純米酒売上No.1ブランド(※)を誇る、沢の鶴「米だけの酒」。これまでの連載で、商品の誕生秘話やそのこだわりを探ってきました。

連載第4回となる今回の主役は、酒造りの現場で指揮を執る杜氏代行・牧野秀樹さん。どんな体制で仕込みをしているのか、どんな信念を持ってお酒と向き合っているのか、さまざまな視点からお話をうかがうべく、神戸市・灘にある沢の鶴を訪ねました。

沢の鶴株式会社の外観

ちなみに「杜氏代行」という名前は沢の鶴の西村隆治会長が付けたのだそう。「丹波杜氏はみずから丹波で米を育て、酒造りをしていた神秘的な存在。だからこそ、その経験の無い沢の鶴の社員は"丹波杜氏"を名乗るのはおかしい」という、歴史と伝統を持つ丹波杜氏への畏敬の念から「杜氏代行」という肩書きが生まれました。

「米だけの酒」の現場を杜氏代行がご案内

まず向かったのは、1971年に建てられた沢の鶴の四季醸造蔵「瑞宝蔵(ずいほうぐら)」。建築面積1,149平方メートル、地上6階建てという広大で堅牢な建物です。

瑞宝蔵の看板

最上階の6階には灘の宮水を貯水するタンクが設置され、階を下りるごとに浸漬、蒸米、原料処理、仕込み、火入れといった工程が進んでいく形になっていました。

杜氏代行を務める牧野秀樹さんは、酒造りの指揮を執るだけでなく、「蔵開き」などのイベントや小学生の社会科見学では、蔵の案内役としても活躍しています。「日本酒に親しみを持ってもらえるように」と工夫された、ていねいでわかりやすい解説や明るい人柄が魅力的です。

そんな牧野さんの案内で瑞宝蔵を見学しながら、造りについてのお話をうかがいました。

沢の鶴株式会社の杜氏代行の牧野さんが社会科見学で蔵に来た小学生に説明をしている。

小さな子どもでも分かるように、酒造りについて丁寧に説明していきます。

瑞宝蔵では、多いときで1日13~15トンほどの米を処理し、およそ24,000リットルの「米だけの酒」を醸造します。仕込みの規模が大きくなればなるほど気を付けなければいけないのは、醪の温度管理なのだとか。

丁寧に分かりやすく話をしてくれる杜氏代行牧野秀樹さん

「小さい仕込みでは、0.1℃単位の細かい温度差で味の違いが顕著に表れるため、ピンポイントで温度を管理しなければなりません。一方、大きな仕込みの場合は、醪全体の温度管理が大変なので、常に気を配っていなければならないのが難しいところです」

それらの仕込みを支えているのが、醸造課約30人の社員たち。造り・仕込み等の醸造担当が10人、火入れ・割水等の原酒担当が10人、品質管理・事務担当が10人という内訳です。

醪タンクの中の様子を観察する杜氏代行を務める牧野秀樹さん

「1人でも欠けてしまうと、その空いた穴を誰かがカバーしなければなりません。負担は大きくなりますが、そのぶん、ふだんから連携を取ってスムーズに引き継ぎができる体制を整えています。『みんなで協力しながら、ひとつのものを造る』という意識は常に大切にしていますね」

また、牧野さんが蔵を案内するとき、日本酒に詳しくない人や小さい子どもを相手にする場合は「お酒は米と水を混ぜればできあがり、という簡単なものではない」ことを理解してもらえるように意識しているのだそう。

「『毎日細かい管理をしながら、微生物という見えないものの力を借りている。子どもを育てるように、私たちはお酒を育てているんですよ』という話をよくします。酒造りにはさまざまな技術が必要で、多くの手間がかかっていることをきちんと伝えたいですね。パック酒だって同じこと。どうしても『安くて品質の良くないお酒』というイメージを持たれてしまいますが、決してそんなことはありません。パック酒も高い技術で造られているし、瓶のお酒とはまた違った良さがあると思っています」

最先端の技術で安心・安全を守る!「米だけの酒」の製造現場へ

牧野さんも熱弁するパック酒造りの技術力。次に訪れたのはパック詰工程です。

関西ボトリング入口

休みなく稼働する機械。印刷工場から輸送されてきた紙パックを機械にセットした後は、パックの組み立て・接着、酒の充填、冷却、シュリンク(包装)、段ボール詰めというのが大まかな流れです。基本的にはすべて機械によって行われますが、8~10名のスタッフが長いラインの各所に配置されるなど、人の目によるチェックも必ず行われています。

製造工程で第一に考えられているのが「安心・安全」。食品を扱う現場の基本でありながら、絶対に守らなければいけないポイントです。

沢の鶴「米だけの酒」のボトリング風景

また、一番怖いのは異物混入だといいます。そのため、日々ていねいな清掃を心がけ、衛生面に徹底的な配慮をしています。さらに、チェックの工程で金属探知機を使う工場も多いなか、ここでは金属以外の異物も発見できるようにX線検査を行なっているそうです。

