SAKETIMES運営元・Clear Inc.(以下、Clear)が展開する日本酒ブランド「SAKE100(サケハンドレッド)」は、2020年8月3日、ブランド表記を「SAKE HUNDRED」と改め、全面的なリブランディングを実施しました。
2018年のリリース以降、スタートアップ企業として日本酒の高付加価値領域に挑戦し続けてきたClearですが、今回のリブランディングにあたっては「ラグジュアリー」を標榜しています。
以前から、各種メディアでのインタビューなどで、SAKE100はブランドの展望に「ラグジュアリー」を掲げてきました。いわゆる「プレミアム」ではなく「ラグジュアリー」とは、いかなる考えなのか。そして、顧客からの評判も重ねてきた今、なぜリブランディングを決意するに至ったのでしょうか。
その背景と理由を、Clearの代表・生駒龍史が明かしました。
ブランド名、ロゴ、価格などを刷新。新商品もリリース
今回のリブランディングでは、ブランド名をすべて英字表記にした「SAKE HUNDRED」と改め、ロゴの刷新、商品価格の見直しなども実施。発売する商品ラベルやパッケージも一新されます。
商品ラインナップは、これまでの銘柄を価格改定して継続的に販売。"上質"を極める至高の1本「百光|BYAKKO」、濃厚な味わいが際立ったデザート日本酒「天彩|AMAIRO」のほか、大震災を乗り越えた奇跡のヴィンテージ日本酒「現外|GENGAI」も継続されます。
さらに、リブランディングにあわせて、新商品「思凛|SHIRIN」もデビュー。精米歩合18%の純米大吟醸酒をオーク樽に貯蔵し、ほのかにスモーキーな樽香とエレガントな吟醸香を融合させました。
樽貯蔵はワインでは一般的ですが、日本酒では意欲的な試みです。まさにリブランディングの幕開けを飾るにふさわしい一本となりました。
機能ではなく、情緒に訴えるブランドへ
─ 今回のリブランディングは、どのように決断されたのでしょうか。
生駒龍史(以下、生駒):まず、SAKE100は「高価格帯の日本酒を売ることが産業のためになる」という課題解決から出発しています。そのため、最初は「プレミアム日本酒ECサイト」といった打ち出し方だったんです。
ただ、高価格帯の日本酒を売っていくだけでは、Clearのビジョンである「日本酒の未来をつくる」と、ミッションの「日本酒の可能性に挑戦し、未知の市場を切り拓く」にはたどり着けないと感じてきました。
たしかに2018年以降、日本酒にはプレミアム化のトレンドがあり、高価格帯の商品も増えてきた。飲む人が3分の1になってしまうなら、従来の3倍の価格でも買ってもらえる日本酒をつくるのが、産業を盛り返すためのシンプルな方法です。SAKE100は、その象徴となってきた自負もあります。
この領域に挑む酒蔵も増えていますが、状況としては必然でもあり、ポジティブでもあるといえます。ただ、参入が増えるということは、いずれはプレミアム市場もコモディティ化する。それならば、僕らは違うことをやるべきではないかと考えたんです。
誰もがいる市場に、Clearのようなスタートアップが居座る理由はありません。リスクを背負える存在として、産業の課題解決と未知なる市場の開拓につなげられることはなにか。そこから、「ラグジュアリー」という新しい日本酒の市場をつくっていくべきだと考えました。
─ では、今のClearが考える「ラグジュアリー」とは?
