2020年度の法改正により、酒類の製造免許に「輸出用清酒製造免許」が新たに設けられました。これは輸出用に限って日本酒の製造を認める免許で、海外への輸出拡大を後押しする狙いがあります。

その交付第1号となったのが福島県只見町にある「合同会社ねっか」という米焼酎の酒蔵です。

なぜ、同社は輸出用清酒製造免許の取得に至ったのでしょうか。また、日本酒の海外輸出にどのような展望を持っているのでしょうか。代表社員の脇坂斉弘さんに話を伺いました。

福島の小さな焼酎蔵が日本酒造りに挑む理由

 

福島県只見町の風景

福島県と新潟県の県境に位置する只見町は、急峻な山々に囲まれたのどかな町。ユネスコエコパークにも認定された豊かな自然が自慢で、冬になると2メートルを超える積雪のある豪雪地帯です。

町では豊富な雪解け水を活かした農業が盛んで、特産品はなんといってもお米。「合同会社ねっか」は、そんな只見町のお米の素晴らしさを発信することと、先祖から受け継いだ田んぼを守っていくことを誓って、2016年に、4人の農家と1人の醸造家が主体となって立ち上げた会社です。

社名に掲げた「ねっか」とは、只見町や南会津南郷地域の方言で、「まったく」「ぜんぜん」など、強調するときの言葉です。「ねっかさすけねぇー(まったく問題ないよ)」のように使い、「可能性を否定せず、前向きな気持ちでものごとをとらえたい」との思いが込められています。

「合同会社ねっか」の外観

幕末に建てられた古民家をリノベーションしたという店舗兼バースペースの裏手にある、2階建ての建物が製造施設です。元は農作業小屋で、その中に納められたわずか400リットルの蒸留機ですべての商品を製造しています。

メインプロダクトでもある「ねっか」シリーズは福島県只見町産米を100%使用した米焼酎。自社田と役員に名を連ねる米農家たちが栽培したお米を原料としています。

「かつて、出来の良いお米を食用に、食用にならなかったお米を米焼酎の原料として使用する歴史があり、米焼酎の製造においては、お米の品質が重要視されることはあまりありませんでした。しかし、私たちは米どころに暮らしていて会社のメンバーも米農家。お米の品質にはこだわりたい思いがありました」

さらに、一般的な米焼酎と違い、原料米の一部に酒造好適米を使っているのが「ねっか」の特徴です。

脇坂さんいわく「蒸留前の工程までは日本酒の造りとほぼ同じ」で、麹は黄麹を使用し、酵母も清酒用酵母で仕込んでいます。テーマとしたのは"日本酒の吟醸香が香る米焼酎"でした。

「合同会社ねっか」の蒸留器

合同会社ねっかの蒸留設備

「私たちが取り組むまでは、"焼酎に吟醸香は移らない"というのが定説でした。しかし、実際に試してみたら良い香りが出たんです。醪の段階で吟醸香を引き出していることがポイントです」

どれだけの香りが出るかというと、レギュラー商品の「ねっか」で吟醸香の香気成分が15-18ppm。より高精白の「ばがねっか」で30-38ppmとのこと。全国新酒鑑評会で金賞を獲る日本酒の平均が7-10ppmと考えれば、その香り成分の高さがわかります。

実は、合同会社ねっかを立ち上げるまで、16年間にわたり蔵人として日本酒造りに携わっていたという脇坂さん。その経験は、独創的な焼酎造りに活かされ、「IWSC(インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション)」や、スペインの「CINVE(国際清酒・焼酎コンクール)」など世界的なコンクールでも高い評価を受けています。

輸出用清酒製造免許を取得した狙い

「合同会社ねっか」代表社員の脇坂斉弘さん

「合同会社ねっか」代表社員の脇坂斉弘さん

酒蔵の立ち上げ時より、世界を見据えて酒造りに取り組んできた脇坂さんは、輸出用清酒製造免許が設けられると知り、すぐに取得を決めました。

「海外の販売会に行くと、必ず『日本酒はないのか』と聞かれます。彼らにとってジャパニーズ・サケと言えば日本酒のこと。そのたびに知り合いの酒蔵さんを紹介していたのですが、この免許が取れたら、自社商品として日本酒と焼酎をいっしょに紹介できると思ったんです」

日本酒と焼酎を比較して飲んでもらうことで、日本酒の魅力とともに、海外ではまだ知名度の低い焼酎の魅力を伝えやすくするのが狙いです。日本酒は米由来の甘みや旨味がある反面、劣化もしやすいデリケートなお酒。一方、焼酎は味わいこそドライですが、常温で長く保管できます。

