【編集長レポート】日本酒は地域の魅力を伝えるメディア—「FARM8」「津南醸造」代表・樺沢敦さん

海外輸出の拡大などのうれしいニュースがある一方で、国内市場は縮小傾向にあり、ひとつの転換期を迎えている日本酒産業。そんな中で、日本酒の魅力をさらに広めようと、新しい取り組みに挑戦するプレイヤーが少しずつ増えてきました。

SAKETIMESの連載「編集長レポート」では、編集長を務める小池がいま注目している、"日本酒の未来をつくる人"を取材し、そのことばを通して日本酒のこれからについて考えていきます。

第2回のインタビュー相手は、地域資源の活用をテーマに活動している「FARM8」の代表・樺沢敦さん。地域デザイナーとして活躍する一方で、2020年からは新潟県津南町にある酒蔵「津南醸造」の代表も務めています。

「FARM8」「津南醸造」の代表・樺沢敦さん

「FARM8」「津南醸造」の代表・樺沢敦さん

樺沢さんは、FARM8の「ぽんしゅグリア」「SAKEPOST」、そして津南醸造の「GO POCKET」など、日本酒のシーンを広げる新しい商品を提案し続けています。今回は、地域デザイナーと蔵元の二足のわらじを履いている樺沢さんに、地域における酒蔵の存在意義についてお伺いしました。

日本酒の魅力は「多様性」

2004年の新潟県中越地震をきっかけに、地元・長岡市を元気づける活動をしたいとUターンした樺沢さん。コンピュータ会社の営業やマーケティングのコンサルタント、NPO支援などの仕事を経て、2015年にFARM8を創業しました。

FARM8は「『地域を食べる』をデザインし、ずっとつながる地域の力になる」をコンセプトに掲げて、地域資源を活用した商品の開発などに取り組んでいます。

同社の代表商品のひとつが「ぽんしゅグリア」。ドライフルーツが入った180mLのカップに好きな日本酒を注ぐことで、簡単に日本酒カクテルをつくることができます。

2016年に発売されたこの商品は、樺沢さんの「日本酒の魅力を広めるためには、カクテルのように、消費者が自由に楽しめる文化をつくる必要がある」という想いが込められています。

ぽんしゅグリア

また、地域資源の活用という点では、地元のフルーツ農家の「台風などの影響で傷がついてしまった果物をなんとかしたい」という課題の解決にも大きく寄与しています。「ぽんしゅグリア」の発売以降、地元の農家や酒蔵からの相談はさらに増えていきました。

後に樺沢さんが代表に就任する津南醸造もそのひとつ。資金繰りに苦しんでいた津南醸造を、まずは業務提携という形でサポートしていましたが、日本酒産業の現状を知る中で「より強い覚悟を持ってやらなければならない」と、2020年に代表に就任しました。

その後、アウトドアシーンにぴったりなパウチ日本酒「GO POCKET」を発売するなど、こちらでも新しい市場の開拓に挑戦しています。

GO POCKET

実際に酒蔵を経営する立場となった現在、酒蔵を取り巻く課題についてどのように考えているのでしょうか。

「日本酒の市場は他と比べても小さいと思いますが、それでも全国に1,000軒を超える酒蔵があります。その中で注目される酒蔵が出てくると、その他の酒蔵も同じものを目指そうとする。この状況は非常にもったいないです。

全国各地の酒蔵がそれぞれ独自の酒造りをすべきなのに、みんなが同じ方向に進んでしまう。このままでは、酒蔵は100軒もあれば充分という世界になってしまうかもしれません。そこで、既存の市場の中で利益を奪い合うのではなく、新しい市場を広げていかなければならないと考えてリリースしたのが、アウトドアでも楽しめる『GO POCKET』でした。

食品業界の全体に言えることですが、昭和から平成にかけて、増産のための過剰な設備投資が増えました。文化がどうこうではなく、いかに量を売るかという意識になってしまったんです。FARM8や津南醸造の活動を通して、小規模でもいいから、着実に自分たちのファンを増やしていく事例を示すことで、少しずつ変えていきたいと思っています」

