飲食店で日本酒を飲むとき、どんなことを期待するでしょうか。
種類の豊富さ、料理とのペアリング、コストパフォーマンス、店内の雰囲気......店の扉を開けるときは、きっとさまざまな期待を胸に抱いていることでしょう。
今回紹介するのは、抜群のバランス感と圧倒的な居心地の良さで、身も心も満たしてくれる店。その名も「SAKE story」です。
山手線の五反田駅から徒歩4分。昨年8月にオープンした「SAKE story」は、3ヶ月ごとに特定の地域を取り上げて、日本酒を提供しています。取材に伺ったとき(2018年7〜9月)は、栃木県と茨城県の特集でした。
店主は「Mr.Sake」の初代グランプリ
笑顔で出迎えてくれたのは、店主の橋野元樹さん。「Mr.Sakeコンテスト」の初代グランプリでもある橋野さんは、俳優やライター、バックパッカーなど、おもしろい経歴の持ち主です。
高校生のときに、テレビ番組『料理の鉄人』に出演したこともあるそうで、料理の腕は折り紙付き。実家の居酒屋「兎屋」でおよそ10年間の経験を積んだ後、独立しました。橋野さん自身の話を聞くだけでも、お酒が進みそうです。
和を基調とした落ち着きのある店内にはカウンター席とテーブル席があるため、ひとり飲みにもデートにもぴったり。半個室もあるため、接待や会食など、さまざまなシーンで利用できそうです。
郷土の恵みがたっぷり詰まった、絶品のお通し
それではさっそく、「SAKE story」自慢の料理を紹介します。
お通しとして出てきたのは、立派なお重。ふたを開けると、栃木県と茨城県の郷土料理が並び、早くも心をわしづかみにされてしまいそう。橋野さんは各地域の郷土料理を楽しみながら研究しているそうで、ひとつひとつの料理をていねいに説明してくれました。
栃木県日光市の名産品といえば、湯葉。上品な出汁が染みた「たぐり湯葉のお浸し」は繊細な味付けで、あっさりとした日本酒に合いそうです。
「すだれ麩のゴマ酢和え」は、茨城県結城市の名産品「すだれ麩」を、岩下の新生姜といっしょにさっぱりと仕上げた一品。酸味が絶妙で、夏にぴったりのおつまみです。
落花生の生産量が全国第2位の茨城県。おおぶりの落花生でつくった「落花生のみそ和え」は、甘辛い味付けがやみつきになりそうで、いくらでも食べてしまう美味しさでした。
「そぼろ納豆」は、納豆と切り干し大根を漬け込んだ、茨城県の伝統的な漬物。保存食としての役割を果たしてきた郷土料理のひとつです。
お通しだけでも、かなりの満足感。さまざまな種類の料理を少しずつ楽しめるのがうれしいですね。
"橋野式"の日本酒チャートで、好みの日本酒にきっと出会える
それでは、そろそろ日本酒をいただきましょう。
どれにしようか迷っていると、「黒板を見てください」と橋野さん。そこには、オリジナルの日本酒チャートがありました。
一般的に、日本酒の味わいは「香り(華やか/穏やか)」「味わい(軽快/濃醇)」の2軸によって、4つに分類されることが多いのですが、こちらの日本酒チャートは「スッキリ」「しっかり」「フルーティー」という3つの要素でシンプルに分類されています。
「好きなタイプを選んでいただくのはもちろん、それ以外の領域のお酒を楽しんでほしいという思いから、独自のチャートを開発しました。ひと声かけていただければ、他の飲食店でもぜひ使ってほしいですね」と、橋野さん。
チャートの左には手書きの酒蔵マップがあり、地元の出身者は盛り上がること間違いなし。酒蔵がどこにあるのかを知るだけで、親近感がグッと高まりますね。
1杯目の日本酒は「朝日栄 純米吟醸」(相良酒造/栃木県)。
スッキリときれいな飲み口でありながら、米のコクが感じられるバランスの良い味わいです。「たぐり湯葉のお浸し」と合わせると、上品な旨味が重なって好相性。すいすいと、あっという間に飲んでしまいました。
次は、もう少しボディがしっかりした日本酒をいただきます。
「松の寿 純米吟醸」(松井酒造店/栃木県)は、キリッと力強い味わい。凝縮感のある甘味と旨味で、しっかりとした味付けの料理と相性が良さそうです。
