日本酒造りに適した「酒米(酒造好適米)」のなかでも、品種改良されていない在来種として、100年以上にわたって使われ続けているのが「雄町(おまち)」という品種です。発祥の地は岡山県で、現在も生産量の約95%を占めています。

実は、栽培面積が激減し、ほとんど作られなくなったことから、“幻の米”とまで呼ばれた歴史もありますが、生産が復活してからは、“オマチスト”を自称する根強いファンを持つまでに成長。日本酒好きが惹かれるその魅力は、どんなところにあるのでしょうか。

今回は、前後編の2本立てで、雄町の魅力に迫ります。前編では、岡山市在住の日本酒ライター・市田真紀さんと、雄町の復活に貢献した同県の酒蔵・利守(としもり)酒造へのインタビューを通して、雄町の特徴と歴史を紹介します。

わずか2本の穂から始まった奇跡の酒米

雄町の田んぼ

画像提供:岡山県

雄町が初めて発見されたのは、江戸時代後期の1859年(安政6年)。岡山県の米農家である岸本甚造(きしもと・じんぞう)氏が、鳥取県の伯耆大山(ほうきだいせん)を参拝した道中で発見し持ち帰った2本の穂を、現在の岡山市中区雄町にあたる、備前国上道郡高島村字雄町という場所で栽培し始めました。

このエピソードから、当初は「二本草(にほんぐさ)」と命名されましたが、栽培が広がるなかで、発祥の地の名前をとって「雄町」と呼ばれるようになったといわれています。

「人工交配による新品種がほとんどなかった時代、雄町は当時の鑑評会で上位に入るために欠かせない酒米として、広く使われていました」

そう解説してくれたのは、岡山市在住の日本酒ライター・市田真紀さん。岡山県の日本酒について、長年にわたって取材や調査を行い、執筆や講演などの普及活動に尽力しています。

岡山市在住の日本酒ライター・市田真紀さん

岡山市在住の日本酒ライター・市田真紀さん

雄町の生産量がもっとも多かったのは1917年(大正6年)で、岡山県内で9,000ヘクタール以上の作付があったといいます。その広さは、JR山手線の内側(約6,300ヘクタール)を優に超え、その1.4倍にも及ぶ広大な面積です。

ところが、栽培の難しさや戦中戦後の米不足などが重なり、作付面積は次第に減少。1973年(昭和48年)には、わずか3ヘクタールとなってしまいました。

「昭和初期になると、人工交配の技術が確立され、新たな品種の開発が加速しました。岡山県では、1936年(昭和11年)に兵庫県で誕生した『山田錦』の栽培が、1955年(昭和30年)ごろから本格化しています。農家にとっては、背が低く病害虫のリスクが少ない、かつ収量の安定した品種のほうが魅力的で、雄町から新品種へ移行する動きが広がっていきました。

さらに、戦中戦後の食糧難の時代には、『できるだけ収量の多い食用米を作ろう』という風潮が強まり、酒米は後回しにされるようになります。こうした逆風が重なったことで、雄町の生産量は急速に減少していったのです」

雄町の田んぼ

画像提供:JA全農 岡山県本部

「雄町は栽培が難しい」と言われていますが、その理由のひとつは、稲の背の高さにあります。穂が出る秋の時期には、草丈が160cmほどに達することもあり、これは成人女性の平均身長とほぼ同じ高さです。

コシヒカリのような一般的な食用米の草丈がおよそ100cmであるのに対し、雄町はそれよりもはるかに背が高いため、秋の風雨で倒れやすく、機械化が未熟だった時代には農家の負担が大きい品種でした。

「穂が実って頭を垂れる姿が、他の品種よりも野生的なんですよね。米粒が大きくて重いので、初めて見た人は『倒れているんじゃないか』と驚くほどです。収穫期に稲穂が波打つ様子は、まるで大海原のように迫力があるんですよ」

