温泉地を訪ねて地酒をゆっくりと堪能することは、温泉旅行の楽しみのひとつです。

今回ご紹介する新潟県十日町市の松之山温泉にある「酒の宿 玉城屋」は、その名の通り、日本酒を存分に味わえる温泉旅館。地元食材を使ったフレンチコースと新潟地酒のペアリングが楽しめます。

酒匠の資格を持つオーナーが考案した宿泊プラン

松之山温泉「酒の宿玉城屋」の外観

「酒の宿 玉城屋」は、10部屋前後と小規模ながら、日本三大薬湯の源泉掛け流し温泉と新潟の持つ山海の恩恵を最大限に活用した独創性あふれる取り組みで注目されている温泉旅館です。松之山の素朴な土地の持ち味をそのまま残した、過剰すぎないサービスに家族的な心地よい安心感を抱きます。

宿泊予約時に「日本酒ペアリングプラン」を選ぶと、「里山フレンチのフルコース」(10,000円相当)のディナーと「新潟地酒のペアリングコース」(7,000円相当)を楽しむことができます。

このペアリングプランは、酒匠とソムリエの資格を持つ四代目オーナー・山岸裕一氏の考案によるもの。東京都内にあるミシュランの星つきレストランで腕を磨いた料理長・栗山昭氏の料理とお酒を組み合わせることで、想像を遥かに超えたクオリティーのディナーを実現しています。

珍しいものや面白いもの、少し変わった上質な体験を求める宿泊客のリピートが多く、連泊する方や季節を変えて定期的に宿を訪れる方も増えているようです。

新潟の酒、山海の幸、極上の日本酒体験

松之山温泉「酒の宿玉城屋」のダイニングスペース

ディナーをいただくのは、開放的な大きな窓から松之山の自然を眺めることができるダイニングルームです。

松之山温泉「酒の宿玉城屋」の日本酒専用冷蔵庫

壁には、100種類の銘柄を常備しているという日本酒専用の冷蔵庫と大きなワインセラーがあります。

ディナーメニューには料理名ではなく、使われている主な食材のみが書かれていました。どのような料理なのか配膳されるまでわからないため、期待がとても高まります。

料理に合わせるのは、すべて新潟県で造られた日本酒。基本的にはおまかせで提供されますが、日本酒の好みを伝えるとそれに合うお酒も選んでくれるそうです。

それでは、秋のコースメニューとペアリングであわせた日本酒を紹介します。

「妻有ポーク 美雪鱒」×「たかちよ(28BY)」に炭酸ガスを加えて

「妻有ポーク 美雪鱒」×「たかちよ(28BY)」に炭酸ガスを加えて

十日町の名産豚と季節の魚のアミューズです。

日本酒は、2016年12月に搾ったものをアルコール度数13度に調整するように加水し、炭酸ガスを注入してスパークリングに仕上げたものです。そのおかげか日本酒の酸が一層強調され、すっきり感が増しました。

妻有(つまり)ポークはリエット状にしグジエール(チーズを練り込んだシュー)に挟んでいます。リエット自体さっぱりしているものでしたが、ねっとりとしたリエットの口当たりに焼けたチーズの香りが加わって、日本酒の後口の余韻にとてもよく合います。スモークした鱒も同様に、ほろ苦さがとても合いました。

「切り干し大根のスープ」×「雪男 純米」を杉のおちょこで枡酒風に

「切り干し大根のスープ」×「雪男 純米」を杉のおちょこで枡酒風に

冷製ポタージュが、まさか切り干し大根ベースだったとは驚きました。味わうと香りと渋味がたしかに切り干し大根そのもの。オリーブオイルの香りが加わって、飲みやすいスープになっています。

お酒には清涼感ある杉の香りがほのかに移り、ともすると枡酒を飲んでいるかのような体験。木の香はそれほど強くなく、飲み進めるとお酒が本来持つ味わいに収斂していきます。特徴ある香りが重なり合うペアリングです。

「西バイ貝のコンフィ、無花果、そうめん瓜」×「麒麟山 玉雫 大吟醸原酒」

「西バイ貝のコンフィ、無花果、そうめん瓜」×「麒麟山 玉雫 大吟醸原酒」

無花果(いちじく)と十日町名産のそうめん瓜とのコラボ料理です。バイ貝の中でもランクが高い西バイ貝を使い、この料理自体ですでに複雑な味わいを楽しめる一皿です。

新潟限定の麒麟山は、華やかで濃厚な甘い香りが熟れたメロンを連想するもの。男前な底力を感じる苦味と旨味がありました。アルコールも強く感じ、ピリピリした刺激や後口に残る甘味がしっかりとした余韻がとても心地よいです。

