独自の視点をもったオピニオンリーダーの言葉から、日本酒の未来への視座を探る特別連載『オピニオンリーダーの視点』。第3回でお話をうかがうのは山口県岩国市・旭酒造の桜井博志会長です。

旭酒造といえば、今や日本を飛び越え、海外にもその名が知られるようになった「獺祭」の蔵元として有名ですね。一時は国内でも品薄状態になるなど、昨今の日本酒ブームを語るには欠かせない存在といえるでしょう。

山口県の小さな蔵から、押しも押されもせぬ“獺祭ブランド”を築き上げてきた桜井会長は、海外展開の裏側でどんなことを考え、何を意識して歩んできたのでしょうか?

今回、東京・日本橋の「獺祭Bar 23」にて、SAKETIMESの代表・生駒がインタビューを敢行。取材には、獺祭の魅力に惚れ込み、異色のコラボレーションプロジェクトを立ち上げたオーガニックパフュームコスメブランド「Hiroko.K」代表の近藤博子さんにもご参加いただきました。

たゆまぬ挑戦を続ける桜井会長の言葉から、日本酒の“いま”と“これから”を探っていきます。

旭酒造は”おいしさ”を一生懸命追いかけている会社

生駒龍史(以下、生駒):僕が初めて獺祭を飲んだ時は、“日本酒とは何ぞや”というものをまったく知らない状態でした。ただ、獺祭は“日本酒”と意識しなくてもおいしく飲めた酒として強烈に覚えています。ここまで多くの人に飲まれている状況をつくるにあたって、御社ならではのこだわりや心がけていることはありますか?

桜井博志(以下、桜井):獺祭を飲んでくださる方って、女性の方が多いんですよ。たとえばこの「獺祭Bar 23」でも、女性や20~30代の若い方がとても多い。もちろん海外の方も。女性、若い方、海外のお客様、これらの共通項ってなんだと思います?

生駒:共通項...日本酒をそんなに知らない人たちですか?

桜井:そう、日本酒を知らない人。そんな人たちにとって何が一番大事か、それは「おいしさ」ですよね。旭酒造では、おいしさを一生懸命追いかけてきました。"酒はおいしくなければいけない"、そこにすべてを懸けようと思っています。それが、結果として海外からの支持につながっているのではないでしょうか。

生駒:海外展開でいうと、獺祭は今年9月にフレンチの名店「ジョエル・ロブション」とともにフランスで複合店舗を出店するなど、勢いがありますね。

桜井:ロブションのような本格的なフレンチに日本酒を合わせようとすると、本当にきれいな酒じゃないとダメなんです。おいしくない酒と料理とを合わせても、お客様は満足できない。やはり、おいしい料理にはおいしい酒が必要で、そのために料理人も酒蔵も工夫をする、お客様はそこに幸せを感じると思うんです。

獺祭の新たな挑戦!日本酒とパフュームの“香る”コラボレーション

生駒:日本酒業界には「変わらない良さ」という文化もあると思うのですが、その中で獺祭は革新的なことにどんどんチャレンジしていますね。

桜井:ロブションの料理って常に変わっていきますよね。あのロブションが変化しているんだから、日本酒もそうじゃないと。わたしは「昨日と同じ酒じゃダメなんだ」と考えています。だって、お客様は進化しますから。“いつまでも変わらないこと”を掲げているフランスワインですら、実は変化しているはず。そしてそれは、ものをつくる人間の真理、動物的本能ではないかと。少しでも良いものを追い求める、その本能がなくなったら、ものづくりはやめた方がいいとすら思っています。

生駒:なるほど。

桜井:ただ、日本酒業界や日本酒コアファンの一部には、我々のやっていることに抵抗がある方もいるでしょう。それは我々も実感しており、仕方がないことかなと捉えています。我々は本当においしいものを造りたいのであって、業界の人に好かれようとは思っていません。さらに言えば、“昨日と同じことをする”ことが大事とも思っていないんです。現在も、ロブションの件を含め、さまざまなプロジェクトを進行中で、「Hiroko.K」とのコラボレーション(※)もそのひとつですね。

