「どれだけあがいたとしても、新しい売り方を見つけなければ」

「海外の人に『Amazing!』と言われるような日本酒体験を」

示唆に富んだ言葉を聞かせてくださったのは、菊水酒造の髙澤大介社長。

日本有数の酒処・新潟県にある菊水酒造は、スーパーやコンビニでもおなじみの「ふなぐち菊水一番しぼり」や「菊水の辛口」、洗練されたデザインの「無冠帝」など、数々のヒット商品を世の中に送り出し、海外進出にも力を入れています。

今回はそんな菊水酒造の髙澤大介社長にお話をうかがいました。

髙澤社長は終始笑顔を絶やさず、穏やかな口調で取材に応じてくれましたが、時折「日本国内の日本酒市場は悲観的に見ざるを得ない」「日本がだめだから海外だなんて、そんなに甘いものじゃない」という厳しい言葉も。そこにはどんな考えがあるのでしょうか。

僕がひとりでできることなんて限られている

菊水酒造は、1881年の創業時から髙澤家が率いてきました。現社長の髙澤大介氏は5代目。東京の大手百貨店に3年勤めた後、菊水酒造に入社、2001年に父の後を継いで社長となりました。社長に就任して以降は、特に酒造設備のリニューアルに取り組んでいます。工場や食堂を何年もかけて新しくしていくことは、父である4代目社長から学んだことなのだとか。

「親父の代で蔵などをすべて新しくしてくれたのは本当にありがたかったですよ。親父のおかげで、私は20年もの間、酒造設備に関する心配をしなくて済んだんです。社長にとって、設備投資は大きな決断ですからね。だから私も、私がいなくなった後のことを考えて、次の世代に引き継いでいくための蔵を作っているんです」

2015年にリニューアルされた製品棟にある「ふなぐち」の充填ライン

2015年にリニューアルされた製品棟にある、「ふなぐち」の充填ライン

先代は"より良い酒を、より多くの方々へ"という方針を何度も話して聞かせてくれたのだそう。

「親父はよく『酒は一部の人のものじゃない。求める人全員に提供できなければだめだ』と話していてね。『私たちは酒造免許という特別なものを持っているのだから、その義務があるんだ』と。その考えがあったから、親父はどんどん蔵を大きくして、生産量を増やしてきた。今はたくさん造ればいいという時代ではないけれど、それでも"求める人全員に届ける"という父の考えは、変わることなく正しいものだと思っているよ」

先代から受け継いだ酒造りの姿勢。その実現のために必要なことは何でしょうか。

「会社というものは『うちの会社はこういう目的でやっている』と社長が宣言して、そこに人が集まって成り立っているわけですよね。その目的を実現するためには"社員第一"で考える必要があるんですよ」

顧客ではなく、社員が第一。意外なお答えでした。

「最近、"○○ファースト"という言い方が流行っていますよね。もちろん、"カスタマーファースト"は正しいですよ。ただ、"カスタマーファースト"を実現するためには、大前提として"社員ファースト"が必要なんです。社員の力が十分に発揮できないと、カスタマーファーストの体制を作れないから。社長が勝手に『うちは顧客第一主義』と言うのは簡単です。でもそれを実践するのは、第一線に立っている社員です。僕がひとりでできることなんて限られていますから、社員たちが楽しく、やりがいを持って働ける環境を整えるのは、社長として当然の務めだと思うね」

まずは社員が働く環境づくりに注力するのが社長の役目。その上で、口を酸っぱくして"カスタマーファースト"を唱え続けているのだそう。

「『お客さんを意識しよう』『お客さんのいない議論はやめよう』というのは常に言っています。たとえば、品質基準をクリアしていたとしても、現場の社員が少しでも違和感を感じることがあったらどうするか。商品として完成に近づくほど、廃棄するためにはかなりのお金がかかりますよ。そのままにしておいた方が楽かもしれない。でも、それじゃだめなんだ。『この品質の酒をお客さんに出して、その先に何があるんだ?』と、考えなくちゃいけない。どれだけ大変でも、『これはうちの酒じゃない』って体を張って止めないといけないんだ」