ガツッと香る味も濃いお酒に対して、無花果のソースの甘酸っぱさが淡白に感じられ、スッキリ感を与えてくれています。コンフィの脂も適度なコクで、貝の滋養感を緩めていました。

このお酒の選び方は本当に衝撃で、この日一番のペアリングだったと思います。

「南蛮海老、カリフラワー」×「鶴齢 特別純米 爽醇 夏酒」

「南蛮海老、カリフラワー」×「鶴齢 特別純米 爽醇 夏酒」

カリフラワーのふわふわのムースの下に、ペースト状の海老と出汁のジュレが敷かれています。食感はムースのおかげでとても軽いのですが、意外に味が濃く、特に海老の味わいがしっかりと主張していました。

一方、ひと夏を越した夏酒を出していただいたところ、爽やかな酸の口当たりの中に、ほんの少しだけ熟成感の色づきが見られます。すっきり飲めつつも、ほのかな甘苦さがまるで柿のように感じられるお酒でした。

料理の味が強めだったため、このくらいのさりげない甘味とスッキリした酸のお酒で大正解です。

「鱈の白子ソテー、ほうれん草、トマト」×「松乃井」or「白瀧 生酛づくり」

「鱈の白子ソテー、ほうれん草、トマト」×「松乃井」

トマトと白子を使った一皿に、それぞれの食材に合わせた2種のお酒。

トマトとのペアリングには「松乃井」。味の濃いトマトに、リンゴ酸主体のワイン様のすっきりした酸が、口当たりを綺麗にしてくれます。

「鱈の白子ソテー、ほうれん草、トマト」×「白瀧 生酛づくり」

キノコとのペアリングには「白瀧」を。柔らかい口当たりとお米を思わせるほんのりした甘い香りが、キノコによく合います。乳酸の働きもよく後口はすっきりしているので、トマトと合わせてもよい相性だったと思います。

「甘鯛、銀杏、つるむらさき」×「松乃井 おんなの辛口」燗酒

「甘鯛、銀杏、つるむらさき」×「松乃井 おんなの辛口 燗」

パリパリに焼いた甘鯛の皮に、中骨からとった出汁のソース。フレンチのコースですが、まるで和食のような佇まい。鯛の身はプリプリとした食感でとても楽しい口当たりです。

目を引く日本酒のボトルは、松乃井酒造場の「おんなの辛口」。お燗にして温めることで酸の伸びがよく、旨味の膨らみもより感じられます。料理の食感や出汁の旨味を邪魔せず、すっきりと魚の臭みを洗い流す、そんな役割もお酒にはあると感じられるペアリングでした。

「妻有ポーク 越乃紅」×「苗場山 純米大吟醸」

「妻有ポーク 越乃紅」×「苗場山 純米大吟醸」

メインの肉料理は牛肉と豚肉から選べますが、せっかくの機会なので、地元名産の妻有ポークを。

お肉の柔らかさが格別です。味付けは胡椒がきいていますが、肉の淡白さを邪魔しないもの。ソテーした野菜の味わいがより一層濃く感じられます。

合わせたのは「苗場山 純米大吟醸」。熟成感が強く、とても特徴的な香りです。コーヒーを思わせるコクのある甘苦さが印象的でした。このペアリングだったからこそ、肉料理特有の重さを感じずにあっさりといただけたような気がします。

「紅あずま、柿、ラムレーズンのアイス」× 「阿部酒造 Fomalhaut(フォーマルハウト)」と「カーブドッチ オードヴィ・スウィート」のミックス

「紅あずま、柿、ラムレーズンのアイス」× 「阿部酒造 Fomalhaut(フォーマルハウト)」と「カーブドッチ オードヴィ・スウィート」のミックス

デセールは2品で、1皿目は口休めとしてお酒はお休み。2皿目にあわせてデザート酒をいただきました。

ライトな飲み口の低アルコール日本酒に、ぶどうから造った甘口のリキュールをブレンド。香りに日本酒感がほぼない不思議な味わいでした。お酒自体の甘みは強くないため、柿とさつまいものシンプルな甘さをより一層引き立てます。

季節を変えて楽しみたいペアリングディナー

温泉旅行というと、どうしても和食会席のイメージがありますが、「酒の宿 玉城屋」のディナーはまるでモダンなフレンチレストランのよう。しかし、すべての料理に地元・新潟の食材が活かされ、また、それらの料理に合わせた新潟の地酒は、大変素晴らしいものでした。

地酒を含めた地元の特産品による新しい体験を提供する宿が増えると、旅行の楽しみにもっと幅が広がりそうですね。

(文/山本清子)

◎取材協力

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