新潟県魚沼市に蔵を構える緑川酒造。代表銘柄の「緑川」は、低温熟成とブレンドによって生まれるまろやかなうまみと洗練されたキレで、特約店を中心に日本酒ファンから愛されてきました。そんな緑川酒造が、さらなる進化を遂げようとしています。
長年磨いてきた技術を活かし、原酒をウイスキー樽で熟成させた「カスクコレクション」。そして、毎年移ろいゆく魚沼の風土や微生物がもたらす発酵という“現象”を瓶に閉じ込めた「Phenomeno(フェノメノ)」。

ウイスキーやワインといった異なる酒類の哲学や思想を取り入れた、一見大胆に見える新ブランドですが、そのベースにあるのは、緑川酒造が長年培ってきた熟成とブレンドの高い技術です。
なぜいま、緑川酒造は新たな挑戦に取り組もうとしているのでしょうか。
2025年11月に代表取締役社長に就任した6代目の大平一幾(おおだいら・かずき)さんに、新しい挑戦から生まれた日本酒の魅力を伺います。
熟成とブレンドの技が光る「カスクコレクション」
2021年にスタートした「カスクコレクション」は、「緑川」の原酒を種類の異なるウイスキー樽で熟成させたシリーズです。このアイディアは、大平会長と大平社長、親子がふたりともサントリーでウイスキーを担当していた経験から生まれました。

緑川酒造 代表取締社長 大平一幾さん
「緑川酒造の日本酒は、もともと熟成させてブレンドするスタイルなので、ウイスキーの造りとの親和性が高いんです。そこで、ウイスキー樽を使って、熟成とブレンドを重ねてみようという発想になりました」(大平社長)
この「カスクコレクション」は、日頃からウイスキーやワインの文化に親しんでいる海外の顧客を中心に高い評価を獲得。世界のベストレストラン50で1位に輝いたペルーのレストラン「MAIDO」や、国内の高級料亭などでも採用されています。

独特の樽香と豊かなうまみが表現されたラインナップは、どれも個性的です。
手間暇を惜しまず造られた「オーナーズセレクト」は、14年以上熟成させた原酒を5種類の樽で寝かせ、最後にブレンドした贅沢な逸品。ウイスキー由来の濃醇さと「緑川」らしいドライさが見事に共存します。
さらに、14年以上寝かせた大吟醸の原酒をミズナラ樽で熟成させた「ミズナラ大吟醸」は、華やかでやわらかい口当たりの日本酒に、繊細な樽香が重なる上品な一本です。貴醸酒をシェリー樽で熟成させた「アルチザンセレクト」では、紅茶や和菓子を思わせる奥深い和洋折衷のニュアンスを楽しめます。

このほかにも、3年熟成の原酒を3種類の樽で寝かせた「マスターブルワーズセレクト」や、10年熟成の原酒をシェリー樽で仕上げた「スパニッシュオークフィニッシュ」など、緑川酒造が誇る熟成技術の粋を集めた商品が揃っています。
ミズナラ木桶仕込みで挑んだ「Phenomeno」
2026年8月に発売された新ブランド「Phenomeno(フェノメノ)」は、米どころとして名高い魚沼の気候や自然、発酵といったさまざまな「現象」を瓶に閉じ込めることをコンセプトとしています。ブランド名は「現象」を意味する英語「phenomenon」に由来します。
新ブランドのアイディアを考えるなかで行き着いたのは、酒蔵が位置する魚沼が米の聖地であることを、これからも変わらぬ軸として中心に置くことでした。新潟県産米を100%使い、地元・魚沼産の酒米「北陸12号」の復活や育成に長年尽力してきた緑川酒造は、常にこの土地のアイデンティティを表現してきたからです。
記念すべき第1弾で挑んだのは、前例のほとんどないミズナラ材の木桶を使用した酒造りです。

日本酒の醸造には伝統的に杉製の木桶が用いられますが、元サントリーのウイスキー部門に在籍していた大平社長は、かねてよりミズナラ製の木桶のポテンシャルに着目していました。
フランスのワイナリーでオーク製の発酵槽を目にしたことを機に、「ミズナラの繊細な和のニュアンスは日本酒の発酵にも適しているのではないか」という仮説が浮上。その後、ウイスキー「イチローズモルト」で知られるベンチャーウイスキー秩父蒸溜所がミズナラ製の発酵槽を用いていることを知り、日本酒への本格導入を決意しました。
しかし、衛生管理を何より徹底してきた緑川酒造にとって、木桶の導入は社内で大きな議論を呼びました。さらに、硬いミズナラ製の木桶は水漏れがひどく、杉製なら1~2週間で収まる工程が数か月も止まらないという苦難の連続だったといいます。

