2018年6月14日、日本酒業界で初の試みとなる、メーカー主導の入札会が開催されました。

この入札会を企画したのは、全国的な人気を誇る福井県・黒龍酒造。出品されたのは、ヴィンテージの異なる最高級の純米大吟醸酒を氷温熟成させた新ブランド「無二(むに)」シリーズです。

従来はメーカーによる小売価格の設定が通例でした。しかし、実際の販売に関わる卸業者や酒販店などのバイヤーに値付けを委ねることで、日本酒の適正価格を市場に問いかけたのです。

今回は、開催の経緯や入札会当日の様子をお伝えします。

ヴィンテージ違いの氷温熟成酒「無二」シリーズ

出品された新ブランド「無二」シリーズは、2012年から2015年の間に造られた最高級の純米大吟醸酒を、ヴィンテージごとに氷温熟成させたもの。すべてのお酒で、35%まで磨いた兵庫県東条産の山田錦を使用しています。

黒龍酒造が発表した氷温によるヴィンテージ熟成の新ブランド「無二」シリーズ

キャッチコピーは『ふたつとない、季(とき)をかさねて』

今回の出品にあたって、有名料亭の総料理長やソムリエらによる品質評価委員会が組織され、第三者の目線から、各ヴィンテージの酒質が評価されました。詳細なテイスティングコメントだけでなく、科学的な分析による細かい数値や山田錦の栽培環境など、さまざまなデータが併せて公表されています。

66店のバイヤーが集結!

西麻布にある三ツ星シェフのいるバスク料理レストラン「エネコ東京」の外観

入札会が行われたのは東京都西麻布にあるレストラン「エネコ東京」。三ツ星シェフによるスペイン・バスク料理の名店です。広々とした店内は、白を基調とした清楚なデザインに観葉植物の緑が映える上質な空間でした。

談笑する黒龍酒造の入札会に参加する特約店のバイヤー

バイヤー同士の顔なじみが多いのか、会場となる地下のパーティールームには、和やかな雰囲気が漂っています。この日は、黒龍酒造の特約店から66人のバイヤーが参加しました。

入札会は黒龍酒造の社長・水野直人氏の挨拶から始まり、杜氏の畑山浩氏、品質評価委員のコメントに続いて、入札方法の説明がありました。

黒龍酒造の入札会に用いられた入札用紙

入札用紙には、黒龍酒造があらかじめ設定した、3段階の金額と落札できるケース数の上限(1ケース6本)が記載されています。

バイヤーは各年の「無二」をきき酒し、自分の感覚や品質評価委員会のテイスティングコメント、スペック、分析値などをもとに総合的な判断を下し、購入希望ケース数をまとめて記入して投票します。

全員の投票を集計し、希望本数の合計が用意されている「無二」の本数を下回った場合はその金額で落札。希望本数が上回った場合は2次の金額へ。それでも上回った場合は3次へ......と、金額が上がっていくシステムです。

3次へ進んでも希望本数が上回っている場合は、金額と希望ケース数の上限を再設定し、再び入札が行われます。

張り詰めた空気の中、利き酒を行うバイヤーの方々

きき酒が始まると、和やかな雰囲気が一転。ピリッとした緊張感が漂います。

重厚で威圧感のある投票箱

入札箱は、実際の商品が梱包される本漆塗木箱の装いで、威風堂々とした佇まいです。

談笑しながらバスク料理を食べる参加者

すべての投票が終わって集計を待つ間は、絶品のバスク料理に舌鼓。緊張がひとつ解けたのか、会場のあちこちで談笑している様子が見られるようになりました。

気になる落札価格は......?

そしていよいよ、落札結果の発表です。

なんと、4年すべての「無二」が3次入札でも決まらず、その場で設定金額が上方修正されることに!