「食品を扱うので『安心・安全』は過剰なぐらい意識した方がいい。その上で、品質を考えた仕事をしなければいけない」という共通意識が現場には浸透していました。

徹底した安全管理のもと、「米だけの酒」シリーズの商品が一日3~5万本のペースで製造されています。

「同じお酒は造れないからおもしろい」牧野杜氏代行が語る日本酒の魅力

牧野杜氏代行に改めて「米だけの酒」をはじめとする酒造りへの思いをうかがいました。

学生時代は微生物学を学んでいたという牧野さん。お酒好きの友人に付き合って洋酒を飲む機会は多かったものの、当時はそれほど日本酒への関心は高くありませんでした。とある出来事をきっかけに酒造りの道を志し、それが沢の鶴との出会いにつながったといいます。

「学生時代に、初めて飲んだ岡山の地酒を『おいしい』ではなく『おもしろい』と感じたんです。そこから日本酒にのめり込んでいきましたね。大学4年生で就職を考えたときも『私はお酒が造りたいのかもしれない』と思って、酒造メーカーを受ける事にしました。ちょうどそのころ、自販機で沢の鶴のお酒が売られているのをたまたま見つけたんです。それで『あ、沢の鶴も受けてみよう』と思い立ち、唯一受けた灘のメーカーが沢の鶴でした」

不思議な縁で、沢の鶴への就職が決まった牧野さん。入社後すぐに酒造りを学び始め、そのまま造りに従事することになったといいます。その後、2001年から7年間、県内にあるグループ会社の百萬石酒造に技術指導として出向。そこで、季節労働の蔵人さんと接することで、酒造りの奥深さやおもしろさを改めて知ったのだそう。

牧野さん

「酒造りのおもしろいところは、同じものが造れないということ。米の状態も気温も日々違うので、同じように仕込みをしても同じお酒が造れるとはかぎりません。細かい管理ひとつでまったく違うものができるのが不思議だなぁと感じていました。30歳を超えてから、酒造りがさらにおもしろくなってきたんです」

7年間にわたる出向のおかげで、牧野さんの中に「酒造りを極めたい、もっと知りたい」という気持ちが芽生え始めます。2008年に本社へ戻り、その2年後に「杜氏代行」に就任。牧野さんは自身の仕事を"蔵内の交通整理や指導"と話しますが、良き父・良き兄のような存在として、蔵の人々を取りまとめています。

理想は「一日の終わりに飲んでホッとするお酒」

牧野さんは「米だけの酒」の誕生当時から造りに携わってきました。純米酒の売上No.1ブランド(※)を守り続けている背景には、牧野さんをはじめとした、蔵人の努力があります。

「『米だけの酒』は、発売当初から米や水の配合をほとんど変えていません。とはいえ、米や水の質は気候によって毎年変化するので、10年前と今のお酒は同じかと言われれば、厳密には違うでしょう。しかし、酒造りを長く続けていくなかで、お酒の味が少しずつ変わってきたのは、技術が洗練されてきたということだと思います。いろいろな酒質に造り分けができるくらいに技術が発展してきたのは、単純にすごいことですし、その醸造技術を次の世代にも受け継いでいかなければいけないと思います」

そう語る牧野さん自身も「米だけの酒」の愛飲者だそう。「主張しすぎないので、食事といっしょに飲むことができ、さらに料理との相乗効果でよりおいしくなってくれる」とその魅力を語ります。晩酌のお酒に選ぶ頻度も高いそうですが、どんな飲み方がおすすめなのでしょうか?

「米だけの酒」を燗につけた食卓のイメージ

「やっぱりお燗です。特に人肌燗がいいですね。身体に入っていくものなので、酔うのも早いけど覚めるのも早い人肌燗は、お酒をもっとも楽しめる温度だと思います。電子レンジでもかまわないので、軽く温めるとお酒の良さがより伝わり、ほっこりしてもらえるでしょう。『一日の終わりに飲んでホッとするお酒』それが自分の理想とするお酒です」

若手にどんどんチャレンジしてほしい

現在48歳の牧野さん。近年は酒造りにとって大切なことの一つである"人を育てる"ことに、より一層力を入れています。季節労働者の蔵人さんや、先輩方から受け継いだ酒造りに対する考え方を若手に伝え、次の世代へバトンタッチする。受け継いだ人はそのまま同じことをするのではなく「どんどん新しいことにチャレンジしてほしい」と語ります。

「沢の鶴は品質日本一を目指しているので、プレッシャーは蔵人全員にあると思いますよ。今までと違うことをするのが怖くなってしまうこともありますが、新しいお酒を造るためにはどんどんチャレンジしていかなければなりません。そういう風に考えてほしいし、そう考えられるくらいに余裕のある酒造りをしてもらいたいですね。まあ、若いうちはそこまで考えられないと思うので、今はとにかく酒造りを楽しんでやってもらいたいです。

かつて先輩から教わったのは『おいしいお酒ができますように』と念じながら仕込みをすること。おまじないのようなものですが、実は一番大切なことだと思っています。蔵のみんなにも、そういう気持ちで酒造りをしてほしいですね」

パック酒「米だけの酒」を支えているのは、沢の鶴の技術力や安心・安全への高い意識、そして「日本酒を身近に感じてほしい。良い酒造りがずっと続いてほしい」と願う、牧野杜氏代行の温かいまなざしがありました。さまざまな思いが詰まった「米だけの酒」、人肌燗に温めて晩酌すれば、身体だけでなく心にも温もりを与えてくれそうです。

(※)「米だけの酒」純米酒の売上No.1ブランド:インテージSRI調べ純米酒(特別純米酒含む)2016年10月~2017年9月累計販売金額(全国スーパーマーケット/CVS/酒DS計)

(取材・文/芳賀直美)