日本酒造りから焼酎造りに転向した脇坂さんが思うのは、「日本酒と米焼酎は似ている」ということ。「日本酒の最大の課題でもある劣化の問題を焼酎がクリアできることをアピールしたい」と話します。

「合同会社ねっか」が造る焼酎

2021年4月に輸出用清酒製造免許の申請が開始されると、すぐに書類を送付。5月28日に晴れて免許が交付され、全国第1号となりました。後に続く事例はまだ出ていません(取材時点)。さまざまな免許取得のための条件があるなか、もっともハードルになるのは輸出実績ではないかと分析します。

「一度輸出しただけではダメで安定的に出荷しているかどうかを厳しく判断されました。あとは経営が黒字であること。今回の免許は期限付きの1年更新です。3年間、黒字で品質が良いものであると認められたら永久免許に切り替わると税務署より指導を受けました。その点で常に結果を出し続けないといけないプレッシャーはありますね」

「合同会社ねっか」の仕込み室

日本酒の構想もすでに頭の中にあり、酒造技術を研究する「福島県ハイテクプラザ」と組んで現在試作の真っ最中。焼酎蔵の特性を活かし、自前の醸造用アルコールを添加した大吟醸酒で勝負をかけます。注目したのは、やはり香り。時間が経っても香りが持続する日本酒に挑んでいます。

ちなみに、今回の免許取得にあたって、新たに導入した機材は火入れ用のパストライザーのみ。「ねっか」自体が日本酒の造りを踏襲した製造方法のため、新しい機材の導入コストを抑えることができました。それでも、発酵の状態がダイレクトに味わいに影響する日本酒は手のかけ方がおのずと変わるため、香りと味のバランスが難しいのだそうです。

あくまで焼酎のための日本酒とは言いながら、長年培ってきた技術を惜しみなく注ぎ、「劣化が少なく輸送に耐えるしっかりした日本酒を造りたい」と意気込んでいます。

「海外のワイナリーの方々に話を聞くと必ず土地の話をしてくれるので、いかに酒造りが行われている場所を大事にしているかがよくわかります。うちは米作りからやっているので、そこもきちんと語れるのは強みだと思っています」

日本酒の輸出の先に見据えるもの

福島県只見町の水田

新米ができる10月ごろから仕込みに入り、2021年内の輸出を目指して動いているという、合同会社ねっかの日本酒造り。

まずは、アルコール度数が30度未満のお酒に酒税がかからない、香港への輸出が決まっています。日本酒単体ではなく、焼酎とセットで販売することも想定していて、ゆくゆくはアジア圏のほか、欧米へも輸出先を広げていく考えです。

「輸出用の日本酒は、輸出先の国の好みに合わせたお酒を造る予定です。今回はネーミングなども香港を意識したものにします」

輸出用清酒製造免許を取得して以降、同じく免許取得を目指す若い醸造家たちからのコンタクトも増え、「横のつながりが広がっていくことにいろいろな可能性も感じている」と脇坂さんは話します。

清酒酵母を使った米焼酎「ねっか SPECIAL EDITION」

清酒酵母を使った米焼酎「ねっか SPECIAL EDITION」

「彼らといっしょに日本の酒文化を海外へ発信していきたいし、こういう動きを見た若い世代が日本の酒文化に目を向けてくれることを願っています。そういう意味では、輸出用清酒製造免許は海外に向けての動きではありますが、国内にも良い影響が広がってほしいですね。マイクロブルワリーがそれぞれ個性的なお酒を造っていくようになれば、商品の多様性が生まれ、日本のお酒はもっとおもしろくなりますよ」

そのためにも、まずは自分が成功事例になりたいと語る脇坂さん。リスクを恐れずに、未知の世界に飛び込んでいく姿は、大海原に飛び込んでいくファーストペンギンのようで頼もしくもありました。

「合同会社ねっか」のテイスティングルーム

輸出用清酒製造免許が始まった当初、大手商社や飲食系の企業など、資本のある大企業が取得するだろうとい予想する声もありました。その中で、地方の小さな蒸留所が第1号に名乗りを上げたことは、今後、日本酒業界に進出したいと考える若い造り手にとっても可能性を感じる出来事だったに違いありません。

日本と海外、日本酒と焼酎などの枠にとらわれず、ものづくりの楽しさやアイデアで勝負してきた「ねっか」の精神は、輸出用日本酒の未来にもきっと新たな風を吹かせることでしょう。

(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)

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