「まさに岡山の気候そのもの」

雄町の田んぼ

雄町の生産量の9割以上が岡山県で栽培されている理由として、市田さんは「降水量1mm未満の日数」が全国1位という、“晴れの国”ならではの気候条件を挙げています。

「雄町は『晩稲(おくて)』の品種で、栽培時期が遅いのが特徴です。田植えは6月中旬以降に行うことが多く、穂が出るのは8月下旬から9月上旬。それからさらに約1か月半かけてじっくりと粒が成長し、刈り取りは他の酒米に比べて1か月ほど遅く、10月中旬から11月にかけて行われます。

穂が出てから刈り取りまでの期間に充分な日照があり、ある程度の暖かい気候が続かないと、粒が充分に大きくならず、雄町特有の大きな心白(しんぱく)も発現しません。岡山県は他の地域に比べて晩秋の天候が安定し、台風の直撃や大雨も少ないため、背の高い雄町が倒伏するリスクが低い。この気候こそが、岡山県が雄町の一大産地となった大きな要因です」

雄町を使った商品を展開する酒蔵は、全国に数多く存在します。プロからもファンからも根強い人気を集め、さらに熱狂的な愛好家たちが“オマチスト“と自称するほど、人々を惹きつけてやまない理由はどこにあるのか。市田さんは次のように分析しています。

2025年に開催された「酒米どころ岡山 雄町で味わう地酒試飲会 in 東京」の様子(画像提供:岡山県)

2025年に開催された「酒米どころ岡山 雄町で味わう地酒試飲会 in 東京」の様子(画像提供:岡山県)

「人工交配をしていない在来種である雄町に、歴史への敬意やロマンを感じる人が多いのだと思います。ワインでいえば、ぶどう本来の力を引き出すナチュール(自然派)の考え方に近いかもしれません。また、『商品情報を隠して飲んでも、雄町で造ったお酒は判別できる』という声が聞かれるほど、味わいに明確な個性を備えています」

骨太でしっかりとした味わいのお酒になりやすい雄町ですが、「個人的には、溶けやすく味が出やすい酒米だからこそ、造り手の解釈によって、味の幅が出せるのではないかと思っています」と市田さん。

雄町を使用した岡山県の日本酒

画像提供:岡山県

「きれいな味から骨太な味までバリエーションは豊かですが、共通しているのは、味の『厚み』と『酸』ですね。単にシャープな酸ではなく、いくつもの層が重なっているような、色気のある酸というイメージがあります。

私は岡山市に移住してから雄町を深く学ぶようになりましたが、雄町を知ることで、この土地の風土がますます好きになりました。この長く穏やかな秋があるからこそ、雄町は完成する。まさに岡山の気候そのものを映し出したようなお米です。稲穂が黄金色に実る秋、熟成して秋上がりしたお酒をお燗でじっくり味わうのが、毎年の楽しみなんです」

「雄町」復活の立役者・利守酒造

利守酒造の外観

利守酒造(岡山県赤磐市)

江戸時代末期の1868年(慶応4年)に創業し、「酒一筋」「赤磐雄町」の製造元である利守酒造。

今から約50年前、現在の会長を務める4代目蔵元・利守忠義さんが、かつて雄町の一大産地だった地元の軽部(かるべ)地区で、絶滅の危機に瀕していた雄町を復活させようと立ち上がりました。

「当社の信念は『地酒はその土地の米、水、土で造ってこそ』というもの。蔵を構える軽部は、かつて雄町の普及に尽力した功労者・加賀美章(かがみ・あきら)氏が生まれ育ち、村長を務めていた由緒ある地域です。『岡山県産の雄町のなかでも、軽部産は別格』と称された言い伝えもあり、父は『この地でなんとか雄町を復活させたい』と固く決意し、動き出したのです」

雄町復活の始まりを話してくれたのは、忠義さんの長男であり、5代目蔵元の利守弘充さん。雄町を栽培してもらうため、忠義さんは地域の農家さんを一軒一軒お願いして回ったといいます。

利守酒造 5代目蔵元・利守弘充さん

利守酒造 5代目蔵元・利守弘充さん

「雄町は栽培が難しく、株と株の間隔を広く取る必要があるため、他の品種なら10俵できる田んぼでも、7~8俵ほどしか収穫できません。農家さんにとっては大きな減収になる。だから、父は『減った分の所得はうちが補償する』と約束し、自らリスクを負って栽培の協力を求めたのです」

