「SAKEが好き。醸造が好き。みんなにもっと料理とSAKEを楽しんでほしい。だからビストロでSAKEを醸すようになったんだよ」
料理と酒造りへの想いを情熱的に語ってくれたのは、Sango Kura(サンゴ クラ)の杜氏兼蔵元のジェイ・クーパーさん。Sango Kuraは、アメリカ・ペンシルベニア州のデラウェアウォーターギャップにある州内唯一のSAKE醸造所です。
醸造所の名前は、日本語の「珊瑚(さんご)」に由来し、無数の生き物の住処である珊瑚と無数の微生物の住処であるSAKEを重ね合わせて名付けられました。
デラウェアウォーターギャップは、ニューヨークシティから車で西に2時間走ったところにある、自然が豊かな山あいの町。木々の豊かな山に囲まれた町の真ん中をデラウェア川が穏やかに流れ、夏はハイキングやカヌー、冬はスキーを目当てに多くの人々が訪れます。
町の人口はわずか1,000人未満。ニューヨークやロサンゼルスといった都会とは違い、日本食や日本酒が十分に浸透しているとは言い難い地域ですが、日本通のジェイさんは、この町でSAKEを広めるべく努力を続けています。
SAKEとの出会いは、日本の家庭料理と晩酌
今から20年前、日本語を学ぶために長らく京都に滞在していたジェイさんは、日本の文化に魅了されます。特にホームステイ先でホストファミリーと一緒に食べた家庭料理と毎日の晩酌で飲んだ日本酒が、日本での素晴らしい体験として今でも脳裏に鮮明に焼き付いているそうです。
「ホストファミリーのおじいちゃんと焼きそばや焼き飯をつまみに酒を飲んだのは最高だった。まさしく家族団らん。今でもはっきりと覚えてるよ」とジェイさんは目を細めます。
アメリカに帰国した後も、ジェイさんは「いつかこの体験を再現したい、みんなに広めたい」と、ずっと思い続けていたそうです。
クーパー家は、デラウェアウォーターギャップの町で人気のベーカリー「Village Farmer and Bakery(ヴィレッジ・ファーマー・アンド・ベーカリー)」を代々経営しています。
家業の飲食業で新しい事業を始めようという話が持ち上がったとき、ジェイさんはベーカリーに隣接する土地で和食ビストロとSAKE醸造所を始めました。もちろん、日本で味わった素晴らしい日本酒の体験を実現させるためです。
とはいえ、和食と日本酒、どちらも習ったことはありません。料理も醸造も独学で学び、記憶の中の料理と日本酒の味を頼りに自分の手で再現したのです。
「僕の和食のルーツは、家庭料理と家での晩酌。だから、うちのビストロのメニューには、焼きそばやお好み焼き、ひじきの和え物もあるんだ。ここはレストランではなく、あくまでビストロだから、あえて気取った料理は出さないんだ。SAKEも気軽に飲める味だよ。家族と一緒に食べる料理に家族と一緒に飲むSAKE、これが重要だよね」と、ジェイさん。
提供する料理はどれも本格的で、人気メニューのラーメンは自身で麺を打つほどの手の込みようです。
2019年に醸造を開始したSango Kuraでは、現在は6本のタンクが稼働し、最大で2,000リットルのSAKEを醸造しています。
酒造りのすべての工程を担うのは、杜氏のジェイさんと蔵人のジョナさんの2人。
ジョナさんは昔から醸造が好きで、どうしても酒造りの仕事がしたくてジェイさんに直接連絡を取り、ここで働き始めました。今では自宅でも趣味でSAKEの醸造を行っているのだとか。SAKEの味わいを追求するためにビールのトレンドも常にチェックするなど、リサーチも欠かしません。
「まだまだ醸造する量を増やそうと思ってるよ」とジェイさんは楽しそうに話してくれましたが、ここにたどり着くまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
まずはライセンスの問題。Sango Kuraはペンシルバニア州で初めてのSAKE醸造所で、当然、行政側に前例がありません。
SAKEを醸造するSango Kuraは、ワイナリーなのか、それともブリュワリー(ビールの醸造所)なのか。行政側にとってSAKEは未知の飲み物だったため、どちらの分類でライセンスを発行するのか、何度も議論があったそうです。
「たかが分類」と思ってしまうかもしれませんが、その分類によって税率や規制が大きく変わります。ジェイさんは、SAKEの醸造工程を何度も説明し、ようやくワイナリーに分類されることが決まり、ライセンスを取得するまでに1年以上かかりました。
続いての苦労は、機材の確保です。ワインやビールの醸造であれば、出来合いの機材をメーカーから購入できることに加えて、どんな機材を選べばいいのかという情報も豊富に揃っています。
しかし、SAKEを醸造するとなると話は別。ここでSango Kuraの立ち上げに協力したのは、ボストンにあるSAKE醸造所・Farthest Star Sakeのトッド・ベロミーさんでした。