「お客さんのために」と言っても、実践するのは簡単ではありません。言葉で伝えるのはもちろんのこと、事例を示しつつ、時には厳しい指摘をして、"顧客第一とはどういうことなのか"を少しずつ社員の間に浸透させてきました。

「Amazing!」と言ってもらいたい

「僕、ふなぐちくんを着るのが好きなんだよ。英語はそんなに堪能じゃないんだけど、接客をしながら『I am the president.(僕、社長なんです)』『You're kidding!(嘘だろ!)』なんてやりとりをするのが楽しくてね」

海外展開について聞いていると、そんなエピソードを聞くことができました。ふなぐちくんとは、「ふなぐち菊水一番しぼり」を模した着ぐるみのこと。菊水酒造は2004年頃から本格的な海外展開を始めていますが、流通業者に販売を一任するのではなく、アメリカのロサンゼルス、ニューヨークに社員を常駐させています。髙澤社長も度々現地を訪れ、着ぐるみでの接客を楽しんでいるのだそう。

駅のホームで「ふなぐちくん」を自ら着て手を振る髙澤社長

駅のホームで「ふなぐちくん」を自ら着て手を振る髙澤社長

「国内が伸び悩んでいるから海外へ......なんて、そんな甘いものじゃないですよ。『海外で本当にこれだけ売るんだ』という決意がなければ、すぐに行き詰まると思います。やるからには自分の目できちんとマーケットを見たいし、取引先との関係だって大切にしたい」

日本と変わらない丁寧な販売手法をとるためには、進出地域を絞る必要がありました。最初の進出先としてアメリカを選んだことには、2つの理由があったそうです。ひとつは、協力的な販売網を現地に持っていたこと。もうひとつは、異文化を好意的に受け入れてくれる土地だったことです。

「特に、日本文化に対してリスペクトの気持ちを持っている方が多いんですよ。日本酒を飲んでもらうと、『お米だけでこんなに華やかな香りが出るの?』と興味津々で質問をしてくれるからうれしいね。でも一番大切なのは、『Amazing!』と言ってもらうことなんだ。日本酒って、『蔵ではこんなに大変な思いをして造っていて、だから貴重で高貴で......』と語られがちだけど、それは飲む人に関係がないし、言いすぎると敷居が高くなっちゃうでしょう。僕は、『日本酒って、菊水って、美味しくて、それに楽しい!』と伝えていきたいんだ。アメリカの人たちは"楽しい"、"おもしろい"ことがとても好きだし、そういう場があればポジティブに受け止めてくれる。『ああ楽しかった』と思ってもらえるのなら、着ぐるみだって喜んで着ますよ」

アメリカでは1,000以上もの飲食店と取引があり、現地のバーでは「ふなぐち」は缶のまま飲むのがクールと評されるほど。すでに結果が出始めているようですが、今後どのような展開を考えているのでしょう。

「売上全体の10%を占めてようやく、ひとつの事業と呼べるレベル。20%になって、やっと会社の屋台骨になる。だから、まずは海外で売上高の10%をとれるようにしたいね」

泣き言をいうより、おもしろいことを考えよう

菊水酒造の経営理念は『より良い酒を追求し豊かなくらしを創造する』。酒造り(モノづくり)だけでなく、楽しいことなどの生活提案(コトづくり)も重視するという独特の考え方です。

「お客さんが何を求めているかというのは、自分に問いかけてみれば簡単にわかるんだ。美味しい、楽しい、おもしろい、愉快、くつろぎ......僕はこういうことが大好きなんですよ。日本酒を通してこうした提案ができれば、菊水酒造はきっと生き残ることができる。だから、泣き言をいう暇があったら、おもしろいことを考えようというのが僕の口癖なんだ」

この言葉通り、菊水酒造は一風変わったイベントを企画してきました。たとえば今年3月には、東京の小さなスナックで、若者を集めたイベント「スナック ブリュー」を開催。あくまで"楽しい場"がメインであり、そこに菊水酒造の日本酒がさりげなく寄り添っていました。「日本酒を飲んでほしい」と訴えるのではなく、まずは楽しい場をつくり、日本酒への"とっかかり"を作るというのが髙澤社長の考えのようです。

菊水酒造の一日限定イベント、オルタナティブスナックブリューの店内写真

2017年3月に開催された「スナック ブリュー」の様子

では、これからどんな"コトづくり"を考えていらっしゃるのでしょうか?