「松の寿」に合わせるのは、お客さんのほとんどが注文する名物「すき焼きコロッケ」(950円/2個)。サクサクの衣に箸を入れると、卵がトロリと溢れ出します。衣をサクッとさせつつも卵が固まらない、絶妙な揚げ加減がポイントなのだそう。
すき焼きに合う牛肉を贅沢に使用しているそうで、ソースをかけなくても充分な旨味。日本酒はもちろん、あらゆるお酒に合いそうな一品です。
こちらは、「とにかく、餃子と猫が好きなんです」という橋野さんが生み出した新名物「ラム肉と香味野菜のスパイシー餃子」(950円/6個)。ガラムマサラなどのスパイスを効かせたラム肉の旨味と脂が口の中にジュワッと広がり、セロリや春菊などの香味野菜が爽やかに香ります。熟成した日本酒に合わせたくなりますね。
「鶏肉と野菜の塩麹水餃子」(950円/6個)は、塩麹で上品に味付けされた優しい味わいで、どんな日本酒とも相性が良さそうです。鶏肉と野菜がギュッと詰まっていて、あっさりとした味付けでも満足感があります。
さまざまなアイディアで、日本酒をもっと楽しく
美味しい餃子を食べていたら、さっぱりとした日本酒を飲みたくなりました。そこでおすすめしていただいたのは「武勇 特別純米酒」(株式会社武勇/茨城県)。焼酎造りに用いられる白麹で仕込まれた、さわやかな酸味が特徴のお酒です。
もちろんこのまま飲んでも美味しいのですが、橋野さんはなんと、自宅で炭酸水がつくれるソーダマシンを使って、日本酒に炭酸ガスを注入していきます。
橋野さんが第一人者というこの「酒パーク(リング)・・・※1」は、スパークリングワインのような感覚で日本酒を楽しめる、画期的な飲み方です。軽やかな飲み口ながら、日本酒の味と香りがしっかりと感じられます。
さらに、橋野さんが「特許もとっているすごい氷」と語る「炭酸氷・・・※2」を入れてくれました。
氷が溶けるとともに、閉じ込められていた炭酸ガスが日本酒に溶け出し、まるでラムネのような味わいに。アルコール度数が下がるため、驚くほど飲みやすく、弾けるような美味しさでした。
※1「酒パークリング」は第一酒造の商標登録。この店では「酒パーク(リング)」という表記を採用しています。
※2 タイミングによっては、用意がない場合もありますのでご注意ください。
暑くなる夏場はビールを選びがちですが、これなら1杯目からゴクゴクと日本酒を楽しめそうです。
固定概念にとらわれない、新しい楽しみ方を提案
オリジナルの日本酒チャートに、炭酸氷、酒パーク(リング)......斬新な切り口で、日本酒の新しい楽しみ方を次々と提案する橋野さん。そのアイディアがどこから生まれているのか聞いてみると「"師匠がいない"という点ですかね。柔軟性こそが、私の強みです」と、意外な答えが返ってきました。
橋野さんが飲食業界に足を踏み入れたのは10年前のこと。実家が経営していた店を立て直すのがきっかけだったそうです。まったくの未経験だったため、飲食業専門のビジネススクールに通い、店の強みをつくるために独学でお酒の勉強をしたのだそう。
いろいろな業界にいたからこそ、固定概念にとらわれない新しい発想をすることができるのでしょう。
「私は"日本酒の人"である前に"飲食業の人"なので、目の前のお客様が求めているものを提供することに使命を感じています。ウンチクを語るのではなく、どうしたらお客様に喜んでもらえるかをとことん追求してきたからこそ、『酒パーク(リング)』のような、日本酒が苦手な人でも楽しめる飲み方が生まれたのかもしれません」
橋野さんは、みずからを"飲食オタク"と語ります。日本酒に力を入れながらも、居酒屋としての存在意義を第一に考え、どんなお客さんでも楽しめるような居心地の良さを、何よりも大切にしているそうです。
日本酒の初心者にはとことんていねいに、上級者には一歩踏み込んだ提案をしてくれる「SAKE story」。ぜひ、あなただけの日本酒ストーリーを紡いでみてください。
(文/真野遥)
◎店舗情報
- 店名:SAKE story
- 住所:東京都品川区西五反田2-17-8 浅見ビル2階
- 電話:03-6431-9198
- 営業時間:[火~金] 18:00~23:00 (L.O. 22:00) [土] 17:00~22:00 (L.O. 21:00)
- 定休日:日曜日、祝日