「International Wine Challenge」(インターナショナル・ワイン・チャレンジ/IWC)は、もっとも権威のある世界最大級の酒類品評会のひとつです。

2026年のSAKE部門では、福井県鯖江市で「梵(BORN)」を醸す加藤吉平商店が、古酒とスパークリングの2カテゴリーで最高賞のトロフィーをダブル受賞する快挙を成し遂げました。

深みのあるウイスキーや上質なチョコレートを思わせる重厚な香りに、ドライフルーツのような凝縮された甘みが重なる「梵・天使のめざめ」。そして、精米歩合20%の純米大吟醸酒を瓶内二次発酵させ、シルクのようななめらかな口当たりと澄んだ酸味を際立たせた「梵・プレミアムスパークリング」。

「梵・プレミアムスパークリング」(画像左)と「梵・天使のめざめ」(画像右)

「梵・プレミアムスパークリング」(画像左)と「梵・天使のめざめ」(画像右)

世界中の酒類のプロフェッショナルで構成される審査員を唸らせたその香りや味わいは、決して一朝一夕で生まれたものではありません。

なぜ、福井県の小さな城下町で生まれた日本酒がダブル受賞を達成することができたのか。その背景には、若くして蔵を継ぐことになった蔵元の覚悟と、泥臭い挑戦の歴史がありました。

18歳で背負った試練と、世界へ挑んだ「BORN」の志

メガネフレームの名産地として知られる福井県鯖江市。江戸時代中期に両替商・庄屋としてこの地で創業し、1860年から酒造りを続けている加藤吉平商店の歴史は、1976年に予期しない形で大きな転換期を迎えました。

福井県鯖江市にある加藤吉平商店(直売所)

福井県鯖江市にある加藤吉平商店(直売所)

11代目当主の加藤団秀(かとう・あつひで)さんが酒蔵を継ぐという決断をしたのは、わずか18歳の時。

当時、慶應義塾大学に入学したばかりで、同年9月からはアメリカ・ハーバード大学への留学を控えていたその時、先代である父が急逝します。若き日の加藤さんは、留学を断念し、家業を継ぐという選択をしました。

「ハーバード大学の入試の面接では、当社で代々引き継がれてきた『梵』という銘柄に、世界に通用する『BORN』という意味を込め、『飲んだ人たちに輝く未来が生まれるような酒を造り出す』という目標を話しました。このスピーチがあったからこそ、合格できたのではないかと思っています」

加藤吉平商店 11代目当主・加藤団秀さん

加藤吉平商店 11代目当主・加藤団秀さん

留学は中断することになりましたが、胸に抱いた「世界」への志を捨てることはありませんでした。しかし、志だけで切り拓けるほど、世界の壁は甘くありません。いざ海外市場へ目を向けた加藤さんを待ち受けていたのは、日本酒の認知度の低さと、国際ビジネスの厳しい現実でした。

加藤吉平商店がこれまで登録した商標の一部

加藤吉平商店がこれまで取得した商標の一部

「海外輸出をするならば、最初に必要なのは商標登録。これがないと世界で戦うことさえできません」

世界へ進出するには、まずは自社のブランドを守らなければならないと考える加藤さんは、国内外での商標登録に積極的に取り組んでいます。現在では、48の自社商品に対し、合計194件にも及ぶ世界各地の商標権を取得しました。

世界への強い意志を持ち続け、地道な歩みを重ねた結果、「梵」は2019年に100か国への輸出を達成し、日本で最初の「100か国輸出蔵」となります。輸出先はその後も拡大し、2026年9月現在、世界120か国・170地域にまで成長することができました。

「梵」の取り扱いがある国や地域の地図

画像提供:加藤吉平商店

しかし、単に商品を届けるだけでは世界で愛されるブランドにはなれません。海外への展開においてもっとも重要なのは、「現地の関係者に『梵』の“本当のファン”になってもらうことだ」と語ります。

「どんなに大きなレストランでも、アルバイトスタッフを含めた全員に名刺を渡し、実際に『梵』を飲んでもらうようにしています。お店からは『ソムリエが試飲すれば充分』と言われることもあるのですが、『テイスティング用の商品はすべてうちが負担しますから』と言ってお願いするんです。

