近年、オリジナルの酒米開発に力を入れる地方自治体が増えています。なかでもかなり早い段階から県独自の酒米開発に取り組んできたのが、青森県です。2018年には新品種の「吟烏帽子(ぎんえぼし)」が新たに仲間入りし、青森県産のオリジナル酒米の種類はさらに広がりました。
青森県の酒米にはそれぞれどのような特徴があり、どのような味わいの日本酒になるのでしょうか。
今回は、青森県の代表的な4つの酒米「華吹雪」「華想い」「華さやか」「吟烏帽子」に注目。SAKETIMES編集部が行なったテイスティング結果とあわせて、それぞれの魅力を紐解きます。
さまざまなタイプの日本酒に対応できる青森県の酒米
青森県は、どのように新しい酒米の開発を進めてきたのでしょうか。(地独)青森県産業技術センター 弘前工業研究所の齋藤知明さんにお話をうかがいました。
青森県初のオリジナル酒米「古城錦(こじょうにしき)」が開発されたのは、今から50年以上も前となる1968年のこと。「農家さん側から少しでも高く売れる米を作りたいという要望があったのでは」と、齋藤さんはその始まりを分析します。
その後、1980年代以降になると酒米の開発は加速。1986年に「華吹雪」が誕生し、2002年に「華想い」、2014年に「華さやか」、そして2018年に「吟烏帽子」が加わりました。
「酒蔵が目指すタイプの味わいに合わせて酒米を選ぶことで、青森県産の日本酒がもっとおいしくなればとの思いで研究してきました。市場で選ばれるためには、できるだけ付加価値の多い商品で勝負する必要があると思っています。その付加価値に『地元の酒米にこだわる』という選択肢を増やしてあげられるので、この仕事はやりがいがありますよ」と、青森県産の酒米への想いを話してくれた齋藤さん。
続いて、それぞれの酒米の特徴についても教えていただきました。
「華吹雪」は、大粒で収量も安定していますが、心白が偏りがちで割れやすく高精白には向きません。そのため、主に純米酒に使われることが多いとのこと。青森県産の酒米としては、唯一県外でも栽培されています。
「華想い」は、山田錦の血統を持つお米です。「華吹雪」の弱点をふまえて、大吟醸も造れるお米を目指して開発されました。ちょうど酒造メーカーの間で「青森県産の酒米で大吟醸を造りたい」という機運が高まっていたことも後押しになったそう。ブランド価値を高めるために認証制度を設け、条件をクリアした品質の良い米だけが「華想い」として出荷されています。
「華さやか」は、齋藤さん曰く「変わった米」。この品種に多く含まれてるプログルテリンというタンパク質は分解されにくいため、アミノ酸の少ない日本酒が造りやすく、その結果、雑味の少ないすっきりとした日本酒ができあがります。また、「華さやか」の米粉で作ったパンは、通常の米粉で作るよりも膨らみが良いことが確認されており、日本酒以外の用途も期待されています。
そして、もっとも新しい「吟烏帽子」は、病気と冷害に強い品種を目指してつくられました。
ヤマセ(東北地方の太平洋側で春から夏に吹く、冷たく湿った東よりの風)の影響を受ける青森県の太平洋側に位置する県南・下北地域でも生産者が安心して栽培できる酒米の誕生は、青森県の酒蔵にとっての悲願でした。
「吟烏帽子」は、(地独)青森県産業技術センター 弘前工業研究所と同 農林総合研究所の共同開発で誕生し、3年間に及ぶ実地栽培と醸造試験を経て、実用化に至りました。名前の由来は、八戸市の祭り「えんぶり」の舞い手がかぶる烏帽子から。きれいな心白があり、旨みの強いすっきりとしたお酒ができあがります。
足りないところを互いに補い合うかのように、それぞれの役割を担う青森県の酒米。今後は品質をブラッシュアップさせることが目標で、たとえば「華吹雪」は寒さにより強い品種にするべく、すでに品種改良の研究が進められています。
「酒米は長く使い、育てていくことで価値が生まれます。新しい品種の開発とあわせ、ひとつの品種を改良し続け、酒造りに継続して使ってもらうことも、飲み手の方の評価につながると考えています」
青森県の酒米で造った日本酒を飲み比べ
青森県産の4種類の酒米で造った日本酒は、実際にどのような味わいになるのでしょうか。それぞれのお米の特徴がよく表れているお酒を齋藤さんに選んでいただき、「唎酒師」の上位資格である「酒匠」を持つSAKETIMES編集長・小池がテイスティングに挑みました。
「華吹雪」× 鳩正宗「鳩正宗 純米大吟醸 華吹雪」