「日本酒を通じて伝えられることって、意外とたくさんあるんですよ。たとえば、有機栽培100%の酒米で造った"オーガニック清酒"を通じて、環境問題を語ることだってできる。正直なところ、オーガニック日本酒も普通の日本酒も味はほとんど変わらない。伝えたいのは、味ではなくて考え方なんだ。化学肥料や農薬を使わない、安心・安全な酒......ということに思いを馳せてほしい。オーガニックで何かを作るのは、手間も時間もかかってとても大変です。でも逆に言えば、それ以外の商品は、何かしら地球に負担をかけているということ。なぜ空気や土や水を汚してはいけないのか、考えるきっかけになるでしょう。こんなふうに、日本酒は"美味しい"以外のことを伝えられる可能性を秘めているんです」

「おもしろくしよう」と思いさえすれば、おもしろくなる

髙澤社長が5代目を継いだ2001年は、すでに日本酒の売上が低迷していました。現在も悲観論が語られることの多い日本酒業界を、髙澤社長はどのように見ているのでしょうか。

「数字だけでいえば、僕も悲観的ですよ。日本酒のヘビーユーザーは、僕より年上の人たちでしょう。20~30代がその世代と同じように日本酒を消費していくとも思えないし、どうしたって楽観的にはなれないですよ」

「ただし、悲観論を語っている暇はないんだ」と、髙澤社長は続けます。

「菊水酒造が、業界全体のシェア戦略で圧倒的有利といわれる41.7%に達しているなら、業界が収縮していることを呪ってもいいかもしれない。でも、そんなシェアを持つ蔵は日本にひとつもないんですよ。うちの会社なんてわずか1.2%程度なんだから、まだまだ業界の状況を嘆くような資格はない。まずは、売上をこれ以上落とさないためにはどうすればいいのかを考えるべきなんです。これまでの方法が通用しなくなって数字が落ちているわけだから、販売方法を変えるのか、ターゲットを変えるのか......。維持するといっても工夫が必要だけどね」

日本酒ブームの終焉とともに会社を継ぎ、一見すると大変な時代を過ごしているように思われますが、髙澤社長は「苦労なんて全然していないんだよ」と話します。

「親父には親父の役目があって、僕には僕の役目があるだけのこと。それに、ブームの頃の売れ行きは異常でしたよ。あれが続いたら、慢心してメーカーとして駄目になっていたかもしれない。汗をかいて、必死で営業ができる今の状況は本当に幸せだと思う。他社のことを考えているような余裕はないですよ。これだけ全体の量が減っている中で、お互いに足を引っ張っている場合じゃないでしょ。むしろ手をつないで、日本酒の価値を打ち出していくべき局面ですよ。みんなで『日本酒売れなくってねぇ』なんて嘆いている暇があるんだったら、自分たちのお客さんをもっと喜ばせることだとか、新しい切り口や売り方だとかを、あがいてでも考えなきゃいかんだろうと思いますよ」

日本酒業界全体が沈みがちで、メーカー同士でつばぜり合いをする中、髙澤社長はそういったことに「興味がない」のだといいます。見つめるべきは他社ではなくお客さん。"日本酒を楽しく"という信念のもと、日本酒市場そのものを広げていこうという姿勢はぶれることがありませんでした。髙澤社長は"できない理由"を探しません。「経営者の仕事は、可能性を見出すこと」と話し、常に"できる方法"を考えているのです。

「何かを提案すると『それは無理だ』『難しいです』という人がいるけれど、それではいつまで経っても何も変わらない。大切なのは決断すること。『おもしろくしよう』と決めてしまえば、そこに全力を尽くすしかない。信じさえすれば可能性が見えてくるから、いくらでもおもしろくなるよ」

市場の状況をシビアに捉えながらも「我々は酒造家ではなく、エンターテイナー。僕は『日本酒をどれだけ楽しくできるか』にしか興味がなくてね」と語る髙澤社長の笑顔に、菊水酒造というメーカーの力強さを感じました。変化を恐れない髙澤社長のもとで、菊水酒造はこれからどんな"Amazing!"なコトを起こしていくのでしょうか。

(取材・文/藪内久美子)

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