そうやって実際に飲んでもらうと、スタッフが『梵』のファンになり、自分の言葉でお客さんに勧めてくれるようになります」

台湾への出張の様子

台湾への出張の様子(画像提供:加藤吉平商店)

さらに、現地の輸入業者に対しても情熱的なアプローチを怠りません。定期的に福井県の蔵へ招き、自らの酒造りの背景や想いを伝えています。

「我々の想いを知ってもらうことで、日本酒の冷蔵管理がまだ浸透していない地域であっても、現地の担当者が『加藤吉平商店の日本酒はとても繊細だから、到着したらすぐに冷蔵庫に入れてほしい』と、店舗の担当者に自主的に伝えてくれるようになるんです」

現場の言葉に耳を傾け、一人ひとりと向き合う誠実なコミュニケーション。その積み重ねこそが、世界における「梵」の存在感を決定づけました。

2026年2月の天皇誕生日祝賀レセプションでは、2026年のIWCでスパークリングカテゴリーのトロフィーを受賞した「梵・プレミアムスパークリング」が、多くの国々の在外公館で振る舞われるまでに至ったのです。

「お酒は心で造るもの」

「IWC 2026」でトロフィー2冠を手にした「梵」の味わいは、どのような現場から生まれるのでしょうか。

その品質を支えているのは、加藤さんが徹底してこだわる“心で造る”という信念と、“当たり前のことを当たり前にこなす”という現場の姿勢です。

「良い蔵かどうかは、足を踏み入れた瞬間にわかります。建物が古いか新しいかにかかわらず、徹底的に清掃されている蔵は香りがまったく違うんです」

加藤吉平商店の仕込み室

その言葉のとおり、加藤吉平商店の蔵内には、清涼でフルーティーな香りが満ちています。製造場は全3棟で、二級建築士の資格を持つ加藤さん自らが設計を担当。全館に耐震・耐火対策を施し、酒造りに必要な理想の環境を整えました。

海外でも評価される「繊細でありながら芯のあるうまみ」を生み出すため、2003年からは醸造アルコールを添加しない全量純米造りに舵を切り、自社専用の精米設備を県内外に建設。兵庫県特A地区産の山田錦や地元・福井県産の五百万石を自社で磨き上げ、独自に培養したオリジナル酵母とともに、世界基準のクオリティを追求し続けています。

伝統的な手造りの良さを守る一方で、正確性と再現性が求められる現場には最新技術を惜しみなく導入しています。

1トンもの蒸米に対し、15〜20人がかりで作業を行う6つの麹室では、各室の温度・湿度・酸素濃度をモニターで精密に管理。あらかじめ設定した数値に達すると、蔵人全員のスマートフォンへ一斉に通知が飛ぶ仕組みを構築しました。

加藤吉平商店の麹造りの様子

画像提供:加藤吉平商店

「麹造りの作業は人の感覚だけに頼ると、どうしてもズレが生じてしまう。たとえば、麹の品温が40℃になったら次の作業に入る場合、その直前の温度で通知が届くように設定しておけば、全員がほぼ同時に麹室へ集まることができます。手作業で品質が上がるところは蔵人の手を掛け、正確性や効率性が求められる工程には最新機器を導入しています」

麹室から米麹を出す「出麹(でこうじ)」の工程では、社内で手づくりしたプラスチック製のすのこを使用。米麹をその上に広げ、シリコン張りの専用室で風を当てることで、熱を持った米麹を一気に冷ましながら乾燥させます。

加藤吉平商店の出麹室

仕込みには、地下184メートルから汲み上げた地下水を使用。タンクが並ぶ仕込み室には、BOSEのスピーカーと振動板からNHK交響楽団によるモーツァルトの演奏を響かせ、もろみに適切な振動を与えながら発酵を進めます。

櫂入れには、棒の内側から圧縮空気が噴き出す特殊な道具を使い、タンクの底に沈んだ米を空気の力で一気に浮き上がらせてもろみ全体を撹拌するなど、各工程に最良の機器を取り入れています。

加藤吉平商店の仕込み室

そして、加藤さんが“酒造りの核”としてもっとも大切にしているのが、働くスタッフたちの存在です。世界を感動させる酒造りは、現場で働く一人ひとりの情熱なしには成り立ちません。