トッドさんはSango Kuraの2階に泊まり込み、醸造所立ち上げをサポートしたそうです。トッドさんのアドバイスのもとに機材を揃え、足りないものはジェイさん自らがデザインして地元の加工場で作り上げ、Sango Kuraで酒造りができる環境が整いました。
町のみんなを虜にする「Sango Kura」のSAKE
SAKEの醸造が始まってしまえば後は順風満帆、とは行きませんでした。
Sango Kuraのビストロを訪れるお客さんの多くは、日本酒というと「HOT SAKE」を思い浮かべるようです。HOT SAKEとは、アジア風レストランで提供される過剰に温められたSAKEのこと。HOT SAKEは酒本来の味わいを損なっているので、残念ながら敬遠されがちです。
この難題に打ち勝つためにジェイさんが取った作戦は、至ってシンプル。「みんなが飲みたくなるおいしいSAKEを造り続けるんだよ」ということでした。
「一度でも、おいしくないSAKEを売るとお客さんが離れてしまうから、自分が納得できるSAKEだけを売る。このことが重要なんだ。町のみんなにSAKEを誤解してほしくないんだよ」
Sango Kuraの現在の主力商品は、「JUNMAI GINJO(純米吟醸)」です。精米歩合は60%で、麹米にカルフォルニア産の山田錦、掛米にカルフォルニア産のカルローズを使用しています。酵母は、きょうかい9号酵母ときょうかい7号酵母を試験運用中。
きょうかい9号酵母で醸した「JUNMAI GINJO」は華やかな香りと、甘酸っぱいさくらんぼのような果実味が感じられるすっきりした味わいです。
Village Farmer and Bakeryの人気商品、手作りアップルパイとペアリングしてみると、「JUNMAI GINJO」の果実味がアップルパイのほのかな酸味を引き立ててくれました。クーパー家が造るSAKEとアップルパイの味が響き合うのを感じられる格別のペアリングです。
ほかにも、バーボン好きな地元のお客さんを取り込むためにバーボン樽を利用した樽酒や、ビール好きのために、ノルウェー原産のビール酵母「Kveik(クヴェイク)酵母」を使ったスッキリした飲み口のSAKEなど、さまざまな味わいを探求しています。
ビストロには、「フライト」と呼ばれる数種類のSAKEをお試しで飲むことができるセットがあり、自分好みの一本を見つけることができます。
この効果は抜群。「最初は日本酒に疑心暗鬼のお客さんの多くが、帰るときにはボトルを何本も買って帰るんだよ」と、ジェイさんは「フライト」の効果を話してくれました。
お客さんがボトルを何本も抱えて帰る理由は、SAKEの味わいだけではありません。飾りたくなるラベルデザインも、買う理由のひとつです。
「地元のアーティストとのコラボでできあがったんだよ。レトロSFとピンナップポスター風のラベルデザイン。ファンキーでしょ?お客さんにストレートにアピールするラベルにしたかったんだ」と、ジェイさんは茶目っ気たっぷりに笑います。
宇宙人が人を襲っているように見えるラベル(上記写真の左から3番目)をよく見ると、実はSAKEを勧めているのがわかります。ピンナップポスター風のラベルで女性がおいしそうに飲んでいるのは、もちろん全てSango KuraのSAKEです。
ロゴの字体も、それぞれのラベルに合わせて「1番クールなものを選ぶ」というこだわりよう。ビストロでの食事を目当てに来たお客さんが思わずボトルを手に取ってしまうのも納得です。
人と人をつなげるSAKEの力
「僕を表す言葉は、『発酵の愛情(Love of Fermentation)』と『食の伝道師(Culinary Educator)』。この町でおいしいSAKEを醸し、それを家庭料理とともにビストロでみんなに広める、これが僕だよ。
僕が日本で経験したように、家庭料理をつまみに家族や気の置けない仲間がここに集まって、もっともっと気軽にSAKEを楽しむようになってほしいね。家族団らん、友達の和、これが何より重要さ!」
ジェイさんが語ってくれた家族団らんを表すように、娘のレナちゃんは、醸造所とビストロを楽しそうに駆け回っています。
ジェイさんは、レナちゃんからたくさんの元気をもらいながら、アメリカの山あいの静かな町で、今日も熱い思いを持って人と人をつなげるSAKEを醸しています。
(取材・文:浜田庸/編集:SAKETIMES)
◎取材協力
- Sango Kura
- 39 Broad St, Delaware Water Gap, PA 18327
- Village Farmer and Bakery
- 13 Broad St, Delaware Water Gap, PA 18327
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