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価格競争に陥らない、新たな日本酒の価値を ーー 長期熟成日本酒Bar「酒茶論」店主・上野伸弘さんインタビュー (前編)【オピニオンリーダーの視点 vol.1】

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にわかに謳われる“日本酒ブーム”。 たしかに今、特定名称酒の出荷量は伸びており、海外への輸出量も堅調に増えている状況です。数年前にくらべると、テレビや雑誌、WEBで「日本酒」というキーワードを目にする機会もぐっと増えているように感じます。その一方、日本酒市場全体の減少傾向は変わらず、「一部のファンが盛り上がっているだけ」という厳しい意見も散見されます。

さまざま意見が飛び交い、注目を浴びている今だからこそ、日本酒をとりまく現状を冷静に見つめなおし、”これからの日本酒のあるべき姿”を模索していきたい。日本酒の盛り上がりを一時のブームではなく、世界に誇る”生活文化”として定着させていきたい。そんな想いから、SAKETIMESでは「独自の視点をもったオピニオンリーダー」に話を伺い、日本酒の未来への視座を探る特別連載をスタートします。

シリーズ第一回は、品川にて長期熟成日本酒Bar「酒茶論(しゅさろん)」を営む上野伸弘さん。顧客接点の最前線にいながら、その幅広いネットワークから日本酒業界そのものへも強い影響力を持つ上野さんは、今の、そしてこれからの日本酒市場をどう見ているのでしょう。SAKETIMES代表・生駒との対談形式で、”日本酒の未来”へのヒントを探っていきます。

「精米度合」や「香り」の追求が行き着く先は、価格競争

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生駒:上野さん、本日はよろしくお願いいたします。普段から様々なアドバイスをもらっている身で恐縮ですが、いろいろとお話を伺わせてください。

上野:こちらこそ、よろしくお願いします。

生駒:まず、上野さんが今手掛けられている仕事の内容について、教えていただけますでしょうか。

上野:長期熟成の日本酒専門バー「酒茶論」のオーナーをやっています。私の仕事のテーマは「日本酒の新しい価値創造」。これは、これから未来永劫ずっと変わらないです。

生駒:「新しい価値」というと、「これまでの価値」とは違った観点なんですよね。

上野:最近までの日本酒の価値創造は「精米歩合」と「香り」がポイントになっていました。これは、フルーティーで飲みやすい日本酒を「クオリティが高い」と評価するような風潮ですね。ただ、この2点は限界点のある価値です。

生駒:限界点とは、具体的にどういうことでしょうか。

上野:「精米歩合」は、量的な限界がありますよね。どんなに磨いてもゼロ以下になることはありません。また、「◯%以上磨くことは難しい/磨いても味に変化がない」と技術的な限界もすぐに見えてくると思います。「香り」についても同様で、どんなに強く特徴的な香りを出そうとしても、その濃度には限界があります。限界点というのは、すなわち「それ以上の競争ができないライン」です。

この2点が限界まで行き着いたら、その先には「価格競争」しかない。価格競争が主戦場になってしまえば、大量生産のできない小さな酒蔵はついていけません。現に、全盛期には3000以上あった酒蔵が、今や1500ほどまで減っています。日本酒の多様性を守るためには、生産量や価格での競争が及ばない、新しい価値を見出していかなくてはいけないんです。

日本酒に「時間軸の価値」を創造する

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生駒:上野さんが見出した「新しい価値」とは一体何でしょうか。

上野:「時間軸の価値」ですね。これは、ワインやウイスキーなど他の酒では、あたり前に認められている価値軸です。「時間が醸成する味の厚み」に価値を見出していくと、すべてが比較対象のない商品になります。その年に、その場所で熟成を始めた酒は、他にないですから。

生駒:比較対象がないから、価格も自由に設定できるわけですね。

上野:そうです。顧客が満足するもの生産できれば、つくり手が価格をある程度コントロールできる。つまり、価格競争におびえない商品づくりが可能になります。

生駒:日本酒の熟成酒の価値を高めていくことで、小さな蔵元でも生き残れる可能性が広がるんですね。

上野:また、日本酒における「時間軸での価値創造」を進めていく背景には、「ハイエンドなプレステージの日本酒」を生み出すことも目的としています。

ワイン業界を見てみると、ロマネ・コンティや五大シャトーがトップ層を上手に形成していますね。一流が存在することによって、ワイン文化は世界中で認知され、多くの人にワインを飲むきっかけを与えている。だからこそ、中間層やデイリーの安価な商品に至るまで、さまざまなレベル・価格感のワインが見事に広まっているんです。

生駒:ワインと比較すると、日本酒の価値はまだまだこれから認められていくフェーズだと感じます。

上野:世界の他のお酒に比べると、日本酒ブランドはやや見劣りしてしまいますね。日本酒は今、ボトムばかりバリエーションが広がっていて、プレステージの製品がほぼ育っていません。プレステージの日本酒を育てることが、今後の日本酒ブランドの価値を高め、結果的にボトムを育てることにもつながると、私は考えています。

昔の日本には、古酒を愛でる文化があった

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生駒:他のお酒では育っているのに、なぜ日本酒には熟成する文化が根付いてこなかったのでしょうか。

上野:実はね、日本でも一昔前までは、新酒よりも熟成した古酒の方が好んで飲まれていたんですよ。国会図書館で「日本酒・古酒」というワードで検索すると、「新酒をいかに古酒化させるか」なんてテーマで書かれた古い文献がいっぱい出てきます。「古酒が好まれていた」と言うよりは、「新酒が避けられていた」と言う方が正確かもしれません。

