2019年11月20日、日本酒産業の未来に関わる重大なニュースが発表されました。輸出向けの商品のみを造る場合に限り、日本酒製造場を国内に新設する許可を政府が検討しているのです。

日本酒を製造するためには、国から発行される清酒製造免許が必要になります。しかし、国内の日本酒需要が減少しているために需給調整をする必要があり、これまで、免許の新規発行は原則認められていませんでした。酒蔵の利益や市場の安定を守るため、新規参入ができない状況だったのです。

<参考>

第10条 第七条第一項、第八条又は前条第一項の規定による酒類の製造免許、酒母若しくはもろみの製造免許又は酒類の販売業免許の申請があつた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、税務署長は、酒類の製造免許、酒母若しくはもろみの製造免許又は酒類の販売業免許を与えないことができる。

十一 酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の製造免許又は酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合

(酒税法 第10条)

この状況には賛否両論の意見があり、新しいアプローチで日本酒産業を盛り上げようという考えの方々からは批判的に語られる一方で、これまで日本酒産業を支えてきた酒蔵をはじめとする業界関係者からは止むを得ないという意見もあります。

今回は国税庁の資料に基づき、法改正の詳細についてお伝えします。

輸出向けに限り、免許の新規発行を許可

日本酒の海外輸出を促進するため、国内販売を一切せず、輸出向けの商品のみであれば、日本酒製造場の国内新設を許可する今回の酒税法改正。輸出向けに限定することで、既存の国内酒蔵への影響を最小限に抑えるねらいがあります。

国税庁の資料によると、「輸出のために日本酒製造場を新設する場合の製造免許については、最低製造数量基準を適用外とすることで輸出用日本酒の製造場を増やし、日本酒の輸出促進を図る。また、輸出用日本酒については、国内需給に影響を与えないと考えられることから、需給調整は行わない」とあります。

ここでポイントとなるのは、「日本酒を輸出する目的で製造場を新設する場合に限り、最低製造数量基準を適用外とする」という点です。

これまで、日本酒製造場を新設する場合には、年間6万リットルの最低製造量をクリアする必要がありました。しかし、改正後の酒税法では、輸出を目的とした日本酒の需給調整は行わない上、最低製造量が設定されていないため、輸出に限定した製造場であれば、免許の新規発行が可能になります。

そのほかの基準については現段階で発表されていませんが、製造場を新設できる地域は問われないと思われます。ただ、あくまでも良質な日本酒を海外へ広めていくことを考えると、醸造設備や酒造りの技術については厳格な審査があるのではないでしょうか。

また、今回の法改正は清酒製造業への新規参入を考えている企業だけでなく、既存の酒蔵にも適用されます。既存商品とは異なるブランドで海外進出を考える酒蔵も、製造量の規制なく挑戦することができるでしょう。

酒蔵を新設するのに必要な機材コストは?

免許の新規発行にあたり、最低製造数量は設けられていないとのことですが、実際に酒蔵を新設すると、どれくらいの費用がかかるのでしょうか。

醸造機器用品専門商社 北村商店の5代目・北村勇人さんに話を伺うと、年間で数千リットルほどを製造する醸造場を新設するための機材コストは、約1,500万円とのこと。

ただし、大きな機材を除いて、きわめて最小限の設備をそろえるのであれば、500〜600万円程度のコストがかかるそうです。

※あくまでも仮の試算で、さらに予算を抑えたい場合は応相談

醸造機器用品専門商社 北村商店の5代目・北村勇人さん

醸造機器用品専門商社 北村商店の5代目・北村勇人さん

北村さんは今回の法改正について以下のようにコメントしています。

「弊社としてはとても良い流れだと捉えています。現在、年間400〜500社との取引がありますが、日本酒の生産量が年々減少するのに伴い、資材・薬品の取引も減っています。廃業する同業他社も少なくありません。

しかし、酒造会社の買収や海外蔵の新設など、業界全体が盛り上がりを見せてきている中での規制緩和は、この流れをより加速させるのではないかと考えています。

日本酒が国内外のあらゆる場所で日常的に飲まれるようになるためには、醸造場を増やしていくことが必要です。これまで新規免許が発行されにくかったのは、現存する酒蔵を守るためだと言われています。確かに、無駄な価格競争などが起こりにくくなりますが、競争が生まれにくいからこそ、新しい挑戦がしにくくなっていることも事実です。

今回の法改正は『海外市場向けに限る』という条件付きではあるものの、今後の日本酒産業にとって大きな一歩です。新しい価値を創出し、海外マーケットでの競争のなかで、さまざまな日本酒が生まれる。とても楽しみです」

日本酒産業に吹き込む、新たな風

今回の法改正を受けて、国内での規制緩和を求める声や、日本酒の海外進出を考えるなら解決すべき他の問題があるという声があることは確かです。

一方で、縮小を続ける国内市場よりも伸びしろのある海外市場での展開を見据え、現段階で規制を撤廃することで日本酒産業に新たな風が吹くことも間違いありません。

すべての問題を一度に解決しようとするのではなく、ひとつずつ着実に変革していくことが現在の日本酒産業には必要でしょう。今後の動向に、期待が高まります。

(取材・文/SAKETIMES編集部)

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