日本各地の日本酒が集まる東京でも、その地域だけで親しまれている銘柄をいただく機会はなかなかありません。普通酒やレギュラー酒(※)は、その地方の出身者にとっては懐かしい地元の味であり、初めて飲む人にとってはいつかその地方を訪れてみたいという旅気分にさせてくれる特別なお酒といえるでしょう。

【※編集部注「普通酒」は、吟醸酒や純米酒、本醸造酒などの「特定名称酒」として分類されない日本酒の通称のこと。「レギュラー酒」は、普通酒や本醸造酒、純米酒など中心に、酒蔵のある地元でリーズナブルな価格で流通している日本酒の通称のこと。

東京・銀座にある「AKITA DINING なまはげ 銀座店」は、秋田県の日本酒と郷土料理が楽しめる名店です。その最大の特徴は、秋田県内全酒蔵のレギュラー酒を取り揃えていることです。

少量生産のレアな日本酒や高級酒が喜ばれる傾向のなかで、あえて普通酒やレギュラー酒にこだわり続ける理由を、「AKITA DINING なまはげ 銀座店」を運営する株式会社なまはげ 代表取締役の佐藤尚士さんにお話をうかがいました。

古民家風の店内で秋田の郷土料理を楽しむ

なまはげ 銀座店の外観

「AKITA DINING なまはげ 銀座店」の店内は、その名前の通り、あらゆるものが「本物の秋田」で構成されています。

店の入口には、秋田県男鹿地方につたわる来訪神「なまはげ」の大きな面と秋田の地酒。店の内装は、当時の秋田県本荘市(現・由利本荘市)にあった築150年の古民家を移築したものです。

「なまはげ 銀座店」のカウンター

一人でも気軽に楽しめるカウンター席やグループで楽しめるテーブル席に加えて、秋田の民家に訪れたかのような座敷席もあり、落ち着いた雰囲気で日本酒や料理を味わうことができます。

「なまはげ 銀座店」の奥座敷

さらに、店の奥には秋田県横手市の小正月行事で知られる「かまくら」を模したスペースもあります。身をかがめて中に入るこの半個室は、まるで本当にかまくらの中に入っているかのような抜群の雰囲気です。

「なまはげ 銀座店」のかまくら席

「AKITA DINING なまはげ 銀座店」は、メニューも「秋田」に徹しています。

いぶりがっこチーズ 650円

「いぶりがっこチーズ」 (650円・税込)

秋田県南部の名物で、大根などの野菜を燻煙乾燥させてつくる「いぶりがっこ」にクリームチーズを添えた「いぶりがっこチーズ」は、日本酒との相性が抜群でお酒が進みます。

ハタハタ一夜干し(2本) 800円

「ハタハタの一夜干し(2本)」(800円・税込)

秋田県の生活に密接に関わってきた県魚の「ハタハタ」は一夜干しで。旬である冬の時期には、プチプチと弾ける「ぶりこ」と呼ばれるハタハタの卵も一緒に楽しめます。

秋田の郷土料理・きりたんぽ鍋

「比内地鶏のきりたんぽ鍋(1人前)」(2,000円・税込・オーダーは2人前より)

他にも、適度な歯ごたえとジューシーでコクのある香味を持つ「比内地鶏の塩焼き」や、比内地鶏からとったスープに湯沢市の特産として有名なセリなどの野菜がたっぷりと入った「比内地鶏のきりたんぽ鍋」など、東京ではなかなか味わえない産地直送の食材を使った秋田の郷土料理が味わえます。

本物の秋田の味を提供するために会社を設立

なまはげ 銀座店の料理とお酒

これらの料理と一緒にいただきたいのが、秋田県の日本酒です。秋田の料理とお酒の特徴について、代表の佐藤さんは次のように話してくれました。

「秋田の料理は、塩気の多いものや甘いものなど、味つけが濃いものが多いですね。そのためか、日本酒も料理に負けない芳醇さのあるお酒や、お酒だけでも成立するような味の輪郭がしっかりしたものが多いと思います。