生駒:「機能的価値を超えた、情緒的価値の提供」です。
日本酒の「おいしさ」は機能的価値のひとつではありますが、それ以上の価値を加えたい。ラグジュアリーの手本とも言える、エルメスやシャネルのアイテムを身につけると、気分が高揚したり、自信が湧いたりしますよね。これこそ圧倒的な情緒的価値の提供であり、SAKE HUNDREDが目指す地点ともいえます。
たとえば、携帯音楽プレーヤーの市場を日本のメーカーが席巻していたころに、AppleはiPodを発売しました。「連続48時間再生、2万曲収納、重量250g、12種類のカラーバリエーション」といったポイントを既存メーカーが打ち出す一方で、iPodはなにを語ったか。「あなたのCDラックが、このひとつに収まります」と、ライフスタイルの変化を訴えたわけです。
SAKE HUNDREDは「日本酒業界の課題解決をしたい」という思いも変わらずに持っています。同時に、社会全体に対して、僕らのブランドがいかに貢献していけるのか、価値提供していけるのかという考え方に切り替わっていったのも、大きな転機でした。
お客様アンケートで感じた「購入動機の変化」
─ そのように意識が切り替わる契機があったのですか。
生駒:お客様との交流のなかで、SAKE100が両親の還暦祝い、上司の退職祝い、誕生日、恋人やパートナーへの贈り物といった特別な日に選ばれていると知ったことがきっかけです。「おいしかった」だけでなく、「いい経験ができた」といったフィードバックもいただき、これこそ僕らが追うべきブランド体験だと信じられました。
また、お客様アンケートで購入した動機を聞いてみると、1位は「おいしさを体験してみたい」で、2位が「ブランド理念への共感」だったんです。日本酒の価値をもっと高めていきたい、世界に対して日本酒の魅力を発信していきたいといった、僕らがブランドに込めた理念を応援していただけていることが励みになりました。
それと、新型コロナウイルス感染症の影響はやはりあります。一個人として、外出自粛期間中はストレスもあり、さみしさや物足りなさもあり......心の"渇き"を感じました。片や、緩やかにつながりつつあった世界の動きも物理的にストップして、思想や政治、宗教にまつわる問題も噴出する。世界が隔絶していっているような感覚がありました。
そんなとき、僕らがお客様へ、社会へ、どのような価値を提供できるのだろうかと、視座が変わったんですね。あらゆるものがオンラインに置換されていくときだからこそ、SAKE100のブランドパーパス(存在意義)である『心を満たし、人生を彩る』は、まさにこの時代の社会のためにあるのではないか、と。
─ お客様のフィードバックという話がありましたが、印象的だったものはありますか?
生駒:外出自粛期間の重なりもあって、2020年は大々的な花見ができませんでしたよね。そこで、SAKE100では「天彩」という銘柄で、桜が舞う春らしいラベルの「Sakura Edition」を発売したんです。この商品には、少しでもお花見の気分を楽しんでいただけるように、桜のフレグランスを染み込ませたカードを添えました。
この試みもとても好評で、僕らがSAKE100の商品に込めているメッセージ性が徐々に伝わっていく感触があったんです。事実、この3月から6月にかけて、売上は1,600%増という伸びを見せています。
「プレミアム」と「ラグジュアリー」の違いは、比較の可否
─ プレミアムとラグジュアリーは、どのように定義が異なるのでしょうか。
生駒:プレミアムは「機能訴求」であり、なおかつ「他者比較」で成り立つものです。たとえば、「他社と比べて20%も安価なのに、パフォーマンスは40%高い」といった表現になります。ビールで「プレミアム」と名のつく商品がありますよね。あれも、元になる商品があるからこそ成立するわけです。
ただ、ラグジュアリーは基本的に比較対象がありません。「絶対的な価値」が根幹にあるポイントだと思っています。日本酒の造り手としては、「精米歩合は40%で、この金額なんです!」と言いたくなるのですが、それを根幹にしてしまうと、ずっと他社比較のなかでしか戦えません。もし誰かに機能面で乗り越えられると負けてしまうんですね。
こういったラグジュアリーについての考えを深めるにあたって、Clearではエルメスのフランス本社で副社長を務めていた齋藤峰明さんをブランドアドバイザーに迎え、顧問のような形でアドバイスをいただいています。
─ 齋藤さんからは、どのようなアドバイスがありましたか。
生駒:印象的だったのは「ラグジュアリーは言葉でしかないから、うまく付き合えば良い」と。つまり、「ラグジュアリーか否か」はお客様の認識でしかなく、そうなるための条件設定があるわけでもないのです。
