長野県佐久市と北佐久郡立科町(たてしなまち)にまたがる、旧中山道の茂田井宿(もたいしゅく)。この地で、元禄2年(1689年)の創業以来、日本酒造りを続けてきた長い歴史をもつ蔵、それが「明鏡止水」の醸造元・大澤酒造株式会社です。

蔵のある茂田井宿は、北に浅間山、南に蓼科山(たてしなやま)を臨む場所に位置し、静かで穏やかな空気が流れている、昔の面影が色濃く残った宿場です。

大澤酒造は茂田井村の名主を勤めていた家柄であり、とても立派な蔵構え。現在は、「和醸良酒」を肝に命じながら兄弟を中心に酒造りをしており、写真右が14代目蔵元の兄・大澤真氏、左は杜氏の弟・大澤実氏です。

造り真っ只中の酒蔵に潜入

蔵を訪ねた2月。この日の気温は−5度でした。

大澤酒造で使用している原料米は酒造好適米のみ。長野県産美山錦、兵庫県産山田錦、ひとごこち、金紋錦、岡山県産雄町の5種類です。

洗米はすべて機械で行われます。時計を見ながら、秒単位の仕事。

浸漬をして米に吸水させたあと、上下を返しながら水切り。

そして、米を蒸すための道具、甑(こしき)に米を張ります。

大澤酒造の甑は四角形。前蔵元が、「八海山」を醸造する八海醸造株式会社へ行ったとき、四角形の甑を使っているのを見て、1989年頃に取り入れたそうです。米を薄く張ることができ、ふっくらと均一に仕上がるのだとか。

蒸しが始まると、蒸気がモクモクと上がっていきます。

外から見るとなんともワクワクする美しい光景。大澤酒造の1日が始まった、という感じがします。実際には、もっと早い時間から作業が行われているのですが。

米は、掛米や麹米などがいっしょに蒸されます。わかりやすいように札を掲げているのですが、多い時には札が5枚くらい並ぶことも。それだけ大量に米を蒸すことができる甑です。

蒸しあがった米はスコップですくい取り、バケツに入れ、すぐさま放冷するという流れ作業。広げながら適温になるようにします。

そして、最適な温度になったらまとめて麹室へ。引き込みと呼ばれるこの作業は力作業であり、かつ、米の温度を下げないように素早く行わなければならないため、蔵人はいっせいに駆け足で運びます。
米を麹室の中へ入れたら、床(とこ)と呼ばれる台の上に蒸米を広げて温度を調節し、必要な量の麹菌を散布。

米の量が多い時は、大きいサイズで。大吟醸の仕込みや米の量が少ない時は、カップに布を被せた手製の瓶に麹菌を入れ、少しずつ振っていきます。

大澤酒造の麹室は、2011年の改修でステンレス製になりました。ドアを隔てた1部屋と、部屋を仕切るためのビニールカーテンが設置されているため、温度の違う作業を同時に行うことができ、使い勝手が良いそうです。

その麹室の中でいちばん良い働きをしているのが、このお掃除ロボットだとか。

導入前までは毎回掃除はしているものの、どうしても残ってしまうもやしが綿状になっていました。それをきれいに吸い取ってくれるばかりでなく、会話までしてくれるありがたい存在なのだとか。
こちらは米の温度ムラをなくすための作業、切り返しの様子。菌の発芽を待つ蒸米は毛布に包まれます。切り返しも、引き込み同様に速さが重要な力仕事のため、蔵人が集合します。

機械も使い手早く行われていました。役割分担が決まっていて、とてもスムーズな動き。

隣の部屋にある麹蓋に盛っていきます。

水分を発散させる仲仕事では、目盛を目安にして米を広げていくそう。

こちらは酒母室。

さらに場所を変え、こちらは醪(もろみ)の仕込み部屋。添え仕込みの最中でした。

仲仕込みは大きなタンクで。エアシューターで蒸米が送られてくるので、櫂を入れて混ぜます。

こちらは、大吟醸酒の醪を仕込む部屋。大吟醸酒は他の造りと違う部屋で繊細に仕込みます。

こちらは、醪を液体と粕に分けるしぼり機。大澤酒造では連続のしぼり機を使っていますが、急激な圧縮ではなく、ていねいに時間をかけ、きれいで落ち着いたお酒に仕上がるように搾っているそうです。

そして、こちらが瓶詰め場。

大澤酒造の火入れは、すべて瓶燗火入れとのこと。

ラベル貼りはていねいに手作業で。こうして完成したお酒は出荷を待ちます。

ていねいに造られた、きれいで落ち着いたお酒

それでは、ていねいに造られたお酒を大事にいただきたいと思います。

金紋錦を使った「勢起(せき)」は、蔵元の曽祖母の名前からとったそうです。寝かした方が美味しくなると確信し、1年の熟成を経てからの出荷と決めたそう。

「明鏡止水 生原酒」は美山錦で醸しています。穏やかな香りでしっかりとした酸。キレが良いお酒ですね。

ピンク色の明鏡止水は、酒門の会専用のお酒。ひとごこちを使用しており、香りが強く華やか。きれいな酸が印象的でした。

「ラヴィアンローズ」と名付けられたお酒は、美山錦使用の低アルコール純米酒。加水してアルコール度数を調節しています。13~14度で、食中酒として使いやすいでしょう。

透明感のある美しいお酒を醸す大澤酒造は、素直に、純粋に、誠実に、酒造りと向き合っている蔵でした。

後半では、敷地内に隣接する古い蔵を活用した、民族資料館や美術館を紹介します。

(取材・文/まゆみ)

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