「ここブルックリンで近所の人が気軽に飲める酒を造ってるんだよ。とにかくカジュアルにたくさん飲んで日本酒を知ってほしいんだよね」

気持ちのよい笑顔でそう語ってくれたのは、「KATO SAKE WORKS」のオーナー兼杜氏を務める加藤忍さん。「KATO SAKE WORKS」は、ニューヨーク州ブルックリンのなかでも、近年、スタイリッシュな街として注目を集めているブッシュウィック地区にあるSAKEの醸造所です。

「KATO SAKE WORKS」の外観

ブルックリンの一角にある「KATO SAKE WORKS」

加藤さんは、どのようにしてブルックリンでSAKEを造り始めたのでしょうか。その経緯と今後の展望についてお話をうかがいました。

自家醸造から始めたSAKE造り

アメリカでMBAを取得した後、テネシー州ナッシュビルの自動車会社に就職した加藤さん。日本で働いていたころは、日本酒は飲む専門で、「まさか自分がSAKEの醸造家になるとは」と思ってもみなかったそうです。

「KATO SAKE WORKS」オーナー兼杜氏の加藤忍さん

「KATO SAKE WORKS」オーナー兼杜氏の加藤忍さん

アメリカの友人たちを自宅に招いて日本食を振る舞う際に、現地で日本酒を買おうとすると高額な上に、手に入る種類も多くありません。「普段使いできる日本酒が欲しい」と、モヤモヤしていたところ、友人たちがビールやワインを趣味で自家醸造していることを知ります。

そこで思い立ってSAKEの自家醸造を始めると、これが友人たちに大好評。

「手づくりの良さってあるじゃないですか。試しに作ったSAKEが好評で『売ってくれないか』と何度もお願いされましたよ。販売ライセンスがないのでいつもプレゼントしてましたけど」

自分で造ったSAKEを周囲の人たちに楽しんでもらった体験をきっかけに、「いつか自分の醸造所を作りたい」と考えるようになった加藤さんは、10年間勤めた自動車会社を辞め、行動に移します。

「KATO SAKE WORKS」オーナー兼杜氏の加藤忍さん

自分が造ったSAKEを近所の人たちに振る舞うことが好きな加藤さんが、醸造所を建てる場所として重要視したのは、地元愛が強いこと。そして、適切な価格でSAKEを提供するためにある程度の規模のマーケットがあることです。

この条件にピタリと当てはまるのが、ニューヨークのブルックリンでした。ブルックリンは伝統的に地元愛が強く、さらにすぐ近くには、大都会マンハッタンがあります。

「KATO SAKE WORKS」は、そんなブルックリンで2020年からSAKEの醸造と販売を始めました。店の玄関には、ニューヨークらしく、杉玉の代わりとしてポップなミラーボールが飾られています。

“ニューヨークサイズ”のコンパクトな蔵

「KATO SAKE WORKS」の広さは、46平方メートル。一般的な日本のコンビニの半分以下の広さです。

「KATO SAKE WORKS」の試飲カウンターと醸造スペース

醸造、貯蔵、試飲販売といったすべての工程を、このスペースのなかで行っています。

試飲カウンターのすぐ真横には、米を蒸すスペースがあり、タイミングが合えば、お米が蒸しあがる香りのなかで試飲することができます。

「KATO SAKE WORKS」の製麹

蒸米の温度を入念にチェックする蔵人のEvanさん

醸造タンクもすぐそばにあり、視覚、嗅覚、味覚を総動員したライブ感覚の試飲が楽しめます。

「KATO SAKE WORKS」の醸造スペース

「これがニューヨークサイズの蔵なんだよ!」と加藤さんは冗談っぽく言いますが、生産工程が最適化され、それぞれの機能が無駄なく配置されていました。

醸造所のなかは、現在300リットルのタンクが4つ並びます。「いつかは大きなタンクにするけど、今はこのサイズをフル稼働させて経験値を積みあげたいんだよ」と加藤さん。動線も無駄がなく、わずか4人で効率的な酒造りを行っています。

「KATO SAKE WORKS」のラインナップ

現在の品揃えは、「JUNMAI」「NIGORI」「NAMA」「TOKUBETSU #4」「YUZU」「BUBBLY NIGORI」、そして「MIRIN」の7種類。

