瀬戸内海に浮かぶ、香川県の小豆島(しょうどしま)。この島にある唯一の酒蔵・小豆島酒造が、小豆島の名産であるオリーブの実から採取された酵母を使用した、新しい日本酒「ながら、」を開発しました。
この「ながら、」は、3月に正式発表される予定ですが、それをいち早く飲むことができるクラウドファンディングが現在実施中。この一連のプロジェクトには、どのような想いが込められているのでしょうか。
日本酒ファンの代表として、日本酒関連の資格を持つバイリンガルタレント・児玉アメリア彩さんとともに小豆島を訪れ、話を伺いました。
小さな蔵だからこそ、個性を大切にする
小豆島酒造を訪れて真っ先に目に入るのは、昔ながらの佃煮屋をリノベーションしたという古民家風の建物。杉玉の提げられた入口をくぐると、中にはおしゃれなショップとカフェが現れます。
児玉さんも「かわいい!酒蔵というより、古民家カフェみたいですね」と歓声を上げます。
小豆島酒造の蔵元を務める池田亜紀さんは、香川県高松市にあった池田酒造の長女として生まれました。4代目だった父・好輝さんのころ、高松市内の酒蔵は池田酒造の1軒のみとなってしまいます。
2004年、小豆島で醤油蔵を営んでいた親戚から「小豆島は観光地なのに地酒がない」という話を聞き、移転を決意。小豆島にて、島内唯一の酒蔵として酒造りを始めます。
ところが2008年、好輝さんが事故で急逝。池田さんも小豆島に移住し、翌年から蔵元を引き継ぐことになりました。現在は、小豆島酒造と社名を変えて酒造りに取り組んでいます。
予期しない形で蔵元となってから14年。日本酒の知識がほとんどなかった池田さんにとって、当初は波瀾万丈でした。
女性をターゲットに、デザイン性を重視したラベルを考えたところ、小売店から「筆文字のラベルじゃないと扱えない」と一蹴。100ミリリットルの小瓶など、当時はまだ珍しかった規格にも取り組みましたが、「日本酒を理解していない」と非難されてしまいます。
しかしある時、おしゃれなデザインが評価され、大手の生活雑貨店「ハンズ」での取り扱いが決まります。特約店がなかったことが功を奏し、直売店やオンラインショップでの販売を通して、着実にファンを増やしていきました。現在は、フランスやカナダをはじめとする9ヶ国にも販路を広げています。
「オーストラリアの輸入業者から、『海外市場では、酒蔵の大きさや歴史の長さよりも、中身が重要。小豆島酒造さんは、個性がある美味しい日本酒を造っているじゃないですか』と言われたんです。慣習にとらわれず、自分たちが正しいと信じられることをやっていこうという気持ちになれました」
池田さんが大事にしているのは「小さな蔵だからこそ、個性を大切にする」ということ。小豆島酒造の日本酒は、炭素濾過をせず、タンクごとに微妙に異なる味わいを残した旨口の酒質が特徴です。
「他社と同じ日本酒を造っても飲んでもらえません。個性を大切にしてきた結果、ファンの方々を中心に口コミで広がっていきました。数年前まで、日本酒市場は華やかな酒質に人気が偏っていましたが、最近は各蔵独自の個性を求める動きが出てきていると思います。海外の商談でも、『個性的なものはないか』と聞かれることが多いですね」
ベテランの但馬杜氏が、酒蔵の雰囲気を変えた
そんな小豆島酒造で酒造りの舵を取るのが、但馬杜氏の金子義孝さん。かつて、大手の酒造会社に長く勤めていたベテランの造り手で、2021年に小豆島酒造の杜氏に就任しました。
「小豆島酒造へ初めて来た時は、自分以外の全員が女性スタッフで驚きました。大手のメーカーでは、ひとつの製造工程を担当することが多いので、最初から最後まで携われるのはやりがいがありますね。ショップやカフェを併設しているので、お客さんの生の声を聞けたり、楽しんでいる様子が見られたりするのもうれしいですよ」
ベテランでありながら、見学に訪れたお客さんに積極的に話しかけるなど、毎日楽しそうに酒造りをしている金子さん。
池田さんも、「杜氏さんは寡黙な人が多いというイメージがあったんですが、おやっさん(金子さん)は新しいアイデアをどんどん出してくれるので、他の蔵人も意見を出しやすくなりました。おやっさんが来てから、小豆島酒造のイメージが明るくなりました」と微笑みます。
