モダンなデザインと、幅広い食に寄り添う味わいで人気の新鋭日本酒「Any.」。これまでSAKETIMESでは、日立酒造が「Any.」に込めた想いや、フレンチ×日本酒の大人気店「銀座ナラシバ」が語る「Any.」の魅力などを特別連載紹介してきました。

今回は、そんな「Any.」の製造現場へ。東京から特急を使って2時間半弱。美しい水平線を望む日立駅で乗り換え、十王駅へ。駅から静かな町中を歩いて5分ほどの立地に日立酒造があります。

敷地内に一歩中に入るとどこか懐かしさのある空気感。小さな工場のような外壁の中に、木造の蔵が隠れています。

茨城・日立酒造の酒蔵の様子 この現場を、蔵の製造責任者である長岡慎治杜氏に案内していただきました。

「Any.」製造現場に潜入!

日立酒造の酒づくりの期間は10月後半から4月いっぱい。およそ半年間で4~500石を生産しています。メンバーはたった4人。2人でできる作業であれば2人で、さらに1人でできる作業は杜氏がひとりでこなしています。

杜氏に案内され、蔵の内部へ。一見町工場のような雰囲気ですが、増築された空間の右手には昔ながらの木造蔵が。左手の空間に進むと、いくつものが醸造タンク置かれています。そこにはまさに発酵中の「Any.」のタンクも。ヨーグルトのような爽やかな香りがあたりにひろがっていました。

宏和日立酒造の酒蔵内、タンクが並んでいる様子 今回取材したのは、「洗米」と「麹造り」というふたつの工程。

「洗米」は、酒の原料である米を洗い、水を吸わせる作業のこと。ここで米に含ませる水分量が後の工程に大きく影響するため、ミスは許されません。
「麹造り」は、日本酒づくりにおいてもっとも重要な作業のひとつ。蒸した酒米に麹菌を繁殖させ”米麹”をつくります。この米麹の出来不出来が、お酒の味わいに直結するのです。

洗米

洗米作業は入り口を入ってすぐの広いスペースで行われます。用意されたのは、10kgずつ桶に小分けにされた酒米。含ませる水分量を一定にするため、時間を細かく計り、記録しながら二人がかりで手早く作業します。

宏和日立酒造、「Any.」を醸す洗米の様子

仕込み米は1回にあたり600kgほどと多くはありません。「だいたいスタートから1時間半ほどでできます。ときには3人でぐるぐると回すように作業することもあります」。

時間を見ている人が「10、9、8……」とカウントダウンを始めると、見ているほうにも少し緊張感が走ります。0になった瞬間、それまで洗っていた米を手早く引き揚げます。そして浸水も同様に、時間が近づくとカウントダウン開始。最終的に、水を含んだ米は14kg程まで重くなっていました。

1秒単位で水を吸わせる時間を調整する、繊細な作業なのですね。

麹づくり

続いて、麹室へと移動します。昔ながらの雰囲気を残す蔵の2階に麹室があります。

茨城・日立酒造の「麹室」の入り口

身支度を整え、きれいに掃除された空間に入ると室温はおよそ40度。じっとしていても汗ばんでくる暑さです。

茨城・日立酒造の長岡杜氏による麹づくりの様子

蒸米を"ならす"長岡杜氏

蒸米を広げきったところで、種麹をふりかけていきます。その後すぐに、酒米にふりかけた種麹が酒米全体にまんべんなく付着するよう「床もみ」と呼ばれる作業を行います。

宏和日立酒造、麹室で種麹が入った瓶を持つ長岡杜氏

麹づくりに用いる種麹を見せてただきました

米の温度をチェックする日立酒造・長岡杜氏

床もみをしながら、理想的な米麹に仕上がるよう、細かく米の温度を確認します。麹の出来によって酒の質が決まってくるので、作業中の麹室はピリッとした緊張感に包まれていました。

「最初の頃は本当にイメージだけで麹づくりをやっていたのですが……それが意外とうまくいきました。そのため、今では最初のやり方を”基本”にして、そこから目指す酒質に合わせてさまざまな工夫をしています」と長岡杜氏。

イメージとは言いながら、感覚だけに頼っていたのは過去の話。今では、毎年の造りのデータを取得し、そこからのフィードバックを翌年の造りに生かしています。

「今年の『Any.』は、昨年よりもふくらみのある酒にしたいので、麹はシャープな味わいになる突き破精(つきはぜ)型ではなく、よりうまみが出やすいを総破精(そうはぜ)を採用しています。また、年によって米も溶けたり溶けなかったりと状態が変わるので、それにあわせた調整も大事になってきますね」

お話を伺う間も、ひとり黙々と作業を進めていた長岡杜氏。寄せの作業に入り、もうひとり助っ人蔵人が室に入ってきました。

茨城・日立酒造の麹づくり。寄せの様子 「寄せはタイミングが勝負。ひとりで行うと、温度が下がってしまうんです」

この麹室で仕込むことができるのは50kgが限度。コンパクトな分、精度が高い麹をつくることができるそうです。米をきれいな山型に整えたら、布で包み込みます。これによって麹菌の繁殖に必要な温度が保たれ、菌が伸びていきます。翌朝、1~1.5度上がっていることが理想だそう。

