にわかに謳われる“⽇本酒ブーム”。 ⽇本酒への注⽬度が高まる⼀⽅、⽇本酒市場全体の減少傾向は変わっていません。そんな今だからこそ、⽇本酒の盛り上がりを⼀時のブームではなく、世界に誇る”⽣活⽂化”として定着させていくためのヒントを探りたい。そんな想いからスタートしたのが、「独自の視点をもったオピニオンリーダー」に話を伺うことで日本酒の未来への視座を探る特別連載【オピニオンリーダーの視点】です。

連載第2弾となる今回お話を伺ったのは、東京・恵⽐寿にある“⽇本酒は宝物”がコンセプトの飲⾷店「GEM by moto」店⻑の千葉⿇⾥絵さんです。顧客と接する⽴場ながらも、“飲⾷店の⼈”という⽴場を超えて俯瞰的に⽇本酒業界を眺めている“⽇本酒界のカリスマ”千葉さん。彼⼥は、今の、そしてこれからの⽇本酒市場をどう⾒ているのでしょうか。

SAKETIMES 代表・⽣駒との対談形式で、”⽇本酒の未来”へのヒントを探っていきます。

店舗、イベント、熟成…⽇本酒の“真価”を伝える伝道師

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⽣駒:今回はお話をいっぱい聞きたいなと思っています。まずは、現在の活動について教えてもらえますか。

千葉:新宿にある「⽇本酒スタンド 酛」の店⻑を経て、今は「GEM by moto」の店⻑をしています。

⽣駒:新宿のお店はどんなコンセプトのお店だったんですか?

千葉:新宿のお店は、⽇本酒に触れたことがない若い⼈にも気軽に⽇本酒と触れ合ってもらうことが⽬的でした。というのも、ちょうど新宿で働いていた5〜6年前はそういったお店が少なかったんです。だからこそ「酛」では⽴飲みだけど、⼿作りの料理がでるちょっとおしゃれな女性ひとりでも入りやすいお店にしました

⽣駒:「GEM by moto」は2016年7⽉で1周年でしたね。こちらのお店を⽴ち上げたのはなぜなんですか?

千葉:この5年ほどの間、“⽇本酒ブーム”と⾔われる中で、お店やイベントなどの数は増えていきました。だからこそ、ちゃんとしたものを残していかないと⽇本酒⾃体が続かないという危機感を抱いたんです。恵⽐寿の「GEM by moto」では、⽇本酒の「真価(=真の価値)」を伝えるためのお店にしようと思って始めました。そのための仕掛けもいくつか⽤意してます。

⽣駒:真の価値……仕掛けというのはどんなものなんですか。

千葉:例えば、うちでは4合瓶をメインに扱っていて、かつ意図的にお客さんに⾒えるように冷蔵庫に⼊れているんです。昔も今も「よいものが残る」ことには変わりないのですが、そのためのアプローチが⼤事だと思っているんですね。4合瓶は一升に⽐べてサイズ感もいいですし、ラベルもかわいいいものが増えていて、かつ味の劣化のリスクが少ないので、これを活かさない⼿はないなと。

⽣駒:確かに、一升と4合ではボトルの印象が違いますね。最近はイベントもされているとか……。

千葉:はい。お酒と料理をあわせる「ペアリング」をやっていて、フレンチレストランや寿司屋さんなどで、定期的にイベントを⾏っています。

⽣駒:千葉さんの提案する「ペアリング」とは、具体的にどんなものでしょう?

千葉:⽇本酒とお料理を合わせるという作業です。例えばフレンチやイタリアンなら、この料理にはこのお酒、というふうにソムリエが勧めますよね。同じようにそういった料理に⽇本酒を当てています。

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⽣駒:最近では、⽇本酒と洋⾷の⾷べ合わせを提案するお店も増えていますよね。

千葉:そうですね。でも、本当に正しい「ペアリング」を提案できているお店は多くないと感じています。私はワインと⽇本酒の違いを”絵具”でよく表現しているんですよね。ワインは油絵だと思っていて、ペタッとした感じなんです。⼀⽅で⽇本酒は⽔彩画みたいに淡いんですよね。洋⾷は料理も強いから、ワインのような油絵が合う。でも、⽇本酒の淡い⾊彩には、やはり⽇本⾷の出汁のような淡いものが合うようになっているんです、基本的には

