のどかな田舎道を抜けると現れる、住宅街の中に格式ある門構え。丁寧に手入れされた中庭、井戸、社。
平安時代、1141年から続く蔵元として有名な須藤本家は茨城県の中央部、笠間市に位置する。
訪れたその日、蔵の敷地を囲む高い木々は紅葉真っ只中。
秋晴れの空から葉がひらひらと舞い降りてくる光景はとても神秘的だ。
蔵全体を包む、何とも言えない凛とした空気。昨今の近代的な工場を思わせる酒蔵とは違い、須藤本家が生み出す空気は神聖な寺社仏閣のそれと同じなのである。
茨城県の観光モニターツアーの一環で、酒蔵をめぐる旅。今回はその第1弾である。
大きな期待と少し緊張感を胸に、蔵の中へ向かう。
国内外問わず注目される須藤本家
2007・2008年にIWCで金賞を受賞するなど、国内外問わず注目される須藤本家は、イギリスのBBCやフィナンシャルタイムズをはじめ、世界各国のメディアに取り上げられることも多い。
また、笠間市が乾杯条例を制定していることもあり、全国日本酒条例サミット開催への働きかけ、國酒プロジェクトへの参加など、酒蔵としてのアクションも世界基準である。
総理官邸賓客用の日本酒として採用された「花薫光」は、安倍首相からベトナムの国家元首にも贈答されるなど、まさに世界に羽ばたくSAKEなのだ。
日本酒は全て純米大吟醸のみで統一。
歴史的には全国で初めて生酒やひやおろしを販売するなど、日本酒の歴史において常にチャレンジと革新を起こしてきた実績も持つ。当主は第55代 須藤源右衛門氏。国内のみならず世界各国で日本文化と日本酒を伝える伝道師である。
洗練された酒造り。品質は国境を越える
「洗練」という言葉は須藤本家を表すのにぴったりな言葉だ。
上述した「純米大吟醸のみ」のラインナップは、日本酒をあまり知らない消費者にとってもわかりやすい商品構成だが、このこだわりはいかにして生まれたのか。
「元々高精白のお酒造りをしていたので、規定があとからやってきて、結果的に純米大吟醸になりました」
野暮な質問であったと反省すると同時に、ストンと腹落ちする。
今のような特定名称や基準がない時代、そのころから美味しさを追求してきたのだから当然だ。
美味しさの考え方は千差万別。一概に純米大吟醸だから美味しいということではないが、
この言葉の中に、須藤本家が長く支持され続けてきた理由が垣間見えた。
海外の方々が好むお酒はどういったタイプのものが多いですか?
「品質は国境を超えるのです。PRがうまいだけでも結局は続かない。そして日本だから、海外だからとかではない。共通なのは品質なのです」
これまた間を置かずに返ってきた。
当主の静かな言葉には重みがあり、シンプルで明快な答えだ。
技術力への自信と、酒造りに対する強い意志がうかがえる。
事実、須藤本家では出品酒も他のお酒と同じように市販されている。
出品酒をわざわざ小仕込みで醸す蔵元も多い中、「一般で飲めない酒では意味がない」と言い切るその姿勢が、日々の酒造りに対する高いハードル設定にもなり、高品質を維持していることは想像に難くない。
すべて純米大吟醸。高い技術から生み出される豊富なバリエーション
良質な水源と収穫後5ヶ月以内の新米にこだわった純米大吟醸は、身体との親和性が高いため、受け入れやすく抜けやすいという。要は心地よく酔え、酔い覚めがいいということだ。
今回いただいたのは3種類。
1, 青りんごのような爽やかな香りがあり、キレが良く魚介にも合わせやすい「山桜桃(ゆすら)無濾過 生々」
2, 柔らかくふくらみはあるが、滑るような軽さで生酛のイメージが変わる「郷乃誉 生もと」
3, エレガントなハーブのような香りがしっかり楽しめる「黒吟 無濾過 生々」
全て純米大吟醸ながら、これほどの種類を展開できるのは技術力の高さゆえ。
世界の中の日本人らしさ
私たちは、日本酒のことを特別扱いしすぎているのかもしれない。
日本人にしかわからない味覚があり、それが美徳なのだと勝手に思っているのかもしれない。
本当に良いものは、どこにいっても良いものなのだ。
世界で活躍する須藤本家の姿勢は、閉じた世界から抜け出すヒントを与えてくれるように思う。
磨き上げられた質の高い日本酒を飲めば、心地よさと同時にピリッと身が引き締まる。
須藤本家の日本酒は、私たちが忘れかけている「世界の中の日本人らしさ」を思い出させてくれるようだ。
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