海外輸出の拡大などのうれしいニュースがある一方で、国内市場は縮小傾向にあり、ひとつの転換期を迎えている日本酒産業。そんな中で、日本酒の魅力をさらに広めようと、新しい取り組みに挑戦するプレイヤーが少しずつ増えてきました。

SAKETIMESの新しい連載「編集長レポート」では、編集長を務める小池がいま注目している、"日本酒の未来をつくる人"を取材し、そのことばを通して日本酒のこれからについて考えていきます。

第1回のインタビュー相手は、4月上旬に開催された日本酒イベント「SAKE PARK」の発起人・山本典正さん。和歌山県にある平和酒造の代表取締役社長を務めながら、このイベントを成功に導きました。

「SAKE PARK」の会場の様子

写真提供:SAKE PARK

コロナ禍に強いられていたさまざまな規制が緩和され、リアルな場所での日本酒イベントが増えてきたいま、日本酒イベントを開催する意義について、山本さんのことばを通して考えていきましょう。

他の日本酒イベントとの違いは「参加者の年齢層と雰囲気」

「SAKE PARK」は、4月8日(土)・9日(日)の2日間にわたって、東京都の渋谷にある商業施設「MIYASHITA PARK」にて開催されました。

日本酒イベントとしては前例が少ない、事前に実施したMakuakeの応援購入プロジェクトでは、約1,200人の方々から約526万円の応援購入が集まるなど、開催の前から注目されていたイベントです。

「SAKE文化を渋谷から世界へ!」をコンセプトに、日本酒やクラフトサケを造る26蔵が全国から集結。それぞれの蔵のおすすめ商品をチケット制で味わうことができました。また、人気レストランの料理や、味噌・醤油・みりんなどの酒類以外の発酵食品のブースもありました。

さらに、出店している酒蔵の方々や実行委員会のメンバーと交流できる前夜祭・アフターパーティも開催されるなど、これまでの日本酒イベントにはない試みがたくさん盛り込まれた新しいイベントでした。

「SAKE PARK」のキービジュアル

写真提供:SAKE PARK

発起人の山本さんにとっては、「若手の夜明け」「SAKE FLEA」に続いて3つ目の大きな日本酒イベント。どのような経緯で開催を決めたのでしょうか。

「SAKE PARK」の代表・山本典正さん

「SAKE PARK」の発起人・山本典正さん(写真提供:SAKE PARK)

「国連大学の中庭で開催していた『SAKE FLEA』がコロナ禍で休止してしまったのですが、若い方々や海外の方々に日本酒の魅力を伝えるイベントをやりたいという想いがずっとありました。『SAKE FLEA』を再開するという選択肢もあったのですが、日本酒イベントが他にもいくつかある中で、イベントを通して発信するメッセージをより強くする必要があると感じたんです。そこで、この『SAKE PARK』を企画しました」

山本さん曰く、オンラインにはないリアルな場所で開催されるイベントの魅力は「参加者と酒蔵が、もしくは参加者同士・酒蔵同士が自由に交流して、自由に日本酒を楽しめるところ」とのこと。日本酒に馴染みのない若い方々や海外の方々が参加しやすい会場を検討した結果、カルチャーの中心である渋谷駅から近く、パブリックでオープンな「MIYASHITA PARK」が選ばれました。

「これまで日本酒イベントが開催されていなかった場所を選ぶということも大事なポイントでした。『こんな場所でも、日本酒イベントができるんだ!』と、日本酒の可能性を示したいという想いがあったんです」

結果的に、「SAKE PARK」には、2日間で延べ1万3,000人もの方々が参加したのだとか。私(小池)は、2日目の夕方から参加しましたが、会場に着いた時点ですべての商品が完売しているブースもあり、イベントの盛況を感じることができました。

「SAKE PARK」の会場の様子

写真提供:SAKE PARK

実際に会場を訪れてみて、他の日本酒イベントとの違いを感じたのは「参加者の年齢層と雰囲気」。会場が「MIYASHITA PARK」ということもあってか、20代の参加者が多く、他の日本酒イベントよりもカジュアルな雰囲気が漂っていました。