それに加えて、秋田はお水が軟らかい地域でもあるので、お酒にもやさしさがある。水のようにスイスイという淡麗なお酒ではないけど、でも強すぎず飽きがこないのが秋田のお酒のいいところです。秋田では、つまみやあてがない状態でお酒を飲む人もいたりしますよ」

株式会社なまはげ 代表取締役・佐藤尚士さん

株式会社なまはげ 代表取締役・佐藤尚士さん

秋田県の旧・象潟町(現・にかほ市)の出身で、実家は酒屋を営んでいたという佐藤さん。大学卒業後は、いずれは実家に戻るという心づもりで酒類メーカーに就職し、営業として経験を積みました。しかし、実家の酒屋に戻った30年前は、焼酎ブームの真っ只中。お酒の廉売店ができ始めるなど、日本酒にとって、あまり好ましいとはいえない状況だったそうです。

「日本酒の売上がどんどん下がって、本当に売れない時期でした。それでも地元に戻ってきて会合や飲み会に出ると、秋田では、どこへ行っても日本酒なんですね。やかんとコップで日本酒を提供する飲食店もあったりして。それがやっぱりおいしいし、自分の専門はお酒だから、そんな秋田の日本酒をどうしても広めたいと思いました」

あわせて、秋田という地域に対しての危機感を抱いていたとも。

「秋田には伝統文化や食材などいいものがたくさんあるのに、対外的に宣伝が下手なところがある。『こんなにいいものを全国にうまく発信して、秋田を元気にしたいよね』という話を、青年会議所の若手経営者グループでよく話していました」

そんな想いから「お酒と料理、すべて“本物の秋田”を集めて、ひとつの店を作りたい」という目標で、2002年に佐藤さんは仲間たちと一緒に会社を立ち上げます。

その当時、秋田県内には44の酒蔵がありましたが、そのうちの11の酒蔵が新しい会社へ出資を決めてくれたのだとか。こうして、2004年に「AKITA DINING なまはげ 銀座店」がオープン。現在は銀座店のほかに、仙台にも店舗があります。

秋田県・全酒蔵のレギュラー酒を揃える理由

「なまはげ 銀座店」の取扱銘柄の一部

「AKITA DINING なまはげ 銀座店」の日本酒のラインナップのなかで特徴的なのが、秋田県内の酒蔵で造られる普通酒やレギュラー酒を豊富に取り揃えている点です。

全国区でも有名な「高清水」をはじめ、東京ではまず見かけない「雪の茅舎」醸造元・齋彌酒造の「由利正宗」など、秋田県内27蔵の普通酒銘柄を取り扱い、秋田県内すべての各酒蔵のレギュラー酒に位置する商品も揃えています。

「秋田の各蔵の普通酒を揃えておけば、上京している秋田出身の人にとってなじみの地元のお酒をいつでも楽しむことができます。秋田県は広いので、地元のお酒でなくても、一つぐらいは知っている普通酒の銘柄があったりする。それが東京で飲めるって大事なことだと思うんです。

『秋田のいつもの日常』を東京のこの店で再現しようと思ったら、やっぱり『普通』が大切なんですよ。だって、地元では、普段は限定酒は飲みませんから」

「AKITA DINING なまはげ 銀座店」がオープンした2004年当時、佐藤さんの実家の酒屋では、その地域にある5つの酒蔵の日本酒しか扱っていませんでした。

地域内で販売されているのは、その地域にある酒蔵の日本酒のみ。他の地域のお酒があってもすすんで飲むことはなく、秋田では地域ごとにきれいに区分けされていました。そんな状況で、秋田県全域の酒蔵の日本酒を一同に集めるのには、大変な苦労があったようです。

秋田県の酒蔵マップ

「AKITA DINING なまはげ 銀座店」で取り扱いのある秋田県の酒蔵マップ

「普通酒とひとことで言いますが、その『普通』を実現するのに、実はとてもコストと手間がかかっている。酒蔵にとっては、造れば造るほど利益が減るという話もよく聞きます。それでも『普通酒は無くせない』という想いを酒蔵さんから感じます。

