今年創業300年を迎えた、神戸市灘区の酒蔵・沢の鶴。もともと米屋の副業として酒造りを始め、現在では「米だけの酒」が純米酒の売上全国1位ブランド(※)の座を守り続けるなど、特に米には強いこだわりを持って300年の歴史を歩んできました。

そのこだわりを象徴するのが、130年もの付き合いがあるという地元・兵庫県三木市吉川町にある実楽(じつらく)地区の存在。その名を冠した「特別純米酒 実楽山田錦」という商品名のお酒を発売するなど、沢の鶴と実楽の間には切っても切れない関係が続いています。連載第3回となる今回は、その実楽地区で長年農業を営んできた農家の方にインタビュー。お話を聞いているうちに、単なる"酒蔵と農家"という捉え方にとどまらない、両者の深い絆が見えてきました。

※インテージSRI調べ純米酒(特別純米酒含む)2016年10月~2017年9月累計販売金額(全国スーパーマーケット/CVS/酒DS計)

山田錦を育てることが、実楽にとっての"当たり前"

明治期に始まった、特定の酒蔵と集落との直接契約栽培制度「村米制度」発祥の地といわれ、日本有数の山田錦の産地として知られている兵庫県三木市吉川町。その中でも良質な山田錦が獲れる「特A」に指定されている地区のひとつが実楽です。

"酒米の王様"と呼ばれる山田錦の中でも、とりわけ良質な米が育つ環境にはどんな理由があるのでしょうか?この地で親子代々、実に10代続く農家を営む西田昇一さんにお話を伺いました。

「実楽の土は、粘りのある粘土質であることが特徴です。粘土質だと水の保湿力が高く、土が柔らかいので根の張りがいい。地面の1メートル下ぐらいまでしっかり張るので作業はしにくくなりますが、そのぶん良い米が育つんです。他の地区で山田錦を作ろうと思っても、この"当たり前に根が張る"ということができない。米が育つ環境が整っているんですね」

そう話す西田さんは実楽に生まれ、山田錦を作り続けてきたベテランの農家です。良質な米が育つ土壌が整っているぶん、農家としては「天候とどう向き合っていくかが何より重要」と話します。

「農業の良し悪しはすべて天候次第。去年は天候が良かったので早く稲が生育したり、ある年は田植えを遅くしたら生育が遅れて品質が悪くなったり、年によって変わります。いかに天候を読み、今年は生育が早いか遅いかというのを経験値で判断し、稲刈りの時期を決める。そこは長年の経験がないと見極めが難しいところです」

コントロールできない自然と常に向き合い、試行錯誤しながらも特Aの評価を維持し続ける実楽の農家。さぞ米作りへの並々ならぬこだわりがあるのではと思いきや、西田さんは「『こだわりは何ですか?』とみなさんおっしゃるんですが...」と笑顔で首を振ります。

「まわりの人から見たらこだわりに見えるかもしれないけど、私たちにとっては山田錦を作っているのは当たり前のことなんです。山田錦は稲が倒れやすくて作業がしにくい品種だと言われるんですけど、我々が作ってる山田錦は倒れて当たり前。それがこだわりとは思っていません。無理して何かしているということは、私以外の農家さんも思っていないはずです。親やそれ以前の代から受け継いだものを、変わらずに続けているだけなので」

トラクターなど大型の機械を導入して作業しやすくなる工夫はしているものの、こだわりと呼べるものは特にない、と話す西田さん。実楽の農家にとって、山田錦を育てるのは生まれたときから当たり前のように存在していた生活の一部。日常に溶け込んだその"当たり前"があったからこそ、今も変わらず良い米が育ち続けています。

米作りに触れ、農家の仕事を知る!沢の鶴若手社員の農業体験

酒米を作ることが当たり前の実楽地区には、沢の鶴との関わりも当たり前のように存在しています。詳しい記録は残っていませんが、明治22年に村米契約を結ぶ前から、実楽の米を買っていたという間柄だったのだそう。そのつながりが発展して村米契約となり、より強固な関係ができあがったのです。130年以上も前から、強い結びつきがあったのですね。

沢の鶴の社員は、毎週実楽を訪れて米の生育具合や天候について情報を共有するほか、若手社員による米作り研修も行われるようになりました。田植えや収穫といった米作りに1年を通してじっくり向き合うことで、酒米の微妙な変化に気付きやすくなり、そこで得た感覚が酒造りにも活かされているといいます。

