリエの方々も多く参加していて、期待度が伺えます。
それでは、さっそく「Cuvée 2017」をいただきます。
フルーティで、どこか草木のような香りが特徴的で、熟成させていながらも、サラッとしたテクスチャー。色合いは透明というより、ほんの少しだけ乳白色に見えます。口に含むとお米の甘みと強めの酸味のバランスが良く、余韻が長く続きます。熟成されて生まれたまろやかさは、寝かせた白ワインのような印象もありました。
クリストフさんオススメのマリアージュは牡蠣などの海の幸、そしてハードタイプのチーズ。魚介類のアミノ酸が味わいを引き立てるそうで、合わせた料理は「小烏賊のテリーヌ・カマルグ米のリゾット」でした。
フランスでは、お米はあまり食べられていませんが、カマルグ米そのものも一緒に味わって欲しいとの思いで実現した料理です。魚介の旨味がしっかりと楽しめるイカ墨のリゾットと「Cuvée 2017」の旨味・酸味がよくマッチし、お互いの味わいを引き立てていました。
他にも、カマルグのお塩でいただく「車海老のフリット」や「ブイヤベース仕立て」、和牛のほほ肉で再現したカマルグの郷土料理「ガルディアン・ド・トロ(闘牛の赤ワイン煮)」を堪能。最後は、たっぷりのミルクで仕込んだ「お米のプリン」をデザートにいただき、ディナーは終了しました。
素晴らしいお料理を「Cuvée 2017」とともに、その誕生話を聞きながら楽しむ贅沢な夜。フェルナンデス兄弟も、日本酒を輸出している酒蔵さんを交えて、酒造りの苦労話や将来展望を語り合うなど、参加したすべての人が大満足なイベントでした。
さらなる高みを目指す
フェルナンデス兄弟は、さらに先を見据えています。今後の課題について、兄のクリストフさんに尋ねました。
「次の課題はフランスでどうやって酒米の精米レベルを上げるか、ということです。フランスの精米機では、日本のように精米を1%レベルで調整できず、安定性も保てません。
他社さんは酒米をあまり削らないままで醸したり、日本で精米された酒米を輸入しているところもありますが、私はあくまでフランス人の味覚に合う味わいとテロワールにこだわりたいので、ここを追求していければと思っています」
課題はまだあると言いながら、クリストフさんはこのチャレンジを心底楽しんでいるようです。
フランスと日本の架け橋とも言える日本酒。日本やフランスで見かけた際は試してみてはいかがでしょうか。日本人の考える日本酒とは一味違った、新しい味わいが見つかるかもしれません。
(文/spool)