数多くの“オマチスト”を虜にし、熱狂的な支持を集める酒米・雄町。今や全国各地の酒蔵で重用されていますが、その生産量の95%を担っているのが、岡山県です。
1970年代には絶滅の淵に立たされ、“幻の酒米”とまで呼ばれた不遇の時代もありましたが、発祥の地である岡山県の酒蔵や生産者たちの情熱によって復活を遂げました。現在、雄町の価値は再評価され、栽培面積は年々拡大を続けています。
前後編の2本立てで、雄町の魅力に迫る今回のシリーズ。前編では、雄町の酒米としての特徴と歴史について紹介しました。
<前編の記事>
晴れの国・岡山が育む酒米「雄町」は、なぜ人々に愛されるのか?─【前編】“幻の米“が辿った絶滅の危機と復活の記録
続く後編では、造り手やファンを惹きつけてやまない雄町の味わいについて迫ります。
岡山市在住の日本酒ライター・市田真紀さん、全量雄町での酒造りに挑戦する酒蔵・辻本店、そして熱烈な“オマチスト”である酒販店と飲食店のオーナー・高野祐衣さん。3人の視点から、その奥深い世界を紐解いていきましょう。
雄町の味わいは、熟成と燗で開花する
日本酒の専門家が「商品の情報を隠して飲んでも、雄町で造ったお酒は判別できる」というほど、特徴的な味わいを持つ酒米・雄町。その理由について、岡山市在住の日本酒ライター・市田真紀さんは次のように話します。

「雄町は溶けやすいお米なので、その分、味の幅や奥行きが出やすいのでしょう。酒蔵によってフルーティーなものから骨太なものまで幅広いタイプがありますが、雄町のお酒はどれも“重心が低い”と感じます。味に厚みがあり、複数の層になったような色気のある酸が感じられるのも特徴です」
その複雑な味わいの構成から、熟成に向いている点も雄町の魅力。半年ほど寝かせるとまろやかさが際立ち、味わいに深みが増します。また、忘れてはいけないのが、お燗にしたときのおいしさです。
「これこそが雄町の本領といえるのが燗酒です。全国から集まった雄町のお酒を審査する『雄町サミット』では、2025年から純米燗酒部門が新設され、燗酒向きの酒米としての実力をアピールする環境が整えられました。こうした雄町のポテンシャルを引き出すため、最近は、あえてお米を磨きすぎない低精米で酒造りをする蔵も増えています」
「岡山こそ、雄町の聖地」であるために
かつて城下町・宿場町として栄えたころの景観を残すことから、1985年(昭和60年)に県内でもっとも早く「町並み保存地区」に指定された岡山県真庭市勝山。ここで220年以上にわたって酒蔵を営む辻本店は、2022年から、すべての酒造りにおいて原料米を岡山県産の雄町に切り替えました。
7代目蔵元の辻総一郎(つじ・そういちろう)さんは、雄町のみを使った酒造りに踏み切った理由を次のように話します。

辻本店(岡山県真庭市)
「全量雄町にしたいという想いは、以前から持っていました。東京や海外のイベントで日本酒を振る舞う際に、『雄町って、岡山県のお米だったの?』と驚かれることが多く、雄町=岡山のイメージを定着させたいと考えていたんです。
雄町の95%は岡山県内で育てられているのに、その多くは県外の酒蔵が使っている。最大の産地である岡山県の酒蔵が、雄町を前面に出した酒造りをしないといけないんじゃないかという気持ちがありました。
全量雄町にするという方針を宣言したところ、初めは多くの社員から反対されました。ところが、ちょうど新型コロナウイルス感染症が拡大していた時期で、日本酒業界が危機的な状況に陥ったんです。『酒蔵がなくなってしまうかもしれないなら、今やりたいことをやろう!』という前向きなムードが社内に生まれ、実現の後押しとなりました」

辻本店 7代目蔵元・辻総一郎さん
原料米を雄町のみに絞りながらも、辻本店では多彩な商品ラインナップを展開。流行の味わいを意識したフレッシュな「モダン」、熟成や燗酒に向いた「トラディショナル」、そして実験的な製法にチャレンジする「プログレッシブ」の3つのカテゴリーを軸に、雄町の奥深い可能性を表現しています。
「雄町の味わいは、たとえるなら平面ではなく『3D』。酸味や苦味、渋味といった多様な要素が重なり合っています。だからこそ、ひとつのお米でも幅広い表現が可能ですし、特にうちのお酒は、フランス料理やタイ・ベトナム料理など、さまざまな国や地域の料理と合わせやすいポテンシャルがあると感じています」
現在、辻本店では岡山県内の7つの産地から、雄町を仕入れています。辻さんいわく、同じ雄町であっても、育った土地ごとにそれぞれ異なる特徴が現れるのだとか。

