文学作品のなかには、四季折々に味わうお酒を鮮やかに描写したものが多くあります。今回は、江戸時代の俳句を通して、当時のお酒の楽しみ方について紹介します。

いつもの日と特別な日と

江戸時代の俳人として有名なひとりに、松尾芭蕉(1644~1694年)が挙げられます。作「奥の細道」の冒頭にあるとおり、松尾芭蕉は生涯をかけて日本各地を旅します。『五月雨を集めて早し最上川』『夏草や兵どもが夢の跡』など、情景の美しさを感じさせる句の多い松尾芭蕉。彼が詠んだ、お酒に関する俳句を紹介します。

花にうき世わが酒白く飯黒し

この句から、松尾芭蕉の生活をうかがい知ることができます。「飯黒し」というのは、白米ではなく玄米飯のこと。「酒白く」というのは、濁り酒を表しています。旅の道中、浮かれて贅沢をする人々にも出会うなかで、あくまで質素にお酒を楽しむ姿が想像できます。

草の戸に日暮れてくれし菊の酒

待ちわびていた「菊酒」が届けられた喜びを詠んだ句です。菊酒は、重陽の節句(9月9日)に長寿を願って、菊の花や葉茎を混ぜて飲むお酒で、この習慣は中国から伝わったといわれています。待ちわびた一杯に浮かぶ菊の鮮やかな黄色と、秋の涼やかな空気に包まれた日暮れの様子が伝わってきます。

2つの俳句に登場する「酒」はそれぞれ、いつもの日と特別な日の一杯を描いています。日々のお酒が慎ましいからこそ、特別な日の一杯は喜ばしく、さらに美味しく感じるのでしょう。

江戸時代の「日常」を感じる

続いては、与謝蕪村(1716~1783年)。俳人としてだけではなく、画家としての才能もあった与謝蕪村の句に登場するお酒は、情景がそのまま浮かんできそうです。

いざ一杯まだきににゆる玉子酒

現代でも飲まれている玉子酒。滋養強壮の効果があるとされ、江戸時代からよく飲まれていました。ぐらぐらと煮えた玉子酒のとろりとした様子、そして寒い日に味わう滋味深いお酒の魅力が伝わります。

酒を煮る家の女房ちょとほれた

手造りのお酒が夏場に腐らないよう煮沸をする女性の姿を詠んでいます。家族が美味しい一杯を味わえるよう心を尽くす愛情の深さを感じた与謝蕪村。お酒の良い匂いが伝わってきそうな句です。

与謝蕪村の句からは、お酒がある日常の幸せが感じられます。生活のなかにある一杯の美味しさが優しく描かれ、現代の私たちが読んでも心があたたかくなります。

一杯に漂う哀愁

最後は小林一茶(1763~1827年)です。旅先で句を詠むのは先の俳人らと同じですが、小林一茶の句には、庶民的な親近感があります。

名月や石の上なる茶わん酒

風情のある美しい月を眺めながら飲むお酒は、きれいなお猪口ではなく茶わんに入ったもので、腰かけるのは石の上。口を付けるたびにぐっと広がるお酒の味わいが想像できます。立ち飲み屋で味わう一杯の美味しさに通じるものがあります。

酒臭き黄昏ごろや菊の花

松尾芭蕉の句と比べ、小林一茶の姿勢がますます浮き彫りになった句です。芭蕉は「日暮れてくれし菊の酒」と、夕暮れにお酒が手元に届いたと詠んでいますが、同じ夕暮れのころ、小林一茶はすでに「酒臭き」様子になっているのです。

小林一茶の句からは「飲まなきゃやってられないよ」という哀愁が感じられます。貧しく無骨な雰囲気が漂い、お酒を飲むことがどこか心の支えになっている印象を受けます。

五七五に詰まった時代の一杯を味わう

この他、俳句に登場するお酒は、句ごとにそれぞれの味わいが異なり、時代を感じられるものから現代に通じる考えを含むものまでさまざまです。お気に入りの句を、ぜひ見つけてください。

◎ 参考文献一覧

  • 「芭蕉俳句集」(岩波文庫)
  • 「蕪村俳句集 」(岩波文庫)
  • 「一茶発句全集」
  • 「ほろよいブックス 酒読み 」 (社会評論社)
  • 「新詳説国語便覧」