そんな金子さんが「小豆島酒造の個性を出すためにこれ以上のものはない」と太鼓判を押すのが、香川県オリジナルの酵母「さぬきオリーブ酵母」。KO-15、KO-18、KO-23の3種類がありますが、KO-15はアルコール発酵の管理が難しく、日本酒の醸造にはKO-18とKO-23のみが使用されてきました。
しかし、今回の新しい日本酒には、KO-15が用いられています。
「この酵母は酸が出やすく、それが味を引き立ててくれるのが魅力。一方で、クセのある香りが出てしまうこともあり、神経を使いました。そこで取り入れたのが、三段仕込みの後に醪(もろみ)に酒母を加える『酒母四段仕込み』という方法です。
初めて使う酵母なので不安もありましたが、酒母の段階から繊細で上品な香りが出てきて、醪の段階では香りだけで酔いしれるほどでした。タンクを覗いては、わくわくしながら酵母を応援していましたよ」
扱いが難しい酵母でありながら、金子さんの熟練の技術によって完成した日本酒は、上品な香りがあり、やわらかい口当たりと旨味をもった純米大吟醸酒。好きな食事に合わせ"ながら"気軽に飲んでほしいという想いを込めて、「ながら、」と名付けられました。
池田さんは、新しい日本酒に挑戦した目的は、小豆島の現状を広く知ってもらうためだといいます。
「生前、父は『小豆島は離島だから苦労も多い。だけど、島の人たちに大事にしていただける酒蔵になれば生き延びていける』と話していました。それを受けて、カフェで出している料理は小豆島産の素材にこだわり、メニューの中で生産者の方々を紹介しています。
私たちは島のみなさんにお世話になっているので、島内唯一の酒蔵として、輪をつくっていく役目を果たさなければいけません。この新しい日本酒をきっかけに小豆島の現状を多くの人に知ってもらうことで、小豆島に関わってくれる人が増えることを願っています」
見学に来たすべてのお客さんに提供しているという試飲には、この日、8種類もの日本酒が登場。「100石ほどの小さな蔵で、これだけの種類が造れるなんて!」と感動しながら、楽しそうに飲み比べをする児玉さんに、酒蔵を訪れての感想をお聞きしました。
「観光や地域振興に力を入れている酒蔵さんは増えてきていますが、15年も前からずっと活動を続けていると聞いて驚きました。島外から来るお客さんを受け入れる準備が整っているので、地方の酒蔵のロールモデルになれるのではないかと感じます。
そして、トレンドに流された日本酒ではなく、地に足のついた酒造りをしていることが伝わってきました。小豆島酒造のみなさんはアイデアを出し合って、目標の実現のために具体的に行動しているので、これからもっと魅力的になっていくんだろうと、わくわくしますね」
酒蔵の存在が、小豆島に多くの人を呼び寄せる
小豆島の看板スポットである「道の駅 小豆島オリーブ公園」の近くにある観光案内所「オリーブナビ小豆島」。ここで、小豆島観光協会の事務局長を務める塩出慎吾さんに、小豆島の魅力について話を聞きました。
瀬戸内国際芸術祭がきっかけで小豆島を訪れ、その魅力に惹かれて京都府から移住したという塩出さん。小豆島の人口は現在2万6,000人ほど。高齢化や進学・就職に伴い、人口は毎年500人ほど減っていますが、移住の支援が手厚いことから、UターンやIターンする人が毎年300〜400人ほどいるそうです。
「小豆島は離島としては大きく、瀬戸内海に囲まれ、800メートル級の山もあるため景勝地にあふれています。高松市からの航路だけではなく、関西方面からのルートも充実しているので、夏になると海水浴を目的とした人々が訪れ、紅葉の時期は瀬戸内海国立公園の寒霞渓(かんかけい)がにぎわいます」
そんな起伏に富んだ土地だからこそ生まれたのが、「中山千枚田」です。標高差100メートルの山肌に広がる棚田で、過去には映画のロケ地にもなりました。
「中山地区の人たちにとって、千枚田はとても大切なものですが、維持管理が非常に大変です。棚田は一枚一枚がとても小さく、大きな機械が入らないので、平地の田んぼとは比べ物にならない労力がかかります。また、ほとんどが石垣で支えられているので、ちょっとしたことで崩れてしまいます」
