ワインの品評会として世界的な権威のある「International Wine Challenge」(インターナショナル・ワイン・チャレンジ/IWC)。2007年にSAKE部門が誕生して以来、その規模は拡大し続け、2026年には過去最多となる1,738点が出品されました。
なぜ、これほどたくさんの酒蔵がIWCに挑戦するのか。それは、SAKE部門の最高賞である「チャンピオン・サケ」の称号が、受賞商品の売上向上や酒蔵としての知名度拡大にとどまらず、地域全体を動かすほどの大きな影響力を持っているからです。
世界一に輝いた酒蔵は、その変化をどのように捉えているのでしょうか。2025年の受賞酒蔵・山梨銘醸(山梨県)と、2017年の受賞酒蔵・南部美人(岩手県)に話を伺いました。
先入観を一切排した公正な審査
イギリスのロンドンで1984年から毎年開催されている世界的なワインコンテスト「IWC」のSAKE部門において、すべての出品酒のNo.1に与えられる称号、それが「チャンピオン・サケ」です。

「IWC 2025」の表彰式の様子(写真提供:山梨銘醸)
IWCの審査はすべて、銘柄や酒蔵などの情報を隠した「ブラインドテイスティング」で行われます。銘柄や酒蔵の知名度など、先入観をすべて排し、香りや味わいのみで審査することが特徴です。
審査をするのは、マスター・オブ・ワイン(※)やソムリエなど、世界中から集まった酒類のプロフェッショナルたち。審査員は3~4名のチームを組み、テイスティングとディスカッションによる合議制で審査するため、特定の個人の嗜好や独断に偏ることはありません。
さらに、審査全体を統括する最高責任者(コ・チェアマン)が、不合格とされた出品酒を再度テイスティングするという徹底ぶりです。審査のブレや抜け漏れを防ぐ複数回のチェックを重ねることで、すべての出品酒に対して等しく公正に評価できる仕組みを整えています。
※マスター・オブ・ワイン(MW):イギリスのマスター・オブ・ワイン協会が認定する世界最高峰のワイン資格。

「IWC 2026」の審査会の様子(©Keisuke Irie)
「純米酒」「大吟醸酒」「普通酒」「スパークリング」「古酒」など、全11の各カテゴリーにエントリーされた出品酒は、最初の審査で「Gold(ゴールドメダル)」「Silver(シルバーメダル)」「Bronze(ブロンズメダル)」「Commended(大会推奨酒)」が決定。ゴールドメダルを獲得した受賞酒の中から、各カテゴリーのトップである「Trophy(トロフィー)」を選定します。
最終審査では、全11点のトロフィー受賞酒の中からたった1点に「Champion Sake(チャンピオン・サケ)」の称号が授与されます。
まさに、膨大な数の出品酒から何度も審査を勝ち抜いた“世界一の日本酒”。この称号を獲得した酒蔵やその地域には、どのような影響が生まれるのでしょうか。
ワイン県から世界一の日本酒が誕生 ─山梨県・山梨銘醸
2025年に「七賢 純米大吟醸 白心」がチャンピオン・サケを受賞した山梨銘醸(山梨県)は、スーパーマーケットやコンビニエンスストアでも手に入る日常酒から、世界市場を目指した高級酒まで、幅広い商品ラインナップをもつ酒蔵です。

山梨銘醸の外観(写真提供:山梨銘醸)
「目標は、日本酒の消費量をもっと増やすこと。そのためには、日本酒をまったく飲んだことのない人が日本酒を手にする機会をつくらなければいけません」
そう話してくれたのは、代表取締役社長の北原対馬(きたはら・つしま)さんです。IWCに出品する目的は、世界的な酒類であるワインの市場に日本酒を届けること、そして、ワインの価値観で日本酒を語る視点を身につけることだといいます。

山梨銘醸 代表取締役社長 北原対馬さん(写真提供:山梨銘醸)
「ワインは世界中で飲まれているお酒で、日本酒をまったく知らない世界の方々に伝える時には、ワインとの対比が必ず求められます。ワインの審査は、減点法ではなく加点法が主流。従来の日本酒の評価基準では短所だったポイントが長所として捉えられるような表現や嗜好を学ぶことは、偏ったマインドをリセットするためにも重要です」
日本ワインの発祥の地であり、酒蔵よりもワイナリーの数が多い山梨県。「『山梨でも日本酒を造っていたの?』とよく言われるんですよ」と、北原さんは苦笑いします。
そんな中で、世界的なワインコンテストで世界一の日本酒に選ばれたという成果は、山梨県にとって大きなニュースになりました。

