現在の日本酒業界では、米を育てる環境にこだわった「テロワール」という考え方や、フレンチをはじめとしたさまざまな料理との「ペアリング」など、ひと昔前では考えられなかった取り組みが増え、それに呼応して、常識にとらわれず自由な発想で日本酒と向き合う酒蔵が増えてきています。

ただ、その取り組みは、酒質や味わいなど「日本酒の中身」を指していることがほとんど。しかし、飲み手との最初の接点である「日本酒の容器」については、まだまだ改善の余地が残されています。

本記事の前半では、日本酒ブランド「SAKE HUNDRED(サケハンドレッド)」を展開する株式会社Clear代表の生駒龍史氏に、日本酒の容器に求めるものについて伺いました。

また、後半では、飲料容器における業界最大手の金属製品メーカー・東洋製罐やガラスびん製造大手の東洋ガラスなどを傘下に持つ東洋製罐グループホールディングスに、日本酒の容器についての展望を伺うことで、2つの視点から日本酒の容器について考えていきます。

日本酒の未来に向けて、容器はこれからどのように進化していくべきなのでしょうか。

日本酒の海外展開には「プレミアム感」が必要

現在、日本酒の国内市場規模は6,100億円といわれています。規模が大きいように思えますが、1975年のピーク時と比べると、現在の消費量は3分の1にまで減少しています。

日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を立ち上げ、日本酒の高価格帯市場の形成を目指している生駒氏は、現在の状況をどのように捉えているのでしょうか。

株式会社Clear代表・生駒龍史氏

株式会社Clear代表・生駒龍史氏

「日本酒の売上に大きな影響を与えたのは、『娯楽の多様化』でしょう。『お酒を飲むことが唯一の楽しみ』という時代から、いろいろなことを楽しめる時代に変化したのです。これは社会として健全な動きだと思います。

ただ、酒蔵全体の総売上は落ちていても、営業利益は伸びています。それは日本酒1本あたりの単価が上がっているからです。米を削って残った割合を示す『精米歩合』と、造った酒をじっくりと寝かせる『熟成』。この2点で日本酒のハイスペック化が進み、高価な日本酒が増えてきました。中には、1本50万円の日本酒もあります」

それでは、海外の日本酒市場はどうでしょうか。日本酒の輸出金額は10年連続で伸び続けてはいるものの、2019年で234億円。フランスワインの輸出金額である1.2兆円には遠く及びません。

「日本酒の海外展開を考えた時に重要となるのが『プレミアム感』です。海外の富裕層が酒蔵を訪れて、『一番いいものがほしい』と言った時に、5,000円の日本酒ではがっかりされてしまう。高ければいいわけではありませんが、金額によって生まれるプレミアム感は確かに存在します。これからは富裕層に向けた高価格帯の日本酒が必要です」

「現外|GENGAI」

「SAKE HUNDRED」が展開する、25年の熟成を経て生まれたヴィンテージ日本酒「現外|GENGAI」(165,000円/税込)

確かに、プレミアム感のある"とっておきの一本"を造る酒蔵は増えてきています。だからこそ、「より容器にこだわることが大事」と生駒氏は話を続けます。

「どんなに素晴らしいお酒でも、容器に対するこだわりや哲学がなければ、お客様に伝わりません。100万円の日本酒でも、500円の日本酒でも、中身は飲めばなくなってしまう。お客様が目で見て、手で触れて、写真を撮って、人に見せることができるのは容器だけなんです。

ですが、どんなに素晴らしい日本酒でも、"ごく普通のボトル"に入っているのが現状。これから高付加価値の時代がやってくると思いますが、このままでは日本酒業界は乗り遅れてしまう。そこに大きな危機感を持っています」

特に、海外への展開を見据えれば、ひと目で魅力的に感じる容器は欠かせません。言葉よりもビジュアルが先行するからです。

「容器が少し変わるだけで、日本酒の印象はがらっと変わります。容器はもっと高尚なものであるべきです。弊社では『SAKE HUNDRED』という日本酒ブランドを運営していますが、もっと魅力的な日本酒を生み出すために、容器やパッケージにも力を入れていきたいと考えています」

SAKE HUNDRED

「SAKE HUNDRED」

そのほか、高価格帯市場や海外市場以外では、日本酒の容器にどのような可能性があるのでしょうか。

「たとえば、新しい生活様式が広まり、家飲みや1人飲みが増えるなかで、すぐに飲み切れる300ml以下の容器の需要はこれからも続くでしょう。容器で大切なのは、お酒の個性をしっかり表現すること。各酒蔵の"とっておき"を魅力的にするためには、容器のイノベーションが絶対に必要です」

大事なのは「差別化」と「規格化」のバランス

生駒氏の「日本酒の容器にはイノベーションが必要だ」というコメントに対して、東洋製罐グループホールディングス イノベーション推進室長の中村琢司氏は、「イノベーションの方向性が異なっていた」と振り返ります。

東洋製罐グループホールディングス イノベーション推進室長の中村琢司氏

東洋製罐グループホールディングス イノベーション推進室長 中村琢司氏

「イノベーションがまったくなかったわけではありません。たとえば、ガラス瓶はずっと見た目が変わらないと思われがちですが、絶えず技術革新が起こっています。その結果、強度や生産効率は格段に向上し、より低いコストで、かつ省資源で生産できるようになりました。

