"精米歩合1%の日本酒"と聞いて、どのような印象を受けるでしょうか。

精米歩合とは、玄米を削って、残った白米の割合を示した数字のことです。精米歩合の数値が低いほど、米がより多く磨かれていることになります。米は磨けば磨くほど割れやすくなるので、精米の工程には高い技術が必要です。

山形県酒田市にある楯の川酒造は、この精米歩合を突き詰めた、"精米歩合1%"という前代未聞の日本酒を造りました。

「新境地への挑戦によって、日本酒の世界に明るい希望の光が差すように」という願いを込めて「楯野川 純米大吟醸 光明」(以下「光明」)と名付けられたこのお酒。"精米歩合1%"という史上初の試みから生まれた「光明」の販売価格は、なんと1本10万円です。

「楯野川 純米大吟醸 光明」

使用している酒米は、山形県産の出羽燦々。これを精米歩合1%まで磨くには、20%から4%、そして1%と順を追って磨いていき、約75日もの時間がかかったといいます。精米歩合40%でおよそ50時間と言われていることを考えると、いかに手間がかかっているかがわかります。

精米歩合を突き詰めた、究極の日本酒と言っても過言ではない「光明」の魅力を、フレンチの名店「ジャン・ジョルジュ 東京」のソムリエ・藤原龍さんとともに、日本酒とワイン、双方の視点で探っていきます。

世界のSAKEを知るソムリエ・藤原さん

「ジャンジョルジュ東京」のオープンキッチン

ニューヨークに本店を構え、ミシュランの三ツ星を12年連続で獲得したレストラン「ジャン・ジョルジュ」。その東京店、「ジャン・ジョルジュ 東京」でソムリエとして働くのが、藤原龍さんです。

「ジャンジョルジュ東京」ソムリエの藤原氏

30代前半という若さでありながら、スマートにサービスをこなす藤原さん。ソムリエとしてのスタートは、南青山のジャズクラブ「ブルーノート東京」でした。6年間のキャリアを積んだ後「ジャン・ジョルジュ 東京」の立ち上げに携わります。

SAKEのソムリエとして、シンガポールの「マリーナ・ベイ・サンズ」内にあるフュージョンレストラン「WakuGhin」で働いた経験もあるのだそう。世界中の富裕層が集まり、日本でも手に入らない貴重なお酒がそろう場所で、高価格の日本酒が絶えず注文されていく様子を目の当たりにできたことは、貴重な体験だったようです。

長年に渡って高価格帯のワインや日本酒を扱い、ソムリエとしての確かな味覚を持つ藤原さんは「光明」をどう捉えるのでしょうか。

ソムリエと酒匠による「光明」のテイスティング

「ジャンジョルジュ東京」ソムリエ藤原氏(右)と「SAKETIMES」編集長小池氏(左)

日本酒のテイスティング資格「酒匠」を保持する、SAKETIMES編集長・小池潤も藤原さんとともにテイスティングを行います。

「楯野川 純米大吟醸 光明」

いよいよ開封。このお酒のために特別に誂えられたという、高級感あふれる桐箱から「光明」を取り出します。ボトルには、山形県の無形文化財である深山和紙のラベルが貼られています。

「光明」をテイスティングする藤原氏

まず、コルクの香りを確かめます。

「酒蔵の匂いがしますね」(藤原さん)

ワイングラスで「光明」の色味を確認する藤原氏

グラスに注いだ印象はどうでしょうか?

「光沢があり、クリーンな印象を受けます。ラルム(グラスの内側に残る筋)がシュッとしているので、とろみが少なくアルコール度数が低いのかなと想像できますね。香りは、青竹のような、ホワイトマッシュルームのような。上新粉の香りもします。フルーティーな印象はありませんが、あえて果実に例えるならマンゴスチンでしょうか」(藤原さん)

実際に味わってみると、いかがでしょう?

「光明」を味わう「ジャンジョルジュ東京」ソムリエ藤原氏(右)と「SAKETIMES」編集長小池氏(左)

「香りの印象とほぼ同じです。ボリューム感やふくよかさはなく、多少硬さがあります。上新粉のような"米の粉"っぽいニュアンスと透明感がありますね。中盤から後半にかけて、特に米の味わいが出てきます。こういうお酒、個人的に好きです」(藤原さん)

SAKETIMES編集長・小池はどう感じたのでしょうか?

「光明」をテイスティングするSAKETIMES小池氏

「ほんのわずかではありますが、百合のような白っぽい花の香りがします。あとはやはり、上新粉の香りですね。よく磨かれたお酒はきれいでフルーティーな味わいになるという先入観がありましたが、想像よりずっとボリュームがあります。シンプルで要素が少ないぶん、米の甘味を感じました。あまり冷やし過ぎないほうが美味しく飲めるかもしれません」(小池)

「光明」のテイスティングする

「光明」には、どんな料理が合うのでしょうか。

「『光明』は、ツヤツヤとしたイメージ。米のパウダーのような感じです。米らしい味わいがあるため、食事と合わせやすいでしょう。生魚とも問題なく合うと思います。真鯛を使ったセヴィーチェ(主に南米で食べられている魚のマリネ)なども良さそうですね」(藤原さん)

お互いのテイスティングコメントに耳を傾け合う、ソムリエと酒匠。「光明」を口に入れる瞬間には、店内に張りつめたような緊張感が漂っていました。

お酒の価値はどうやって決まる?

