2020年6月8日、浅草にどぶろくの醸造所「木花之(このはなの)醸造所」が誕生しました。醸造所の名前は、台東区の区木でもある「桜」が咲くように美しい姫という意味があり、酒造りの神様でもある「木花之開耶姫(コノハナノサクヤビメ)」に由来しています。

「その他の醸造酒免許」を取得して、この醸造所を立ち上げた株式会社ALL WRIGHTは、どぶろくなどのお酒を醸すとともに、造り手たちが"往来"する場所となることを目指しています。

今回は、木花之醸造所を運営する株式会社ALL WRIGHT 代表取締役の細井洋佑さんと醸造長の岡住修兵さんに、木花之醸造所での酒造りや今後の構想についてお話をうかがいました。

麹室を併設したコンパクトな醸造所

木花之醸造所タンク

どぶろくを製造する蔵の中には、乾燥の麹を購入して短期間で仕込む蔵もありますが、麹室を併設した木花之醸造所では麹造りから仕込んでいます。

ガラスで囲われている仕込み蔵は、30㎡弱の狭い空間。その中に、電気式の甑や3つのタンクなど設備がぎゅっと詰まっています。必要最低限の設備ですが、それらを工夫をしながら酒造りが行われています。

木花之醸造所 麹蓋

米は、90%精米の秋田県産改良信交。麹造りには麹蓋を使い、仕込みは清酒と同様の三段仕込みです。狭い麹室はガラス張りということもあって、窓際は外気に左右されやすく、場所によって温度が異なるのが難点なのだそう。

そのため、温度変化に注意を払い、麹蓋の位置を変えなければなりません。発酵タンクにはクラフトビールの醸造で使われる500リットルのタンクを使っています。仕込み日が違うと温度変化も異なりますから、それぞれのタンクに適した温度を保つため、個別に調節しなければなりません。

醸造長の岡住さん

醸造長の岡住修兵さん

醸造所に麹室を併設することを提案したのは、醸造長の岡住さん。その理由をこう語ります。

「休日がないほど手間をかけなければいけませんが、モノづくりとしては良い方法です。酒造りが面白くて、好きだからできるんですね。自分で麹から造ることができれば、工夫もできます。良い酒には良い麹が必要ですから」

意識しているのは「モノづくりの精神」と、岡住さんは続けます。

「ひとつひとつの工程をていねいに、確実に見てから判断する。それを常にやり続ける。工程が複雑になるかもしれませんが、おいしい酒を造るには毎日面倒を見るのが大事だと考えています。もちろん、工程を簡素化しているものより、まずくなる可能性もありますが、だからこそ面白いのです」

仕込み

取材当時、3本目のタンクの瓶詰めが終わったところでした。3本のタンクはそれぞれレシピを変えて造ったそうです。

「それぞれの工程において工夫をして、どこを変えると良くなるのか、おいしくなるのかを確認しながら進めています」

酒造りのすべての工程を手掛けるには技術と知識が必要ですが、実は岡住さん、大学卒業後に新政酒造で4年半を過ごした経歴の持ち主。当時は製麹を担当していたそうです。木花之醸造所でも多くの経験を積んでいるようで、「今の方が良い麹ができているかもしれない」と、自信がついた様子を感じられました。

身体にすっと染みる飲みやすいどぶろく

どぶろく

木花之醸造所で醸されたどぶろくは、木花開耶姫(コノハナノサクヤビメ)が咲かせた桜の中を潜るかのような幸福感を味わってほしいと、「ハナグモリ」と名付けられました。

「ハナグモリ」には、ラベル表示義務のない添加物は使われていません。全量生酛造りの新政酒造で酒造りを学んだ岡住さんにとって、無添加での酒造りは当然なのでしょう。

タンク

3本目のタンクから瓶詰めされたどぶろくは、フルーティーで麹由来の香りがあり、米の甘みがありつつも、酸が高いため後味は軽快でさわやかな印象。米がきちんと溶けているので、粒感は少なく口当たりも滑らかな仕上がりです。

