アメリカ北東部・ニューイングランド地方で初めてのSAKEの醸造所「Farthest Star Sake(ファゼストスターサケ)」が、もうすぐ完成します。“遥か彼方の星”と名付けられた醸造所を開くのは、オーナー兼杜氏のトッド・ベロミーさんです。

2021年内の醸造所開業を目標に着々と準備を進めているトッドさんを訪ね、酒造りを目指すことになったきっかけや、今後の展望についてうかがいました。

日本酒に魅了され、独学で始めた酒造り

アメリカ北東部に位置するニューイングランド地方は、“アメリカ発祥の地”とも言われる歴史ある地域です。その中心地であるマサチューセッツ州の州都・ボストンは、アメリカ最古の都市公園や築100年を超える建物が並ぶエリアがあり、文化や芸術に加え、近年では金融、医療、工学などの分野でも存在感を高めています。

「Farthest Star Sake」は、そんなボストンから南西方向に車で約40分走ったところにある人口1万2千人の静かな街、メドフィールド市にあります。

Farthest Star Sakeの外観

開業準備中の「Farthest Star Sake」とトッドさん

醸造所に着くと、トッドさんが出迎えてくれました。

生まれも育ちもニューイングランドというトッドさんは、日本の文化に興味を持ち、大学で日本語を専攻をしたのち、刀鍛冶に弟子入りするために日本で4年間暮らしたこともあるのだそう。居酒屋で日本酒を飲むのが大好きで、「まさか自分でSAKEを造ることになるとは思ってもみなかった」と、当時の生活を振り返ります。

トッドさんお気に入りの軽トラ

普段の移動は特別に入手したスバルの軽トラック。右ハンドルのマニュアル車が彼のお気に入りです。

「軽トラは最高の車だよ!小回りがきくし、荷物も載せられるんだ」

軽トラックに貼られた「JA(農業協同組合)」のエンブレムは日本から取り寄せたもの。「軽トラには、やっぱりこのロゴがぴったりだよね」と笑うトッドさん。こんなところにも日本へのこだわりを感じます。

日本酒だけでなくビールの愛飲家でもあったトッドさんは、アメリカに帰国後、当時爆発的な勢いで発展していたボストンのビール会社で醸造家としてのキャリアをスタートさせます。

日本を離れてからも日本酒を楽しんでいたトッドさんですが、アメリカでは思うように日本酒が入手できませんでした。しかし、ある日突然ひらめきます。

「僕は自分でビールを造れるんだから、SAKEも造れるはずだ!」

そう考えたトッドさんはすぐに行動に移します。日本醸造協会に連絡を取って4冊の教本を入手し、日本酒の勉強を始めました。もちろん、日本語で書かれている教本です。それらをすべて読み込み、自宅で酒造りを始めます。

ビール会社で働いているので基本的な醸造の知識はありますが、とはいえ、酒造りは初めての経験です。

普段のビール造りとは異なり、同僚に聞いても答えは返ってきませんし、インターネットで調べられる情報も限られています。日本語の教本を頼りに材料や資材を揃え、アメリカで手に入らないものは日本から取り寄せました。

さらに、ビール会社でフルタイムで働くかたわら、長期休暇を取っては日本に渡り、旭酒造を始めとする各地の酒蔵で酒造りの修行をします。ここでトッドさんの堪能な日本語と、日本滞在時の人脈が活かされました。

試行錯誤の末、トッドさんは自宅でSAKEを造ることに成功します。しかし、トッドさんの情熱はそこで留まりませんでした。

「自分のためだけのSAKEではなく、ボストンのみんなにSAKEを楽しんでもらいたい!」

この夢を叶えるため、本格的な醸造所を建てることにしたのです。2020年秋に醸造所建設のためのクラウドファンディングを実施。コロナ禍のさなか、トッドさんの熱い情熱を認めたボストニアン(ボストン市民の愛称)の協力もあり、醸造所立ち上げの資金を調達することに成功します。

