2017年、フランス・パリで日本酒の普及と地位向上を目的として始まった日本酒コンクールが「Kura Master」です。フランスの名だたるソムリエが審査員として参加していることもあり、まだ開催3年目にも関わらず、その結果は業界内外に大きな影響を与えています。
この記事では「Kura Master」の立ち上げに尽力し、運営委員長を務める宮川圭一郎さんにインタビューをし、フランスの日本酒事情をうかがいました。
あわせて、日本の酒情報館で行われた「Kura Master 2019」トップ14銘柄の試飲会の様子もお伝えします。
2ヶ月の準備期間で開催した第1回「Kura Master」
宮川さんが渡仏したのは1990年のこと。日本で飲食業やサービス業を経験したのち、サントリーの海外レストラン事業部に入社したのをきっかけに、レストラン勤務とワインの勉強をするために海を渡りました。
渡仏後の宮川さんは、ワインソムリエ協会に入り、ワインコンクールに参加。それに加えて、唎酒師として日本酒のマリアージュに関する執筆、ヨーロッパ各地での講演など、日本酒に関しても様々な活動をしていました。渡仏から1年半後にはパリのレストランで支配人を務めます。その後、紆余曲折を経て、2017年に「Kura Master Association」を立ち上げることになります。
立ち上げのきっかけは、既存のワインコンクールに日本酒部門を作りたいという声が上がったから。しかし、ワインコンクールの規模はまだ小さく、日本酒の管理も行き届かないという理由で断念します。
その経緯を知った蔵元たちから「人のフンドシではなく自分のフンドシでやったらどうか?」と言われ、自分でやろうと決意。たったの2ヶ月で「Kura Master」開催の準備を進めます。短い期間ながら、550銘柄もエントリーがあったのは、「Kura Master」の意義に共感する人が多かったことの証でしょう。
「フランス人のための日本酒コンクール」を開催する意義
「フランスの地で、フランス人により審査が行われ、フランスのための日本酒を選ぶということ。それが、Kura Masterです」(宮川さん)
「Kura Master」の審査員は、主にフランスで働くソムリエや飲食業界関係者。ワインコンクールには星付きレストランのソムリエが参加することは少ないそうですが、「Kura Master」では3つ星レストランのソムリエたちがこぞって審査員を希望すると言います。
その理由は、著名で多忙なソムリエたちにとって、コンクールの審査員を務めることが日本酒を効率よく学ぶための絶好の機会となっているから。実際に、審査員からは「日本酒はこんなにきれいなのか」「穀物から造られているのに香り高い」などと驚きの声をよく聞くそうです。
1年目は32名だった審査員も、3回目となる2019年は93名に増えました。
「Kura Master」のコンクールの特徴として、審査部門の変化があることも挙げられます。「純米部門」と「純米吟醸部門」は変わりませんが、他の部門は、フランスでの日本酒拡大に必要なものを毎年選出し、審査員長と宮川さんの話し合いによって決められます。
たとえば、2019年は「サケスパークリング部門」が新設されました。瓶内2次発酵の導入により、スパークリングにEU基準に達する日本酒が増え、まだ日本酒を味わったことのないフランス人にも受け入れられやすいのではないかという考えです。
今後、どのようが日本酒が売れていくのか、フランスに必要な日本酒はどういったものなのか、と柔軟にカテゴリーが増減していくのは「Kura Master」ならではの仕組みです。
日本酒の普及につながったフランス料理に起こった変化
宮川さんが渡仏した当時は、日本酒を受け入れてくれる場所は、ほとんどありませんでした。しかし今では、レストランから日本酒を扱いたいと申し入れがあるほどになりました。「Kura Master」の影響もありますが、「何よりレストランで提供される料理が変わったのが大きな要因だ」と、宮川さんは話します。
近年、パリのレストランではバターやオイルなど脂分の多いものは控えて、発酵食品などを使って"うまみ"を取り入れる傾向にあります。味付けを控えて素材を活かしたメニューが増えているため、日本酒とのマリアージュが注目されるようになりました。
ナチュラルワインが普及しているフランスでは、酸化防止剤が入っていないという点で日本酒に魅力を感じている人も多いようです。そういう理由もあってか、フランス国内の自然派ワインのショップでも日本酒を取り扱わえる機会が増えているようです。
価格よりも、本質やストーリーを求めているお客様が多い自然派ワインショップに並ぶことは、今後の日本酒のブランディングにとって、とても良い傾向であり、日本酒の価値が正しく広がるきっかけになりそうです。