⽣駒:”絵具”、わかりやすいですね! でも、それではなおさら洋⾷と⽇本酒は合わせづらいんじゃないですか。

千葉:そういった強い洋⾷に⽇本酒を合わせるときには、⽔彩画で⾊を重ねるようにビンテージを合わせたりします。あとは日本酒の味わいが多様化してきているので酸味の質を使って料理の輪郭を作ってあげたり様々な表現のペアリングも楽しめるようになってきました。ペアリングを通して温度で遊べるのも他のお酒にない魅力です。しかし、⾊が淡い⽇本酒はワインとは違ってどんな料理にも合わせやすいんです、なんでも合わせやすいから、どれと本当に相性がいいのかぼやけちゃうんですね。だからこそ、”本当に相性のいいもの”を⾒定めて、正しく提案する必要があると思っています。

⽇本酒ブームが来ない⼀因は、瓶のサイズ!?

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⽣駒:やっぱり最近は⽇本酒ブームだと思いますか?

千葉:そんな気がしているだけで、私はブームとは思ってないです。

⽣駒:そう感じる理由は、なんでしょうか?

千葉:本当にブームだったら、家庭の冷蔵庫に4合瓶がワインと同じようにポンと⼊っているのが当たり前になると思うんです。でもそこまでは⾄っていないですよね。ビールみたいに、冷蔵庫に必ず1本4合瓶が⼊っている。そして、今⽇はビールにしようかな、ワインにしようかな、それとも⽇本酒にしようかなとセレクトする状態になって初めて、⽇本酒がブームになっていると思うんです。そこまでは⾏っていないですよね。

⽣駒:まだまだですね。

千葉:今、酒屋さんに⾏って「⽇本酒ください」と⾔ったときに、⼀升瓶はあるのに4合瓶がないという商品が圧倒的に多いですよね。消費者の話を聞くと、「⼀升瓶は飲めないから、お店で飲むわ」っていうんです。

⽣駒:飲⾷店としては、それはうれしいけど……というところですね。

千葉:4合瓶があれば、家に持ち帰って飲む機会があるかもしれないのに。商品がないばかりに、チャンスを逃していますよね。

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⽣駒:なぜ4合瓶が増えないのでしょうか。

千葉:酒屋さんにとってメインのお客さんが、消費者ではなく飲⾷店だからだと思います。飲⾷店が欲しているから、酒屋さんは蔵元に「⼀升瓶をください」と伝える。消費者の声は、蔵元まで届いていないんです。

⽣駒:うーん、なるほど。ではどうしたら蔵元は4合瓶を増やしてくれるのでしょう。

千葉:飲⾷店が4合瓶を求めるようになれば、酒屋さんも蔵元に『もっと4合瓶を』と言いますよね。でも、そういうことを発する⼈がいないのが現状です。だから、うちではしっかり4合瓶を打ち出したいんです。わたしの考えが少しでも広がれば、4合瓶に⼒を⼊れてくれる蔵元が増えるかもしれないですからね。

SNS時代だからこそ、記憶に残る「ひっかかり」をつくる

⽣駒:僕は⿇⾥絵さんのことを、とても稀有な方だと思っているんですね。というのも、基本的に飲⾷店の方は、⾃分の店を中⼼にした営業範囲に影響⼒を持ってコミュニティ化していきますよね。でも⿇⾥絵さんの場合は、もっと広いところを⾒ていると感じているんです。業界の中に⼊り込みながらも、どうして外に向かって広いアプローチができているのでしょうか。

千葉:そうですね、⾃分の中でも外へのアプローチは意識しています。⽇本酒を極めるためにはある意味マニアックになることも必要です。実際わたしも、⽇本酒の味わいを化学的に分析したりしていますからね。でも、せっかく持っている知識でも多くの⼈に届かないと意味がないと思っているんです。だからこそ、意識的に⾒せてますね

⽣駒:麻里絵さんは"見せ方"への意識が高く、気を遣われている印象があります。どこかで⾒せる技を磨いたりしたのですか?