アイディア満載なSAKEのラボ

2021年内の開業に向け、「Farthest Star Sake」にはタンクや蒸し器がすでに搬入され、あとは設置を待つのみ。猛スピードで準備が進んでいます。

Farthest Star Sakeの図面

「醸造のための動線はこのルート。タップルームをこの場所に作って、バーカウンターは壁に寄せるんだ」

びっしりと書き込みがなされた図面と照らし合わせながら説明をしてくれるトッドさんの話を聞くに連れ、完成した醸造所の姿が浮かんできます。酒米は、カリフォルニア州から山田錦とアーカンソー州から雄町を調達する予定です。

「ここで、日本酒度マイナス10の甘いにごり酒と定番の辛口純米酒をメインに醸すんだ。ニューイングランドでは絶対に甘いにごり酒ははずせないね。ここの名産は、甘いメープルシロップ。みんな小さいときから、この甘い味に慣れ親しんでいるんだよ」

ニューイングランドで生まれ育ったトッドさんは、ボストニアンの好みを知り尽くしています。甘いにごり酒はボストンで人気が出そうな予感がします。

Farthest Star Sakeのカップとロゴ

完成したSAKEは、ワンカップサイズの瓶に詰めて地元の酒屋とレストランに出荷する予定です。

「ボストンには、SAKEを知っているし興味もあるけれど飲んだことがない人がたくさんいるんだ。そんな人たちに、まずは僕の造ったSAKEを試しに飲んでもらいたんだよ。そのためのワンカップサイズなんだ。もちろんタップルームでも飲めるようにするよ」

タップルームとは、ビール醸造所に併設されたバーで、できたてのビールが飲める場所を指します。Farthest Star Sakeのタップルームの構想についてたずねると、「いろんな味わいを試すSAKEのラボ、研究所としてのタップルームになるよ」と、トッドさん。

「小さいロットでいろいろと実験して、みんなの反応を研究するところにするんだ。ここでは少なくとも常時8種類のSAKEを試したいね。たとえば、ニューイングランド名産のクランベリーのフレーバーを足してみたり、メイプルウォーターをベースにしたSAKEも面白そうだよね」

メープルウォーターとは、雪解けの季節にカエデから流れ出る天然の樹液のこと。これを煮詰めるとメープルシロップになります。地元に根ざした醸造所を目指すトッドさんらしく、ニューイングランドへの愛と地産地消への強いこだわりを感じます。

バーカウンター

「コンテナを改装してバースペースを作る予定」と話すトッドさん。

2021年夏には東京オリンピックにインスパイアされ、Farthest Star Sakeと地元ブルワリーで特別コラボビールを醸造したのだとか。「9号酵母を使ったビールなんだ」と楽しそうに語るトッドさん。ここでも実験好きな一面が垣間見えます。

「醸造所が完成したら、ポップアップのレストランを招待したり、夏にはフードトラックを集めていろんな料理を試すのもいいよね。夏といえばSAKEモヒートも考えてるんだ」

トッドさんのアイディアは、まさに遥か彼方の星空まで広がっています。

SAKEの可能性は無限

「Farthest Star Sake!」のWEBサイト

SF作品をたくさん観たり読んだりして育ったトッドさんは、幼いころから宇宙への冒険に憧れを抱いていたそうです。そんな想いを込めて名付けた「Farthest Star Sake」のウェブサイトには、“Call to Adventure(冒険への呼びかけ)”のフレーズが大きく書かれています。

「宇宙船に乗って“Farthest Star(遥か彼方の星)”に向かう冒険ってカッコいいよね。僕はその冒険を自分の酒造りの挑戦に重ねているんだ。僕が目指すのは遥か彼方の星。そして、SAKEの可能性も無限。Farthest Star Sakeのこれからの大冒険が楽しみだよ!」

タップルームで使用するテイスティング用のカップには、「Farthest Star Sake」のクールなロゴがきらめく星とともにプリントされ、出番を待っています。Farthest Star Sakeの、これから始まる大冒険に注目です。

(取材・文:浜田庸/編集:SAKETIMES)

◎取材協力

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