酒質設計はどのように進めているのでしょうか。

「身体になじむもの。引っかかりなくスッと口に入っていくもの。飲みやすいと言ってもらえるような酒を造っています。地元の方々や観光客に楽しんでもらいたいですね」

どぶろくビギナーにも楽しんでもらいたいので、飲み物として純粋においしいものを目指しているようです。

店内

「ALL (W)RIGHT -sake place-」

また、木花之醸造所には、飲食店「ALL (W)RIGHT -sake place-」が併設されています。造りたてのどぶろくはもちろんのこと、全国の日本酒やクラフトビールも楽しむことができ、和をテーマにした料理も豊富です。

代表の細井さんは「造っている人の顔、造っている場所、それらを見ながら飲んでほしい」と、ライブ感を大事にしています。

代表の細井さん

株式会社ALL WRIGHT 代表取締役の細井洋佑さん

冷蔵庫には瓶詰めされた「ハナグモリ」が陳列されていますが、現在出荷されているのは火入れされたもののみ。「ハナグモリ」の生酒を味わえるのはここだけです。4本目のタンクから搾られたどぶろくはドライですっきりとした印象。清涼感があり、プチプチとした炭酸の刺激も感じます。

「今後はエキセントリックなものも造っていきたい」と話す岡住さん。木花之醸造所を訪れるたびに、新しい味わいのどぶろくに出会えるかもしれません。

若い醸造家のステップアップの場として

木花之醸造所の最大の特徴は、若い醸造家たちの修行の場としての役割を持っていることです。ここでは、酒造りのすべての工程に携わることができ、あわせて商品開発や販売なども経験できます。まさに自分の考えた酒を造ることができる場所です。

「夢があり、技術も兼ね備えている若者がたくさんいるので、そんな人たちに自分が持っている技術はすべて伝えたい」と、岡住さんは話します。自分自身がロールモデルとなり、この場所から醸造家が生まれていくことを願っているそうです。

「味が変わっていってもいいんです」と話すのは、代表の細井さん。

「初代醸造長の岡住さんが造る味はある。でも、それを引き継いでいくというより、変化を楽しみ、飲み手もそれを楽しんでほしいです。ここは醸造を身近に感じる場所であり、醸造家の顔が見える場所。新しい造り手に変わったら、地元の人たちから『今度は君か!がんばれよ!』なんて、そんな会話をしながら飲んでもらえたらいいですよね。

全国に若い蔵人が増えていますが、独立したいと考えていても、それを実際に行うには非常にハードルが高いのが現状です。そこで木花之醸造所が若い醸造家たちのステップアップにつながる役割を担えたらと思っています」

醸造や販売経験を積み、ノウハウや資金調達の方法も学べる場所を目指すという木花之醸造所。このプロジェクトが軌道にのれば、単なる醸造所だけでない、醸造家の育成の場という価値が加わります。

左から代表の細井さんと現醸造長の岡住さん

「この場所で自分の味を作り、自分のファンを作っていく。そして各地へ旅立っていく。全国各地で木花之醸造所出身の醸造家が、新しい酒を造っていったらすごく面白いよね」と、お二人は熱く語ります。

岡住さんは、現在、秋田で独立する準備を着々と進めています。

「秋田の新政酒造で初めて酒造りをして、その時に秋田の方々に本当にお世話になりました。だからこそ秋田で起業し、恩返しをしたいと思っています。規制緩和は必ず起きます。日本酒蔵を新たに立ち上げられるように、僕たちは行動するのです」

酒造りの新たな可能性に挑戦する細井さんと岡住さん。近い将来、木花之醸造所で育った若い醸造家が、各地で蔵を構える日が来ることを楽しみに待ちたいと思います。

(取材・文/まゆみ)

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