「利守酒造が復活させた赤磐(あかいわ)や瀬戸の雄町で造ったお酒は、品格のある味わいになります。品質的にも優れているため、ワインのブドウ畑の格付けにならって、『グラン・クリュ(特級畑)』と呼んでいるほどです。
当社がある真庭市の雄町は、旨みとボリューム感を引き出しやすいのが特徴です。雄町は県南が主産地で、真庭のような県北では栽培が難しいと考えられていました。しかし、地元の農家さんが勉強熱心で、収穫1年目の2014年から等級が付くほどの良いお米が収穫できました。今では生産量も増え、当社で使用する雄町の約3分の1を占めています。
倉敷市では、全国の著名な酒蔵が信頼を寄せる『まめ農園』さんから仕入れています。非常にパワフルで、熟成させることでいっそう魅力が増す雄町ですね」

辻本店も参加している、真庭市での雄町の栽培(画像提供:辻本店)
辻本店では、全量雄町の酒造りに加えて、2025年のシーズンから、すべての酒造りを「菩提酛(ぼだいもと)」という製法に切り替えています。
菩提酛とは、室町時代に確立された、醸造手法の原点ともいえる技術です。最大の特徴は「そやし水」と呼ばれる、天然の乳酸発酵によってつくられた酸性の水を用意する点。これを仕込みに使うことで、雑菌を抑えつつ力強い発酵を促すことが可能になります。その結果、雄町のポテンシャルが引き出され、奥行きのある複雑な酸と豊かな旨みが生まれるのです。
ひとつの製法へ完全にシフトしながらも、辻さんは「味わいが一辺倒になることはまったくない」と言い切ります。
「雄町は現存する最古の酒米であり、菩提酛も最古の醸造手法。この2つは相性が良く、掛け合わせることで、驚くほど多層的で奥行きのある味わいを表現できるんです。
雄町はその年の出来によって、予想どおりに上手くいかないこともあれば、逆に想像を遥かに超えてくるときもある。造り手にとっては、まるで暴れ馬のような存在ですね(笑)。でも、だからこそおもしろくて、やめられないんだと思います」
複雑な味わいのなかにある、食中酒として輝く“味の芯”
その豊かなポテンシャルゆえ、モダンからトラディショナルまで多彩な表情を見せる雄町。日ごろから数多くの日本酒に触れている専門家の目には、その奥深い味わいはどのように映るのでしょうか。
アイドルグループ・NMB48の元メンバーで、現在は酒販店「ゆい酒店」と飲食店「yuito.」のオーナーを務め、日本酒の確かな知見を持つ高野祐衣さんに、岡山県の酒蔵が雄町で醸した11種類の日本酒を飲み比べてもらいました。
「私自身、雄町をきっかけに日本酒を好きになった、いわゆる“オマチスト”なんです。雄町が持つ厚みのある酸味やコクがとにかく好み。純米酒や生酛・山廃とも相性が良く、お燗にすることでいっそうポテンシャルが開く印象があります」

酒販店「ゆい酒店」と飲食店「yuito.」のオーナー・高野祐衣さん
そう語る高野さんが最初に手に取ったのは、雄町の表現力の豊かさを物語る、華やかなラインナップからでした。
「平喜酒造の『喜平』は、白ワインのような華やかな香りとピュアな酸が立っていて、キレが良いですね。白菊酒造の『大典白菊』は、桜餅や和菓子を思わせる繊細な香りで、軽やかな酸とのバランスが絶妙。どちらも雄町の新しい一面を感じます」
高野さんは、酒販店や飲食店での経験と照らし合わせながら、雄町の多彩な香りのバリエーションを言語化していきます。
「驚いたのは、嘉美心酒造の『大島伝』。香りは熟したバナナなのに、口に含むと青みのあるバナナの味わい。ひとつの果実のグラデーションを感じるようなおもしろさがあります。利守酒造の『赤磐雄町』は、南国フルーツのような華やかさから、餅米のようなふっくらした安心感へと変化するのが心地良いですね。お燗にしたら、より優しく寄り添ってくれそうです。
室町酒造の『室町時代』は、お米のふくよかな香りと甘みがしっかりありつつ、最後はスッとキレる。格式高さと飲みやすさが両立していますね」