ただ、それがお客様のメリットに直結していなかったのかもしれません。まだまだやるべきことがたくさんあると痛感しています」

ガラス瓶

どうして日本酒の容器では、顧客価値が上がるようなイノベーションが起こらなかったのでしょうか。それを理解するためのキーワードは「規格化」と「差別化」です。

「飲料に使う容器は、生産効率やコスト、安全性などを考えて、共通の規格に沿って作られます。その『規格化』のよい例は、飲料缶です。

以前は『プルタブ』という蓋を取るタイプの缶が主流でしたが、ケガの恐れやゴミが増えるといった問題を踏まえて、蓋と缶が一体化した『ステイ・オン・タブ』が登場しました。現在では、ほぼすべての缶がこちらのタイプに切り替わっています」

他商品との「差別化」のために、容器の形状やデザインをユニークにすることは難しくありません。しかし、「規格化」とのバランスを考えなくては、ただの独自製品で終わってしまいます。

日本酒の容器に必要な機能を洗い出して「規格化」し、その上で独自の「差別化」を行っていくことがこれからの課題と言えるでしょう。

「最高の一杯をより引き立てる容器を」

現在、四合瓶は厳しい価格競争の中にあるといいます。その原因について、「正直なところ、"どこから買ってもほぼ同じ"だからです」と中村氏。

「ガラスという素材はとても優秀で、劣化することがなく、ほかの素材と比べて中身を守る力にも優れています。しかし、だからこそ差別化が難しく、同じようなガラス瓶になってしまいがちです。

『おいしい日本酒をよりリーズナブルに提供する』という酒蔵のみなさんの素晴らしい考えに、私たちも同じ想いです。容器メーカーも、『安全で高品質な容器をよりリーズナブルに』との想いで歩んできました。けれど、そろそろ次のステージに進まなければいけません」

ガラス瓶を製造している様子

中村氏は、容器メーカーとしての今後の展望を「日本酒業界のみなさんから期待される存在になること」と続けます。

「酒蔵は"おいしさの追求"、容器メーカーは"製造コストを下げること"で価値を高めてきたのがこれまでの日本酒だと思います。しかしこれからは、酒蔵の造る最高の一杯をより引き立てる容器を提供していきたいのです」

ほかの飲料の容器を考えてみると、コカ・コーラ、ヤクルト、サントリー角瓶など、ロングセラーの商品には独自デザインの容器があります。

「こうしたロングセラー商品は、中身と容器がセットになっていて、容器が中身を象徴するアイデンティティになっています。日本酒業界のみなさんとともに、新しい日本酒のアイデンティティとなる容器を作っていきたいですね」

中村氏が語る"次のステージ"への第一歩は、既に踏み出されています。グループ傘下の東洋ガラスでは、中小酒蔵向けにオリジナルブランド「衣玻璃(きぬはり)」シリーズを展開。あらかじめ桜や紅葉などのデザインがガラス瓶にプリントされ、ラベルを貼るだけで華やかな商品が完成するブランドびんです。

東洋ガラスのオリジナルブランド「衣玻璃」

東洋ガラスのオリジナルブランド「衣玻璃」

大手に比べると出荷数が少ない中小規模の酒蔵では、ロットとコストの関係で、自社オリジナルの瓶を作ることは難しいのが現状です。「衣玻璃」は、そんな中小酒蔵の役に立ちたいという想いで開発されたもの。小ロットから発注でき、オリジナリティを出すことができると、中小酒蔵から厚く支持されています。

「小ロットでもリーズナブルな価格、そしてどこへ出しても恥ずかしくない美しいデザインを目指しました。個々の酒蔵では対応しきれない容器へのこだわりを、私たちが実現していきたいのです」

東洋製罐グループホールディングス 代表取締役社長の大塚一男氏

東洋製罐グループホールディングス 代表取締役社長 大塚一男氏

東洋製罐グループホールディングス 代表取締役社長の大塚一男氏は次のように話します。

「世界で戦える製品作りに『容器』がどのように貢献できるか。このテーマは我々のビジネスにおいても大きなポイントだと考えています。日本にはたくさんの素晴らしい食文化があります。それを世界に伝えるために、『容器』の役割はとても重要でしょう。

日本酒も世界を相手に勝負している製品のひとつです。日本酒業界の良きパートナーになれるよう、試行錯誤を続けていきたいと思います」

東洋製罐 ガラス瓶のイメージ

どんなに高級な日本酒も、中身は飲めばなくなってしまいます。日本酒の魅力を伝えるうえで、容器は大きな役割を担っているのです。

「日本酒との最初の接点である容器にこそ、イノベーションが必要」と力説する生駒氏に対して、「日本酒業界のみなさんから期待される存在になる」ことを目指す東洋製罐グループ。

これからどのような容器が生まれ、どのように日本酒の価値を向上させていくのか。今後の動きに期待が高まります。

(取材・文/藪内久美子)

sponsored by 東洋製罐グループホールディングス株式会社

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