シャンパーニュメゾン「ドン ペリニヨン」の元醸造最高責任者であるリシャール・ジョフロワ氏が富山県に創立した株式会社白岩の酒蔵が完成しました。

デザインを手がけたのは、世界的建築家であり、リシャール氏の友人でもある隈研吾氏です。

2022年5月、リシャール氏が同蔵で初めてアッサンブラージュを行うために来日。SAKETIMESでは、日本酒「IWA 5」リリース直後の2020年に立ち上げの経緯と展望を伺いましたが、今回は、実際に富山県立山町白岩にある酒蔵を訪ね、酒蔵のデザイン・設計へのこだわりや、新しい環境下で造られたお酒について話を聞きました。

リシャール・ジョフロワ氏(photo by Marion Berrin)

リシャール・ジョフロワ氏 photo by Marion Berrin

共存を象徴する大きな一枚屋根の酒蔵

ブランドを立ち上げるにあたって、自身の酒蔵を持つことを大切にしていたリシャール氏。エージェンシーなどに委託して、名前貸しのような形式的なブランドにはしたくなかったといいます。

ロケーションとして重視していたのは、自然との調和。田んぼがあり、山と海の両方を望める場所を探す中で、立山連峰と富山湾を一望できる白岩の地を訪れ、すぐさまこの地に酒蔵を建てることを決めたそうです。

立山町白岩の風景

photo by Nao Tsuda

デザインを手がけたのは、リシャール氏の長年におよぶ友人で日本を代表する建築家の隈研吾氏です。「IWA」の創立パートナーである桝田酒造店(富山県)を紹介した人物でもあり、リシャール氏の日本酒造りになくてはならない存在でした。

「ケンゴは、建築によって、日本らしさを世界中に広めています。私たち株式会社白岩も同じように、日本酒を通して、日本の素晴らしさを世界に広めたいという志を持っています」

白岩の酒蔵外観

photo by Nao Tsuda

2021年4月に完成した酒蔵の最大の特徴は、大きな一枚屋根。蔵の立つ丘を仰ぎ見ると、山を背景とした景観と調和しながら、深い茶の屋根が存在感を示しています。

リシャール氏と隈氏がこの一枚屋根のアイデアにたどり着いたのは、ひとつ屋根の下で囲炉裏を囲み、家族や仕事仲間、家畜たちが生活を共にする富山に残る古い農家の建物からインスピレーションを受けてのことでした。

白岩の内観

photo by Nao Tsuda

「酒造りと、ゲストを迎えるレセプションの場をひとつ屋根の下に設けることは、日本らしいコミュニティの象徴だと考えています。この屋根は、2022年1月に、イギリスの著名なデザイン雑誌『ウォールペーパー』にて、『Best Roofscape(素晴らしい屋根)』の賞を受賞しました」

建物は二階建てで、一階の入口を入ると、広々とした土間の中心に、囲炉裏が設けられています。ガラス壁の向こう、50本を超える仕込みタンクと貯蔵タンクがずらりと並ぶ様子は圧巻。これは、観音像が並ぶ京都の三十三間堂をイメージしているそうです。

白岩の仕込みタンク

photo by Nao Tsuda

壁は、酒蔵の建設地にあった田んぼの稲や籾殻が練り込まれた富山県の伝統工芸品「五箇山和紙」で覆われています。その枚数は1万枚にもおよびますが、すべて職人による手作りで、一枚として同じものはありません。内装全体に白を基調とした地元の工芸品である和紙が施されたことにより、酒蔵に明るさがもたらされました。

和紙に籾殻が練り込まれた壁紙

二階には洗米や蒸米といった原料処理のスペースのほか、麹室や酛場に加え、廊下を挟んで関係者用の宿坊も設けられています。

「生産とその他の営みがひとつ屋根の下に共存することを強調するため、建物全体の統一感を意識しています。例えば、床は一階から二階、屋外のスペースに至るまで、すべて墨を塗り込んだものでそろえています。西洋では、生産の場と生活の場は異なる仕様にするのが一般的で、なかなかこういうデザインにはなりません」