津南醸造の外観

撮影:大村博明

「以前、韓国に日本酒を売り込みに行ったのですが、やっぱりマッコリが美味しかったんですよ。その地域には、その地域の酒があるということを実感しました。日本酒もマッコリも原料は米ですが、こんなにも違うものができる。それはきっと、地域の文化が違うから。酒は世界中にありますが、それぞれの酒にそれぞれの地域の魅力が詰まっているのではないかと思います。

それは日本酒も同じこと。それぞれの地域の魅力が反映されているので、日本酒を通してその地域に興味を持ってもらうことができる。地域の魅力を伝えるメディアのひとつとして日本酒を広めていくこと。これが、私の考える酒蔵の存在意義です」

「FARM8」「津南醸造」の代表・樺沢敦さん

「そういう意味では、実際に酒蔵を経営していて、日本酒でしか売上が立たない状態はとても歯がゆいです。地域の魅力を伝える存在であれば、津南醸造のECサイトから地元の野菜が買えたっていいはずですよね。

以前、インドネシアの美しい棚田が一望できるホテルを見学した時、その棚田の農家の給料をホテルが払っているということを知りました。地域の景観を守るために地元の会社が利益を還元していることに感動しました。

酒蔵が守っていくべきは、自分たちの会社だけでなく、日本酒を造り続けるための地域や文化そのものだと思います」

SAKEPOST

そんな中、2021年から展開している「SAKEPOST」は、ランダムに3種類の日本酒がポストに届くサブスクリプション(定期購入)サービス。各100mLの少量サイズで、全国にあまり流通していない地酒の飲み比べを楽しむことができます。

2023年5月には、提携している酒蔵が70軒を超えました。これまでは新潟県内の酒蔵のみでしたが、県外の酒蔵との提携も積極的に進めています。

樺沢さんは、この「SAKEPOST」に込めた思いを「日本酒の魅力は多様性だからこそ、有名な銘柄に偏ることなく、新しい銘柄に出会えるシーンをつくりたかったんです」と話します。

「飲食店でも酒販店でも、いくつかの有名な銘柄に偏ってしまっている印象があります。『SAKEPOST』は、その構造を崩したいという思いから生まれました。銘柄に左右されずに日本酒を飲める機会をつくりたかったんです。

もうひとつの目的は、実際に飲んでいる人の声を酒蔵にフィードバックする仕組みをつくること。津南醸造の蔵元になってからわかったことですが、酒造りをしている蔵人にお客さんの声が届く機会は多くありません。このサービスを通して、お客さんからのフィードバックを得ることで、蔵人の方々がその酒蔵で働く喜びを感じることができる。それは、その地域を盛り上げることにもつながります」

取材を終えて

全国各地の酒蔵を取材する中で生まれた問いのひとつが、「地域における酒蔵の存在意義とは何か」でした。

日本酒の国内市場は厳しい状況にあります。海外市場も少しずつ拡大していますが、2022年度の輸出金額は約475億円と、市場としてはまだまだ大きくありません。そんな小さい市場の中に1,000軒を超える酒蔵が存在していることは果たして健全なのかという意見も耳にしたことがあります。

だからこそ、酒蔵は小さい日本酒市場の中で利益を奪い合うのではなく、新しい市場を見つけていく必要があります。その時に「酒蔵の存在意義とは何か」という問いに対して思考を深めることが、ヒントを与えてくれるのではないかと思いました。

この問いに対する樺沢さんの答えは「地域の魅力を伝えるメディアのひとつとして日本酒を広めていくこと」でした。この考えには、私も強く賛成していますが、その他の答えもきっとあるでしょう。

ただ日本酒を製造して販売するのではなく、日本酒を通して何を伝えたいのか。SAKETIMESがこれまで取材してきた、いま新しい活路を見出し始めている酒蔵の多くは、自分たちの存在意義を見つめ直すことで、自分たちの唯一無二の個性を発見しているように思います。

みなさんにとって、地域における酒蔵の存在意義とは何でしょうか。

(取材・文:SAKETIMES編集長 小池潤)

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