蔵元や蔵人が「獺祭」の旭酒造で長期研修を受け、新たに全量純米酒の蔵としてスタートを切った熊本・花の香(はなのか)酒造。平成26BYにはわずか70石(一升瓶換算で7000本)の製造でしたが、翌年にはその6倍の480石、さらに次の年(平成28BY)には650石を造るまでに急成長しています。
いまや九州を代表する日本酒のひとつになろうとしている花の香酒造の快進撃に迫るため、蔵元杜氏として陣頭指揮をとる神田清隆さんにお話をうかがいました。
経営悪化のなかで「獺祭」に見出した活路
花の香酒造は明治35(1902)年の創業。当初は日本酒のみを造る蔵でしたが、高度成長期後のオイルショックで日本酒の需要が減退に転じたのを受けて、1970年代に焼酎造りに進出。焼酎ブームもあって順調に売り上げを拡大していきます。
一方で日本酒は先細りとなり、普通酒と純米酒を細々と造るだけになりました。ところがその焼酎もブームが一段落すると苦戦に転じ、2011年に神田さんが6代目蔵元に就いたときには、行き詰まりが深刻になってしまいます。
打開策に頭を悩ましていたところ、テレビで旭酒造(山口県岩国市)が醸す「獺祭」の酒造りを知ることに。杜氏だけに造りを任せるのではなく、蔵人全員がそれぞれ責任を分担して行う旭酒造の方針に、神田さんは「これだ!」と確信。すぐに旭酒造の蔵元・桜井博志さん(現会長)に弟子入りを直談判したのです。
神田さんの置かれている状況を聞いた桜井さんはこれを快諾。ただし、杜氏ひとりに頼らない酒造りを学ぶだけでなく、蔵元自身が酒造りを理解していなければならないとアドバイスを受けました。
2014年9月、神田さんは蔵人5人を引き連れて、旭酒造に向かいます。蔵人は2週間、神田さんは2ヶ月間まるまる蔵で酒造りに加わって修業。
「毎日すべての工程を学ぶことができる素晴らしい環境を提供していただきました。細かな作業を徹底的に突き詰めて行う姿勢には『そこまでやるのか』と思わず口に出ることもありましたね。おかげで杜氏の経験や勘に頼らずに美酒を造るための道筋が見えました」と神田さんは当時を振り返ります。
研修を終えて帰ると早速、みずからの酒造りに着手しました。
積極的な設備投資。2年で製造量は10倍に
造るのは全量純米酒です。
米洗いは15キロ単位でていねいに洗い、麹室も改造。酵母はそれぞれに培養して仕込みの段階でブレンドするなど、獺祭のやり方を参考にしながら、修行後1年目の平成27BYは70石(一升瓶換算7000本)のお酒を造りました。売り出したところ、すぐに評判になり、わずか2ヶ月で完売してしまいます。
喜ばしい反面、販売店からは「2ヶ月で売り切れて、10ヶ月は欠品という商品に販売店は力を入れない。生産量を一気に増やして、ほぼ1年中、お酒を出荷できるようにするべきだ」と求められました。そこで神田さんは生産量を6倍に増やすことを決意。矢継ぎ早に設備投資へ踏み切ります。
新しい麹室をつくり、加熱殺菌のラインは旭酒造にあったものを譲り受けることができました。ほかにも、獺祭が新しい巨大な蔵を完成させたのを機に、不要になった設備を貰い受けるなど「一気に醸造量を増やすことができたのは旭酒造の協力が大きかった」と言います。
そして、2年目。平成27BYの造りを終えた2016年4月に熊本地震が発生します。幸い震源地からはやや距離があったので、被害は焼酎を造っていた建物などの一部で済み、日本酒は無事だったそう。
その後「熊本を応援しよう」との動きが広がり、取引を申し込む酒販店が急増。6倍に増やした出荷でさえ不足する事態に陥ります。酒質はさらに向上し、磨きがかかったこともあって、"花の香ファン"が急増していきました。
そこで神田さんはさらなる決断に踏み切ります。
空調を備えた部屋を設え、その部屋に温度管理ができる新品のサーマルタンクを14本も発注。仕込みの規模を大きくすることで、蔵人の負担を軽減しながら、醸造量を増やすという狙いがありました。さらに酒母室も新しくし、蒸米の放冷機も一新。昨年の夏、仕込み部屋に新品の仕込みタンクが搬入される様子を見て、「うれしさ以上に、大きな投資に恐怖で足が震えました」と話しています。
本場フランス仕込み!瓶内二次発酵スパークリング日本酒
花の香を支える看板商品は35%精米の純米大吟醸「梅花」、50%精米の純米大吟醸「桜花」、50%精米(麹米、掛米は60%)の純米吟醸「菊花」の3銘柄です。すべてに共通しているのが、抑制の効いた香りと、甘味よりも米由来の旨味が主体となった味。そして、飲み下したあとの切れの良さでした。
また今季は、わざわざフランスまで足を運んでシャンパンの製造方法を学び、やや甘めのタイプとドライなタイプ、2種類の「瓶内二次発酵スパークリング日本酒」もデビューさせています。
平成28BYの酒造りも無事終わりましたが、花の香酒造では次の造りに備えて、さらに改築工事を進めているそう。「お酒のレベルはまだまだ伸びる余地が残っている。今季もかなり酒質を改善できたと思っていますが、来年はさらに高みを目指します」と、神田さんは今後への意欲を語ってくれました。
2020年には全量和水町産の酒米に。真の地酒で「獺祭」を追い抜く
設備投資のかたわらで、神田さんが力を入れているのが、使用する酒米を地元・和水町産にしていくこと。当初、町内の農家には知り合いがいなかったそうですが、町役場に足を運んで紹介してもらい、興味を持ってくれた農家5人を連れて獺祭の蔵へ。山田錦を栽培する意義を伝えました。
その結果、1年目は2軒の農家が山田錦の栽培に着手。翌年以降は評判を聞きつけて、取り組む農家がどんどん増え、現在では20軒の農家が花の香のために山田錦を栽培するようになりました。
神田さんは「2020年には全量和水町産の酒米にして、真の地酒を実現させます。酒質の面でも、いつか獺祭に追いついて、追い越すことこそ恩返しだと思っていますね」と意気込んでいます。
その動きの速さに、今後も花の香酒造の動きには目が離せません。
(取材・文/空太郎)