「フランス人は日本の食文化が大好きです。『SAKE』も、いつの日か『SUSHI』のように、フランスに根付いて欲しい」

そう、インタビューに応じてくれたのは、フランス最大の日本食材卸会社「FOODEX SAS」営業部で働く、ジュリアン・アントゥオーリさんです。

フランスにある多くのレストランが、日本酒よりもワインを優先的に販売するなか、「どうしたら日本酒をメニューに入れてもらえるか」「お客様に日本酒を飲んでもらうためにはどうしたらいいか」と、日々工夫をこらしながら、ジュリアンさんは営業活動に励んでいます。

そんな日本酒普及のために尽力するジュリアンさんに、フランスでの日本酒事情をうかがいました。

最初はわからなかった日本酒の味わい

─ 日本食材卸で働こうと思ったきっかけを教えてください。

大学時代に映画の勉強をしていて、卒業後は映画の衣装担当として働いていました。しかし、徐々にガストロノミーの世界に惹かれていき、調理器具のお店やケータリング業界で働くなかで、日本食に興味を持ち始めたんです。「次は、日本食や日本文化に関わる仕事がしたい」と思っていたところ、FOODEXに出会いました。

─ 普段は、日本食も含めて料理をされますか。

はい、料理は大好きです。フレンチも日本食も大好きですが、最近は日本食を作ることが増えました。昨日はトンカツ、一昨日はから揚げを作りました。自宅には一通りの調理器具が揃っています。

日本食

フランスでは、鶏もも肉が骨付きで販売されているので、鶏もも肉から骨を取り除くための特別な包丁も購入し、から揚げを作るのが簡単になりました。この包丁を使いたくて、毎日鶏をさばいていたら、パートナーに「鶏肉以外のものが食べたい……」と言われてしまいました。

─ 日本食通である一方で、日本酒にはどのような印象を抱いていましたか。

お米から造られた日本の醸造酒ということは知っていて、フランスの日本食レストランで飲んだこともありましたが、FOODEXで働くまでは、良いイメージも悪いイメージも持っていませんでした。

いま考えると、単に飲み慣れていなかったから、美味しいとも不味いとも判断できなかったのだと思います。そもそも、ビールやワインなど含めてアルコール飲料は、飲み初めてすぐに美味しいと感じることは難しいのではないでしょうか。

今でも覚えていますが、初めて赤ワインを飲んだ時、あまりの苦さに吐き出しそうになりましたよ。今ではワインが大好きですが。

そういった経験からも、未知なる味わいに接した時に、最初から「美味しい」と感じる人は少ないように思います。知らない味が口の中に広がったら、美味しいとか不味い以前に、居心地の悪さのようなものを感じませんか。僕の日本酒に対しての印象も同じで「不思議な味」だなと思いました。

加えて、フランスでは日本酒は高級品です。当時の僕は同じ金額を払って、あえて日本酒を飲もうと思っていませんでした。

─ 日本酒の美味しさに目覚めたきっかけを教えてください。

FOODEXで働き始めて、ひたすら試飲をする中で味がわかるようになりました。

パリ支店には、日本酒を広めるためのショールーム「アトリエ・ドゥ・サケ」があります。そこで、取り扱いのあるさまざまな日本酒を試飲し、自分でも知らない銘柄を購入し、自宅でテイスティングを重ねて日本酒の勉強しました。

展示会

さらにフランス・パリでは、年に一度「サロン・ドゥ・サケ」という日本酒だけを取り扱う展示会が開催されます。

FOODEXもこの展示会にブース出店し、日本の蔵元さんたちと一緒に、フランスの業界関係者や一般の来場者に対して、日本酒の美味しさや魅力を伝えています。実際に造り手の方と話をすることで、彼らの情熱が伝わり、日本酒の魅力により一層惹かれていきました。

今では「この料理にはこの日本酒を合わせたいな」というようなアイディアも自然と生まれるようになりました。

─ ジュリアンさんが最初に好きになったお酒はどの銘柄ですか。

初めから美味しいと思えたのは、山形県・楯の川酒造の「楯野川」です。フルーティーで後味もスッキリしているので飲みやすく、すぐにファンになりました。

楯の川

それから、広島県・今田酒造本店の「海風土(シーフード)」。杜氏の今田美穂さんは、2020年に英BBC「今年の女性100人」に選出されたパワフルな方ですが、彼女のお酒は柔らかく繊細な飲み口で、食事にとっても合います。

特に「海風土(シーフード)」は、白麹を使っているためレモンのような酸味が感じられ、フランスの冬の味覚である生牡蠣との相性が抜群です。アルコール度数も13度とワインに近く、フランス人の友人に勧めるなら、このお酒ですね。

シーフードと牡蠣

フランス人は一度好きになってくれたら熱心なファンになる

─ ワイン大国のフランスで、日本酒を普及させる難しさについて聞かせてください。

「味覚」の違いに加えて、もうひとつの大きな問題は「価格」です。フランス、特にパリでは、人件費やその他の固定費が非常に高いので、レストランでのドリンク価格は、日本と比べて高く設定されています。