※オーガニックパフュームコスメブランド「Hiroko.K」と「獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分」がコラボレーションを実施。「MiSoGi (禊) 朝の香り オーガニックパフューム 15ml」と「MiSoGi (禊) 朝の香り オーガニックパフュームローション 100ml」が完成した。2017年6月予定の一般販売に先行して、現在、クラウドファンディングサイト「Makuake」でプロジェクトの支援を募集中(2017年5月8日まで)

近藤博子(以下、近藤):今回のコラボレーション商品「Misogi」には、獺祭の「純米大吟醸 二割三分」を35%も、贅沢に使わせていただいています。麹の甘さを残しつつ、"常緑の松の香"を感じさせる、男女どちらにも愛用していただける清らかな香りが特徴です。どうしても日本生まれの日本らしい香水を作りたくて、香水作りに欠かせない、雑味のないピュアな日本のアルコールを探していたときに、獺祭と出会いました。

桜井:ありがとうございます。

近藤:まさに桜井会長のような、日々仕事に邁進する方に使っていただきたいですね。朝の外出前につけると気持ちがリセットされ、清々しく一日をスタートできるでしょう。

生駒:日本酒を使った香水というのは、あまり聞いたことがありませんね。コラボレーションの実現にあたって、桜井会長はどのような思いがありましたか?

桜井:香りは食べ物や空気と違って、必ずしも人間の生存に必要なものではないですよね。酒もそう。でも人生というのは、やはりただ食べて寝るだけでは生きていけない。ちょっと華やかなものやうるおいがないと、生きていけません。香りと酒にはそういう共通点があり、獺祭のこともよく理解していただいていたので、お受けすることにしました。

近藤:ありがとうございます。本来は口にするものを使って香水にする、しかも獺祭という有名な清酒を使わせていただけるというのは、たいへん光栄なことだと思っています。

生駒:実際に完成したものを使用してみて、いかがでしたか?

桜井:完成品の香りを嗅がせてもらって、まずホッとしたんです。うちは酒を造っているので、香りが強いものはダメなんですが、これは気にならない。酒のある場でつけていても、まったく違和感がない香りだと思いますね。

近藤:人工の香りですと、つけている人がいなくなった後も強く残っていたりしますものね。こちらは100%オーガニックなので、その人が立ち去った後はほんのり残り香を感じるぐらい。その人の体臭に溶け込むような香りというのは特に意識して作っています。

生駒:興味はあるけど強い香りは苦手、つけすぎが心配、という香水初心者の方にはぴったりの香りということですね。ぜひ僕も試してみたいです。

水や米の話を一生懸命する前に、自分の蔵の本質を洗い出すべき

生駒:獺祭の取り組み、特に海外展開について改めてお話をうかがいたいと思います。日本酒の輸出が近年伸びている件について、会長はどのように実感していらっしゃいますか?

桜井:日本酒の海外輸出量は155億円ほどですが、それに対してフランスワインの輸出は8000~9000億。桁が違いますよね。日本酒が海外マーケットに受け入れられているかといえば、正直そこまでではない。でも、まだまだこれから伸びていくと思っています。なにせ市場規模が違いますから。海外で酒類全般のシェアを多く占めているのはワインだと思いますが、そのうちの1%を旭酒造が取れるようになったらそれでいいと考えています。

生駒:海外ではブラジルの「東麒麟」やアメリカの「月桂冠」など、売上高の大きな酒蔵もいますし、日本酒を造るマイクロブリュワリーが増えていると聞いています。世界中で日本酒を造る動きが活発になりつつありますが、一方で、海外で日本酒を造ることに否定的な考えの人もいますよね。現地醸造について、桜井会長はどうお考えですか?

