2021年11月、京都府の酒蔵・月桂冠は、実験的な日本酒を試作段階で商品化するプロジェクト「Gekkeikan Studio」のスタートを発表しました。このプロジェクトは「日本酒を進化させる実験」をコンセプトに、日本酒の新たな可能性を消費者の方々とともに発見し、進化させようとする試みです。

第1弾の商品は、「Gekkeikan Studio no.1」として、応援購入サービス「Makuake」で先行予約販売を開始。300本がすぐに完売しました。本プロジェクトの発足の経緯や今後の期待について、取締役の大倉泰治さんに話をお伺いしました。

月桂冠 取締役・大倉泰治さん

月桂冠 取締役・大倉泰治さん

"月桂冠ならではのビジネスモデル"に対する苦悩

— 今回のプロジェクトの構想はいつからあったのでしょうか。

具体的に動き始めたのは今年の春ですが、構想は昔からありました。研究所の課題意識として、「お客さんにより近いところで仕事をしたい」という話が、以前から出ていたのです。

「こういうコンセプトのお酒を造りたい」というところから酵母の育種や醸造技術の開発を始め、早ければ数年で商品化できますが、長ければ10年近くかかることもあります。その研究成果が商品として世に出ないこともありますし、世に出たとしても消費者に受け入れられるかはわからない。その点が課題でした。

— Makuakeでの先行予約販売は開始後すぐに300本が完売しました。

こんなにすぐに完売するとは想定していませんでした。追加で100本を用意しましたが、資材を発注する当日ギリギリのタイミングで増やすことになったので、特に発注担当は大変だったみたいです。Makuakeのプロジェクトが終わった後は、自社のECサイトをメインに販売していきます。

— にごり酒をアッサンブラージュ(ブレンド)する発想が興味深いと思ったのですが、どのように着想したのでしょうか。

「これまでにない香りの日本酒を造りたい」という思いから研究をスタートしましたが、ちょうど社内でにごり酒をテイスティングした時に、その舌ざわりがフルーツに似ていて、少し混ぜてみようかという話になったんです。

同じ研究所で、複数人が違う仕事をしていたからこその発見でした。リアルな場の力を感じましたね。

— 試作段階で商品化すると言っても、販売する以上、ある程度はお客さんに受け入れられる必要があります。「月桂冠がつくりたいもの」と「お客さんが求めているもの」のバランスが難しそうな印象ですが、いかがですか。

世の中の流れをまったく見ずに研究を進めることはできません。ただ、研究に携わる人間と世の中のあいだにはどうしても距離があります。

月桂冠の場合、商品がコンビニやスーパーに置かれることも考えなければならないので、商品開発では安定した生産性や保存性の観点が重要。個性の強い日本酒が研究所から生まれても、そういった月桂冠のビジネスモデルにハマらなくて消えてしまうことが少なくありません。ふだんの商品開発では、美味しさの次に、いかに月桂冠としての流通に乗せるかが重要でした。

個性の強い商品の研究開発を進める中で、月桂冠の通常の販売手法で売れるレベルまで達しないものや、そこに達するまでに時間がかかってしまうものは、まずは「Gekkeikan Studio」を通して世の中に出してみようと。お客さんのニーズを確かめながら、そしてそのお客さんの声を取り入れながらその後の研究開発を進めることで、月桂冠の商品を育てていくのがねらいです。

「Gekkeikan Studio」として提案するのは、あくまでも、新しいチャレンジによる「試作品」で、その後の評価・選抜・改善の先には、月桂冠としての完成した商品があります。

— 第2弾以降はどのような商品をリリースする予定なのでしょうか。

第3弾まではなんとなく見えていますが、見えているがゆえに言いにくいですね(笑)。第1弾と同じように、新しいコンセプトの商品を予定しているので、楽しみにしていてください。

— 「Gekkeikan Studio」を通して、日本酒業界にどんな影響を与えたいですか。

日本酒ファンの目線では、多様性の時代はもうずいぶん前からきていると思いますが、世の中全体では決してそうではありません。「純米大吟醸酒がいちばん良いお酒」などのイメージは依然として強いと感じています。

全国的に知られている月桂冠が新しい可能性に挑戦することによって、より広い範囲に日本酒の多様性を伝えられたらと思っています。さまざまな日本酒がもっと受け入れられる世の中になればうれしいですね。

(執筆・編集/SAKETIMES編集部)

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