続いて、モダンな表現に感嘆したあとは、日常に寄り添ってくれる雄町ならではの、素朴で力強い旨みを持つ商品に焦点を当てます。
「宮下酒造の『極聖』は、無駄のないシンプルな構成で体にスッとなじみます。これは毎日でも飲みたくなる、まさにデイリー使いしたい一本。反対に、菊池酒造の『燦然』は深呼吸するたびに異なる表情が見える複雑さがあります。お米のふくよかさと大人っぽいビター感は、この味がわかるようになると『日本酒をわかっているな』という通な感じがしますね」
「山成酒造の『桜渓』は、出汁や焦がしキャラメルのようなニュアンスがあって、お燗でじっくり向き合いたい芳醇さ。三冠酒造の『和井田』は炊き立てのお米のようなほっこり感がありつつ、生酛らしい引き締まった酸味と香ばしさが後味を整えてくれます。
落酒造場の『百万年の一滴』は硬水仕込みの力強さが印象的。舌にまとわりつく独特の質感があって、これは間違いなく食中酒向きですね」

11種類のテイスティングの最後、高野さんが「別枠」と評価したのが、全量雄町・全量菩提酛へと舵を切った辻本店の「御前酒」でした。
「今回、特に印象的だったのが『御前酒』です。私好みの乳酸系の酸味が際立っていて、他のラインナップとは一線を画す存在感。軽やかなのに雄町ならではの旨みもしっかりとあって、日本酒を初めて飲む方にも自信を持っておすすめできますね」
これほどたくさんの雄町の日本酒を飲み比べるのは、今回が初めてだったという高野さん。
「雄町のお酒が揃うと圧巻ですね。ワイングラスで楽しみたいモダンでライトな酒質から、お燗にして料理に合わせたい重厚な酒質まで、どれも個性が立っていて、ひとつとして同じ味わいがないことに驚きました」と、感心した様子でした。

その上で、プロの視点から見た“雄町らしさ”とは、どんなところにあると感じたのでしょうか。
「良い意味で、透明感やみずみずしさといった風味とは対極にある酒米だと感じました。それよりも、お米のふくよかさや濃醇さ、熟成感などの要素がダイレクトに伝わってきます。食事といっしょに楽しむことで魅力を発揮する、食中酒向きの酒米だと思いました。
私は、ワインは白よりも赤が好きなんですが、雄町のお酒はまさに赤ワインのよう。複雑な味わいのなかに、ライトなものもあれば、フルーティーなもの、フルボディなものまで幅広い。それでいて、どんなタイプでも味わいの芯がひとつにまとまっているのが、雄町のすごいところだと思います」
岡山の情熱が、雄町の多彩な個性を美しく彩る
米本来の生命力ともいえるふくよかな旨み、そして「3D」と形容されるほどの多層的な複雑味をたたえた酒米・雄町。
モダンで洗練されたフルーティーな酒質から、大地を感じさせる骨太な酒質まで、個性を引き出すことにかけては唯一無二のポテンシャルを持っています。かつて絶滅の危機から救い出し、産地のプライドをかけて守り抜いてきた岡山県の人々の歴史と情熱。そのすべてが溶け込んでいるからこそ、雄町は今、時代を超えて多くの“オマチスト”の魂を揺さぶり続けているのでしょう。
決して一辺倒ではない、多彩なグラデーションを持つ雄町の世界。その懐の深さは、手に取る人の好みを優しく包み込み、まだ見ぬ日本酒の楽しみを教えてくれるはずです。岡山県が育んだ魅惑の酒米・雄町の世界を、ぜひ今夜の一杯から体験してみてください。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
◎高野さんがテイスティングした商品