29BYに仕込んだ「Any.」は5月ごろから順次出荷される予定。その仕上がりが、いまから楽しみですね。

「Any.」の味わいを生み出す、生酛造りの探求

「Any.」は”生酛造り”という昔ながらの伝統製法で作られますが、これは長岡杜氏たっての希望で採用されたもの。というのも、長岡杜氏は酒造りの道を志したころから、「生酛に挑戦してみたい」という思いをもっていたのだそうです。

「農大の授業ではじめて生酛のことを学んだのですが、微生物の動きの変遷がダイナミックで、『これ、実際にできるのかな?』とずっと興味を持っていました。勉強していて楽しくて仕方なかったですね」

農大時代の教科書をながめながら、生酛について語る長岡杜氏

懐かしそうに農大時代の教科書をながめる長岡杜氏

自身が杜氏という立場になり、早い段階でトライしてみたいと思っていた矢先、新ブランドとして「Any.」の開発プロジェクトが立ち上がります。ついに、生酛を実践する機会を得たのです。

「仕込みの配合については、いろいろな人に相談しながらひとりで行いました。仕込んでいる最中も、『本当にできるのかな?』という疑問はずっとありましたね(笑)。それでも、仕込み始めてから何日かすると独特の香りが出てきて、生酛の乳酸ができてきてるという感触が得られました。分析したところ、しっかり酸がでていたのでうれしかったですね!」

こうして1年目の生酛造りは無事に成功。しかし、翌年になっても「しっかりできるか?」という不安はぬぐえなかったそうです。

「生酛づくりは何も添加しないため、自然の現象にまかせることになります。見ている側としては、何が起きているか確証が得られないんです。いまだに『なんでそうなるの?』と思うことばかりで、面白いんですよ。今ではチェックポイントがわかるようになってきたので、技術的には進歩していると思います」

生酛づくりについて解説をする長岡杜氏

現在、生酛の仕込みは、社員が一斉に休む大みそかと元旦を利用し、たったひとりで行っているそうです。周囲の状況を気にすることなく、自分のペースで作業できるのがいいのだそう。

「正月休みは寒さもちょうどいいですし、ひとりでじっくり時間をかけて作業できるのがいいんです。この期間に作業をすすめておけば、休みがあけてみんなが出社した段階で、マンパワーが必要な工程にスムーズに入ることができますしね」

みんなが休む正月に働くことに対しても、実に前向きで楽しそう。まるで夏休みの自由研究を楽しむかのような口調です。

「自分が好きだからやっています。趣味みたいなものです(笑)。昨年より仕込む量は増えましたが、作業的にはまだ、ひとりでできますしね」

可能性にあふれる「Any.」のこれから

「Any.」に使用する酒米は、美山錦。以前は山田錦や五百万石なども使っていたそうですが、入手できる量にばらつきがあったため、現在は茨城で手に入りやすいことも考慮して美山錦を使っています。ですが、結果として美山錦の特徴が生酛造りと絶妙にマッチし、「Any.」の味わいを生み出す秘訣となっています。

「山田錦に比べると、どうしても美山錦の方が味の”ふくらみ”が弱いんです。ですが、結果的にそれが生酛と合わさることで、とてもよいバランスになったんです。美山錦の淡麗さと生酛によるふくよかさがうまくマッチしたのが「Any.」の味わいの特徴ですね」

酒米に関しては、将来的に地元の米「日立錦」を使うことも考えているそうです。

「やはり、”ここ日立だからこそできる”お酒を造りたいという思いはあります。今年、速醸でテストを行う予定です。一からの検証になるので大変ですし、生酛に合うかは実際にやってみないとわからないですが、前向きにチャレンジしていきたいですね」

宏和日立酒造、「Any.」のボトルを持つ長岡杜氏

今年度は、新たな展開として「Any.」の限定版(limited edition)にも挑戦しています。限定版は「そのまま」「ひとてま」「じっくり」の3種類。

  • そのまま…ろ過・加水・加熱処理を一切行わず、搾りたてを"そのまま"瓶に詰めた「無ろ過生原酒」
  • ひとてま…酒質を調整する"ひとてま"加えながらも、加熱処理を一切行わずフレッシュさを閉じ込めたお酒
  • じっくり…搾ったあと、貯蔵庫にて"じっくり"熟成(生貯蔵)させたお酒(現在熟成中につき、販売は夏以降を予定)

いずれも限られた数量を、試験的に醸造。「Any.」の新たな可能性を見出すチャレンジです。

茨城・日立酒造「Any.」の限定版(limited edition)。限定版は「そのまま」「ひとてま」「じっくり」の3種類(「じっくり」は夏以降に発売予定)

また同時に、定番の「Any.」の酒質向上にも、常に心を砕いています。

「酒造りは、毎年同じやり方をしていても、まったく同じお酒にはなりません。その年の米の具合や、気候などにも影響を受けます。だからこそ『ここ、できることがまだあるのでは?』という思いにもかられます。それが米を変えることなのか、新しい造りをすることなのか……まだまだ研究することは多いですね」

いきいきとした表情で、楽しそうに酒づくりを語ってくれた長岡杜氏。飽くなき探究心と、酒造りを心から楽しむ純粋さをあわせ持つ杜氏だからこそ、伝統製法「生酛」と、現代のダイニングをつなぐ「Any.」が生まれたのでしょう。

これから、長岡杜氏が生み出していく新しい「Any.」に、今から期待が高まります。

(取材・文/ミノシマタカコ)

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