広島県の2つの酒蔵が、それぞれの蔵で造った麹を交換して日本酒造りを競い合うというユニークな試みに挑戦しました。
このチャレンジに挑んだのは、呉市の相原酒造株式会社と東広島市の金光酒造合資会社。麹を交換し、同じスペック(八反錦60%精米)の純米吟醸酒を造りました。
酒蔵にとって、麹造りは、「一麹(いちこうじ)、二酛(にもと)、三造り(さんつくり)」といわれるように、酒造りでもっとも重要な作業。それを取り替えるというとても大胆な企画です。
果たして、麹を交換してできあがったお酒はどんな出来栄えだったのでしょうか。両蔵元にお話しを伺いました。
「他でやってないことがやりたくて」
相原酒造の相原準一郎社長と金光酒造の金光秀起代表は、広島県内の6蔵で作る「魂志会(こんしかい)」のメンバーで、15年以上のお付き合いがある間柄。「魂志会」は、お互いの蔵の酒の品質向上のための情報交換からスタートし、その後、広島県内で料飲店や酒販店を対象に各種イベントを地道に展開してきました。
転機は、2018年の夏のこと。金光さんが秋田の酒蔵ユニット「NEXT5(ネクストファイブ)」の蔵を見学に行き、そこで大きな刺激を受けたことからはじまります。そこで、相原さんに新しい試みについて次のように相談したそう。
金光さん:「やっぱり、我々も新しいことをやりたいですね。何かいいアイデアはありませんか?」
相原さん:「そうだな。他でやっていないことがいいな。いっそのこと、麹でも交換して、酒造りを競ってみようか」
金光さん:「それ、面白いですね。検討しましょうか!」
金光酒造の金光さんは蔵元で杜氏ですが、相原酒造には堀本敦志さんというベテラン杜氏がいます。この企画を進めるには、堀本さんの了解も必要でした。「面倒くさい!」と一蹴されるのではないかと金光さんは心配したそうですが、意外にも堀本さんは快諾。晴れて新しい企画がスタートすることになりました。
造り方が異なる両蔵の麹
とても仲がいい相原さんと金光さんですが、両蔵の麹造りは異なります。
金光酒造は、上田酒類総合研究所(兵庫県)の故・上田護國(うえだ もりくに)代表が開発したタライ製麹法という手法を採り入れて麹造りをしています。
麹作業の2日目の盛りの工程で、箱に盛るところをタライに盛り、麹菌を効率よく、正確に米の内部に繁殖させるやり方。吟醸酒に欠かせない突き破精の麹を造るのに適した方法です。近年はタライ製麹法に移る蔵が増えてきていますが、金光酒造は比較的早い時期から採用しています。
相原さんは「タライ製麹法は非常に理に叶ったやり方。参考になる」と話しています。
かたや、相原酒造では麹造りの後半に完全無通風自動製麹装置を採用しています。
これは、業務用冷蔵庫のような金属製の箱の中に麹を小分けして入れ、温度や湿度を調節しながら麹造りを進めるもの。
風を送らず(無通風)に、麹表面の水分を均等に蒸発させます。菌糸がは水分の多いところに向かって伸びる性質があるため、麹は米の中心に菌糸が入り込んだ突き破精型に仕上がります。こちらも近年、先進地酒蔵が続々と採用している手法です。
相原さんは「蓋や箱で造るよりも、麹菌が内部に入り込みやすい。アミノ酸を造る酵素が少ないのも特徴です」と話しています。
まさに酒屋萬流の手法で、それぞれが造った麹を交換し、これを酒母以外の三段仕込みに使う麹に採用。同じ仕込み規模で八反錦60%精米の純米吟醸を造りました。
仕込みタンクで醪が完成すると、これを搾り工程に移して、お酒と酒粕に分けます。
酒粕が多ければその分、お酒が少なくなるので、酒蔵の経営的には酒粕が少ない方が望ましいもの。ですが、酒粕が少なくなるように無理に操作すればお酒の味に影響がでてしまいます。このため、どの酒蔵も慎重に醪を管理します。
醪に対する酒粕の割合を粕歩合(かすぶあい)といいます。醪のなかで原料米がよく溶ければ粕歩合のパーセンテージはは小さくなり、原料米があまり溶けなければ酒粕が多く粕歩合のパーセンテージが大きくなります。
相原酒造の平均的な粕歩合が30%弱であるのに対して、金光酒造は40%弱と10ポイントも差があります。このため、金光酒造は粕歩合が少なく、相原酒造は多くなると予想して、造りに望みました。
まずは相原酒造の造りから。
「金光酒造の麹を見た印象はしっかり造り込んでいるなというものでした。醪の経過は普段と変えず、最終的に搾ってみると酸度とアミノ酸度がうちのお酒よりも高くなりました。
味わってみると香りは穏やかでボディーもしっかりとした旨味十分なお酒になりました。粕歩合はうちの平均よりは高めの31%でしたが、予想ほど高くなりませんでしたね」
対する金光酒造。
「もらい受けた麹を食べてみると栗の香りが強く、かつとても甘かった。これを相原酒造よりも低い温度で醪管理をしたらどうなるのか、わくわくしながら経過を観察しました。
搾ったお酒は香りが軽快で上品な甘味が特徴でした。麹からは想像できない仕上がりでしたね。しかも、粕歩合はいつものうちの平均よりもさらに高くて42%でした。麹の出来が、粕歩合を左右するのではないかと思っていたので、いい意味で裏切られました」。
ふたつの蔵の個性がミックスされた仕上がり
仕上がったお酒を飲み比べたお二人は、
「相原酒造の『雨後の月』と金光酒造『賀茂金秀』の個性がいい意味でミックスされた仕上がりで、出来上がったお酒は『雨後金秀』と『賀茂の月』と呼んでもいいんじゃないかということになりました。ふたつの酒を飲み比べるのはもちろん、ふだんの両蔵のお酒と合わせて、4本並べて飲み比べてみてはいかがでしょう」
と、出来上がったお酒の楽しみ方を話してくれました。
「いい勉強になったし、酒としても成功したので、来季もやるかもしれない」今回の企画を振り返ってくれましたが、今後の予定は現時点では未定だそうです。ぜひ、「魂志会」の他のメンバーも巻き込んで、来季以降も続けてほしい企画ですね。
(取材・文/空太郎)