桜井:ワインが国際化した理由のひとつって、いろんな国でワインが造られているからですよね。ということは、本当に日本酒を国際化するためには、世界中で造っていかなければならないと思います。たとえばアメリカ人やベトナム人が造る日本酒があって、それは我々が造るものとまったく違うものかもしれない。だけどそれも受け入れないと、日本酒の未来はないでしょう。その中で、「やっぱり日本で造る日本酒っておいしいんだな、他とは違うよね」と言われるようなものを造っていかなければいけないと思いますね。

生駒:そうですね。日本酒には、何も考えずに飲んでおいしいものと、酒蔵の苦労や手間暇を知ってから飲むことでおいしいものがあると思っています。極論、獺祭は何もわからないで飲んでもおいしいと思えるのが、大きな魅力のひとつですよね。

桜井:海外で「この水系の何という水で、こんな米で...」と難しいことを言っても理解されないんですよ。

生駒:イメージできないですよね。

桜井:もっと単純に、とにかくインパクトの強いメッセージを出さないといけないのに、一生懸命細かいことを説明しているメーカーが多い。日本人はそれで納得してくれるし、喜んでくれますけど、日本酒をよく知らない人は面倒くさい話って嫌いなんですよ。

生駒:たしかに、海外展開のためには、商品を伝える上での課題があるのかもしれませんね。

桜井:もっと簡単に言うと、自分の蔵の本質を洗い出してないから、うまく言葉にできないんじゃないかと思います。自分は何をしたいのか、うちの酒蔵は何のためにあるのか、そもそも酒は何のためにあるのか、お客様にとってどんな意味があるのか...それを
徹底的に考えていけば、いくらでも言葉が出てくるでしょう。日本の蔵がまずやるべきことは、 水や米の話を一生懸命する前に、自分たちの本質や存在価値をきちんと洗い出すことだと思いますね。

生駒:そうですね、それは国内も国外も関係ない話だと思います。特に食品はイメージができることが大事だと思うので。やはり消費者にとってみれば、おいしいことが一番幸せで、一番シンプルなメッセージなんですよね。

自分の心の中を追いかけていくと、本当の意味でお客様の方を向いた酒が造れる

生駒:獺祭はこれからどのように海外展開を進めていくのでしょうか?

桜井:いま「日本酒ブーム」とか「NYやパリで日本酒が人気」とか言われてますよね。でもそもそも日本人にとって、酒のナンバー1が日本酒じゃない。ピラミッドの頂点に立っているのはシャンパンかワインかわかりませんが、その頂点に立たないと。ここに挑戦しなければ、酒蔵の価値はありません。少なくともうちの蔵は頂点を目指しています。酒は嗜好品ですから、いろんなものがあって良いと言いますけど、天上天下唯我独尊という存在を追っかけなければ勝ち目はないでしょう。上がるための道が違うだけで、目指す頂点は同じなんですから。

生駒:ルートは違っていい、なるほどなぁ。僕はいろんなメーカーのお話を聞く機会があるんですが、意外と「てっぺんを目指す」とか「一番おいしい酒を造りたい」と公言しているところは少ない印象です。

桜井:そんな恐ろしいこと、みんな言いませんよ(笑)。だけど、それはちょっと残念ですよね。

生駒:そうですよね、僕らの会社はベンチャーですから、変化し、挑戦していかないとそもそも成り立たないので、基本的に新しいことをやっていこうと思っています。だからこそ日本酒業界が変わらないことを良しとしている風潮があるとすれば、もったいないなと思うんですよね。

桜井:おいしい酒を造っているメーカーはたくさんありますからね。だけど、僕はあまり日本酒業界に興味を持たないというか、意識はしていないんです。

生駒:意識すると、みんなと同じことをすることになってしまいますからね。横並びのメーカーを見るよりは、お客様の方を見るということでしょうか。

桜井:隣のメーカーを見たらそこに引っ張られるから、見ない方がいいでしょうね。でも、お客様の方を見すぎるのもちょっと違う。自分の心の中を一生懸命追いかけていくことで、本当の意味でお客様の方を向いた酒が造れるのではないでしょうか。自分が最大の消費者になること、それがものづくりに一番大事なことだと思います。

生駒:僕もその通りだと思います。本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

インタビューを終えて

日本酒業界の未来を担う存在ともいえる旭酒造。その成長を支えていたのは、変化を恐れないマインドと、蔵の本質を追求する真摯なまなざし、そして「おいしい酒を造る」というひたむきな思いでした。

獺祭ブランドにあぐらをかかず、新しい挑戦を続ける桜井会長の言葉。それは日本酒に限らず、ものづくりに携わるすべての人にヒントを与えてくれたのではないでしょうか。

(取材・文/芳賀直美)

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