もちろん純米酒をはじめとした特定名称酒だけで勝負する酒蔵もあって、それも酒蔵として正しい生き方のひとつだと思っています。それでも普通酒という身近なお酒が世の中から消えることはないと思います」

秋田出身の人には、秋田の日常を懐かしんでほしい。秋田を初めて知る人には、ひとつでも秋田で愛される日本酒を覚えて帰ってほしい。「AKITA DINING なまはげ 銀座店」の普通酒へのこだわりからは、そんな郷土愛が感じられます。

「日本酒の選択肢が多ければ、『次は違う銘柄を飲んでみようか』という気持ちになってもらいやすくなりますね。もちろん普通酒やレギュラー酒以外にも、季節に合わせた限定酒なども取り揃えていますから、そこから『ちょっとハイグレードなお酒も飲んでみようか』と、発展していくこともできると思うんです。でも、最初からすべてのお酒が高級なものばかりだったら、みんな普段飲みをしなくなると思います」

お客さんの中には「普段は日本酒を飲まないけど、お店の雰囲気に気分が上がってつい飲んでみたら、とてもおいしかった」と喜んでくれる方も数多くいらっしゃるのだとか。実際に、「AKITA DINING なまはげ 銀座店」では、全売上に対する日本酒の割合が、一般的な郷土料理店と比べて高いのだそうです。

場の良い雰囲気がお酒をおいしくし、おいしいお酒が場所をもっと楽しくさせる。そういった相乗効果が、佐藤さんの再現したかった「秋田の日常」なのかもしれません。

日本酒を通じて、秋田を元気にしたい

『本物の秋田』を提供することを愚直に目指す佐藤さんは、「この店をきっかけに秋田を知ってもらい、秋田を訪れる人を増やしていきたい」と、さらなる期待をのぞかせます。

なまはげショーの様子

店名にもなっている「なまはげ」が、食事中のお客さんの席を回る「なまはげショー」も秋田に興味を持ってもらうための仕掛けのひとつです。

「なまはげ」は、秋田県・男鹿半島で「神の使い」と呼ばれる来訪神のこと。「男鹿のナマハゲ」として国の重要無形民俗文化財やユネスコの無形文化遺産として登録されています。

なまはげショーでは、「ナマハゲ伝道士」の資格を持ったスタッフがなまはげに扮して登場するので、その臨場感はお墨付き。このショーをお目当てに訪れる家族連れも多く、大人だけでなく子どもも一緒に楽しめます。

「さらに欲を言えば、秋田をいいところだなと思ってもらって、移住を考える人が増えたらと願っています。そうやって秋田を少しずつでも元気にしていきたい。僕はお酒が専門だったから、秋田の日本酒でその流れを作りたいんです」

日本酒と地域の食文化は切っても切り離せないもの。日本酒だけでも十分おいしいですが、それに合わせる食事や場の雰囲気が重なり合うことで、お酒の魅力は倍増します。また、日本酒の文化を長く続いていくためには、その地域が元気であることも大切な要素であるといえるでしょう。

お酌をするなまはげと佐藤社長

佐藤さんが自身の故郷・秋田を文化を守るために打ち出した「東京で味わう秋田の日常」というコンセプトは、約20年間に渡って、「秋田」という地域と秋田の日本酒のファンを確実に増やしてきました。「AKITA DINING なまはげ銀座店」を未体験の方は、ぜひ東京で「秋田の日常」を味わってみてください。

(取材・文:髙橋亜理香/編集:SAKETIMES)

◎店舗情報

  • 店舗名:「AKITA DINING なまはげ 銀座店
  • 住所:東京都中央区銀座8-5-6中島商事ビル9F
  • 電話:03-3571-3799
  • 営業時間:月曜~日曜 17:00~23:00(電話予約は14時から受付中)

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