忠義さんの熱意に触れ、雄町を栽培する農家は次第に増えていきました。1982年(昭和57年)には「良質米推進協議会」が発足し、酒蔵・農家・農協・行政が一体になって、雄町の栽培を推進する動きが強化されます。

「当初は、岡山県内で雄町をアピールしても、ほとんど相手にされなかったといいます。しかし、試行錯誤しながら米作りと酒造りを続けるうちに、雄町で醸した酒が全国新酒鑑評会で3年連続の金賞を受賞したんです。これが当時の地酒ブームとも重なり、雄町の名は一躍、全国的に注目されることになりました」

利守酒造が獲得した賞状の数々

利守酒造から始まった雄町の栽培は、その後、岡山県全体へと波及していきました。需要の拡大とともに作付面積も年々増加し、2024年には約700ヘクタールにまで達しています。

近年は、雄町の発祥である高島の地域をはじめ、県内各地に熱心な農家が増え、良質な雄町が育まれています。なかでも利守酒造がある赤磐(あかいわ)の地域は、山間部ならではの寒暖差に加え、土壌が砂礫質(されきしつ)で水はけが良く、根が深く張りやすいといった好条件がそろっていることから、雄町の最高級産地と称されています。

弘充さんは、雄町の魅力について、「雄町にしか出せない旨みが確実にある」と考えています。

「雄町で造った酒には複雑味があり、できたばかりの段階では渋みや苦味が感じられますが、熟成させるうちにしっかりとした旨みが出てくる。良いワインが、若いうちはタンニンが強く、長い時間をかけて味が開いていく感覚に似ていますね」

利守酒造の自社田に実った雄町(画像提供:利守酒造)

利守酒造の自社田に実った雄町(画像提供:利守酒造)

利守酒造では、全量自社栽培を目指して、自社田で雄町を育てていますが、長年手がけている海外輸出の現場でも、ワインの専門家や愛好家から、雄町の日本酒が高く評価されるようになってきたと話します。

「海外では、ペアリングが重視されますが、雄町の日本酒には味の濃い料理にも決して負けない力強さがある。また、海外のワイナリーにとって、原料となるぶどうを自社で育てるのは当然の文化。私たちが『米作りから酒造りを考えている』という点は、彼らと同じ目線で対話ができるという意味で、大きな強みになっています」

「雄町といえば岡山」を世界の常識に

「各地の地酒をアピールするとき、雄町のような歴史ある酒米を独自の武器にできる県は、岡山のほかにありません」と話す市田さん。

しかし、現在は雄町の生産量のほとんどを岡山県が占めていますが、その消費は県外が中心。県内の酒蔵で使用される割合は、まだ50%に満たないといいます。この数字は、地元に眠る価値を再発見し、活用していく余地がまだ多分に残されていることを示唆しています。

利守さんも、「雄町の産地を問われて『岡山』と即答できる人は、意外と少ない。岡山県内での活用をもっと盛り上げて、『雄町といえば岡山』というイメージを県内外で確固たるものにしていきたい。雄町の素晴らしさを世界へ向けて発信し続けることが、私たちの使命だと思っています」と、次なる目標を力強く語ります。

精米した雄町

全盛期を経て、一度は“幻の米”と呼ばれるまで衰退したものの、利守酒造をはじめとする情熱的な関係者の取り組みによって、日本酒の表舞台へ再び返り咲いた雄町。

その熱狂は今や、全国の“オマチスト“を巻き込みながら、「雄町といえば岡山」というブランドを確立するべく、県内の酒蔵や酒造組合による普及活動として広がりを見せています。

後編の記事では、知れば知るほどその奥深さに魅了され、ディープな日本酒好きの心をつかんで離さない雄町の味わいの魅力に迫ります。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