加藤さんおすすめの「TOKUBETSU」は実験的な位置づけで毎回違う味。天然酵母を使っていて、その味わいは微生物の気分次第。できてからのお楽しみです。

もち米を使った「MIRIN」は、ポートワインのような甘みと味わい。そのまま飲んでもおいしいのですが、アイスクリームにかけたり、カクテルにしたりしてもよいのだそう。

「KATO SAKE WORKS」の「JUNMAI」

「KATO SAKE WORKS」の「JUNMAI」

現地の人たちの一番人気は「JUNMAI」。どっしりとした米のうまみが感じられます。米はカリフォルニア産の中粒種であるカルローズ。酵母は、きょうかい9号酵母を使っています。

取材後にライムをたっぷりきかせたタコスと合わせてみたのですが、ハーブで味付けされたひき肉とライムの酸味を上手に引き立ててくれました。料理の味とぶつかり合うのではなく、料理の味ときれいに調和する味わいで、どの国の料理とも相性が良さそうです。

「ここにはいろんな人がいるからね。みんなが好きに味わってくれればいいと思ってるんだ。肩肘張らずに気軽にね」と、加藤さんは笑いながら話してくれました。

コロナ禍で地元の繋がりを再認識

「KATO SAKE WORKS」の醸造スペース

2020年春から販売を始めた「KATO SAKE WORKS」ですが、販売開始のわずか3日後から、ブルックリンでは、新型コロナウイルス感染拡大防止のためのロックダウンが行われました。当初はマンハッタンの日本料理店への販売が視野にありましたが、いきなり軌道修正を迫られました。

宣伝活動もままならないなか、醸造所の店頭でSAKEの販売を始めると事態は好転します。

「どうやらあの建物で造っているのは“Made in Brooklyn”のSAKEらしい」
「あの匂いは、実際にお米を蒸してSAKEを醸造している匂いらしい」
「地元で醸造して売ってるみたいだ。これは買って応援だ!」

と、ブルックリンの地元民のなかで「KATO SAKE WORKS」の話題が広まったのです。ブルックリンの地元愛の強さは、加藤さんの想像以上。地元でがんばっているお店を、力強くサポートしてくれました。

「うちのメインのお客さんは、だいたい地下鉄2駅以内のエリアに住んでいます。とにかく地元の人が気軽に楽しく飲んでくれているんだ。近くだったら地下鉄やUberで配達もするよ」と、加藤さん。

現在の「KATO SAKE WORKS」の売上の半分は、実際に醸造所に足を運んで買ってくれるお客さんによるもの。そして、残りの半分も近所のビアバーやレストランからの注文です。

「生産量を増やせば、すぐにでも隣のニュージャージー州に売りに出せる。でも、僕はそれを成功とは思わない。なぜなら、地元・ブルックリンでSAKEを知らない人がまだいるだろうから」

「LOCAL SAKE ENJOYED GENUINELY(地元のSAKEを本気で楽しむ)」

「KATO SAKE WORKS」が目指すのは、もっとローカルなSAKEの醸造所です。「これがうちのミッションです」と加藤さんが指差す先には、「LOCAL SAKE ENJOYED GENUINELY(地元のSAKEを本気で楽しむ)」と書かれた文字がありました。

「昨日の朝は、2ブロック先の公園で開かれたファーマーズマーケットでSAKEを売ってきたよ」と話す加藤さん。ファーマーズマーケットは、週末の午前に開催される青空市で、ご近所さん同士のコミュニケーションの場にもなっています。

「犬の散歩のついでにファーマーズマーケットに立ち寄った人たちと立ち話をする。そこで気に入ってもらえたら、SAKEを買ってもらう。そんなお客さんのなかから、日本を訪れて酒蔵に足を運ぶような人がいたらうれしいね。それは、地元・ブルックリンと僕の生まれた日本を繋ぐことになるからね。これが僕の目指すところだよ」

ブルックリンの暮らしの中に自然と溶け込む「KATO SAKE WORKS」。“ニューヨークの地酒”と呼ばれる日が来るのも、そう遠いことではないと感じました。

◎取材協力

(取材・文:浜田庸/編集:SAKETIMES)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます