かつて、東海道の宿場として栄えた滋賀県湖南市の石部。この地で明治5年(1872年)に創業した竹内酒造は「基本に忠実に、ブレずに良いものを造る」をモットーに、地元密着の酒蔵として歩んできました。

代表銘柄は昔から地元で愛されてきた「香の泉(かのいづみ)」と、数年前に全国向けのブランドとして発表した「唯々(ただただ)」の2種類。竹内酒造では、日本酒の本質を"食中酒"と定め、ただただ美味しい酒を追求しています。

連載第2回となる今回は、杜氏を務める中村尚人さんに酒造りのこだわりをうかがいます。能登杜氏の四天王にも数えられる伝説の杜氏・農口尚彦さんのもとで修行し、縁あって竹内酒造へやってきた中村さん。どのような思いで、酒を醸しているのでしょうか。

伝説の杜氏から学んだ、ストイックな酒造り

2018年12月。酒造り真っ最中の竹内酒造を訪ねると、忙しく立ち働く蔵人たちの中でテキパキと指示出しをする中村さんの姿が見えました。

「今年の造りはいかがですか?」と尋ねると「順調ですよ」と爽やかな笑顔。竹内酒造での造りは4年目を迎えます。

年配者の多い杜氏の世界で、38歳の中村さんはまだまだ若手。しかし、専務の松本太三さんが「自分より年上の蔵人もいるなかで、みんなを上手にまとめてくれている」と話すように、その仕事ぶりには誰もが一目置いています。

その一方で「酒造りについてはとてもストイックで、麹室にいる時は怖くて近づけない」という声も。それもそのはず、中村さんは、現代の名工にも選ばれた杜氏・農口尚彦さんのもとで酒造りを学んだ、農口イズム継承者のひとり。真面目で誠実な仕事は、師匠譲りです。

日本酒好きが高じて酒造りに興味をもった中村さんは、26歳のとき、当時の農口杜氏が勤めていた石川県・鹿野酒造の門を叩きました。

「農口さんの酒を飲んだとき、こんなに美味い日本酒があるのかと驚いたのを覚えています。こんな酒を造りたい、働くならここしかないと最初から決めていました」

まったくの未経験で飛び込んだ日本酒の世界。「とにかく言われたことをちゃんとこなして、農口さんが造る酒の質を落とさないように」の一心で、懸命に仕事に励みました。

竹内酒造の蔵内部

その甲斐あってか、6年後には杜氏として独立。岐阜県の酒蔵で杜氏を務めた後、高齢の先代杜氏に代わる人材を探していた竹内酒造に移りました。

「竹内酒造に入って最初の年、農口さんが蔵まで来てくれたんです。心配なことも多かったので、『順調だね』と言っていただいたときはすごく安心しました。今も、新しい酒ができたら必ず送っています」

竹内酒造らしい、そして自分らしい酒を追い求めて

地酒とは、その土地々々で長い時間を経て育まれてきたもの。地域に根付いた銘柄を引き継ぐことにはプレッシャーが伴うようにも思えます。竹内酒造の杜氏に就いたとき、中村さんは何を思ったのでしょうか。

「それまでの杜氏さんと同じ酒は造れませんし、同じものを造ってほしいとも思われていないはず。自分のできるベストな酒を造ることに集中しました。同時に、地元の米と水を使うことで、自然と竹内酒造らしさが出てくると思っていました」

竹内酒造の仕込みタンク

竹内酒造らしさが、仕込み水の柔らかさや口当たりの良さに由来すると考えた中村さんは、飲み口の良さを活かしつつも味わい深く、2杯、3杯と手が伸びる酒を目指して毎年のブラッシュアップを欠かしません。

「竹内酒造らしい本来の味と僕の良いところを足してレベルアップしていきたい」

なかでも、全国向けのブランドとして展開している「唯々」は中村さんが手がけるようになって以降、大きく方向性を変えることになりました。

「僕が来る前から『唯々』という銘柄はあったのですが、地元銘柄『香の泉』との棲み分けがいまひとつできていなかったので、はっきりとした違いを確立させる必要がありました。普通酒をメインに、地元の方々に親しまれている味を守り続けるのが『香の泉』です。

一方で、『唯々』は滋賀県産の玉栄や渡船、吟吹雪などの酒米を使用し、それぞれの特徴に合わせて麹の造り方を変えるなど、米の個性を引き出すことを意識しています」

既存のブランドを一から作り直すという重大な使命を負い、その期待に見事応えた中村さん。杜氏の交代に不安を抱いていた長年のお客さんからも「美味しくなった」と、うれしい言葉をいただくことができました。

「『唯々』は、自分の造りたい酒。いろいろな米や酵母に挑戦させてもらえるのも、造り手としては願ってもないことです。杜氏はどれだけの米を扱ってきたか、どれだけの酒を造ったかでレベルアップしていくもの。チャレンジできる環境はありがたいですね」

良い酒に必要なのは「とにかく真面目にやること」

中村さんが酒造りでもっとも重視しているのは、農口さん直伝の麹造り。原料処理には神経を研ぎ澄ませます。

特に「洗米・浸漬がしっかりできていないと、良い麹にはなりません」ときっぱり。一方で、酒米の出来そのものにはあまり左右されないと話します。

竹内酒造の製麹の過程をまとめたノート

「天候不順などで米の出来が良くなくても、それに合わせて仕事をすればいいだけ。手当てをきちんとしてあげれば、酒に影響が出ることはあまりありません。日本酒造りのおもしろさはここですね。やったぶんだけ良くなる代わりに、手を抜いたらそれだけ悪くなる。酒は正直なんです」

逆に、日本酒造りの難しい点を聞いてみると「いっしょに働く蔵人とのチームワークです」と真摯な答えが。

「どんなに腕が良くても、良い材料が揃っていても、酒造りはひとりではできません。良い酒を造るという思いを共有する蔵人たちとの関係性があってこそ」と力を込めます。寝食をともにし、一丸となって取り組むチームワークが竹内酒造の味を支えているのです。

竹内酒造 杜氏の中村尚人さん

「まずは今年から始めた山廃を確実なものにしていきたい。理想の杜氏はやはり農口さんです。あれほど酒造りに真剣な人は見たことがない。そしてあれほど真剣だからこそ、本当に良い酒ができるのだと思います。真面目にやる。それ以上に良い酒を造る方法はありませんから」

竹内酒造の掲げる"ただただ"美味しい酒は、中村杜氏をはじめとする蔵人たちが、"ただただ"実直に酒造りと向き合うことで生まれてくるものでした。

守るべきものを守りつつ、そして新たな挑戦にも決して臆さない。竹内酒造の日本酒はこれまでの伝統を受け継ぎながらも、時代の先を読んで変化していくのです。

(取材・文/渡部あきこ)

sponsored by 竹内酒造株式会社

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