京都の酒どころ・伏見に蔵を構える、日本を代表する酒造メーカー・月桂冠。寛永14年(1637年)創業の長い歴史をもち、多彩なラインナップを武器に安定的なシェアを誇ります。

また「糖質ゼロ」「THE SHOT」をはじめとした新しい価値を与える商品の開発や、海外展開への積極的な取り組みなど、老舗でありながらさまざまなチャレンジを続けているのも特徴です。

今回話を伺うのは、取締役営業副本部長の大倉泰治(おおくら たいじ)さん。大倉さんは現在の代表取締役社長である大倉治彦(はるひこ)さんの長男で、将来的に月桂冠のトップを担うことを期待されている人物です。

月桂冠 取締役営業副本部長の大倉泰治さん

月桂冠 取締役営業副本部長の大倉泰治さん

大手金融機関で働いた経歴をもち、海外経験も豊富な大倉さんは、月桂冠にどんな新しい風を吹き込むのでしょうか。これまでの歩みや仕事観、月桂冠の一員になった現在の気持ちなど、率直な思いを伺いました。

"相手の言葉"で話すことを学んだ金融業界での経験

1989年12月、月桂冠の当主を代々務めてきた大倉家の長男として生まれ、少年時代を京都で過ごしました。

「以前から海外諸国の貧困問題に関心があった」という大倉さんは、京都大学の経済学部に進学。アジアやアフリカの経済発展について学びます。在学中に1年間、経済発展の研究が盛んなイギリスの大学へ留学し、日本食の輸入卸をしている会社で1ヶ月インターンとして働いた経験も。「日本食レストランへの営業など、卸の仕事を知る良い経験になった」と振り返ります。

スペイン人の友人と学期終了後のイベントに参加する大倉さん

留学先の大学にて、学期終了後のお祝いイベントに参加する大倉さん

また、4年生の時にケニアで普及しているモバイル電子マネーに関する卒業論文を書き上げ、タンザニア各地での滞在経験も経て大学を卒業します。そして2013年4月、みずほ銀行に入行しました。

「最初の1年で振り込み処理や口座開設などの仕事を覚えて、2年目からは担当をもって法人向けの営業をしていました。果物や紙製品などの卸業者、システム開発や運送など、顧客の業種はバラバラ。毎日自転車に乗って、地域のお客さんを回っていましたね」

2015年からはみずほ証券に異動となり、退職する2019年の春まで、大企業向けの資金調達やM&Aの提案営業などを担当した大倉さん。6年間の金融機関勤務を振り返り、「お客さんと話す機会が多くて、仕事は楽しかったです」と笑顔で話します。

月桂冠 取締役営業副本部長の大倉泰治さん

「金融といっても特別なことではなくて、相手の話を聞き、その会社の状況を知り、それに合わせた提案をする。業界のことをきちんと知って、仲間に入れてもらうという感覚です。それを続けていると、業界特有の事情も理解できるようになって、自分自身の知的好奇心も満たせるし、社内からも『この業界なら大倉に聞いたほうがいい』と頼られるようになりました。そういう意味でもやりがいがありましたね」

顧客との関係構築に欠かせないのがコミュニケーション。大倉さんは、会話の際に主に2つのことを意識していたといいます。

ひとつは「気を遣いすぎずにフランクに話すこと」。支店勤務だった頃の先輩が顧客とざっくばらんに話す姿を見て、隠しごとをせずにオープンな気持ちで話すと相手も心を開いてくれることを学んだそうです。

もうひとつは「"相手の言葉"で話すこと」。難しい金融業界の専門用語などは使わないことで、会話がスムーズに進められるといいます。

入社して感じた「月桂冠」の懐の深さ

2019年3月にみずほ証券を退職した大倉さんは、同年4月に営業副本部長として月桂冠に入社。6月には取締役に就任しました。現在は国内と海外を対象とする営業本部で、日々の業務を通して仕事を覚えている最中だといいます。

「子どもの頃からいつかは継ぐのだろうと、漠然と考えていた」と話す大倉さんですが、父である治彦社長から経営について話をされたことは一度もなく、2019年の年始に「そろそろ帰って来るか?」「継ぐ気はあるのか」と告げられたといいます。

子どもの頃からそれなりの覚悟ができていたこともあり、蔵に戻ることへの抵抗感はなかったそうです。しかし、大倉さんは月桂冠に入社するまで、蔵の様子をほとんど目にしてこなかったといいます。

「蔵元の息子や娘の場合、子どもの頃は蔵の中でよく遊んでいたという人が多いイメージですが、うちは全然そういうことはありませんでした。ほとんど会社に立ち寄ったことはなかったし、蔵に行ったこともありませんでした。父親は『見せる必要はない』と思っていたのかもしれません」

