近年の日本酒業界では、新しいトレンドが次々と生まれ、日本酒を取り巻く状況は目まぐるしく変化しています。
その中でも、日本酒の売上を長年支えてきた普通酒などの定番商品の落ち込みは激しく、特に地元を中心に定番商品で勝負してきた“地方大手”の酒蔵は、変革の時を迎えています。
SAKETIMESの連載「地方大手酒蔵の新たな挑戦」は、そんな"地方大手"の中で、変革の一歩として新しい取り組みをしている酒蔵に注目し、その背景にある思いを取材します。
第2回は、秋田県湯沢市の秋田銘醸。「爛漫」で知られる、秋田県を代表する酒蔵です。近年は自社田での米作りに力を入れ、自社栽培の酒米を使用した「稲シリーズ」という新しい商品を展開しています。
秋田銘醸が酒米の自社栽培に挑戦する理由と新しい商品に込めた思いについて、常務執行役員・製造部部長の大友理宣(おおとも・まさのぶ)さんに聞きました。
秋田県の日本酒を全国に広めた銘酒蔵
秋田銘醸の創業は1922年。秋田県の日本酒を全国に展開することを目的に、県内の酒蔵や政財界人などの有志によって発足しました。当初は手作業を中心とした酒造りに取り組んでいましたが、日本酒の需要が大きく伸びた1970年代に、近代的な設備の工場を設立し、機械化による安定した醸造に切り替えました。
一般公募で名付けられたという「爛漫」は、現在まで続く同社の看板銘柄です。米由来のふくよかな旨味を感じる酒質は、地元のみならず首都圏でも支持され、最盛期には年間10万石を生産するまでに成長。秋田県の日本酒を全国に広めました。
「酒米の里」を守るために、自社田での米作りをスタート
そんな秋田銘醸が近年取り組んでいるのが、酒米の自社栽培です。2020年に認定農業者の資格を取得し、翌年には、新規に立ち上げた農業生産課の社員を中心に米作りをスタートしました。その背景にはどのような思いがあったのでしょうか。
「酒蔵にとって、酒米はもっとも大事な原料のひとつ。酒米を作る人を増やさなければ、私たちも生き残れないだろうと考えていました」
秋田銘醸のある湯沢市は酒米の栽培が盛んで、最盛期には、県内の酒蔵が使用する酒米の約8割を供給していたほど。しかし、近年は農家の高齢化や後継者の不足で生産量が減少し、大きな課題となっていました。
そこで、秋田銘醸は自社で米作りをすることを決意。さまざまな理由で稲作を続けられなくなった農家から田んぼを借りて、酒米の栽培をスタートしました。現在は「秋田酒こまち」「百田(ひゃくでん)」「一穂積(いちほづみ)」の3品種を栽培。いずれも秋田県が開発した酒米です。2023年度の作付面積は約9.2町歩(約9.2ヘクタール)にのぼります。
「最初は不慣れなことばかりで、まわりの農家さんから、いろいろと指導していただきました。ご迷惑をおかけしてしまい、『爛漫』を持って謝りに行ったこともありましたよ(笑)。しかし、少しずつ信頼を得て、少しずつ田んぼが広がっています。来年度は約3町歩(約3ヘクタール)増える予定ですね」
田植えや稲刈りは社員総出で行い、担当部署以外のメンバーも米作りに参加します。その経験は、酒造りに良い影響を与えていると言います。
「他から購入した米と違って、田植えの段階から触れているわけですから、自然と愛着がわきますよね。原料処理を担当しているメンバーが田んぼの管理をしているので、洗米や蒸米の工程の中で、いろいろな気付きを得ているようです。酒粕などの副産物を肥料として使ってみるなど、自社田だから試せることもあって、米作りを始めて良かったと思っています」
また、酒米の栽培から酒造りまでを自社で一貫して行う酒蔵の業界団体「農!と言える酒蔵の会」にも所属し、取り組みをアピール。将来は、有機栽培などの特別な栽培方法にもチャレンジし、米の付加価値を上げていくことも視野に入れています。
「現在も、県内酒蔵の60%以上が湯沢市産の酒米を購入しています。しかし、農家の減少に伴って酒米の確保が難しくなるのは必然のこと。自社田の面積を拡大していくことで、必要な酒米を供給していきたいと考えています」
あくまでも一番の目的は「酒米の里・湯沢の復活」。酒蔵が率先して酒米作りに注力することで、地域の農業が活性化する未来を描いています。「これまでは農家さんに頼るばかりでしたが、これからは同じ目線で協力し合えたら」と語る大友さん。酒蔵でありながら農家でもあるという双方の視点が、新たな価値を生み出します。
“大手”に対する偏見からの脱却
そんな自社田の酒米を使った日本酒が、2022年から販売されている「萌稲(もね)」と「環稲(たまきね)」です。