機能とデザインの両立

導線や機材などの醸造面に関わる設計は、桝田さんのアイデアを取り入れています。洗米機は同酒蔵でも使用している最新型の機器を採用。1つのカゴで30kg、1日で1200kgもの量を洗米できるうえ、研ぎ汁が完全に近いレベルで透明になる能力を誇ります。

麹室の天井、内壁にはすべて杉がほどこされています。管理面や衛生面を考慮してステンレスにする案もあったそうですが、歴史ある日本酒造りのあり方を優先したとのこと。小窓から中を覗けるようになっており、世界中から訪れたゲストに伝統的な酒造りを伝えます。

白岩の麹室

一方で、仕込みや貯蔵、酛場に配置されたタンクはすべてワイン用のステンレス製。リシャール氏が理想とする条件に合う、足付きのスリムなタンクを作れるメーカーが日本になかったため、ヨーロッパから取り寄せました。

「本当はすべて日本の素材を使いたいと思っていた」と話すリシャール氏。しかし、ワインに対する深い知見を持つ以上、必要に応じてその要素を取り入れる判断をしました。

「ワインと日本酒はまったく違いますから、日本酒の造りにワインの要素を取り入れるときには、その理由が非常に重要になります。譲れない理由があるものについてのみ、ワインのアイデアを採用しました」

複数のお酒をアッサンブラージュして造られる「IWA 5」は、清酒酵母とワイン酵母が用いられ、また酒母も生酛と速醸酛の2種類が用いられています。酒母造りの工程は繊細な作業を要するため、2階の酒母タンクルームは清酒酵母用と、ワイン酵母用の2部屋に分けられています。

白岩の生酛部屋

「生酛はお酒の味わいに"垂直性"をもたらすもの。速醸の酸は表面的ですが、生酛の酸は深くまで入り込みます。生酛がもたらすこのエッセンスなしに、『IWA 5』はできません」

新しい蔵で造る「IWA 5」の第4弾

アッサンブラージュという言葉はブレンドと置き換えられることが多いですが、リシャール氏は厳密には異なると考えています。

ブレンドは2つ以上のものを単に混ぜ合わせるという意味を持ち、出来上がったお酒の味をみてから混ぜる行為も含みます。

対して、「集合させる・組み立てる」という意味のアッサンブラージュは、完成形の理想的な味わいから逆算して、ベースとなるお酒が一つひとつ役割を持てるよう狙いを定めた酒造りのことを指しています。

「例えるなら、アッサンブラージュはオーケストラのようなもの」とリシャール氏。5つの産地から仕入れた3種の米と、5種の酵母を組み合わせて造った多様なお酒が奏でる味わいを、リシャール氏が指揮者となり、一本のお酒にまとめあげるのです。

アッサンブラージュのもととなるお酒

photo by Marion Berrin

2020年に初めてリリースされた「IWA 5」のアッサンブラージュ1(A1)から、2022年6月リリースのアッサンブラージュ3(A3)までは桝田酒造店の施設を借りて醸されていました。

アッサンブラージュ4(A4)は、今までのお酒に加えて、白岩の酒蔵で仕込んだお酒を含めた、何十種類ものお酒をテイスティングした上でリシャール氏がアッサンブラージュを手がけました。味をまとめるために、約1年ほど熟成させ、2023年初夏にリリースされる予定です。

IWA 5 アッサンブラージュ3

「IWA 5 アッサンブラージュ3(A3)」photo by Jonas Marguet

新しい酒蔵がお酒の味わいにどのような影響を与えるかという質問には、「違いを語れるようになるまでには、まだ時間がかかる」とリシャール氏。

「しかし、場所は必ず影響を与えるでしょう。白岩の自然に囲まれながら、新しい蔵で造ることによって、新たなインスピレーションが生まれるはずですから」

リシャール氏いわく、「『IWA 5』は永遠に続く実験」。シャンパンがヴィンテージによって異なるように、新しい酒蔵で造られるA4に限らず、A1からA3にいたるまで、毎回意図的に異なる味わいに仕上げているそうです。

リシャール氏

「A1はタイトな味わいでしたが、A2はより肉厚になるようにしました。これらはローストしたフルーツのような暗めの風味でしたが、A3は明るくてフローラルな味わいで、余韻のほうに重心があります。いま、まさにアッサンブラージュをおこなっているA4は、A1からA3の知識や経験を合わせながら方向性を考えています」