「お酒は心で造るもの。だからこそ、造り手の心が満たされていることが何よりも大切なんです」

そう語る加藤さんの言葉どおり、100人を超える従業員のうち約8割を女性が占める加藤吉平商店では、3~4時間の時短勤務制度を導入し、小さなお子さんのいるスタッフも無理なく働ける環境を整備。全員に支給されるボーナスや円安手当、退職金制度の充実など、従業員に寄り添う取り組みが徹底されています。

加藤吉平商店の梱包作業の様子

国内に出荷される商品には、梱包担当者の名前が記された検品票が同梱され、お客さんからの感謝の言葉は必ずその担当者へと届けられます。

自分の仕事に誇りを持てる工夫に加え、製造担当と梱包担当がお互いの作業を体験し合う機会を設けることで、部署を超えて尊敬し合える関係性を構築。年に3回のイベント「ファンの集い」には全従業員が参加し、6月の造りが終わる時期には豪華な会食で労うなど、全員で達成感を分かち合う文化が根付いています。

醸造から梱包に至るまで、徹底された品質管理と働くスタッフ全員の誇り。心のこもった現場の営みこそが、世界で評価される確かな味わいを足元から支えているのです。

「IWC」は、情熱を燃やし続ける最高の指標

海外への販路拡大に力を入れる加藤吉平商店では、積極的に世界各国の酒類コンテストに出品し、17年間で通算1,000以上もの賞を獲得してきました。

加藤吉平商店がこれまでに獲得した賞状やメダル

「自社から直接出品するものだけでなく、現地の流通業者が独自に出品することも多くあります。海外の品評会で受賞することが彼ら自身のプロモーションになり、何より『受賞のためには日本酒を適切に管理しなければならない』という意識が、現地での厳格な品質管理の向上に直結しているからです」

そうして世界中の賞を獲得してきた同社において、なかでも特別な存在として位置づけられているのが「IWC」です。

世界のワイン市場に絶大な影響力を持ち、もっとも厳格かつ名誉あるコンテストとして知られるIWCについて、加藤さんは「加藤吉平商店の原点であり、世界の頂点。そしてもっとも平等で公平なコンテスト」と評します。

「SAKE部門が始まった2007年にチャンピオン・サケを受賞された菊姫さんの表彰式の様子がCMとして北陸三県で放送されたのは今でも鮮明に覚えています。IWCでの受賞は業界内だけでなく地元の反響も格段に大きいと感じます。

我々にとっても特別なコンテストで、IWCという最高峰の指標がなかったら、ここまで酒造りへの情熱を保ち続けられなかったかもしれないとも思います」

「IWC 2010」の表彰式の様子

「IWC 2010」の表彰式の様子(画像提供:加藤吉平商店)

2010年に「梵・吟撰」がチャンピオン・サケに選出されたほか、他の年でも数々のトロフィーやメダルを獲得。そして2026年、最高峰の舞台で再び目覚ましい快挙を達成します。「梵・天使のめざめ」が古酒トロフィー、「梵・プレミアムスパークリング」がスパークリングトロフィーという、前代未聞のダブルトロフィーを受賞したのです。

「加藤吉平商店のすべてのお酒には、それぞれの物語があります。名前もデザインも、その物語を表現するために考案しているんです」

世界最高峰の審査員たちを唸らせた2つの受賞酒について、加藤さんがそのストーリーを明かしてくれました。

「IWC 2026」の古酒トロフィーを受賞した「梵・天使のめざめ」

「IWC 2026」の古酒トロフィーを受賞した「梵・天使のめざめ」

古酒トロフィーに輝いた「梵・天使のめざめ」は、自社のオリジナル酵母である「パイナップル・すももちゃん酵母」で醸したお酒を、フランス産のオーク樽で10年以上じっくりと熟成させたものです。深みのあるウイスキーや上質なチョコレートを思わせる重厚な香りに、ドライフルーツのような凝縮感のある甘みとジューシーな果実感を兼ね備えています。

「パイナップル・すももちゃん酵母で醸すと、その名前のとおり、本来は甘酸っぱくかわいらしい味わいになるんです。それが10年という歳月をかけてオーク樽で熟成されることで、まったく新しいおいしさへ生まれ変わる。その感動を『天使のめざめ』という名に込めました。生産量が少なく、限られた贅沢なお酒ですが、実はバニラアイスにかけると絶品なんです」