もっとも評価が高かった2013年のヴィンテージについては、1次入札から3倍近くになりました。さらに、2012年のヴィンテージは再設定後の金額・ケース数でも落札とならず、さらなる再入札が行なわれる展開になりました。

最終的な落札本数は、当初想定していた1,500本から倍近い、2,800本に上ったそうです。

2012年のヴィンテージだけは4回で決めきれず5回目の入札までもつれ込んだ。

この結果を受けて、会場のバイヤーに話をうかがうと「非常に美味しく価値が高い商品なので、ほとんどのバイヤーが希望ケース数の上限を記入したと思いますよ」とのことでした。

小売価格については、黒龍酒造の最高級商品「石田屋」(10,000円)の十数倍になるとみられ、各バイヤーが自前でさらに熟成させるなどの付加価値をつけることで、数十万円の値がつく可能性もあるという見立てです。

日本酒はもっと高く評価されるべき

入札会を終えたばかりの水野社長に話を聞きました。

黒龍酒造株式会社 代表取締役社長・水野直人氏

黒龍酒造株式会社 代表取締役社長・水野直人氏

─ 入札会を終えた感想を聞かせてください。

新たな取り組みだったので、入札会が無事に終わってホッとしている一方、お客様に届くのはこれからなので、評価された価値が正しく伝わるか少し不安もあります。

─ 入札という方式に至った経緯を教えてください。

ここ数年、日本酒が世界で認められるようになってきましたが、私たちはワインに肩を並べることのできる酒類として考えているため、もっと世界的なお酒になれるのではないかと思っています。

これは、酒米へのこだわりや熟成など、さまざまな付加価値があるにもかかわらず、級別制度によって価格の範囲が決められていた名残からメーカーの設定する価格に制限が生まれてしまい、日本酒における高級酒がワインのそれらよりも低いレベルで捉えられていることがひとつの原因だと考えています。

実際に「日本酒は安すぎる」という声もあり、メーカーと市場の乖離が大きいと感じていました。そこで、流通に関わる人たちに価値を判断してもらうという、本来の市場価格を知るためのアクションを起こしたのです。今回の取り組みを通じて、日本酒はもっと高く評価されるべきだということに、他のメーカーにも気付いてほしいですね。

お酒と一緒に送られてくるシリアルナンバー入りの証明書

─ 一般的な入札に比べて、やや独特な方法を採ったのはなぜでしょうか。

大きな力をもっているバイヤーによる独占を防止し、卸価格の均一化を図るために今回の方式を採用しました。

もともとワインの世界には、リリースされる前のワインを樽ごと購入して数年後に受け取る「プリムール」という先物取引の制度があります。日本酒においても、氷温で熟成させることで酒質の変化を極力抑え、ヴィンテージごとの味を楽しんでいただく文化があるべきだと思いますし、日本酒そのものが投資対象になることで、従来とは違う盛り上がりになるのではないかと考えています。

─ 次回の開催は考えていますか。

商品の性質上、毎年の開催が難しいため、ある程度のストックが確保できたら開催するかもしれません。ただ、私たちの取り組みに賛同してくれるメーカーが、それぞれ自社で開く形になってほしいですね。

日本酒の付加価値に正当な評価を

日本酒はワインと肩を並べるべき酒類だと信じてやまない黒龍酒造。今回の仕掛けは、氷温熟成酒によるヴィンテージ、市場に値付けを委ねる入札会など、ワインの文化を日本酒に落とし込んだものでした。

そして、伝統や文化に縛られることなく、日本酒の適正価格を市場に問いかけた結果、当初の予想を大幅に上回る日本酒のポテンシャルを再認することになったのです。

エネコ東京の中庭に大きく掲げられた無二のタペストリー

水野社長はこの取り組みを自社で抱えるのではなく、他のメーカーにも再現してもらうことで日本酒の価値を高めていきたいと話していました。

今回の入札会は、日本酒の長い歴史に深く刻まれる大きな一歩でしょう。今後、日本酒の価値がどう見直されていくのか。注意深く見守っていきたいと思います。

(取材・文/内記朋冶)

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