秋田県を代表する銘酒として、東北地方はもとより全国にその名を知られる「高清水」。手がける秋田酒類製造は、家庭や飲食店で気負わず気張らず飲める"いつもの酒"にこだわった造りで、多くのファンに愛されてきました。
そんな彼らが、2017年に日本酒業界を驚かせる商品を発売しました。その名も「加温熟成解脱酒(かおんじゅくせいげだつしゅ)」。
半年熟成の純米吟醸酒ながら10年ものの熟成古酒のような芳醇な香りをまとい、それでいて甘みと酸味のバランスが取れたフレッシュな飲み心地が味わえる、黄金色に輝くお酒です。
この日本酒は発表されるやいなや日本酒関係者だけでなく、名だたるシェフやソムリエから絶賛されました。日本酒の新ジャンルとも言える画期的な商品はどのようにして誕生したのか、その秘密に迫ります。
長期熟成酒だけにあらわれる現象を再現
日本屈指の米どころである立地を生かし、江戸時代より日本酒の製造が盛んに行われてきた秋田県。昭和19年に発令された企業整備令により、県内で酒造業を営んでいた12軒の蔵が集結し、設立されたのが秋田酒類製造株式会社です。
代表銘柄「高清水」は、蔵を構える秋田市内に今なお湧く霊泉「高清水」にちなんだもの。良質なお米と奥羽山系から湧き出る豊富な地下水を使い、社是に掲げた「酒質第一」の酒造りに励んでいます。
「加温熟成解脱酒」という摩訶不思議な名前のお酒が生まれるきっかけとなったのは、2016年のこと。生みの親である生産本部長の古木吉孝さんは、当時を次のように振り返ります。
「品質管理を担当している社員が、研究で使ったまま放っておいた瓶を持ってきて、"お酒が腐っている"と言うんです。見ると、中に茶色のオリがふわふわ浮いている。そして、全体が黄金のようなきれいな色に変化していました。そのとき、『これは解脱だ!』とピンときたんです」
「解脱(げだつ)」とは仏教用語で、俗世の迷いや苦しみから抜け出し、悟りを開くこと。転じて、長期熟成酒や古酒の愛好家の間では、貯蔵中に熟成が進みオリが発生した状態に用いられ、品質の高さの指標となっています。
古木さんは一目でその正体を見抜き、なんとか製品化したいと試行錯誤を始めます。何より惚れ込んだのはその色。ウィスキーのように濃すぎず、ビールほど黄色くもない。濃厚な蜜のような色合いに、「日本酒独特の色を楽しむ新しい酒ができるかもしれない」と胸を弾ませました。
もともとお酒の劣化や、お酒を濾過して透明にする研究を行っていたという古木さん。できあがったお酒に熱を加えることで、色が変化すること自体はすでにわかっていました。
そこで、どれくらいの温度と時間をかければ理想の色を出現させられるかを分析。味わいも色に合わせて調整し、酸味と甘みが際立つ原酒を選び出しました。
香りはしっかり熟成しているのに、味わいはフレッシュ
「加温熟成解脱酒」の開発では、色と香りのバランスに苦労したのだそう。
「色のコントロールもどれくらいで解脱が起きるかもわかっているのに、温度や時間だけで仕上げようとすると香りが不安定になってしまう。そこで頼るのはやはり自分の舌と鼻の感覚です。ほとんどできあがった状態で小刻みにチェックし、思い描くゴールまで持っていくようにしました」と、古木さん。
製品化した今でさえ、同じ温度で加温したとしてもベストな香りが出る時間はまちまち。最後は必ず古木さん自身が確認し、納得したものしか出さないように品質のチェックを徹底しています。
「適度な時間、適度に加温すること」で、香りはしっかり熟成しているのに味はフレッシュな「今までに感じたことのない味」ができあがった「加温熟成解脱酒」。当然ながら、詳しい製法については社外秘です。
偶然が育んだ突然変異か、はたまた現代の錬金術か。長年にわたって取り組んできた古木さんのいくつもの研究が不思議な縁で結ばれ、「加温熟成解脱酒」は誕生したのです。
一般的な日本酒とも熟成古酒とも違う、独特の味わいはフレンチのシェフやソムリエをも魅了。ペアリングを楽しむイベントも開催され、そのたびに大きな反響を巻き起こします。
「いろいろな"遊び"についていけるのがこの酒の力であり、造ってよかったと思うところです。思いの強さだけで始めたことですが、お酒にも力があったということでしょうね」