ウイスキーやワイン、シャンパンなどの世界では、1本10万円以上の商品は決して少なくありません。しかし、日本酒で10万円と聞くと、多くの人々が驚きます。この差はどこにあるのでしょうか。

「ワインと日本酒の大きな違いは熟成の概念だと思います。ワインは熟成年数によって、確実に値段が上がっていきます。日本酒のなかにも、熟成に向くものと向かないものがありますよね。新酒の生酒も美味しいし、氷温熟成のきれいな味も良い。それぞれに良さがあります。ただ、日本酒とワインとは熟成の概念がまったく違うんですよ」(藤原さん)

新酒よりも熟成されたものが好まれる傾向にあるワイン。日本酒には、しぼりたてや無濾過生原酒など、フレッシュなお酒を楽しむ文化はありますが、熟成の概念はあまり定着していません。そもそも、熟成という概念をもっている人が少なく、そこにワインと日本酒の大きな差があるのでしょう。

「熟成」が付加価値のひとつになるというワインの世界では、他にどのような価値が存在しているのでしょうか。

「熟成も大事ですが、ブランドやストーリーによっても価格が変わります。ワインでは、造り手のストーリーが強いものに付加価値がつきます」(藤原さん)

ワインの世界では、ぶどう畑がそれぞれ格付けされ、原料の質が重要視されることに加えて、造り手のもつ歴史やストーリーがよく語られます。ワイン造りを通して生まれたドラマに多くの人々が価値を感じ、価格が上がるのです。

熟成やブランド、ストーリーが付加価値となるワイン。「光明」は同じ価格帯のワインと肩を並べることができるのでしょうか?

「楯野川 純米大吟醸 光明」とワインボトルの比較

「ワインの味と価格は比例します。10万円のワインは、10万円の味がするんです。『光明』には、間違いなく10万円の価値があります」(藤原さん)

「光明」のもつ高い価値を断言する藤原さん。楯の川酒造の思想や、精米歩合1%の日本酒を造るまでの経緯、そして仕上がったお酒の味......すべてが10万円という価格に値するものだということでしょう。

"良いお酒"とは何か?

高価格のワインや日本酒を数多く扱ってきた藤原さんが思う"良いお酒"の条件とは、どんなものなのでしょうか。

「光明」のボトルをみる「ジャンジョルジュ東京」藤原氏

「まず、"良いワイン"はボトルが重厚で、エチケットに造り手の思いが込められています。エチケットを見るだけで、味が想像できるほどです。日本酒も高価格であれば、やはりボトルに重厚感があると良いですね」(藤原さん)

藤原さんがテイスティングをするときは、必ずブラインドで行います。エチケットを見るだけで酒質の想像が膨らみ、テイスティングに影響を与えてしまうのだとか。

では、SAKETIMES編集長の小池が考える"良い日本酒"とは?

「"良い日本酒=スペックが高いもの"という図式が、これまで成り立っていました。しかし、精米歩合1%の『光明』によって、精米歩合というスペックを突き詰める到達点が見えたと思います。さらなる付加価値をつけるためには、スペック以外の"ストーリー"が必要です」(小池)

ここで言う"ストーリー"には、造り手の思いはもちろんのこと、酒米を育てる田んぼでのドラマや酒蔵の歴史、消費者の体験など、すべての要素が含まれるでしょう。日本酒には、まだ語られていないストーリーがたくさんあります。それらを語ることで、日本酒の価値はさらに高まっていくのかもしれません。

高単価市場を切り拓く

テイスティングに参加した、SAKETIMES編集長の小池は、取材を終えて、以下のように語っています。

「『光明』は、日本酒の高単価市場を切り拓くために投じられた、ひとつの提案なのかもしれません。『日本酒は安すぎる』という議論がたびたび繰り返されてきたなかで、日本酒の高単価市場に大きなポテンシャルが秘められていることを示してくれました」

「ジャンジョルジュ東京」の店内

「『日本酒は安すぎるから、あらゆる商品を値上げしよう』という話ではありません。コスパに優れた既存の商品は守りつつ、他の酒類や嗜好品に肩を並べるように、高単価の市場を切り拓いていくこと。ここに挑戦することで、日本酒の価値はもっとさらに高まっていくのではないでしょうか」

日本酒が文化としてひとつ上のステージへ上がるためのきっかけを、この「光明」が与えてくれたように思います。

(文/まゆみ)

◎取材協力

  • 店名:ジャン・ジョルジュ 東京
  • 住所:東京都港区六本木6-12-4 六本木ヒルズ