趣向を凝らしたスペイン料理と、全国各地から集められたこだわりの日本酒。そのふたつを合わせることで、想像を超えた味覚の変化を体験できる店が、東京・目黒にあります。「和酒バル KIRAZ(きらず)」です。
オープンしてから8年間、『BRUTUS』や『Pen』などの人気雑誌でもたびたび取り上げられ、世のグルメたちをうならせてきました。洋食と日本酒のペアリングを提案する店がまだあまり多くなかったころから、日本酒の新しい楽しみ方を提案してきた「KIRAZ」。その魅力を紹介します。
絶妙なペアリングに思わず舌鼓
「KIRAZ」の前菜として人気なのが「新玉ねぎのムース(350円)」です。長崎県産の玉ねぎを使用したムースの上に、スペイン産の上質なオリーブオイルと、色鮮やかなトマトが載せられ、とても可愛らしい見た目。ひとくち食べると、玉ねぎが生み出す甘味とムースのなめらかさに驚かされます。
この料理に合わせる日本酒は、赤い色を出す酵母を使った日本酒「流輝(松屋酒造/群馬県)」。日本酒とは思えないような色合いに目を奪われてしまいそうです。桃やプラムのような甘酸っぱさが感じられる爽やかな味わいで、食前酒としてもおすすめだそう。
ムースといっしょに飲んでみると、それぞれの酸味が重なり合い、さらに、新玉ねぎの甘味がそれをまろやかに包み込んで、見事に調和しました。単体で口にしたときとはまったく異なる至福の味わいが、口の中に広がります。
次にいただくのは「苺とドライイチジク、クリームチーズの鹿肉まき(1,500円)」。鹿肉は、大分県のジビエ生産者によるていねいな下処理によって、臭みがまったくありません。新鮮な鹿肉のやわらかな食感と、たっぷりの旨味を楽しむことができます。
合わせるのは「三芳菊 日本晴 新酒 しぼりたて(三芳菊酒造/徳島県)」を1年間熟成させたもの。燗でいただきます。ナッツのような香りが漂い、料理に添えられているローストアーモンドと相性ぴったりです。
鹿肉に包まれているのは、クリームチーズと、料理長がみずからコンポートしたイチジクや季節によって変わるフルーツ。クリームチーズのとろけるような甘味に、爽やかな酸味がアクセントとして加わります。
燗にすることで、三芳菊がもつ、南国のフルーツを思わせる芳醇なバニラ香がさらに際立ち、塩とハチミツに約2日間漬け込んだという鹿肉の旨味や、クリームチーズの濃醇な味わいとマッチしています。
日本酒と料理が一体となって、口の中でとろけていく瞬間がたまりません。
スペイン料理と和食の意外な共通点
近年、洋食と日本酒のペアリングが注目され始め、日本国内だけでなく海外でも、フレンチやイタリアンとともに日本酒が提供されるシーンを目にすることができるようになりました。しかし、「KIRAZ」がオープンしたのは8年前。当時、洋食と日本酒のペアリングを提供する店はほとんどなかったのだとか。
そんな時代になぜ、スペイン料理と日本酒をテーマにした店をオープンしたのでしょうか。オーナーの馬宮加奈さんに、話を伺いました。
「実家が造り酒屋だったこともあって、日本酒の可能性を多くの人に知ってほしかったんです。お客様ひとりひとりと会話しながら日本酒の魅力を伝え、ファンになってもらうことを目指して、スペイン料理と日本酒のペアリングを提案する店をオープンしました」
もともとスペインが大好きだったという馬宮さん。何度もスペインに足を運び、みずから料理を研究していくなかで、スペイン料理と和食の共通性を発見したのだそう。
「地元の味覚を大切にした、"海のものは海で、山のものは山で食べる"という地産地消の考え方や、ソースよりも素材の味わいを重ねることで味に深みを出していく調理の方法が和食に似ていると感じました。日本には、"おばあちゃんの知恵"みたいなものが、家庭ごとにありますよね。スペインでも、"トマトを足すと旨味が増す"など、それぞれの家庭で受け継がれる料理のコツがあるんです。1日のなかで夕食をもっとも大事にする点や、客人を料理でもてなすホスピタリティーも、日本に近いと感じています」
素材の味わいを大事にした考え方は、「KIRAZ」の多くの料理に反映されています。さまざまな素材が幾重にも重なった、五味だけでは表しきれない複雑さをもつ料理を、日本酒と合わせて食べることで、その魅力は無限に広がっていきます。
「日本酒は、気取らずに、気軽に楽しめる懐の深いお酒」そう話してくれた馬宮さん。絶妙なペアリングを提案してくれる「KIRAZ」を、ぜひ訪ねてみてください。
◎店舗概要
- 店名:和酒バル KIRAZ(きらず)
- 住所:東京都目黒区三田2-9-5
- 電話番号:03-3712-7277
- 営業時間:
ランチ [土・日・祝] 12:00〜15:30
ディナー [火〜金] 18:00~24:00 [土] 17:00〜24:00 [日・祝] 17:00〜22:00 - 定休日:月曜日
(取材・文/古川理恵)