「IWC 2025」のチャンピオン・サケ「七賢 純米大吟醸 白心」(写真提供:山梨銘醸)
「県知事や北杜市長を表敬訪問したところ、『ワイン立国の山梨県から世界チャンピオンの日本酒が生まれた』と、とても喜んでいただきました。『山梨県といえばワイン』というイメージが強かったのが、『日本酒もおいしい』と意識してもらえるようになったと感じています」
さらにうれしい驚きを見せたのが、酒米農家などの農業関係者でした。チャンピオン・サケを受賞した「七賢 純米大吟醸 白心」の原料米として使われていたのが、山梨県産の酒米「夢山水」だったからです。
「山梨県の産業といえば果樹の栽培であり、米の栽培はほとんど注目されてきませんでした。地元で育てられたお米で世界一になったというのは、とても大きな意味があります」

写真提供:山梨銘醸
「『七賢 純米大吟醸 白心』には、農薬と肥料を規定の半分以下にして育てた夢山水を使っています。収穫量は通常の半分ほどですが、一粒一粒のお米の力が強く感じられるお酒です。商品は1年間、低温熟成させているんですが、まろやかな口当たりと複層的で立体的な香りや味わいが評価されたと思っています」
現在、IWCの後援団体である日本酒造青年協議会の会長も務める北原さん。主催側に近い酒蔵の受賞は過去になく、発表された時は、喜びよりも驚きのほうが大きかったと話します。
「2026年の審査会は広島県で開催されましたが、審査の様子を見た人から、『本当にブラインドテイスティングで受賞したんだね』と言われましたよ(笑)。IWCは最終審査までブラインドで行われるので、審査員全員が発表の直前まで結果を知りません。同じ品質のものを出品したとしても、来年もまた受賞できるとは限らない、それほどハイレベルな審査だと思います」

山梨銘醸が運営する宿場「esoto」(撮影:砺波周平)
今年、酒蔵の屋敷を再生した一棟貸しオーベルジュ「esoto」をオープンし、自社田での米栽培を始めたタイミングでの受賞。世界中からの来訪客が増えるタイミングでの功績を、北原さんは「日々の努力の結果」と捉えています。
「日本酒のNo.1を決めるコンテストはまだ少なく、IWCが売上やブランドへもたらす波及効果はとてつもないものです。F1のレースで優勝したようなものですが、次はこの技術を普段使いの車に転用していかなければなりません。世界一を取れる技術を、いかにリーズナブルな日常酒に反映していけるか。受賞は光栄ですが、あくまでひとつの通過点。これからが本番だと気を引き締めています」
地元・二戸市の産業に与えた好影響─岩手県・南部美人
2017年にチャンピオン・サケを獲得した南部美人(岩手県)の代表取締役社長 久慈浩介(くじ・こうすけ)さんは、その前年の表彰式に参加した時のことを振り返ります。

南部美人 代表取締役社長 久慈浩介さん(写真提供:南部美人)
「2016年に本醸造酒のカテゴリーでトロフィーを受賞して、ロンドンでの表彰式に初めて参加しました。その年は出羽桜酒造さん(山形県)がチャンピオン・サケに選ばれたんですが、発表の瞬間、スポットライトがビームのようにテーブルへ飛んできて。私の師匠である同社の仲野益美社長がサッと起立し、深々と一礼してステージに歩いていったんです。
それまでは、チャンピオン・サケは単なる憧れでしたが、その姿を見て、『これは自分が取らなきゃダメだ。俺が取らないで誰が取るんだ!』と決意しました」
チャンピオン・サケという目標に向かって挑んだ1年間。その宣言どおりに、2017年の表彰式では「南部美人 特別純米」の名前が読み上げられました。

「IWC 2017」のチャンピオン・サケ「南部美人 特別純米」(写真提供:南部美人)
この「南部美人 特別純米」は、海外への挑戦をきっかけに誕生した商品です。
海外輸出を始めたころ、ニューヨークの試飲会で山田錦の大吟醸酒をふるまった久慈さんは、現地のソムリエから「どうして岩手県の酒蔵が兵庫県のお米を使うのか?」と問われます。「地元の原料を使わなければ、世界での価値は生まれない」と痛感した久慈さんは、岩手県産の酒米開発プロジェクトに参加。そこで誕生した酒米「ぎんおとめ」を用いて醸したのが、この「南部美人 特別純米」でした。
同社でもっとも多く製造されている看板商品の受賞に、社内には喜びと同時に「この2〜3か月はきっと忙しくなる」という予感が走ります。表彰式を終え、久慈さんが帰国したころには、「南部美人 特別純米」の特別出荷チームが結成されていました。