言葉であれこれと伝えたり、現場に連れて行ったりすることは、治彦社長の考える継承の方法ではなかったようです。

現在の代表取締役社長 大倉治彦(はるひこ)さん

現在の代表取締役社長 大倉治彦(はるひこ)さん

大倉さんが月桂冠に入社して数ヶ月。あらためて、月桂冠という会社の大きさを感じているそうです。

たくさんの人がさまざまな思いで仕事をしているため「何かをやりたいと思っても、自分自身だけで決められることは今のところない」と話します。一方で「すでにたくさんのトライをしてきた会社だとも感じています」と、誇らしげな表情を浮かべます。

月桂冠の社風を尋ねると「フレンドリーで良い人ばかり」と、にっこり。採用面接を受けた学生から「こんなに楽しい面接は初めて」という声が上がるほど、明るく話しやすい人が多いといいます。

日本酒の可能性を信じている人たちがいる

大学を卒業してすぐに大手銀行に就職し、その後、蔵に戻った大倉さん。一方で「ベンチャー企業で働くことへの憧れもあって、チャンスがあればやりたいと思っていた」と話します。

月桂冠に戻る直前には、SAKETIMES編集部でインターンとして勤務。記事の作成や取材への同行など、WEBメディア編集者としての業務に携わりました。

SAKETIMES編集部でインターン中の取締役営業副本部長の大倉泰治さん

SAKETIMES編集部でインターンとして働く大倉さん

「月桂冠に帰ってきて感じるのは、日本酒全体の出荷量が落ちていて、会社としても多難だし、従業員もそのことを実感しているということ。その一方で、SAKETIMESのメンバーや、取材を通して会った人たちのなかには、日本酒にチャンスを見出している人もいる。そのことは、今も頭に残っています。"日本酒に可能性を見る"ということを体験のなかで感じ取ることができたのは、インターンをやって良かったと思っていることですね」

どんな立場の人とも対等に

海外留学、金融業界への就職、ベンチャー企業でのインターンなど、好奇心旺盛に幅広い分野に取り組んできた大倉さん。一朝一夕では得られないさまざまな体験を経て、今後は活躍の場を日本酒業界に移します。大倉さんがこれまで積み重ねてきた経験は、月桂冠でどのように活かされていくのでしょうか。

「自分だからこそできると思っていることが2つあります。ひとつは、社内のいろんな所に首を突っこむような立ち位置でいること。今は社内の若手とも上司ともフラットに話せる立場なので、『こういうことをやりたいけどわかってもらえない』という声を吸い上げて、上層部へ上げる。風通しを良くするために動きたいと思っています」

月桂冠 取締役営業副本部長の大倉泰治さん

「もうひとつは、製造と営業の関係をつなげること。製造の現場にふらっと顔を出しにいくと、『実はこんなことがあって……』と相談を受けることがあるんです。わざわざミーティングや面談という形にしなくても、ふらっと来たときに相談できる人間がいれば、会社もうまく回っていくのではないでしょうか」

どの社員ともフラットな関係で話すことができる、まさに大倉さんだからこそ成り立つ役割と言えるかもしれません。そして、相手の話をしっかりと聞き、相手にきちんと伝わる言葉を選んで話せるという、大倉さん自身の人柄や経験が活きる立ち位置でもあります。

「どんな立場になっても、社内の人たちと対等に話せる関係を築いていきたい」と語る大倉さん。まだ少し先の話ではありますが、少しずつ未来の当主としての自分像は見えてきているようです。

「自分の性格や社員との関係性については、亡くなった祖父の敬一に似ているんです。大らかで、ふらっと来ては社員の話を聞いて、社員全員の名前を覚えていたと聞きました。一方で、父は厳しいところもありますが、営業の会議で切れのある指摘をしているのを見ると凄みを感じます。私は名前を覚えるのは苦手だし、数字もあまり強くないですが(笑)、祖父と父の良いとこ取りをしたいなと思います」

取締役営業副本部長の大倉泰治さん

「大事にしたいのは『困難も楽しんで働く』こと。日本酒の売上は右肩下がりだといわれていますが、やっぱり右肩上がりじゃないとおもしろくない。まずはお客さんに支持され、認めてもらえるようになること。そうやって楽しみながら仕事ができたらいいですね」

最後までゆったりとした語り口で、そう締めくくった大倉さん。

その横顔には、治彦社長の面影が浮かびます。穏やかな眼差しで見つめるその先には、月桂冠のどんな未来が見えているのでしょうか。これからの活躍に、ますます期待が高まるインタビューでした。

sponsored by 月桂冠株式会社

(取材・文/芳賀直美)

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