「萌稲」は普段の晩酌に寄り添ってくれる純米酒、「環稲」は贈答にぴったりな純米大吟醸酒。それぞれ、「百田」と「一穂積」を使用した2種類ずつがラインナップされ、酒米違いの飲み比べを楽しむこともできます。
2021年の全国新酒鑑評会では、「百田」を使用した「環稲」が金賞を獲得。「百田」を使った日本酒が金賞となるのは初めてだそうで、造り手としての高い技術だけでなく、「百田」が出品酒によく使われる山田錦に匹敵することを証明しました。
「意識しているのは、“脱・山田錦”。酒米の里にある酒蔵として、遠くの地域から米を運んでくるのではなく、地元の米で勝負したいと考えていたので、うれしい結果となりました」
大友さんによると、「百田」は王道の吟醸造りを採用していますが、「一穂積」は酸味を引き出す工夫をしているのだとか。酒米の違いによる味わいの違いを感じてもらえるように、仕込みのレシピを変えているのです。
また、「爛漫」という銘柄名をあえて目立たせないラベルデザインには、「先入観なく飲んでほしい」という願いが込められています。
「これまで、『大手だから』という理由で手に取ってもらえない歯がゆさを何度も感じてきました。私たちとしては、先入観なく飲んでいただいて、率直な意見を聞きたいと思っています」
大友さんのコメントからは、“大手”と呼ばれる酒蔵が直面している課題が感じられます。秋田銘醸は、近代的な機械を取り入れるのが早かったため、手造りの少量生産を良しとする風潮の中では、敬遠されてしまうことも多かったのだそう。
しかし、醸造の機械が発達した現代においては、機械を使用しない酒造りのほうが珍しくなりました。
「今や、他の酒蔵さんのほうが良い機械を使っています。うちの洗米機は昭和50年に導入したものですが、それでこの品質ですから、努力しているのがわかってもらえるでしょう」と笑う大友さん。
秋田銘醸の新しい挑戦を象徴する「稲シリーズ」には「大手酒蔵に対する偏見を払拭し、消費者に本当の実力を知ってほしい」という思いも込められていました。
SAKETIMES編集部が「萌稲」「環稲」をテイスティング!
大友さんに話をお伺いした後、「萌稲」「環稲」のラインナップを、SAKETIMES編集部が試飲しました。
まずは、「萌稲」の2種類をテイスティングしました。
「百田」は、白米のような甘みのある香りが特徴。口に含むと、米由来の旨味をしっかりと感じ、ボリュームのある味わいです。ほど良い酸味が感じられ、余韻はドライな印象ですが、心地良い旨味が残ります。
「一穂積」は、「百田」と比べると穏やかな香りですが、爽やかな印象がありました。口当たりはすっきりとしていますが、ふくよかな旨味とやさしい甘みを感じます。シャープな酸味があり、キレの良い味ですが、こちらも心地良い旨味が残ります。
どちらも、飲み飽きせずにゆっくりと楽しめる落ち着いた酒質で、日々の晩酌に寄り添ってくれそうです。
続いて、「環稲」の2種類をテイスティングしました。
「百田」は、上品な甘みのある香りが特徴。口当たりはなめらかな印象ですが、ラムネを思わせる爽やかな甘みもあります。ふくよかな旨味とともに、ほど良い酸味も感じられ、キレの良い味わいです。
「一穂積」も、華やかな甘みのある香りを感じますが、「百田」と比べてみると穏やかな印象。口に含むと、きれいでやわらかい甘みが広がります。米由来の旨味は穏やかで、シャープな酸味のキレが良いため、全体的に淡麗な味わいです。
どちらも、華やかさと透明感のある酒質ですが、ほど良い酸味があるため、食中酒としても力を発揮しそうです。
「爛漫なら間違いない」という酒蔵を目指して
秋田銘醸は、2022年に創業100周年を迎えました。代表取締役社長の京野學さんは「今後は新しいチャレンジを大事にしながら、『爛漫なら間違いない』と言っていただけるような酒蔵になりたい」と決意を語ります。自社田での米作りは、そんな未来を実現するための大きな一歩です。
ワインの世界では、所有している畑で原料を栽培し、醸造や瓶詰までを一貫して行う生産者のこと「ドメーヌ」と呼びますが、秋田銘醸の理想はまさにそこにあります。「酒米の里・湯沢で、秋田銘醸にしか造れない日本酒を届けたい」という思いが、「美酒爛漫」をさらに進化させていくことでしょう。
(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)
Sponsored by 秋田銘醸株式会社