「IWC 2026」の古酒トロフィーを受賞した「梵・天使のめざめ」

「IWC 2026」の古酒トロフィーを受賞した「梵・天使のめざめ」

一方、スパークリングトロフィーを獲得した「梵・プレミアムスパークリング」は、精米歩合20%まで磨き上げた純米大吟醸のうすにごり生原酒を瓶内二次発酵させたスパークリング日本酒です。柑橘系の澄んだ酸味と果皮のような心地良い苦味、米由来のシルキーな口当たりが感じられます。

「世界市場でスパークリング日本酒を展開してきた経験から、クリアに濾過したものより『にごり酒』のほうが圧倒的に高く評価されると感じています。透明なスパークリング日本酒はワイン文化圏では“シャンパンの模倣”と見られやすいのですが、にごりのスパークリングなら、日本酒らしい米由来の豊かな味わいがしっかりと伝わるからです。瓶内で1か月発酵させたあと、マイナス10℃で1年間熟成させることで、極めてなめらかな口当たりに仕上げています」

世界最高峰のコンテストで認められた味わいと、その裏にある世界を目指し続けた妥協なき物語。それらが結実したダブル受賞は、まさに長年の挑戦の賜物と言えます。

SAKEが人々の未来を輝かせる日まで

「飲んだ人たちに輝く未来が生まれるような酒を造り出す」

その想いから「梵」に「BORN」という意味を込め、1976年に18歳で社長に就任してから50年間、世界中を飛び回り続けてきた加藤さん。数ある酒蔵のなかでも群を抜く世界120か国以上へ進出しながらも、世界に196の国があることを踏まえ、「まだまだ目標の途中」と背筋を伸ばします。

加藤吉平商店の日本酒

「IT企業で働いていた息子(12代目・孝淑さん)が、『蔵を継ぐつもりで帰ってきた』とはっきり言ってくれたことを心強く思っています。まだ夢の実現の途中ですが、こうして次の代、さらにその先の代へと想いがしっかりと受け継がれていく。これほど心強いことはありません」

IWCをはじめとする世界最高峰の品評会で正当に評価され、権威ある賞を獲得し続けることは、加藤吉平商店にとって世界進出の確固たる道標であり、酒造りの情熱を絶やさない原動力となってきました。世界基準の厳格な審査が存在するからこそ、日本酒の可能性はどこまでも広がっていくのでしょう。

多様な価値観と文化が混じり合う世界で、たくさんの「おいしい」という賞賛を獲得してきた「梵」。夢を語る加藤さんの目は、IWCで示された世界の頂のその先、SAKEが世界中で当たり前のように愛され、人々の未来を輝かせる日のことを見つめています。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

2026年の上位入賞酒を楽しめるイベントが10月に開催!

「IWC 2026」のSAKE部門の上位入賞酒を楽しめる日本酒イベント「プレミアム日本酒試飲会」が、10月17日(土)に開催されます。当日は、2026年のトロフィー受賞蔵から25点以上の銘酒が集結します。この機会に、世界が評価した最高峰の日本酒を飲み比べてみてください。

◎イベント情報

  • 名称:IWC2026 SAKE部門受賞 プレミアム日本酒試飲会
  • 日時:2026年10月17日(土)
    【日本酒トークセッション】12:45~13:45
    【第1部】14:00~15:30
    【第2部】16:30~18:00
    ※各部入れ替え制。開始時間の30分前から受付。
  • 会場:YUITO 日本橋室町野村ビル 野村コンファレンスプラザ日本橋 6階
    (東京都中央区日本橋室町2丁目4-3)
    ※受付は5階。
  • 料金:
    【日本酒トークセッション付き第1部】4,800円(税込)
    【第1部のみ】4,800円(税込)
    【第2部のみ】4,800円(税込)
  • チケット販売:Makuakeにて販売中
    ※定員に達し次第、締切となります。
    ※前売券のみの販売となります。当日券の販売の予定はありません。
  • 備考:
    ・すべてのトロフィー受賞酒が提供されるわけではありません。
    ・第1部・第2部両方の参加はできません。

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