発売にいたるまでは社内でもさまざまな意見があり、どうやって売り出すのか、大いに頭を悩ませたといいます。しかし、裏を返せばそれだけ新しいお酒だったということ。「日本酒を楽しむシーンが変化に富み、あらゆる味わいが受け入れられるようになった今だからこそ、価値を感じてもらえるお酒」と期待を寄せます。
「自然には造れないお酒ですから、生み出してしまった葛藤がないといえば嘘になります。でも、こうして研究の成果が商品として世に出て行くのはうれしいし、バックグラウンドについていろいろ想像を巡らせながら味わってもらえたら楽しみ方も広がるのではないでしょうか」と、古木さんは話してくれました。
美しい黄金色の中にいくつもの謎を隠す酒。「加温熟成解脱酒」は、まだ見ぬ新たな日本酒の世界の扉を開いたのかもしれません。
熟成酒のプロも認めた「加温熟成解脱酒」の実力
そんな「加温熟成解脱酒」を、熟成古酒のプロはどう見るのでしょうか。東京都杉並区の古酒・熟成酒専門店「いにしえ酒店」の薬師大幸さんに、テイスティングを依頼しました。古木さんとともに開発にあたった、秋田酒類製造株式会社の倍賞弘平さん(係長 事務取扱)が立ち会い人を務めます。
2016年にオープンした「いにしえ酒店」は、多くの人に古酒の魅力を知ってもらいたいとの思いで、全国の酒蔵から貴重な古酒や熟成酒を仕入れて販売しています。
店内では全てのお酒を一杯200円から試飲可能。常時150~200種類のラインナップが並びます。
訪れるお客さんは意外にも日本酒や古酒のマニアだけではありません。お酒全般が好きで、新たなジャンルを開拓したいとやってくる人が多いのだそう。
実は薬師さん、懇意にしている蔵元たちとの会話から、熟成古酒は温度の積算でできあがることを知り、自ら実験してみたこともあるツワモノ。しかし出来栄えは散々なもので、「加温熟成解脱酒」の発売を聞いた際にはとても驚き、周囲の熟成古酒ファンの間でも大きな話題になったそうです。
そんなエピソードをもつ薬師さんにテイスティングをしていただきました。
「とにかく色がとてもきれいですよね。熟成香も老ね香にならないギリギリで、濃すぎず穏やか。口に含んで舌に感じる味わいの順番も素晴らしいです。パッと甘くなって、そのあとほんのりとした苦味、最後に酸がくる。いきなり酸味や苦味がくるお酒もある中で、抜群にバランスがいいですね。
熟成酒や古酒は自然至上主義のようなところがあって人の手を介在してはいけないと言う方もいますが、技術でここまで造り上げてしまうのは単純に感動します」
倍賞さんからの「冷やして飲んでもおいしいんです」というアドバイスに、「熟成酒や古酒はだいたい常温以上で飲むというセオリーがありますから、その点でも幅が広がりますね」と、うなずく薬師さん。
「加温熟成解脱酒」は、どんな方におすすめできるお酒なのかをたずねると、薬師さんは次のように答えてくれました。
「古酒や熟成酒のニュアンスを感じてもらうのにぴったりなので、入門としておすすめしたいです。古酒の世界は一期一会。おいしいものに出会っても次があるかはわからない。それが面白さでもあるのですが、たとえば、一部人気銘柄のように、安定した入り口が必要だと常々思っていました。このお酒を飲めば、きっと古酒や熟成酒に興味を持ってもらえるのではないでしょうか」
大量生産できない古酒や熟成酒を数多く扱っている薬師さんの言葉に、胸をなでおろした様子の倍賞さん。「今までの高清水とはイメージが違うお酒だと思いますが、加温熟成解脱酒の味わいに対して、自信が確信に変わりました」と笑顔がこぼれていました。
新たな世界の扉を開く一本
昭和の時代からレギュラー酒で名を馳せた「高清水」が繰り出した革新の一手ともいえる「加温熟成解脱酒」。日本酒の可能性を広げる一本として、業界に一石を投じる存在となりました。
黄金色の中に隠されたあふれるロマンと謎は、この酒に出会った人々を魅了しています。日本酒カテゴリーの枠を超え、唯一無二の個性を放ち続ける「加温熟成解脱酒」。ぜひ味わってみてはいかがでしょうか。
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◎取材協力
(取材・文/渡部あきこ)
sponsored by 秋田酒類製造株式会社