実際に米作りを体験した沢の鶴の若手社員のみなさんに、感想をお聞きしました。

「小学生のときに祖父の手伝いで少しだけ田植えをした経験があるものの、改めてやってみると手植えはかなりの重労働だなと感じました。農家のみなさんが熱意を込めて山田錦を育てていることを実感できたので、これまで以上にお酒を大事にしようと思いました」(入社5年目・棟安さん)

「強く印象に残っていることは、稲の成長です。自分で植えた苗が元気に育ったことにうれしさを感じています。米を炊いてから食べるまでは一瞬ですが、収穫をするまでには長い時間と手間がかけられていることを学ぶことができました」(入社1年目・上江州さん)

「田植えは中腰の体勢で長時間行うので、腰や足に負担がかかって辛かったです。体力も必要な上に、気候にも大きく左右される米作りが決して簡単なものではないことを実感しました。そんななかでも、農家のみなさんがとても明るく、その笑顔に元気をもらえました」(入社1年目・栗原さん)

「『米作りは泥にまみれて大変で辛いもの』というイメージをもっていましたが、実際に農作業を体験し農家の方々と交流することで、米作りにはたくさんの人が関わっていることを実感しました。農家の方々が笑顔で仕事をされていたことも印象に残っています。人と人との繋がりを大事にしているから、美味しい米ができるのかもしれません」(入社1年目・中嶋さん)

米作りを実際に経験してその苦労を知り、農家の方々と触れ合うことで、若手社員のみなさんは自分たちの仕事により誇りをもって取り組むことができるようになったのではないでしょうか。そしてこの体験は、沢の鶴にとってはもちろん、農家の方にとってもプラスになっていることが西田さんの話から伺えます。

「我々はずっと農業をしているからそれが当たり前だと思っているんですけど、若手社員の方たちは『こんな風に米を作っているんだ』という新たな発見があるのだと思います。ですから、体験を通して若い人たちに農業を伝えていくという意味合いもありますね。私たちは実楽の農業を引っ張っていく立場なので、若い人たちと交流することは大事だと思っています」

実楽の魅力を発信し続ける、沢の鶴のお酒

若手の育成という点でいえば、多くの農家と同様に、実楽でも後継者不足という問題を抱えています。高齢化も進み、重労働ができない隣の農家を手伝ったり、道具の貸し借りをしたり、農家同士の協力が日々欠かせません。また、次の世代に伝えていくための活動として、地元の小学生を招いた農業体験なども行われていますが、問題の解決にはまだまだ不十分です。

実楽の米作りがこれからもずっと継承されていくために、沢の鶴が果たす役割は非常に大きいように思います。

たとえば、記事冒頭でもご紹介した「特別純米酒 実楽山田錦」。実楽の米を100%使用し、その絆から商品名にまで「実楽」の文字が入った特別なお酒です。このお酒をきっかけに実楽の名を知る人もきっと多いはずで、そこで育った米を使っておいしいお酒を醸すことは、何より大きなアピールになるでしょう。さらに、農家の方々や実楽の自然の美しさを紹介するブログ『山田錦の里 実楽便り』も更新中。ていねいな描写と自然豊かな風景写真、実楽の魅力を若い世代にも伝えるための情報発信が続いています。

こうした日々の積み重ねが、実楽と沢の鶴の絆をより強固なものにしてきました。かつて実楽地区が干ばつで水不足になったとき、沢の鶴は水を汲むポンプを提供。平成7年の阪神淡路大震災で沢の鶴が被災したときは、実楽からお見舞いの品が送られたといいます。お互いが助け合い、支え合いながら歩んできた実楽と沢の鶴の関係を、西田さんは印象的な言葉で表現します。

「沢の鶴は、ただ米を買ってくれる"お客さん"ではありません。実楽の人間にとっては、生まれたときからの"仲間"なんです」

苦楽をともにし、単なる"農家と酒蔵"ではなく"仲間"として肩を組んできた沢の鶴と実楽。一朝一夕では生まれない絆は、手間暇をかけた「実楽山田錦」の味わいにも表れています。稲穂が風に揺れる田園風景を思い浮かべながら、ぜひその旨味を堪能してみてください。

(取材・文/芳賀直美)

sponsored by 沢の鶴株式会社

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