その一言で、「提供できる価値はなにか」を突き詰め、それに見合うブランドとなり、結果としてお客様がラグジュアリーを感じるように行き着けばよい、と考えが切り替わった。「ラグジュアリーとはこうあるべき」という呪縛から解き放ってくれた言葉でした。
─ 既存商品の価格改定も、その「呪縛」からの開放と言えるのでしょうか。
生駒:そのような表現もできると思います。今回のリブランディングでは金額を上げます。例えば、16,800円(税込)だった「百光」は27,500円(税込)に定めました。忖度なくお伝えすると、これまでの金額は「まだ安価だった」というのが正直なところです。
─ 価格設定はどのような観点で行ったのでしょうか。
生駒:「自信を持って送り出せるか」を大事なポイントにしました。価格とは、提供できる価値への対価です。自分たちが堂々と「この商品ならば価値に自信が持てる」と思える金額を定めたという意味で、百光は改定後こそが適正だったと、今は強く信じられているわけですね。
─ 最初の値付けの方が違ったのではないか、と。
生駒:そうですね。僕らとしては「百光」が評価されていくなかで、この価値、味わい、実績を持ちながら、手の届きやすい価格に押し込めてしまうことが、長期的な観点で見るとブランド価値を毀損してしまう可能性が出てくると考えました。今後、SAKE HUNDREDを続ければ続けるほど、「百光」が16,800円である事実に苛まれるはずだと。
もちろん、価格改定で「高すぎる」と感じる方もいらっしゃるはずです。ただ、適度な金額でおいしい日本酒を飲みたいのなら、日本中にいい酒蔵といい日本酒があるので、ぜひそちらを楽しんでほしい。SAKE HUNDREDの役割は、そこではないと考えています。
ラグジュアリーを目指すSAKE HUNDREDは、「いつか飲みたい」と思われ続けて、特別なときに買った喜びを感じてもらえる存在になりたいんです。
コロナ禍で失われた「ストーリー」の魅力を取り戻す
─ 「SAKE100は3月から6月にかけて売上1,600%増」というお話もありました。まさにコロナ禍の真っ只中にある変化です。なぜ、それほど好調だったのでしょうか。
生駒:日本酒は主に飲食店で楽しまれ、銘柄や飲み方についても、飲食店で教わることが多かった。つまり、日本酒の魅力である「おいしさ」と「ストーリー」の両面を飲食店が提供してくれていたわけですね。それが、コロナ禍で足を運ばなくなると、お客様からは特にストーリーが見えにくくなってしまう。
かといって、多くの日本酒ECサイトは、味わいのレビューは数あれど、SAKE100のようにブランドの哲学まで細かく掲載しているわけではありません。好調だった背景には、お客様にとっての購入判断のひとつでもあった「ストーリーを楽しみたい」という欲求に、個々のストーリーを持っているSAKE100がうまく合致したのだと思っています。また、高価格帯の外食が「内食」に移行した、いわゆるお取り寄せ需要が高まったことも要因のひとつです。
「百光」のリリース当初は、16,800円に「高い」というお客様の反応もあれば、酒蔵からは「日本酒にはそれほどの価値はない」という反応もありました。四合瓶であれば5,000円程度が関の山で、「日本酒の限界を超えている」との声も。
ところが結果として、お客様はSAKE100を支持してくださった。これが重要な観点だと思います。業界内の人がなにかを言うよりも、いつも大事なのはお客様であり、世界です。社会への価値提供を考えたとき、Clearにできることはまだ数多くあり、特にラグジュアリーシーンには大きな可能性があると感じています。
─ 最後に、「SAKE HUNDRED」の理想像を教えてください。
生駒:SAKE100のブランドステートメントである「100年誇れる1本を。」は、ものづくりに対しての意志を込めた言葉でした。SAKE100を2年続けてきて、"100年誇れる1本"づくりは着実に理想に近づきつつあると考え、SAKE HUNDREDでは新たに「そのすべてが満ちていく。」というブランドステートメントを掲げています。今後は肉体的、精神的、社会的に「満ちていく」ための追求をしようと。
僕自身、SAKE100を通じて、毎日、毎週、毎月、毎年、日本酒のことをさらに強く信じられるようになってきています。日本酒は、ひとりの人生をより幸福にするポテンシャルを持っている。だからこそ、満たされた個人が増えることによって、社会全体が幸福になっていく状態をつくっていきたいと思っています。
大きなことを言うと、社会全体の幸福に直接的に貢献できるブランドでありたい。それこそお酒を飲んでいないときでも、誰かが人生を肯定的に捉えたいときに、SAKE HUNDREDが寄り添えるようになりたいですね。
(取材・文/長谷川賢人)
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