48%まで磨いた「華吹雪」を八甲田・奥入瀬川(はっこうだ・おいらせがわ)の伏流水で仕込み、長期低温発酵させた1本です。米が割れやすい「華吹雪」を純米大吟醸酒に仕上げる手腕は、長年「鳩正宗」一筋に腕を磨いてきた佐藤企(たくみ)杜氏の真骨頂です。
「栓を開けた時点でふわっと甘い香りが漂いました。それも青リンゴのようなフレッシュさの中に、シロップのような濃厚な甘さがある香りです。飲んだ印象もそのままで、きちんとまとまった純米大吟醸酒。きれいな酒質でありながら、力強さも旨味もしっかり感じられます。かすかな苦味が、この後に食事が続いていくような余韻を残します」(小池)
「華想い」× 六花酒造「純米大吟醸 じょっぱり華想い」
「華想い」で醸したこのお酒は、世界最大規模のワイン品評会「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)2020」SAKE部門のゴールドメダル受賞酒。ゴールドメダルの中でも、さらに上のランクのリージョナルトロフィーに輝くほど、世界的にも高い評価を受けています。
「熟れたフルーツのような吟醸香を感じますが、あくまで香りはおだやか。クリアな飲み口で、スッと口に入ってストンと落ちていくほど引っ掛かりの少ないお酒です。味わいは濃厚ですが、甘いにも辛いにも偏りすぎず、良い意味で中庸。常温で飲むと、より味わいを感じられると思います」(小池)
「華さやか」× 鳴海醸造店「菊乃井 純米吟醸 華さやか 無加水」
原酒かつアルコール度数は17度と、数字だけ見れば力強いタイプにも思える1本。「華さやか」の特徴はどれほど表現されているのでしょうか。
「華やかでフルーティーな吟醸香。はじめは青リンゴのようなフレッシュな香りが優勢ですが、スワリングしたあとは洋梨を思わせるボリュームのある甘みも感じられます。ただし、全体的にクリアで透明感のある香りです。口に含むと、シンプルでなめらかなテクスチャーが第一印象。香りにも感じた甘みのあと、米由来の穏やかで優しい旨味が中盤にやってきます。アルコールのキレが良く、全体的に爽やかな印象です」(小池)
「吟烏帽子」× 八戸酒造「陸奥八仙 吟烏帽子40 純米大吟醸」
デビューから間もない「吟烏帽子」を使いながら、フランスで開催される唯一の日本酒コンクール「Kura Master 2019」で金賞を受賞するなど、市販酒のコンテストでも入賞を果たした1本です。齋藤さんも「非常にまとまっていて高級感がある」と太鼓判を押します。
「吟醸香はそれほど強くなく、きれいで爽やか。口に含んだ瞬間からジュワッと味わいが広がりますね。途中からやや酸味を感じます。一般的には、酸味が立ちすぎると味わいが崩れてしまいますが、このお酒は全体のバランスがよく、酸味がエッセンスのひとつとして透明感のある印象を与えています。特に洋食と相性が良さそうです」(小池)
4種類を飲み比べてみて、「余韻の長さに違いはあれど、全体的にしなやかで品が良く、ドライな印象を持ちました」と語る小池。東北の他県のお酒と比べてもすっきりとした味わいが際立っていると感じ、その理由を「青森県は三方を海に囲まれ、新鮮な魚に恵まれているためでは」と分析します。
日本酒はお米だけではなく、酵母や仕込み水、環境によっても味わいが変わる飲み物。その上でどこか一本、芯の通った表情を共通して感じられるのは、県民性でもある「じょっぱり(頑固さ)」がお酒にも表れているのかもしれません。
目指すのは「青森テロワール」
「吟烏帽子」の誕生により、青森県内にある17蔵すべての周辺で酒米を栽培できるようになりました。
今後、青森県として目指していくのは「青森テロワール」。個性豊かな酒米のほか、「まほろば華酵母」などの県オリジナル酵母をはじめ、麹菌や乳酸菌も県独自のものを開発しており、酒蔵も積極的にそれらを使った酒造りに取り組んでいます。また、(地独)青森県産業技術センターでは、「あおもり酒テロワール」という特設サイトを開設し、その開発ストーリーを紹介しています。
「青森のお酒はまだまだ知名度が低く、一部の有名な酒蔵のお酒以外は知られていないのが実情です。まずはいろいろな酒蔵、いろいろな銘柄のお酒を手に取っていただき、味わってみてほしいですね。その時に青森の酒米の名前を覚えてくださっていれば、お酒を選ぶときの参考になると思います」と齋藤さん。
酒蔵、農家、研究所が一体となり、日本酒の品質を高めている青森県。ぜひ、その成果を確かめてみてください。
(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)
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