こうして数々の試行錯誤の末に誕生した第1弾「Phenomeno 水楢(ミズナラ)」は、アルコール度数14.5%の純米酒。モダンでフルーティーでありながら、ワイン的な複雑性もある重層的な新感覚の味わいに仕上がりました。
グラスを傾けると、まずはバナナを思わせるまろやかで濃密な香りが漂い、時間の経過とともに酸味のあるフルーツのニュアンス、そして穏やかな木の香りが立ち上ります。
口当たりはまったりとしていて、 濃厚な甘味を芯のある酸味が支え、美しいキレがあります。余韻には、ミズナラ由来の繊細な渋味も感じられます。ワインで例えるなら、ロゼワインのようなバランスの良さです。
合わせる料理は、ドライフルーツやナッツなどの軽いおつまみから、フレンチやイタリアンのメインディッシュまで幅広く対応できるでしょう。クリーム系や柑橘系のソースがかかったポークステーキなどがよく合いそうです。

また、9月下旬に発売された第2弾「Phenomeno 迦具土(カグツチ)」は、仕込み水の一部を日本酒に置き換えた貴醸酒。再生を司る火の神の名を冠し、甘美で軽快な飲み口と爽やかな酸味が美しく調和した一本に仕上げました。
フルーツ感のあるフレッシュさとミルクキャラメルのようなコクのある香り。ジャムを思わせる艶やかな甘味・酸味は、アメリカンチェリーやプラムを想像させます。余韻はシャープでほどよい渋味があり、熟成によってさらに奥行きが増しそうです。
食中酒として力を発揮する味わいで、魚の煮付けなどの醤油が効いた和食だけでなく、ガトーショコラやクレームブリュレなどのデザートにもぴったり。食前酒としても優秀で、しっかりと冷やせば、さっぱりとした前菜にも合わせられそうです。

緑川酒造 代表取締社長 大平一幾さんと取締役 松井一輝さん
さらなる今後の展開について、「魚沼の気候や自然、発酵などのさまざまな現象を表現しつつ、これからも実験的な試みを重ねていく予定です」と話す大平社長。
白麹を使った酒造りや、自社田にて合鴨農法で育てた「北陸12号」を使った超少量の仕込みなど、さらに刺激的なアプローチを構想しています。
人の情熱が伝わる酒蔵へ—魚沼から世界への挑戦
大平社長は、フランス・ボルドーのワイナリーを訪れた際、そのブドウ畑に囲まれた景色と魚野川沿いの豊かな田んぼに囲まれた自社の環境が重なり、酒蔵ツーリズムの構想を抱くようになったと言います。
「ワイン業界の関係者が緑川酒造を訪れると、車を降りて真っ先に田んぼへ歩いていくんです。不思議に思っていたんですが、ボルドーでブドウ園に囲まれたワイナリーを見たとき、『日本酒もワインも同じなんだ』と腑に落ちました」
今後は近隣の酒蔵とも連携し、地域全体で魚沼の酒文化を発信していく考えです。

緑川酒造のこれからについて、「本当に価値のあるものがつくりたい」と、大平社長は意気込みを語ります。
「『酒は人なり』と言いますが、原料のブドウの味をダイレクトに活かすワインと比べると、日本酒は醸造において人間がコントロールできる部分が大きく、味の決定権を人が持っていると言えます。だからこそ、蔵人の熱量が伝わるようなチームをつくること。そして、長年支えてくださった酒販店さんとともに、これからの将来を歩んでいくことが目標です」

ウイスキーとワインという、異なる酒類の文脈を取り入れた理由について、大平社長は「縮小している国内の日本酒市場の中で、他の酒蔵と小さなパイを奪い合うことに意味はありません。世界で1%しかない日本酒市場に対して、残りの99%にチャレンジするのが狙いです」と説明します。
熟成とブレンドという確かな技術をベースに、伝統を守りながら世界を見据える緑川酒造。若き社長の情熱から生まれた新ブランドは、日本酒の新たな可能性を私たちに見せてくれています。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
Sponsored by 緑川酒造株式会社