「ドン ペリニヨン」の醸造最高責任者を務めていたころは、「シャンパンがもっとも造るのが難しいお酒」と考えていたというリシャール氏ですが、いまは「日本酒の方がはるかに難しい」と感じているのだそう。

「日本酒の五味のバランスは、ワインとは異なります。苦味があり、酸味は少なく、甘味は強い。さらに、旨味があるのも特徴です。シャンパンにも旨味はありますが、熟成によって生まれるものであり、醸造の段階ではほとんど発生しません。

日本酒は味わいが複雑なのに加えて、温度などのパラメーターや、種麹や酵母といった選択も多岐にわたるので、何を選ぶかによってまったく違うものができあがります。科学的な要素もありますが、すべてが解明されているわけではないので、実際にやってみてようやくわかることもたくさんあります。

私にとって、日本酒で課題となるのはフィニッシュ(余韻)です。日本酒は、余韻が短く、キレのよいものが評価される傾向にありますが、私の理想は異なります。余韻は"記憶に残るもの"になりますから。日本酒にどのように余韻をもたらすかは、まだ試行錯誤しているところです」

IWA 5

photo by Jonas Marguet

世界中から人々が訪れる酒蔵に

世界中からIWAの関係者が白岩を訪れ、ともに食事をし、宿坊に泊まることを目的に設計された白岩の酒蔵。一般公開は予定されておらず、当面はIWAコミュニティの関係者を中心に招待していくそうです。

「日本での仕事が終わったら、一度フランスに帰り、スウェーデン、ポルトガルを訪れ、その後また日本に戻り、韓国、オーストラリア、アメリカでプロモーション活動を行う予定です。IWAはすでにイギリスやイタリアなど約30ヶ国でリリースされており、近々アメリカでのリリースも予定しています。

『ドン ペリニヨン』の頃から、レストラン業界の人々と直接会話して、コミュニケーションしながら関係性を築くことを大切にしてきました。ワインの世界は日本酒より広く、私にはそのネットワークがあるので、日本と世界との架け橋になることができるのではないかと思っています」

IWAと料理のイメージ画像

photo by John Heng

「日本酒の未来は輸出にある」と断言するリシャール氏。「IWA 5」もまた、日本だけではなく、世界中の飲食のシーンで高い評価を受けています。

「先日、フランスのマルセイユでミシュラン三つ星レストランを経営している友人に『IWA 5』を持っていったところ、『リシャール、君はいい友人だけど、地中海を訪れる人はプロバンスのワインが飲みたいんだよ』と断られてしまったんです。

ところが、その10日後、彼からメッセージが来て、『IWAが想像を超えるすばらしさで、マルセイユの魚介料理にもとても合うことがわかったので、やっぱり扱わせてほしい』と注文されました。フランスで100年以上の歴史を持つレストランですが、日本酒がメニューに載るのは初めてのことです」

現在、世界中に販路を拡大している「IWA 5」ですが、その半数以上は日本食以外のレストランだといいます。非日本食レストランへのマーケット開拓に苦戦している日本酒にとって、「IWA 5」はパイオニア的な存在になろうとしているのです。

インタビューに答えるリシャール氏

「こうした動きが、自社の利益だけではなく、日本酒業界のコミュニティ全体に貢献することになればと思っています。

日本酒を造ることを発表したとき、初めは驚かれましたし、『本当か?』と疑いの目で見られることもよくありました。しかし、実際に『IWA 5』を販売してからは日本酒業界との関係性もよくなり、今ではいろいろな酒蔵とコミュニケーションを取らせてもらっています」

さらにリシャール氏は、「私はこの蔵を大きな船だと思っているんです」と目を輝かせます。

「私たちは、世界中のゲストとともに、同じ船に乗って旅に出ます。日本酒は世界のお酒になれるはず。これから、楽しい旅になると思いますよ」

酒蔵がオープンし、リシャール氏の理想とする酒造りの舞台が整った白岩。ここから世界中へ飛び立つ「IWA 5」が、この地へ人々を招き、ひとつ屋根の下に新しい日本酒のコミュニティを築いていきます。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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