生駒:では、昔は日本にも「古酒が重宝される文化」があったんですね。

上野:そうですね。日本は中国の文化を継承している部分が多々あります。その中に「吉数」という考え方があり、古酒もその流れを汲んで「3年酒・7年酒・9年酒」が好んで飲まれていたそうです。この中では「9年酒」が最もステータスの高いお酒とされていました。

生駒:10年以上熟成されたものは、あまり飲まれていなかったのですか。

上野:「10年を越える古酒は、芳香で味もなお良し」と書かれている文献もあります。ただ、『江戸買物独案内』(※)などの資料を見る限り、市場価値が高かったのは縁起物とされた「7年酒・9年酒」だったようですね。
※ 1824年に大阪で出版された江戸のガイドブック。当時あった約2600軒の商店・飲食店の情報がまとめられている。

生駒:今は、古酒よりも新酒の方が多く飲まれていますよね。昔は、なぜ新酒が避けられていたのでしょうか。

上野:以前酒蔵では、一年を通じて味わいを保つために、前年のお酒を取り置いて新酒にブレンドして出していたことがあるんです。今のようにお酒の種類が多くなかったため、品質の一定化が優先されたのでしょう。

生駒:なるほど。では、その後の日本酒造りの技術の向上によって、新酒が飲まれるようになったと。

上野:もちろんそれも一因ですが、他にもちょっと複雑な、政治的な要因があります。酒税は製造した量に対してかかる税金ですから、国としては「どんどん造って、どんどん消費もらいたい」という思惑があって。技術向上に新酒が飲めるレベルになってきた時期から、「日本酒を寝かせないで早く売っていきましょう」という指導を入れ始めたんですよ。国からのお達しを受けたことによって、酒造メーカーも「美味しく飲める新酒の開発」に一層注力するようになり、新酒のレベルは飛躍的に向上していきました。

「新酒も美味しく飲めるようになった」ことは、業界として非常にいいことです。ただ、今は新酒ばかりに注目がいってしまって、これまで育てられてきた古酒の文化が途切れてしまっている。その現状は、なんとか変えていきたいですね。

熟成酒によって広がる、日本酒の楽しみ方

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生駒:上野さんは、日本酒業界の全体の動向を観察しながら「日本酒の明るい未来に向けて、いま何が必要か」を常に考えていらっしゃいますよね。以前、冷酒が流行った時期には、飲食店に熱燗を広めて回ったことも伺っています。熱燗もしかり、熟成酒もしかり、上野さんの活動の根底には「日本酒の多様性」を守る意識が、強く存在しているのかなと感じます。

上野:私はお酒に限らず、すべての物事において「向き合い方」を大事にしています。よく、お客様に「どのお酒が一番好きですか?」と聞かれることがあるんですが、生駒くん、答えられますか?

生駒:うーん、無理ですね(笑)。とてもひとつに絞り切れないです。

上野:そうですよね。私はその質問を投げかけられたら、次のような例え話をするんです。「あなたに3人の子どもがいたとします。長男は賢くて成績優秀、次男はスポーツ万能で礼儀正しく、三男は人を笑わせるのが好きなムードメーカーです。あなたは、この3人の優劣を比べられますか?」って。

生駒:なるほど、わかりやすいですね。それぞれに違った良さがあるから、比べられない。

上野:それはお酒も同じ。「どっちが優れているか」と考えるよりも、それぞれの良さを探していく向き合い方を、私は推奨しています。細かな差異の背景に思いを馳せながら飲むと、日本酒体験はもっと豊かで楽しいものになりますから。

生駒:僕は、日本酒の良いところって「多様性の豊かさ」だと思っているんです。蔵元によってお酒の味が違うのはもちろんのこと、同じお酒でも飲み方によって味わいが変わってきますよね。

上野:そういった繊細な味わいの変化を楽しむには、熟成したお酒が向いているんですよ。新酒は揮発性のアルコール成分が強いので、自分から「これが私の風味です! どうだどうだ!」と個性を主張してくる。

一方で、熟成酒の味は重層的です。1口目で印象に残るのは、ほどよい酸味。2口目には、その奥にほのかな渋みが感じられる。3口目で、それらをまとめ上げる柔らかな甘みが引き立ってくる。このような味わい方は、熟成酒だからこそできるものです。

生駒:ワインやウイスキーの愛好家は、そういうお酒の楽しみ方をされている人が多いですね。「大人のたしなみ」って感じで、カッコいいなと感じます。

上野:その観点から言うと、日本酒の熟成酒を広めていくためには、「飲み手を育てていくこと」も大きな課題です。ちょっと生意気な表現になってしまいますが、どれだけいいお酒を造っても、それがちゃんと評価される土壌がなければ意味がない。「日本酒にはこんな向き合い方があるんだよ」「こんな飲み方をすると、もっと楽しめるよ」と、消費者に伝えていく必要があります。

生駒:そこは、今後SAKETIMESが担っていける部分だと思っています。日本酒の多様性、日本酒との向き合い方を、さまざまな切り口から読者に届けていきたいです。

上野:消費者のステージが上がっていくと、造り手も新しい挑戦ができるようになる。そうなれば、業界全体がもっと盛り上がっていきます。私も、SAKETIMESには期待してますよ。

 

前編では、上野さんの考える新しい日本酒価値軸と、日本酒の多様性を伝えていくことの重要性について語っていただきました。後編では、更に発展して日本酒の未来について言及していきます。お楽しみに!

(取材・文/西山武志)

後編はこちら

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