近年、フランス・パリの日本料理店や日本食店を含むアジア系のスーパーマーケットなどで、日本酒を見かける機会が増えてきています。
ですが、特定名称酒の販売価格は、30ユーロ以上から。飲食店で飲む場合はグラス一杯で10ユーロ程度です。日本酒の認知度の低さと税金や運送費の上乗せによる小売価格の高さが原因で、20ユーロもあればそこそこ良いワインが飲めるフランスでは、一般の人が気軽に飲むお酒とはまだ言えないのが現状です。
そんな中、「日本酒を世界酒に」という目標のもと、パリでフランスの原料を使って酒造りに挑戦しているのが、日本酒メーカーの「WAKAZE」です。この記事では、フランスではじまったばかりの「WAKAZE」の取り組みについて紹介します
「Made in France」でSAKE市場を変える
「WAKAZE」は、東京・三軒茶屋に醸造所を開き、どぶろくやボタニカルSAKEなど独自の酒造りに挑戦している、2016年創業の日本酒スタートアップ企業。
「日本酒を世界酒に」という大きな目標のステップとして、2019年にフランスに子会社を設立し、パリでの醸造を開始。南仏のカマルグ産米とパリ地域の水を使った“Made in France”のSAKEを造っています。
「ワイン、ビールが市場を占め、SAKEが低成長だったヨーロッパでSAKEを身近な存在に変えていきたいと思っています。価格だけが高い酒ではなく、現地ならではの味わいで、18ユーロから買える価格帯を考えています。お店で飲むなら10ユーロじゃなく5ユーロ。フランスでどれだけワインと戦えるかを、僕らはこだわっていきます」
こう話すのは、WAKAZEの代表取締役で、醸造所の立ち上げのためパリに移住した稲川琢磨さん。1年以内にヨーロッパで一番飲まれるSAKEにして、「ヨーロッパのSAKE市場を100億、1000億へと引き上げる」という大きな目標を掲げています。
パリの醸造所では、稲川さんの情熱に引き寄せられて、ともに日本からフランスに乗り込んだメンバーや現地で参画した方、「つい数ヶ月前にパリに来たばかり」という30代前後のメンバーが集まり、凄まじいスピード感でプロジェクトが進んでいます。
フランスの食卓に合わせた「SAKE」
「WAKAZE」がフランスで造ったSAKEは3種類。いずれもフランス人の食習慣を考えて造られた特徴のあるものです。3種類のSAKEの名前にはそれぞれの特長をあらわしたフランスの慣用句が用いられています。
純米酒スタイルの「C'est la vie !(セラヴィー)」の意味は、“それが人生だ”。
白麹、黄麹、そしてワイン酵母を使い三段仕込で造られたSAKEです。白麹を使うことによって柑橘系の酸味やさわやかさが生まれ、ミネラルと米の甘さのバランスがとれたSAKEになっています。
「Qui rit guérit(キ リ ゲリ)」は、“笑う門には福来たる”の意味。
プロヴァンス地方・マントン名産のレモンの皮と、乾燥させた果肉、そして新鮮なプロヴァンスのバーベナなどボタニカル原料を発酵段階で加えたSAKEです。レモンの香りとハーブの香りがよく出ていてとてもさわやか。キンキンに冷やして生牡蠣と合わせるのがおすすめです。また、淡白な鶏胸肉や白身魚のソテーなどと合わせると料理の美味しさを引き立てます。
「La nuit porte conseil(ラ ニュイ ポルト コンセイユ)」は“明日は明日の風が吹く”という意味。
その名の通り、SAKEをブルゴーニュ特級畑の赤ワイン樽で一ヶ月ほど熟成させたものです。そのため、カシスやヴァニラなど複雑な香りが発達したユニークなお酒になっています。
複層的な香りと味わいは、食後に飲むウイスキーやスピリッツなどのように、チーズやチョコレートなどドライフルーツなどとの相性が良いです。また2~3年の熟成も視野に入れているそうで、しばらく寝かせてからどのように味が変化するのかも楽しみのひとつです。
「これはSAKEではありますが、酸味や香りなど、いろいろな意味で日本のお酒とワインが合わさっていて、フランスにあったSAKEになっていると思います」と注目するのは、フランスで10年以上ソムリエやジャーナリストとして活動する染谷文平さん。
プレスイベントの会場となった「Liquiderie Bar」のスタッフ、Emmaは、「フランスの米や水のせいかはわかりませんが、とても若くフレッシュなお酒という印象です。ワインでいうと自然派ワイン、ヴァン・ナチュールのような。ヨーロッパでは、日本酒はアルコール度数の高い蒸留酒という印象が定着してしまっていますが、このSAKEを飲めば、”米のワイン”のようなものだとわかるはずです」と、「WAKAZE」の造るSAKEを評価しています。
フランスの水と米でSAKEを造る難しさ
パリの醸造所でも杜氏を務める今井翔也さんは、「フランスでの酒造りにおいて苦労したのは、水と米」と話します。
日本と異なるフランスの硬水を使い、さらには酒造り用の精米機がないため、使うのは食用米とほぼ同じ精米歩合の約95%の米。水、米ともに栄養価の高い条件での発酵は、酵母が活発になりやすく、コントロールするのに苦心したそうです。ですが、このような環境の中でだからこそ、技術面や精神面において造りの現場について、あらためて問い直したそうです。
「今までは磨けば磨くほど、美味しくて価値があるお酒だとされてきましたが、それは米文化が根付いている日本だから感覚的に希少価値が伝わったのだと思います。米文化のない国で勝負する時には価値が伝わりにくい。
米文化以上にSAKE文化は大きくなりません。まずは米という素材そのものを感じられるお酒が大前提として必要です。
また、酒造りの工程においても、磨かれた米でキレイな味を出すのは難しくありません。職人の発酵技術はもちろんですが、精米機の性能の影響が大きい。米文化がなく、条件も揃わない状況なら磨かない米でいかに美味しいお酒を造れるか、そこで工夫を重ねていくことでSAKEの未来を創っていきたい」(今井さん)
代表取締役の稲川さんは、「フランスでのビジネスは日本と違い、性善説が通用しないところが大きい。信頼していた人に裏切られることもありましたし、嘘も平気でつかれました。握手までした相手が、気づいたら会社を売却しようとしていて、銀行から差し押さえを受けたりとか。信頼関係をどう構築するのかが難しいですね」と、海外でのプロジェクトの難しさを語ります。
同時に「失敗から学びながら、それでもなお挑戦する人が成功するのだと思います。まずはヨーロッパから始めて、その先にはアメリカや世界中に進出することもあり得る話です。いまは伸び代は海外だと思っているので、そこに対して新しいアプローチで真摯に取り組んでいく。その第一人者に『WAKAZE』がなれたらいいな、と思っています」と、今後の展望と大きな可能性についても話してくれました。
パリで醸造された「WAKAZE」のSAKEは、ECサイト、もしくはフランス国内の日本食材店やアジア系のスーパーマーケットなどで購入できるほか、約40店の飲食店での取り扱いも決まっています。また、日本国内でも"逆輸入"のSAKEとして、すでに1,000本以上の予約が取れているそう。
さらに年内には、「WAKAZE」のSAKEが飲める直営飲食店を出店予定。フレンチのエッセンスを取り入れた「和食屋さん」になるそうです。
「WAKAZE」のフランスでの活躍に、これからも注目です。
※トップ画像提供:WAKAZE
(文:TK/編集:SAKETIMES)