千葉:たぶん昔からの性格だと思います。私、基本的には⼈⾒知りなんです。コミュニケーションが苦⼿だからこそ、⼦どもの時から、ツッコミが⼊らないように作りこむ作業をしていたんです。お店も同じです。例えば、⽇本酒のイベントとかに⾏きづらい⼈でも来やすいように。⽇本酒に詳しい⼈も⾶びつくように。おしゃれな⼈たちにもアピールできるように……と、いろいろな⼈に受けるエッセンスをお店に散りばめています。

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⽣駒:なるほど。

千葉:あと、うちでは⽇本酒にシナモンを⼊れたり、泡を⽴てたりと⾔った、美味しいの先にある新しい発見だったり、人が興味を持つようなこともやってるんです。なぜかというと、今の時代ってSNSをすごく活用するじゃないですか。

⽣駒:ええ、FacebookやInstagram見ますね。

千葉:SNSでは、どこかに引っかかりがないと、情報が氾濫しすぎているので結局流されちゃうんですよね。本当に伝えたいものはシンプルなものだけど、引っかかりがないと人の心に刺さらないから。でも⽬⽴ちすぎると叩かれてしまう。

⽣駒:悪⽬⽴ちしちゃ、台無しですよね。

千葉:そう。周りからちゃんと正しく評価されるように、悪目立ちしないようにしながらも結果的に見てもらうスタイルを作る。何より⾃分⾃⾝が、表舞台にでるのは得意ではないんです。やりたいことはハッキリしてますが、新しいことをやって受け取り方によってはとんがって嫌われるのが嫌なので、丸みを帯びさせて⼤衆に伝えようとしています。

⽣駒:ジョン・レノンが『イマジン』を発表したときに「砂糖をまぶしてつくった」と言ったことを思い出しました。主張のあることも、やわらかく伝わるよう工夫すれば理解される、という意味にもとれますよね。

千葉:そう、まさにそれです! 本質が⾒える⼈からは「とがっている」と⾔われるけど、一見すると柔らかくやっているように⾒えると思うんですよ。私は、やりたいことは凝縮しているので、逆にアプローチは外に広げているんです。

飲⾷店への提案 ―― 信頼できる1本を持ってほしい

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⽣駒:⿇⾥絵さんからみて、こういうお店は「本質的じゃないな」と感じるものはありますか。

千葉:何も考えないでお酒を提供している姿や、⾒せかけのものは悲しくなりますね。意図を考えないで仕事をしているのを⾒ると「ダサい」と感じてしまいます。

⽣駒:どんなものが「何も考えてない」となるのでしょうか。

千葉:たとえば、メニューに難しい⽇本酒の説明が書いてあることってありますよね。それが、質問させるために書いてあるならいいんです。でも質問してもぶっきらぼうにしか答えないのに、やたらと難しいことが書いていたら「⾒せかけ」と感じます。また、やらなくていいことをあえてやっているお店もバランス悪いなぁと感じますね。それと⽇本酒を輝かせていないところはやっぱり日本酒がかわいそうだなぁと感じてしまいます。

⽣駒:⽇本酒を輝かせるとは?

千葉:うちの店は、この舞台(カウンター)で⽇本酒が輝けるように意識して作ってあるんですね。⽇本酒を、舞台で提供する“作品”として⾒ているのです。

⽣駒:⽇本酒が“作品”ですか? 普通なら商品とか、このお酒と⾔いますよね。

千葉:商品というと、レシピがあれば誰でもつくれるものを連想してしまうんですね。でも、⽇本酒は魂が込められたもので、⽣々しい命が注がれているものだから作品だと思っています。

⽣駒:だからこそ、⾃分のお店でも輝くようにされている。

千葉:そう。なので“作品”を冷蔵庫から取り出した時に、いかにかっこよく⾒せられるか・伝えられるかのために私がいるんです。そういう思いがあるからこそ、他の店では、うちのお店と同じ銘柄飲まないんですよね。この⽇本酒は本当はいい⼦なのに、「なんだこれは」という状態で出会うとかわいそうになります。

⽣駒:わかります。100のパワーがあるはずのお酒が40くらいになっていたときのがっかり感はありますよね。

千葉:私は本当に⽇本酒を⼦どものように思っているので、⾃分の⼦どもの体調管理している気分なんです。ちょっと体調が悪いな、という⼦は、料理の⼒を借りることで、舞台を成功させるように後押しすることもあります。

⽣駒:なるほど。そういった“作品”を輝かせていない飲⾷店に対して、何か具体的なアドバイスなどはありますか?