写真提供:南部美人
案の定、問い合わせが殺到し、出荷制限が必要になるほどの事態になりますが、久慈さんは、地元である二戸市の酒販店には制限をかけないように指示を出します。
「南部美人を飲みたいと思って二戸市を訪れたお客さんが買えないでどうするんだと。県外や海外への出荷を抑えてでも、小さな酒販店やコンビニまで、地元では絶対に在庫を切らさないようにしました」
世界一の日本酒の誕生に沸き立つ二戸市では、インバウンド観光を視野に「にのへ型テロワール」事業がスタート。南部美人の日本酒を、地元の伝統工芸である浄法寺漆の酒器で、地元産の食材と合わせる取り組みが広がっていきました。
さらに、その刺激を受けた同じ地元のベアレン醸造所が、2023年に国際ビールコンクール「Finest Beer Selection」で世界1位を獲得。「世界一セット」として共同販売すると即完売になるなど、地域全体へ好影響が波及していったのです。

南部美人の外観(写真提供:南部美人)
自社や地元の活性化にとどまらず、世界市場における日本酒の未来を見据える久慈さん。世界に「SAKE」という文化を根付かせるうえで、IWCという存在がいかに不可欠であるかを「スコール」(急に降る激しい雨)に例えて語ります。
「日本酒が世界中に広まっていくためには、ワインの言葉で語ることは必須。しかし、個々の酒蔵が現地で魅力を伝えようとしても、それは広大な砂漠に少しの雨が降るようなもので、すぐに乾いて消えてしまいます。
世界市場に日本酒という文化が根付く“オアシス”をつくるには、一時的に大きなインパクトを与える“スコール”が必要なんです。まさに、その“スコール”の役割を果たしてくれるのが、IWCだと思います」
「チャンピオン・サケ」が地域にもたらす真の価値
北原さんと久慈さんがIWCに出品する理由は、単に世界市場での知名度を上げるためだけではありません。世界基準の評価軸を深く分析し、ワインの世界における表現や思考を学ぶことで、世界に通じる視座を自らの酒造りに取り込むためです。
最高峰の称号である「チャンピオン・サケ」の頂に立つのは、決して容易ではありません。各カテゴリーのトロフィーに並ぶお酒はどれも最高峰。「IWCは、おいしいだけでは勝てないんです。お酒の神様に愛される運も必要」と久慈さんが語るほど、審査はきわめて熾烈です。

写真提供:山梨銘醸
それほどまでに僅差の競り合いだからこそ、獲得した世界一の称号がもたらすインパクトは絶大です。その最高峰の評価は酒蔵の技術だけでなく、その地域の風土の素晴らしさをも証明します。
受賞の熱量は酒蔵への影響にとどまらず、酒米を育てる農家を輝かせ、伝統工芸などの他の産業へも波及。山梨銘醸のオーベルジュ「esoto」や、南部美人が掲げる「にのへ型テロワール」のように、酒蔵そのものを“旅の目的地”に変え、世界中から人々を呼び込む大きな力となります。
たゆまぬ努力と挑戦の果てに、そこで勝ち得た称号のひとつが、酒蔵を超えて地域全体の未来を大きく動かしていく。これこそが、酒蔵たちが「チャンピオン・サケ」を目指す意味なのでしょう。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
2026年の上位入賞酒を楽しめるイベントが10月に開催!
「IWC 2026」のSAKE部門の上位入賞酒を楽しめる日本酒イベント「プレミアム日本酒試飲会」が、10月17日(土)に開催されます。当日は、2026年のトロフィー受賞蔵から25点以上の銘酒が集結します。この機会に、世界が評価した最高峰の日本酒を飲み比べてみてください。
◎イベント情報
- 名称:IWC2026 SAKE部門受賞 プレミアム日本酒試飲会
- 日時:2026年10月17日(土)
【日本酒トークセッション】12:45~13:45
【第1部】14:00~15:30
【第2部】16:30~18:00
※各部入れ替え制。開始時間の30分前から受付。 - 会場:YUITO 日本橋室町野村ビル 野村コンファレンスプラザ日本橋 6階
(東京都中央区日本橋室町2丁目4-3)
※受付は5階。 - 料金:
【日本酒トークセッション付き第1部】4,800円(税込)
【第1部のみ】4,800円(税込)
【第2部のみ】4,800円(税込) - チケット販売:Makuakeにて販売中
※定員に達し次第、締切となります。
※前売券のみの販売となります。当日券の販売の予定はありません。 - 備考:
・すべてのトロフィー受賞酒が提供されるわけではありません。
・第1部・第2部両方の参加はできません。
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