フランスで日本酒を広めていくための課題
フランスで「Ginjo(吟醸)」という言葉を広めた宮川さんですが、吟醸酒が認知されるようになるまで苦労が多かったそうです。
「当初、”SAKE”といえば普通酒か本醸造。燗酒か冷やのみが選べて銘柄は関係ありません。しかも、日本酒を蒸留酒と思い込んでいる人が半数以上だったのです」
そんな誤解を解くことから始めなければならず、値段の高い吟醸酒が入り込む余地はありませんでした。しかし、ワイングラスで提供することを提案し、徐々にソムリエにもお客様にも受け入れてもらえるようになりました。
「イメージはシャンパンです。シャンパンはどのカフェやレストランにも置いてあり、グラスでみんな楽しみます。日本酒も同じようにあらゆる場所で、グラスで楽しむようになって欲しい。高級酒として、よりよく発展させたいです」
「2019年6~7月に日本での観光で飲食にお金を一番使ったのは、フランス人なのだそうです。日本で飲んだ日本酒に感動したフランス人が、自国に帰って日本酒を飲んでくれます。こうして、内と外の両方から日本酒をアプローチしていくことが重要だと感じます」と、宮川さん。
オンラインで購入した日本酒を自宅で来客に振る舞うことも少なくないそうで、宮川さんの努力が実ってきているのは確かなようです。
日本酒を広めるために「Kura Master」が担う役割についてうかがうと、「ソムリエに日本酒を理解してもらうこと」と、宮川さんは応えてくれました。
「日本酒を売るためにはどうしたら良いのか、保存方法、提供方法、レストランでなぜ日本酒を扱うのか。それら全てを正確に理解してもらうことが、美味しい日本酒をお客様へ届ける手段です」
そのために宮川さんが「Kura Master」とは別に、力を入れているのが日本酒教育です。
フランスには研修制度というものがあり、飲食関係者がさらなるサービス向上、キャリアアップのため、專門の学校で研修を受けられます。宮川さんも、フランスの公認を得ることができ、フランス初のWSET Level3日本酒講座を2019年9月からスタートさせたばかり。
「日本酒を広めるためには、現地のキーマンが大事なんです。そのキーマンを育てるのは難しいこと。現地の人が勉強し、現地の人が造り、現地の人が販売する。すべての工程で現地化を進めなければなりません」
講座は、日本酒の種類と特徴、日本酒の造り方、テイスティング方法など、日本酒に関する知識が網羅されています。受講後は、キーマンとして申し分のないスキルを身に付けることが可能です。
「Kura Master、カーヴ、学校。これらがリンクし始めています。5年後の2022年、確実にフランスでの日本酒の状況は変わっているはずです。見ていてください」と、宮川さんは力強く語ってくれました。
トップ14銘柄プレミアム試飲会での造り手たちの声
「Kura Master」への関心は日本でも高く、東京で開かれたプラチナ賞14銘柄のプレミアム試飲会では、参加者が熱心に試飲をしている様子がみられました。一般の日本酒ファンが参加する試飲会が多いなか、「Kura Master」の試飲会の参加者は、そのほとんどが飲食関係者なのだそうです。
参加者の中に、純米部門プラチナ賞のひとつ「セトイチ 音も無く」を醸した、瀬戸酒造店の小林杜氏もいらっしゃいました。
「特に目立つ酒ではないですし、通常販売しているお酒なので受賞は奇跡だと思いました」と、小林杜氏。今回の受賞にはとにかく驚いたそうです。
「Kura Master」にエントリーした理由をお聞きすると、「飲食店で働く人、実際に飲む方に近い人が審査をするのが良いと思いました」という答え。エンドユーザーに近い人が選んでくれたというのは、モチベーションアップに繋がるようです。
トップ28に入った「白雪」を醸す小西酒造の石田さんも試飲会に参加していました。
「他のコンクールで賞を取ることが出来たので、Kura Masterというソムリエが審査する場所ではどう評価されるのか知りたくてエントリーしました」(小西酒造・石田さん)
トップ14のお酒を試飲して「料理にあわせるイメージを持って審査している」と感じたようです。
「Kura Master」で評価されるのは「オンリーワンの酒」
「Kura Master」の結果を受けて、「酒蔵の顔が見える酒、その蔵らしいオンリーワンの酒が、今、フランスで必要とされている」と、宮川さんは感じています。
「Kura Master」で評価されたお酒が、実際にフランスでどのように扱われているのか、レストランでどのように評価されているのか。それらを蔵元へ伝えて自信に繋げてもらいたいと話してくれました。
食の中心地であるフランスで評価された日本酒が、世界中で飲まれる未来はそう遠くないかもしれません。
(取材・文/まゆみ)