千葉:「この⼦だ!」って信頼しているお酒を1本でも2本でもいい、お店で抱えてあげるだけで変わるんじゃないかと思っているんです。⾃信をもってこれだっていう良いもの、信頼しているお酒を提供し続ければ、必ず伝わると思っています。

⽣駒:信頼ですか。その場合の「信頼」って、なんでしょう。

千葉:よく「おすすめください」って⾔われるじゃないですか。でも飲⾷店にとっては全部おすすめだから困っちゃうんですよね。だからこそ、その店のおすすめのお酒を決めちゃえばいいと思うんです。最初は単純な選び⽅でもいいと思うんですよね。

⽣駒:単純な選び⽅というと?

千葉:例えば⾃分の出⾝地のお酒を選ぶとか。そしたら、蔵にも⾜を運んでどういう⼈が造っているか学べばいいと思うんです。お酒を銘柄で見るのではなく、信頼できる同志みたいな感覚で⾒⽅を変えたら、ちょっと変わってくるんじゃないかな。

⽣駒:それこそ、お酒を商品じゃなくて、作品として扱うんですね。

千葉:私がそのお店に⾏ったとき、⾃分が知らなかったことを知っていたら「わー、この店すごいなぁ!」って思いますね。

憧れの職業になるように

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⽣駒:今後の展開については、どんなことを考えているのですか。

千葉:⼀度、海外に出てソムリエのような"⾔葉"と"枠"を作って、⽇本に持ってくることを考えています。

⽣駒:⽇本国内じゃなくて、海外ですか?

千葉:⽇本⼈って、海外で評価されたものを逆輸⼊することで再評価するところがあるので。

⽣駒:でも、すでに⽇本酒のお店は海外にありますよね。

千葉:お店はあるけど、それほど⽇本にバックがあるわけではないじゃないですか。日本の切り取った部分的なところではなく広いイメージが伝わっていないんじゃないかって思っているんです。

⽣駒:現地で活躍する⼈はいるけど、全体としてのイメージは伝わっていないんですね。

千葉:そうなんです。それに、⾃分よりマニアックな⼈は結構いるんですよね。でも私はポップなアイコンとして、わかりやすい「千葉⿇⾥絵」でありたいと思っています。ポップでいた方が⼈の⽬に留まるから。そういったスタイルも含め海外で成功して、飲⾷の仕事に就こうと考えている⼈たちに⽇本酒のソムリエ的な職業を⽬指してもらえるようにしたいです。

⽣駒:憧れになるような職業を作り上げると。

千葉:実現できれば、職業に憧れてプロになる⼈が育つかなと。「この仕事をしたい理由は?」と聞くと、「⼥にもてるから」「お⾦持ちになれるから」と⾔う人が結構いるんですが、仕事の価値観としては普通のことですよね。でも、現状だと⽇本酒はソムリエと違い「これで活躍すればちゃんと食べていける」というのが、多分ないんですよね。

⽣駒:今はロールモデルがいない。

千葉:そう。職業への憧れを作らなきゃいけないと思っています。結局モチベーションが低いことが問題だと思うんですよ。きっと、環境をつくってあげれば勉強すると思うんです。今では少ない給料と少ない休⽇の中で、⾃分で蔵に⾏って勉強しなくてはいけない状態なんです。本当に好きじゃなければ、モチベーションが保てないですよね。

⽣駒:例えば⾳楽なら、⾎のにじむような努⼒をしないといけないけど、カッコイイと思えるロールモデルがいる。⽇本酒にはそれがないから、まずは環境を作っていくんですね。

千葉:タイミングとしては今かな、と思っています。ポンと外に抜けたら、業界的にもインパクトがありそうですよね。

生駒:それができるのは、⿇⾥絵さんしかいないと心から思います。ぜひ実現させてください!

インタビューを終えて

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インタビューを通して、千葉麻里絵さんは日本酒業界の中でも異彩を放つ存在だと改めて感じました。

飲食店の従業員という立場を活かして、店舗で創造性豊かで実験的な試みを繰り返しつつ、その店の商圏を遥かに超える影響力を持つ。深遠なる日本酒の世界と消費者を"つなぐ"存在であると、一層強く認識しました。

「GEM by moto」は、とっておきの日に行っても良し、ふらっと立ち寄っても良し、いつ行っても上質な体験ができるお店。日本酒の奥深い魅力を体験できる貴重なお店です。ぜひ一度、足を運んでみてください。

(取材・文/ミノシマタカコ)

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