◎令和7年度 岡山県産日本酒 首都圏プロモーション事業 参加酒蔵の一覧

  • 宮下酒造
    • 代表銘柄  :極聖(きわみひじり)
    • 所在地   :岡山県岡山市中区西川原184
    • 公式サイト :https://www.msb.co.jp/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1915年(大正4年)。日本酒のほか、ビールや焼酎、リキュール、ウイスキー、ジンなども造る総合酒類メーカーとして、地域の特色を活かした酒造りをしている。
  • 室町酒造
    • 代表銘柄  :櫻室町
    • 所在地   :岡山県赤磐市西中1342-1
    • 公式サイト :https://sakuramuromachi.co.jp/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1688年(元禄元年)。330年以上の歴史がある県内有数の老舗酒蔵。海外の酒類コンテストにて、日本酒部門の第1位に輝くなど、国際的に高く評価されている。
  • 利守酒造
    • 代表銘柄  :酒一筋赤磐雄町
    • 所在地   :岡山県赤磐市西軽部762-1
    • 公式サイト :https://www.sakehitosuji.co.jp/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1868年(慶応4年)。雄町の復活に尽力した酒蔵。「酒造りは米作りから」という信念のもと、“ドメーヌ蔵”として、栽培から醸造までを自社で手がけている。
  • 三冠酒造
    • 代表銘柄  :三冠
    • 所在地   :岡山県倉敷市児島下の町2-9-22
    • 公式サイト :http://www.sankan.co.jp/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1806年(文化3年)。古くから漁業が盛んな下津井港の近くにあり、「名脇役に徹し、食事を主役にする酒」をモットーに、食事に寄り添うお酒を追求している。
  • 菊池酒造
    • 代表銘柄  :燦然
    • 所在地   :岡山県倉敷市玉島阿賀崎1212
    • 公式サイト :https://kikuchishuzo.co.jp/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1878年(明治11年)。理想とするのは「旨みがあってキレの良い、一度飲んだら忘れられないようなお酒」。蔵の中には、モーツァルトの音楽が流れている。
  • 平喜酒造
    • 代表銘柄  :喜平
    • 所在地   :岡山県浅口市鴨方町鴨方1283
    • 公式サイト :https://hirakishuzo.co.jp/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1928年(昭和3年)。県内有数の製造規模を誇る酒蔵。伝統製法の高級酒から日常酒まで幅広い商品を展開。人の暮らしと酒の在り方、社会との調和を目指す。
  • 嘉美心酒造
    • 代表銘柄  :嘉美心
    • 所在地   :岡山県浅口市寄島町7500-2
    • 公式サイト :https://kamikokoro.co.jp/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1913年(大正2年)。「お客様の口に入るまでが酒造り」という方針のもと、「もう1杯」とおかわりしたくなるような、飲み飽きしないおいしさを大事にしている。
  • 山成酒造
    • 代表銘柄  :蘭の誉
    • 所在地   :岡山県井原市芳井町簗瀬23番地
    • 公式サイト :https://yamanari.jp/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1804年(文化元年)。漢学者の阪谷朗廬氏や文豪の谷崎潤一郎氏に愛されてきた。2021年に地元で雄町栽培が開始。“井原テロワール”の体現に取り組んでいる。
  • 白菊酒造
    • 代表銘柄  :大典白菊
    • 所在地   :岡山県高梁市成羽町下日名163-1
    • 公式サイト :https://www.shiragiku.com/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1886年(明治19年)。使用する米は全量岡山県産。雄町や山田錦のほか、自社が復活させた岡山の酒米「造酒錦(みきにしき)」や、社名と同名の酒米「白菊」も使用している。
  • 落酒造場
    • 代表銘柄  :大正の鶴
    • 所在地   :岡山県真庭市下呰部664-4
    • 公式サイト :http://taishonotsuru.com/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1893年(明治26年)。岡山県内の酒蔵では、もっとも硬度の高い仕込み水を使用している。酒米・雄町とともに、飯米・朝日を活かした酒造りにも注力している。
  • 辻本店
    • 代表銘柄  :御前酒
    • 所在地   :岡山県真庭市勝山116
    • 公式サイト :https://www.gozenshu.co.jp/
    • 酒蔵の特徴 :創業は1804年(文化元年)。使用米は全量雄町。2025年には、製造の全量を伝統的な製法「菩提酛」にシフト。杜氏の辻さんは、岡山県初の女性杜氏としても知られる。

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