さらに日本酒の場合は、輸入のための運送費などでコストがかかっていて、レストランに届いた時点で一般的なワインより高価になります。たとえば、フランス産のグラスワインが120mlで700円からあるのに対し、輸入した日本酒は100mlで1,000円からといった価格設定がされていることが多いです。

日本酒

フランス人同士で日本食レストランに行って「何を飲もうか」とメニューを選ぶとき、日本酒にくわしい店員さんがいて、ていねいに説明をしてくれればいいですが、メニューを渡されただけでは日本酒がメニューにあっても、飲んでみようという気にはなりません。

同じ価格で、ブルゴーニュの高級白ワイン、たとえば「ムルソー」などが飲めてしまうので、フランス人なら迷わずそちらを注文するでしょう。

知らないものに対して高価な金額を払おうとは、まず思わないですね。しかもフランス人は頑固で、自分の好みをしっかり持っているので、おすすめされても自分が飲みたいものを曲げない人が多いようにも思います。

その一方で、一度好きになったものが定着しやすい側面もあります。たとえば、「SUSHI」や「GYOZA」は長い時間をかけてブームになり、今ではフランスで完全に定着しています。

レストラン

予約を入れる時点で何を食べるかを決めている人が多いと聞くので、そういったフランス人の特性をうまく利用すれば、日本酒ももっとファンを増やせるかもしれません。

僕の得意先で、日本酒を積極的に提案しているレストランがありますが、常連のお客さんは「あそこのレストランに行けば、この日本酒が飲める」と認識しているようです。

いつかは「SUSHI」や「GYOZA」のように

─ お客さんにはフランス人の方が多いですか。

私の得意先は、主にフランス人、中国人、韓国人向けのレストランです。日本人以外といった方がわかりやすいかもしれません。

日本食レストランだけとは限らず、寿司やフュージョン料理、飲茶、ラーメンと、料理のジャンルは様々。日本酒をすすめるのが難しい分、提案が受け入れられた時の喜びもひとしおです。

最近では、ベトナム人オーナーのお店で、日本酒とのコラボディナーを実現しました。

リニューアル後のオープン記念に「何かインパクトのあるイベントを企画したい」と相談を受け、日本酒とベトナム料理のペアリングを提案。「アトリエ・ドゥ・サケ」で試飲をしてもらったところ、日本酒の美味しさに目覚め、とんとん拍子にイベントが決定しました。

ベトナムでのイベント

─ イベントの様子はいかがでしたか。

参加者全員がフランス人でした。なかには日本を旅行で訪れた際に日本酒を飲んだことがあるという方もいましたが、9割はこれまで日本酒を飲んだことがありませんでした。

そんな方にいつもおすすめするのが、松竹梅のスパークリング清酒「澪(みお)」です。甘くて飲みやすく、アルコール度数も5%。これで日本酒への偏見を取り払ったところで、徐々に伝統的な日本酒を味わってもらう作戦です。

澪

「今日のイベントは日本酒のみの提供です」とお伝えしても、怪訝な顔をするお客さんはいませんでした。若い世代が多かったのも一因でしょうが、日本酒しかないなら試してみようと飲んでくれました。720mlのボトルで日本酒をご注文いただく方もいらっしゃって感動しましたね。ベトナム風のタパス料理との相性もばっちりでした。

こうして一般の方の「日本酒経験値」を上げて、地道に日本酒ファンを増やしていけば、いつか「SUSHI」や「GYOZA」のように、フランスでも定着していくのではないかと信じています。

─ ジュリアンさんの考える日本酒の良さを教えてください。

僕が日本酒に対してすごいと思うのは、どんな日本酒を選んだところで「食事を台無しにすることがない」ってことですね。

たとえば、生牡蠣に赤のボルドーワインを合わせたら、生牡蠣が台無しになります。こってりソースのお肉料理に甘口ワインを合わせたら、食べるそばから胃もたれするでしょう。ワインには料理をダメにしてしまう組み合わせがあるのに対し、日本酒は基本的にどんな料理にでも合いますね。

ワインに慣れているフランス人は「この料理に合う」と言い切ることに慣れています。しかし「何にでも合う」のは、裏を返せば「何と合わせても失敗しない」という長所といえます。

さらに日本酒は、冷酒でも常温でも熱燗でも楽しめる、他のお酒にはない魅力的な特徴を持っています。こうした日本酒だけが持つ魅力を、日本の食材とともに伝えていきたいと思っています。

取材を終えて

ジュリアンさん

日本文化をこよなく愛するジュリアンさん。売り手の想いをただ押し付けるのではなく、レストランで働くみなさんが「日本酒を扱って良かった!これからもっと売っていこう!」と思えるような提案をしたいと、フランスで日々奮闘している様子が伝わってきました。

昨年より日本語の勉強を始めたというジュリアンさん、今後の活躍に期待したいと思います。

(取材・文:SAKERINA/編集:SAKETIMES)

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