- 「極聖 特別純米 高島雄町」(宮下酒造/岡山県岡山市)
- 「極大吟醸 室町時代」(室町酒造/岡山県赤磐市)
- 「赤磐雄町 純米大吟醸」(利守酒造/岡山県赤磐市)
- 「和井田 雄町生酛純米」(三冠酒造/岡山県倉敷市)
- 「燦然 特別純米 雄町」(菊池酒造/岡山県倉敷市)
- 「喜平 純米大吟醸 雄町の雫」(平喜酒造/岡山県浅口市)
- 「雄町 純米大吟醸 大島伝」(嘉美心酒造/岡山県浅口市)
- 「純米吟醸 桜渓」(山成酒造/岡山県井原市)
- 「大典白菊 純米大吟醸 雄町」(白菊酒造/岡山県高梁市)
- 「百万年の一滴 雄町 硬水きもと仕込み」(落酒造場/岡山県真庭市)
- 「御前酒1859」(辻本店/岡山県真庭市)
(※画像左から順に)
◎令和7年度 岡山県産日本酒 首都圏プロモーション事業 参加酒蔵の一覧
- 宮下酒造
- 代表銘柄 :極聖(きわみひじり)
- 所在地 :岡山県岡山市中区西川原184
- 公式サイト :https://www.msb.co.jp/
- 酒蔵の特徴 :創業は1915年(大正4年)。日本酒のほか、ビールや焼酎、リキュール、ウイスキー、ジンなども造る総合酒類メーカーとして、地域の特色を活かした酒造りをしている。
- 室町酒造
- 代表銘柄 :櫻室町
- 所在地 :岡山県赤磐市西中1342-1
- 公式サイト :https://sakuramuromachi.co.jp/
- 酒蔵の特徴 :創業は1688年(元禄元年)。330年以上の歴史がある県内有数の老舗酒蔵。海外の酒類コンテストにて、日本酒部門の第1位に輝くなど、国際的に高く評価されている。
- 利守酒造
- 代表銘柄 :酒一筋、赤磐雄町
- 所在地 :岡山県赤磐市西軽部762-1
- 公式サイト :https://www.sakehitosuji.co.jp/
- 酒蔵の特徴 :創業は1868年(慶応4年)。雄町の復活に尽力した酒蔵。「酒造りは米作りから」という信念のもと、“ドメーヌ蔵”として、栽培から醸造までを自社で手がけている。
- 三冠酒造
- 代表銘柄 :三冠
- 所在地 :岡山県倉敷市児島下の町2-9-22
- 公式サイト :http://www.sankan.co.jp/
- 酒蔵の特徴 :創業は1806年(文化3年)。古くから漁業が盛んな下津井港の近くにあり、「名脇役に徹し、食事を主役にする酒」をモットーに、食事に寄り添うお酒を追求している。
- 菊池酒造
- 代表銘柄 :燦然
- 所在地 :岡山県倉敷市玉島阿賀崎1212
- 公式サイト :https://kikuchishuzo.co.jp/
- 酒蔵の特徴 :創業は1878年(明治11年)。理想とするのは「旨みがあってキレの良い、一度飲んだら忘れられないようなお酒」。蔵の中には、モーツァルトの音楽が流れている。
- 平喜酒造
- 代表銘柄 :喜平
- 所在地 :岡山県浅口市鴨方町鴨方1283
- 公式サイト :https://hirakishuzo.co.jp/
- 酒蔵の特徴 :創業は1928年(昭和3年)。県内有数の製造規模を誇る酒蔵。伝統製法の高級酒から日常酒まで幅広い商品を展開。人の暮らしと酒の在り方、社会との調和を目指す。
- 嘉美心酒造
- 代表銘柄 :嘉美心
- 所在地 :岡山県浅口市寄島町7500-2
- 公式サイト :https://kamikokoro.co.jp/
- 酒蔵の特徴 :創業は1913年(大正2年)。「お客様の口に入るまでが酒造り」という方針のもと、「もう1杯」とおかわりしたくなるような、飲み飽きしないおいしさを大事にしている。
- 山成酒造
- 代表銘柄 :蘭の誉
- 所在地 :岡山県井原市芳井町簗瀬23番地
- 公式サイト :https://yamanari.jp/
- 酒蔵の特徴 :創業は1804年(文化元年)。漢学者の阪谷朗廬氏や文豪の谷崎潤一郎氏に愛されてきた。2021年に地元で雄町栽培が開始。“井原テロワール”の体現に取り組んでいる。
- 白菊酒造
- 代表銘柄 :大典白菊
- 所在地 :岡山県高梁市成羽町下日名163-1
- 公式サイト :https://www.shiragiku.com/
- 酒蔵の特徴 :創業は1886年(明治19年)。使用する米は全量岡山県産。雄町や山田錦のほか、自社が復活させた岡山の酒米「造酒錦(みきにしき)」や、社名と同名の酒米「白菊」も使用している。
- 落酒造場
- 代表銘柄 :大正の鶴
- 所在地 :岡山県真庭市下呰部664-4
- 公式サイト :http://taishonotsuru.com/
- 酒蔵の特徴 :創業は1893年(明治26年)。岡山県内の酒蔵では、もっとも硬度の高い仕込み水を使用している。酒米・雄町とともに、飯米・朝日を活かした酒造りにも注力している。
- 辻本店
- 代表銘柄 :御前酒
- 所在地 :岡山県真庭市勝山116
- 公式サイト :https://www.gozenshu.co.jp/
- 酒蔵の特徴 :創業は1804年(文化元年)。使用米は全量雄町。2025年には、製造の全量を伝統的な製法「菩提酛」にシフト。杜氏の辻さんは、岡山県初の女性杜氏としても知られる。
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