昨年の秋から造りが始まり、ようやく春です。お酒を飲むみなさんも春の酒が店先に並んでわくわくする頃でしょうか。実は同じように蔵人もわくわくしています。なんせ、造りが終わりですからね! 雪が溶けて道端にバッケ(ふきのとう)が咲いて、ツクシが出て、杉玉もすっかり茶色になりました。

醪はすべて完成ですが、搾り終えるまではまだ時間がかかります。すべて搾り終えることを皆造と言います。4月の頭に甑倒し(醪の仕込みに使う米を蒸し終えること)をするので、だいたいゴールデンウィーク中には皆造になるのではないでしょうか。

さて、冬の忙しさから開放された蔵人にも、春にはご褒美が待っています。何が一番楽しみかといえば賞与・・・というのがホンネかも知れませんが、なによりも私が楽しみにしていたのは納豆です!

蔵人が納豆を食べてはいけない理由

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納豆の枯草菌(いわゆる納豆菌)は、バシラス(バチルス)属に属し、芽胞(がほう)という石鹸や熱湯での殺菌が効かない殻を作ります。きちんと手を洗ったはずが、石鹸水の中で枯草菌の芽胞が繁殖し、実験室でコンタミネーション(目的外の菌が培地などに混ざること)が発生し、たいへんなことになったという事例も聞きます。

麹室などで納豆菌が繁殖してしまうとなかなか殺菌ができず酒質を大きく下げてしまうため、蔵人は造り期間中はくれぐれも納豆を食べないようにと言われています。

「食べたあと歯磨きをしたり、シャワーを浴びたりすればいいんじゃないの?」と言う人もいますが、納豆の糸は頭髪やシャツ、部屋に置いてあるカバンや携帯電話などに容易に付着し、結果的に酒蔵に持ち込まれてしまうので、食べないに越したことはありません。
枯草菌の名の通り、土や稲わらにもいる菌ですから土足で蔵の中を歩き回るのもダメですよ。

しかし、造りが終わって片付けも目処がついてしまえば納豆はOK! 忙しい朝の白米のお供として食べるのもいいですし、晩酌でイカ納豆なんてのも乙ですよね。

乳酸菌も要注意!ヨーグルトもNG

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他にも、造り期間はNGとしているのはヨーグルトキムチ自家製漬物。これらは乳酸菌に起因する汚染防止が目的です。

生酛系酒母では、天然の乳酸菌を使い酸性にした酒母で酵母を培養して健全な発酵を促します。「じゃあ乳酸菌は入ってもいいんじゃないの?」といえばそうでもないのです。

通常、酒母に入った乳酸菌は、酵母の作るアルコール(10%程度)でほとんどが死滅します。ですから、醪に乳酸菌が移行することは理論上ありません
しかしながら、アルコールに耐性のある乳酸菌の仲間がいます。それがいわゆる火落菌と呼ばれる連中です。

火落菌に汚染された酒は生ゴミのような臭いがあり、あきらかに変性した酒だとわかります。かつては火落菌のこともよくわからないまま、その酒をかき混ぜた櫂棒で他の酒を混ぜたり、同じホースを使っていたりして、菌が爆発的に繁殖して・・・どうなるかは想像にお任せします。

65度で火入をすることで火落菌の繁殖は防止できますが、醪の時点で火入はできませんし、臭いはなかなかとれません。

さらに近年、さまざまな乳酸菌飲料のCMがTVでも見られますね。「免疫力を上げる乳酸菌」「生きて腸まで届く」「100億個の乳酸菌が・・・」
日進月歩で新しい乳酸菌が分離培養されています。お店に出回っているものを調べてみると、アルコール耐性があるものもあるそうです。火落菌になるかは置いておくとしても、酸が出すぎるのはよくありませんね。

酒のアテにはピッタリなキムチや自家製の漬物もご法度 

キムチをはじめとする漬物類も乳酸菌のおかげなのはご存知の通りです。特に自家製漬物がダメというのは、どんな乳酸菌が入っているのかわからないというのもありますが、自分の家で作るというところに問題があります。

糠床を混ぜたり、包丁で漬物を切ったりすると箸で食べるよりもたくさんの菌が爪の間などに付着します。しっかり手を洗っても取れない場合もありますから、汚染のリスクはかなり高いといえましょう。
この話は酒屋のある一説に繋がると考えられます。それは「酒屋に女は入れるな」という昔の伝統です(あくまで"昔の"です)。

お酒の神様・松尾大明神が女性だから、男が奥さんのことを話すと嫉妬して酒を腐らせる。だから女人禁制だとか「女が酒をいじると酒が腐る!」だとか、昔はよく言われたようですね。
これは実は、家事を取り仕切る女性が家で漬物の管理をしていたから、酒造現場での乳酸菌汚染の原因になっていた、と考えられるかもしれません。

現在では家で糠床をいじくりまわしてから酒屋で働く人は、いないに等しいのではないでしょうか。
全国的に女性蔵人も増えていますし試験場など先端研究や分析培養の現場で働いている方もたくさんいらっしゃいますね。むしろ男性蔵人の方が怪しいかもしれませんよ?ちゃんと手を洗っていますか!?松尾様もきっと睨みをきかせています。 

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春が来たので蔵人は神棚に一礼して、郷里に帰る準備です。
甑倒しの飲み会をして、掃除をしたら、ある人は田んぼへ、ある人は山仕事へ、ある人は街の仕事へ、それぞれ帰っていきます。

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今頃審査されているであろう新酒鑑評会の結果を楽しみに田んぼの作業がちらほら始まるでしょう。これから芽吹く新緑の山が真っ赤になる頃、蔵人がまた戻ってきて、次の造りが始まります。

(文/リンゴの魔術師)

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