実際、過疎化や高齢化によって農家が減ったことで、現在は約3割が休耕田になっているのだそう。棚田の復活に努めている小豆島にとって、地元産米の日本酒を造る小豆島酒造はとても価値のある存在だと塩出さんは話します。
「観光にとって、"食"はとても大事なんです。その地に美味しいものがあり、そこでお酒もいっしょに楽しめることは、旅行先を決める時の重要な判断材料になります。インバウンドの観光客も、日本酒があるととても喜んでくれますね」
さらに塩出さんは、小豆島酒造が「さぬきオリーブ酵母」を採用していることも高く評価します。雨が少なく比較的温暖という地中海によく似た気候のおかげで、小豆島の名産品として知られるようになったオリーブ。海道を走ると、銀色に輝く葉を携えたオリーブの木がところどころに生えそろっています。
「小豆島酒造さんは、この酵母を使って新しい価値を提供しています。こうしたユニークな原料やオリジナルのラベルデザインは、観光客に対して強いアプローチになります。
新しい日本酒を通して、小豆島にも魅力的な酒蔵があることをアピールできれば、さらにたくさんのお客さんが島に来てくれるのではないでしょうか。小豆島酒造さんの名前が広く知られることは、島全体にも恩恵があると思います」
塩出さんの話を聞いて、児玉さんは「離島は自然にあふれている分、不便も多いのではないかと想像していましたが、小豆島は生活の場所としても、観光地としても、充実しているんですね」と感心していました。
「オリーブ園などの観光スポットに、地元の方々も遊びに来ているのが印象的でした。無理に観光地化しているのではなく、まずは地元の方々の生活を大事にしている。だからこそ、人が集まってくるのかもしれません。また、島のみなさんが、小豆島を訪ねる人を楽しませようとしていて、ハッピーになれる島だと感じました。移住する人が多いというのも納得ですね」
クラウドファンディングは2月28日まで!
日本酒を通して小豆島の現状を伝え、緑いっぱいの中山千枚田を取り戻したい。そんな池田さんの思いから生まれた「ながら、」は、3月の正式発表を前に、クラウドファンディングにも挑戦しています。
酒米作りを通して中山千枚田を復活させるため、小豆島の米で造る"真の地酒"を目指して、香川県発祥の酒米である「オオセト」を棚田に作付けする計画です。このクラウドファンディングは、2月28日(火)まで実施中です。
今回、小豆島を訪れるのは初めてだったという児玉さん。最後に感想を尋ねると、「楽しかった!」と笑顔を見せてくれました。
「本当に魅力的な場所でした。観光スポットが多く、オリーブや醤油、そうめんなどの名産品も充実しているので、お土産を選ぶのが大変ですね(笑)。クラウドファンディングをきっかけに訪れましたが、繰り返し行きたくなる場所だと思いました。私もまた来たいと思います。
その中で、小豆島酒造は『小豆島唯一の酒蔵』として、島に還元するためのさまざまな取り組んでいるのが素晴らしいです。見学の翌日に訪れたレストランでも小豆島酒造の酒粕が使われていて、まわりを巻き込んで良い循環をつくっていることがわかりました。
この『ながら、』をきっかけに、小豆島の魅力がたくさんの人の目に留まってほしいと思います」
小豆島で育てられた米を原料に、香川県オリジナルの「さぬきオリーブ酵母」を使うことで、島をより活性化させ、島外の人々を小豆島へ誘う小豆島酒造。その新しい挑戦を、ぜひ応援してください。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
◎クラウドファンディングの概要
- 「日本の棚田100選」にも選ばれた小豆島の千枚田を緑いっぱいにしたい!
- 期間:2023年1月20日(金)~2023年2月28日(火)
- 備考:新しい日本酒の開発には、令和4年度 地域食品産業連携プロジェクト(LFP)推進事業を活用しています。
sponsored by 合同会社サケノテ