海外からの観光客と思われる方々の姿もたくさん見られ、「SAKE PARK」という名前のとおり、さまざまな人が行き交う「公園」のような印象の空間でした。

「SAKE PARK」の会場の様子

写真提供:SAKE PARK

また、アーティストの演奏やDJのパフォーマンスもあり、心地良い音楽に揺られて日本酒を飲んでいると、会場全体がひとつになっていくような感覚も。山本さんは「イベントは空間芸術」と語っていましたが、まさにそれが表現されているような気がします。

日本酒の魅力は、身体的な楽しさを拡張してくれること

実は、私がこうした日本酒イベントに参加するのは数年ぶり。コロナ禍の影響で、リアルな場所で開催される日本酒イベントがほとんどなくなってしまったという背景もありますが、コロナ禍の以前においても、どこか似たような雰囲気のイベントが増えてきたような気がして、足が遠のいてしまっていたのです。

「SAKE PARK」の会場の様子

写真提供:SAKE PARK

山本さんは、日本酒イベントを開催する意義をどう考えているのでしょうか。

「そもそも、日本酒の魅力はフィジカルなものだと思っています。人と交流する楽しさ、音楽を聴く楽しさ、そういう身体的な楽しさを拡張してくれることが、日本酒の根源にある魅力ではないでしょうか。そういう意味では、日本酒の魅力を伝えるためには、リアルな場所でのイベントが必要なんですよ。

フィジカルな体験による思い出は、"残る"というか"刻まれる"感覚に近い。イベントを通して、『あの時、あなたと飲んだあの日本酒が美味しかった』という良い記憶を刻んでもらうことが、日本酒の未来につながっていくと思うんです。そういう思い出があれば、日本酒がさらに味わい深くなるじゃないですか」

「SAKE PARK」の会場の様子

写真提供:SAKE PARK

たしかに、自分自身の経験を振り返ってみても、日本酒の魅力を特に強く感じる瞬間は、イベントや酒場などのリアルな場所でだれかと体験を共有している時だったかもしれません。そのひとつひとつが思い出として刻まれているからこそ、私はずっと日本酒を好きでいられるのだと思いました。

さらに、イベントには、さまざまな関係者を巻き込めるというメリットがあると、山本さんは話します。

「SAKE PARK」の関係者の集合写真

写真提供:SAKE PARK

「今回のような大きなイベントは、酒蔵1社では絶対にできません。たくさんの酒蔵が集まるからこそ、大きなパワーになる。1社ではできないことをやっていくという点にも、イベントを開催する意義があると思います」

たった1社の力では、日本酒が置かれている状況を好転させることはできません。日本酒産業という小さい世界の中で、酒蔵同士はライバルとして切磋琢磨しつつも、お互いに協力して日本酒の魅力を発信していかなければならない時が来ているのだと感じました。

取材を終えて

「SAKE PARK」の発起人として、山本さんに話をお伺いし、日本酒イベントの意義を改めて考えることができました。

似たような日本酒イベントが増えていたことに懐疑的な印象がありましたが、山本さんにその思いを伝えると「『SAKE PARK』の事例はどんどん真似してほしい」と意外な回答が。

その上で、他のイベントとの違いをつくるという観点では、参加者にとっての新しい発見や驚き、つまりは"サプライズ"を意識しているとのこと。この"サプライズ"があるかどうかが、イベントの成否をわけるのかもしれないと思いました。

イベントという体験を通して、日本酒のフィジカルな魅力を思い出として刻むこと。もっと簡単に言えば、「日本酒って楽しい!」ということを知ってもらうきっかけとして、日本酒イベントは必要な場なのかもしれません。

これからの日本酒イベントは、この「SAKE PARK」のように、開催する場所、参加する方々、居心地の良い空間設計など、さまざまな面で"サプライズ"のある場になっていってほしいと思いました。

日本酒の未来をつくるイベントがこれからどんどん広がっていくことを期待しています。

(取材・文:SAKETIMES編集長 小池潤)